196 勇者救出作戦⑦-作戦終了-
勇者を再度『ガレージ』にしまった後もクロ達の相談は続く。
「さて、仕事については、後は勇者を軍のところに渡すだけだが・・・すまん。俺はもうそろそろ限界だ。」
「やっぱりわざわざ出す必要なかったんじゃないですか?」
アカリは本当に勇者のことが嫌いなようで、不愉快が顔に出ている。
「いや、一応顔を見ておきたかった。正確には、例の『盾』をな。」
勇者の無敵っぷりは別の大陸にあるフレアネス王国にまで轟いていた。しかし、具体的にどういった魔法で防御しているのか、クロはそれを見たかった。
「自動防御みたいです。鬱陶しいですね。」
「そうだな。マシロの死角から回り込んだ攻撃も、勇者の攻撃を防御しようとした俺の手も防がれた。それをアレが意図してやっていたようにも見えなかった。厄介だな。」
いつになく辛辣なアカリにやや引きながら、クロは勇者の能力を分析する。
もし敵対した時、いや、既に勇者から敵認定されているが、戦うことになった時のために攻略法を見つけておく必要がある。
「暗殺も不可、ですね。」
「ああ。発動の際に光る壁が出ていたが・・・あれはカモフラージュだな。光そのものが壁になってるわけじゃない。防御しようとした俺の手は、何かに触れた感覚はなかった。」
「『盾』とか言ってる割に、盾じゃないってことか?」
ムラサキの仮説にクロは頷く。
「物理的な壁を作り出す能力じゃなさそうだ。」
しかしそこに幾分冷静になったアカリが口を挟む。
「でも、私が蹴った時はぶつかった感触がありましたよ?」
「そうか?俺は手が何かにぶつかったというより、手を止められたような感触だったが・・・」
勇者の『盾』に触れた2人の意見が割れる。どちらも感覚的なもので、確信がないため、2人そろって首を傾げるばかり。
クロは結論の出ない考察を打ち切ることにした。
「考察は後にしよう。まずは今後のことだ。アカリ、向こうと連絡はとれるか?」
「ちょっと待ってください。」
アカリは指輪に魔力を込める。各指に一つずつ指輪をつけた手はまるで成金趣味のようだが、必要なものである。それを咎める者も笑う者もここにはいない。
「・・・視界を見る限り、まだ戦闘中です。しかし、ダンゾウさんからのサインを見るに、問題ないそうです。」
「そうか。山吹が頑張ってくれてるようだな。」
アカリ達が勇者を確保してクロの元に戻った時、ヤマブキもマシロを連れてクロに合流していた。
互いの状況報告よりも先に、クロはアカリにヤマブキの送還を依頼した。
アカリが戻る前にヤマブキにはクロから伝えていたようで、アカリが『ガレージ』を開けば、ヤマブキは弓矢を手に勇んで飛び込んでいった。
そのヤマブキの働きで、向こうはどうにか危地を脱したらしい。だが、ヤマブキが参戦したうえで、数分経ってもまだ戦闘中。敵も相応の戦力らしい。
「俺も守りに行きたいが、無理だ。そろそろ寝ないといかん。俺が寝てる間のお守りは、真白、頼む。」
「承知しました。家に戻れないとすると、どこで休みましょう?」
クロの家は現在、戦場となっている。安全とは言えない。
「任せる。」
「かしこまりました。」
クロの短い言葉。マシロはそれで十分クロの信頼を察することができた。迷いなく承諾する。マシロにとって、クロが自分を頼りにしてくれるのは嬉しいことなのだ。出会ったばかりの時に比べて、だいぶ頼るようになってくれた。
次に、とクロはアカリとムラサキを見る。
「そういうことで、悪いが勇者を軍のところに送り届けるのは、アカリに頼む。」
「え、私だけですか?」
「ムラサキも行くが、あくまで護衛だ。怪しい猫が人語を話しても、警戒されるだろう。話すのはアカリにやってもらわなきゃならん。」
ムラサキは常識人だし、話すのもうまいが、それを知っているのは身内だけ。傍から見れば猫だ。
「ムラサキさんが人型になればいいんじゃ?」
「なってもいいが、俺の獣人形態って、子供だぞ。」
ムラサキが自嘲気味に苦笑い。猫よりはマシだろうが、子供の話もまた信用されにくい。
ここまで言われれば、アカリも断れない。
「はあ、わかりました。やってみます。」
「オレもできるだけサポートするからさ。頼むよ、アカリ。」
「期待しますよ?」
ムラサキに励まされつつ、アカリは渋々承諾する。
「でも、お偉いさんと話すとなると、この格好は・・・いや、でも、知り合いがいるとまずいし・・・」
アカリは何やらブツブツと考え事を始めた。
それを聞く間もなく、クロは急に横になる。
「さて、もう限界だ。俺は寝る。後は任せた。」
「あ、はい!」
「ゆっくりお休みください。」
そうしてクロは河原の石に上で寝始めた。
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眠るクロを護衛するマシロに見送られて、アカリは軍の元へ向かう。
「そういや、アカリ。軍のお偉いさんがいる場所、わかるのか?」
「えっと、確か副官さんからもらった地図に・・・」
アカリは『ガレージ』から地図を取り出して、歩きながら広げる。
「ああ、ここ。えっと、今ここだから・・・あっちね。」
アカリが軍司令部の方向を指差すと、ムラサキは音もなくアカリの肩から降りた。
「よし。急ぐか?」
「うん。用事を早く済ませて、ダンゾウさん達を助けに行かなきゃ。」
2人は林の中をそれぞれの魔法で飛び、高速で通り抜けて行った。
しばらく進むと、見た事がある服装の兵士数名を見つけた。ワン副官たちと同じ軍服。イーストランド軍の兵士だろう。
アカリは地面に降り、ムラサキは定位置となっているアカリの肩に乗る。初めは重いと言っていたアカリも、すっかり慣れた。ムラサキとしては「護衛に最適」と言って肩に乗っているが、本心は女性にくっついていたいだけである。
「すみませ~ん。」
「「誰だ!?」」
できるだけ穏やかに話しかけたつもりだが、銃を向けられて警戒された。銃を向けられ慣れていないアカリはちょっとビビるが、自分でも意外なほど恐怖を感じなかった。
前世のアカリなら、銃を向けられたりすれば、それだけで竦んでしまっただろう。しかし、アカリはこの世界に来てから何度も間近に死の恐怖を体験し、恐怖に慣れ始めていた。
「怪しい者じゃ・・・」
「ここで何をしている!」
「ええ・・・」
説明する暇もなく捲し立てて来る兵士に、アカリは困惑する。だが、はたと自分の格好を客観的に見てみる。
林の中、それも戦場のど真ん中で、急に現れた魔女の格好をした女。どう見ても怪しい。納得の警戒だった。
・・・ああ、せめてこんな格好じゃなければ・・・いや、普通の服装でも、戦場ではそれはそれで不自然か。第一、身元がバレたくなくて、この格好のまま来たのは、自分で決めたことだし、この事態は甘んじて受け入れるしかないかあ。
アカリは一つ大きく息を吐いた後、姿勢を正して兵士をまっすぐに見る。まずは怪しくないことを態度で示さなければ。
そして嘘がないようにはっきり伝える。
「<赤鉄>のクロの使いです。<勇者>を救出したので、届けに来ました。」
やや緊張したが、どもらずに言えた。これで伝わってくれるだろうと期待したアカリだが、その期待はすぐに裏切られた。
「<赤鉄>?何の話だ?」
「勇者様の救出はまだだ!何を言っているんだ!」
「あれ?」
どうやら、クロが勇者の救出を依頼されたことを知らないらしい。
どういうことか。相変わらず銃を向けて警戒する兵士たちを無視して、アカリは腕を組んで状況を整理する。
そして、理解した。
・・・ああ、これは、クロさんへの依頼はお偉いさんだけの秘密ってことね。よくある奴。確か、クロさんは魔族として嫌われているから、クロさんに頼る話はできるだけ広めたくない、と。でも、こんな様子じゃ、せっかく救出しても、引き渡せないじゃない。せめてクロさんが来ることぐらい連絡しておいても・・・あ!
そこまで思考して、アカリは事態の原因に思いつく。
クロが勇者救出に動いたことが伝わっていないのは当たり前だ。クロに依頼したワン副官がここへ連絡しなければ伝わるはずもなく、そして副官からここへの連絡手段は隼便。クロ達は例の移動手段によって、その隼便より早くここに着いていたのだ。
つまり、事の次第をこの軍に伝える隼便は、まだここに着いていない。きっとまだ海の上だ。
・・・作戦開始前に、お偉いさんに話を通しておけばよかった・・・報連相って大事ね。いや、でも、急いでたわけだし、ってのは言い訳かなあ。
「おい!質問に答えろ!」
兵士たちを無視して思考に耽るアカリに苛立った兵士の一人が声を荒げる。
アカリは兵士の説得方法を考えた。目の前で銃を向けた兵士が怒っているのに、アカリの頭は妙に冷静だった。
・・・勇者を出せば、納得するかしら?・・・でも、出したらアレはきっとまた暴れる。不利にしかならないなあ。
悩んだアカリが出した答えは。
「ムラサキさん。ホン将軍って探せる?」
「顔は知らないが、偉そうな奴を見つければいいだろ。任せろ。」
「じゃあ、お願い。『ガレージ』」
アカリの静かな詠唱と共に、アカリは地面に素早く沈む。いや、地面ではなく、足元に作った『ガレージ』への穴に入ったのだ。
ムラサキはアカリが沈み込むのと同時に肩から飛び出して、司令部があるであろう方向へ走り出した。
ノーモーションで突然沈み込んだアカリに、兵士たちは反応が遅れた。咄嗟に引き金を引くが、森の木に小さな傷をつけただけだった。
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連合軍の司令部。その一室でホン将軍は書類を見ていた。内容はサンシャン山脈東端での対帝国戦線の戦況だ。
状況は芳しくない。<大山>のシン、<炎星>のヴェスタの奮闘により、どうにか抑えているが、消耗が激しすぎる。兵士も物資もどんどん減って、供給が追い付いていない。
もともとイーストランド軍は壊滅寸前だった。領土は取り戻したものの、当然、人はまだ戻っていない。兵士が圧倒的に不足しているのだ。
攻勢に出られたのは偏にネオ・ローマン魔法王国からの援軍のおかげ。初めは兵を出し渋っていたあの国も、戦果を見せれば応じてくれるようになった。その結果、ここまで攻め上がれたのだ。
しかし、その援軍も途絶え始めている。ネオ・ローマンが兵を出したのは、勝てそうだからだ。勇者が不在で、劣勢と見れば、すぐに手を引くだろう。勝てない戦で兵士を浪費するより、自国の防衛に回したいはずだ。
自国の兵士は枯渇。同盟国からの援軍ももうすぐなくなる。そうすれば、いくらネームド2人が踏ん張ろうと、戦線は持ちこたえられない。
・・・やはり勇者殿の救出は必須だ。この戦に勝つには。
そうは思っても、それも困難だ。兵力の一部を割いて掘削作業を続けさせているが、やはり進展はない。軍全体にも諦めが広がっている。シン達の鼓舞のおかげで辛うじて士気を保っているが、瓦解は時間の問題。
一縷の望みを託してワン副官を<赤鉄>に遣わしたが、連絡はまだない。
「勇者殿さえいれば・・・」
誰もいない部屋で、ホン将軍は呟いた。誰に聞かせるつもりもない独り言。ところが、それに答える声が一つ。
「そんなに重要ですか?」
女性の声。ハッと顔を上げると、将軍の目の前に、大きな穴。虚空に浮かぶその穴から、妙な恰好の女性が出て来た。
茶色のローブを羽織り、頭には大きな黒紫色の帽子。鍔が大きくて顔が半分隠れている。手には古めかしい杖。杖にはぐるぐると黒い布が巻かれていて、材質がわからない。
おとぎ話の魔女のような恰好だ。どう考えても怪しい。将軍は机から拳銃を取り出そうとするが、それより早く女性が口を開いた。
「敵じゃありません。<赤鉄>の使いです。」
「・・・本当か。」
拳銃へと伸ばした手を止める。本当に<赤鉄>の使いなら、敵対すべきではない。
「話を聞いてくれるようで、安心しました。下っ端の兵士の方は話が通じなかったので。」
「・・・あなたは?」
「さっき言った通り、使いです。」
「そうではなく、あなたのお名前だ。」
「・・・・・・」
女性は口を閉ざした。将軍は彼女が素直に答えるとは思っていない。ただ、その反応から、彼女が本当に<赤鉄>の使いなのか、推し量れないかと軽く揺さぶってみただけだ。
ところが意外にも女性は名前を告げた。
「ミクラ、です。」
将軍は予想外の返答に少し驚いたが、動揺は顔に出さずに会話を続ける。
「そうか。ミクラ殿。聞くのは無粋かもしれんが、どうやって入って来た?」
魔法で入って来たのは見ればわかった。空間魔法による転移だろう。しかし、将軍が知るどの空間魔法とも様子が違った。新しい固有魔法だろうか。その情報を得るべく尋ねてみるが、当然ミクラは首を横に振る。
「秘密です。ただ、最前線で将軍の居室に窓があるのは、不用心じゃないですかね?」
ミクラが指さす先には小さな明り取りの窓。将軍がちらりとそれを見て、視線をミクラに戻すと、いつの間にか彼女の肩に紫色の猫がいた。
将軍はあえてその猫には触れず、会話を続ける。
「ご忠告、感謝しよう。して、要件は?」
将軍には、<赤鉄>の使いなら勇者救出に関する話だろうと察しはついていたが、副官からの連絡がない以上、こちらから不用意には言わない。
「勇者の件ですよ。」
「そうか。」
そして、将軍から言わずとも勇者の話が出た。これは、本当に<赤鉄>の使いで間違いなさそうだ。
・・・<赤鉄>の力が噂通りなら、勇者殿を助けられる可能性が出て来る。ようやく光明が見えたか。
逸る気持ちを抑えつつ、将軍は救出作戦の話し合いをしようと促す。
「我が副官から依頼を受けてくださったのかな?」
「はい。」
「では、早速詳細を・・・」
「じゃあ、ここに出しますね。」
「え?」
何のことかと尋ねる間もなく、また虚空に穴が開き、人間が一人、その穴から落ちて来た。受け身も取れず、部屋の床に叩き付けられそうになり、しかし床にぶつかることなく止まった。
かなり汚れているが、その容姿も魔力も、将軍が見間違えるはずがない。何より今の落下の衝撃から身を守った魔法が、何よりの証拠だった。
「勇者殿!?」
「あ・・・将軍?」
突然の登場にお互い驚く。そして、驚いて固まっているうちに、ミクラはまた空間に穴を開けた。
「じゃあ、依頼は達成ということで。報酬は後程、クロ本人が交渉に来ます。」
そう言って穴の中に入っていくミクラ。
「ま、待て!」
「待ってくれ!」
勇者と将軍がそれぞれに彼女を呼び止める。ミクラは全身を穴の中に隠してから、声だけで返事をした。
「何です?ああ、勇者の方は黙って。」
「何を!」
「勇者殿、彼女は命の恩人では?」
「あいつ、いや、あいつらが皆を殺したんだ!」
「どういうことです?」
将軍が詳細を尋ねようとするが、ミクラの声がそれを遮る。
「用がないなら帰ります。急いでいるので。」
「待て!うっ・・・」
勇者は立ち上がろうとするが、体力がまだ戻っていないため、立てなかった。
将軍は一瞬悩む。立場的には勇者の味方だ。だが、勇者は今、冷静さを欠いているように見える。その言葉を鵜呑みにしていいものか。
対してミクラは、方法はわからないが、勇者を実際に救出して見せた。この国の希望を取り戻してくれた。この事実は確かなものだ。
仮に彼女や<赤鉄>がどんな凶悪犯だったとしても、勇者というこの国の希望を助け出したことに変わりはない。ならば、恩には報いるべきだ。
将軍は姿勢を正して尋ねる。
「ミクラ殿。貴女の先程の言葉の真意を伺いたいのです。」
「何でしたっけ?」
「あなたは勇者殿が重要でない、とおっしゃった。」
「ああ、そのことですか。」
「この方は、この国の希望です。この方に、我が国は救われました。そして、これからも勇者殿がいれば、国を守ることができる。それでもあなたは、重要でない、と?」
「・・・・・・」
ミクラは顔を出さず、黙る。将軍には、彼女がどんな顔をしているのかわからない。
少しして、ようやく彼女は答えた。
「そんな大きな話じゃないですよ。ただ、私には、ソレが多くの犠牲を払ってまで救う価値のあるモノだったのか、理解できない。それだけです。」
「・・・我々はその価値があると思っています。」
「あなたたちの価値観を否定する気はありませんよ。私が、そう感じただけです。それじゃあ。」
ミクラはそう言い残して穴を閉じた。
将軍はすぐに人を呼び、勇者が助け出されたことを全軍に伝えるように命じる。同時に、勇者の世話を部下に命じた。
「勇者殿。今は回復に努めてください。」
できるだけ優しくそう声をかけたが、勇者は聞こえていないようだった。ただ、心底悔しそうに「くそっ、くそっ」と悪態をついていた。その姿は、人々に賞賛される英雄には見えなかった。
・・・それでも、わが国には彼が必要なのだ。<赤鉄>にとっては重要でないかもしれんが、勇者が我々の希望なのには変わりない。
将軍はミクラに言われたことと勇者の様子が気になりながらも、再び事務机に向かった。
勇者が回復し次第、反転攻勢に出る。その作戦を立てなければならない。




