M13 閉じ込められた勇者
クロの掘削開始の少し前です。
ピチョン
水滴が顔に当たって、マサキは目を覚ました。
まずは周囲を見渡す。周りには横になっている兵士たち。ピクリとも動かないが、呼吸はしている。
1人だけゆっくりと顔をマサキの方に向けた。目が合うが、お互い何も言わない。その兵士はまた顔の向きを正面に戻し、動きを止めた。
次にマサキは懐中時計を出す。定期的にネジを巻いているそれは、今も正確に針が動いている。
・・・もう40日以上経ったのか。
時計を見ながら、閉じ込められてからの日数を数えてみて、その事実に気がつく。
我ながらよく40日もこんな状況で耐えているものだと感心してしまう。
マサキだけではない。周囲の兵士たちもそうだ。マサキと共にトンネルに入った連合軍の精鋭たち。こんな過酷な状況でも、誰一人文句を言わず、諦めてもいない。
食料もほとんど残っていない今は、全員が可能な限り体力の消耗を抑えようと、動きを止めている。交代で担う見張り役も寝た姿勢のままだ。他の者は木魔法の『コールドスリープ』で代謝を抑えている。
マサキは時計を仕舞い、目を閉じる。ここに閉じ込められてからのことを思い出した。
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帝国軍の東大陸侵攻の要衝であるトンネルを制圧するべく、そのトンネルに突入した勇者マサキ達を待っていたのは、溶岩の罠だった。
マサキは後方から迫りくる溶岩の波を『光の盾』で押し止め、仲間を先に行かせた。
そのままマサキが殿を務めて進んでいた一行を待っていたのは、またしても溶岩。出口側からも流れ出ていたのだ。
やむを得ずマサキ達は一塊になり、マサキは両側に『光の盾』を展開して耐えた。
しばらくすると溶岩は冷えて固まり、動きを止めた。
当面の危機を脱した一同が安堵を息を吐いたが、閉じ込められた現実に気がつく。
脱出しなければ。
全員がそう思ったが、すぐには行動できなかった。
溶岩が固まったとはいえ、その岩はまだ高温である。『光の盾』がその熱も攻撃と判断して防いでくれているので、閉じ込められた一同が蒸し焼きになることはなかったが、『光の盾』を解除できず、その向こう側にも出られない以上、掘削作業は溶岩が完全に冷え切るまでできなかった。
何時間も待ち、ようやく掘削作業に移る。が、予想以上の強度に、皆、愕然とした。
土魔法の干渉を受けないことから、敵が操っているものだとわかってはいたが、まさか精鋭である彼らが全力攻撃してもほとんど削れないとは思わなかったのだ。
しかも、溶岩だけではなく、横の、トンネルの壁すらも同様だった。上下左右前後、どこにも抜け道がなかった。
「仕方ない。待とう。」
そう言いだしたのはマサキだった。
前世の知識を基に、遭難時の心得を思い出していた。自力脱出ができない場合は、大人しく救助を待つべき。掘れない壁を無駄に攻撃するよりも、救助を信じて体力を温存するべきだと判断した。
兵士たちは皆、悔しそうだったが、異は唱えなかった。勇者への絶対的な信頼の賜物だ。
「外にはシンもいる。きっとすぐに掘り出してくれるだろう。」
「そうですね。土の神子様なら。」
そうして救助を待つ間どうするかを相談し始めたその時だった。
「勇者様!壁が!」
「これは!」
「くっ、みんな、下がれ!」
冷えて固まった溶岩が再び熱を帯び始めたのだ。マサキはすばやく『光の盾』で熱を遮断する。
溶岩は徐々に赤熱し、融け始め、再びマサキ達を襲って来た。
『光の盾』で防ぐことは容易だったが、またしても溶岩が冷えるまで『光の盾』を展開し続けることになった。
魔力の消耗は大したことはないが、気力が大いに削られた。
その後はひたすら耐えた。
食料は多めに用意して来たので、少しずつ食べれば問題なかった。
水は生活魔法で綺麗な水を得られる。天井の岩にはわずかに隙間があるようで、水が時々染み出ていた。
マサキが『コールドスリープ』を習得していたのも幸いした。マサキなりに、自分の弱点を考え、対策していたのだ。
不定期に襲ってくる溶岩に対応するため、交代で見張りを立て、それ以外の者はマサキの『コールドスリープ』で代謝を抑えながら眠る。
それでも時々出る排泄物は、壁際に捨てて、溶岩に焼かせた。臭いはひどいものだったが、感染症などになることはないようだった。
閉鎖環境によるストレスも、食事の時間に会話することでなんとか紛らわしていた。
それでどうにか耐えていた。
マサキが重大なことに気がついたのは、閉じ込められて数日後だった。
何もすることがなく、ぼうっと過去を思い出していて、気がついたのだ。
前世のテレビで見た、洞窟に閉じ込められた人たちの話。病気や餓死だけでなく、窒息の危険もあった、と言っていたのを思い出したのだ。
水が染み込んできていることだし、小さな隙間から空気が入って来ているかもしれない。だから杞憂の可能性もあるが、何もしないよりはいいと考えた。
全員を起こして、相談した。
「窒息、ですか?」
「うん。空気はこの狭い空間の分しかないんだ。皆が呼吸していれば、どんどん酸素は減っていく。いずれは呼吸できなくなるかもしれない。」
皆驚くだろうか。そう思っていたマサキの予想は裏切られ、兵士たちは首を傾げた。
「「サンソ?」」
なんと、誰も「酸素」という単語を知らなかった。
詳しく聞いてみると、なんと元素や原子の概念も知らず、科学的知識のレベルは小学生並みだった。いや、小学生でも酸素くらいは知っているだろう。それ以下かもしれない。
せっかくなのでより詳細に聞くと、どうやらこの世界は、技術は豊富だが、科学は未発達らしい。異世界人が技術の完成形の情報を持ってくることが原因だろう。技術の完成は早まるが、原理の理解は進まない。そういうことらしかった。
仕方ないので、原理の説明は後回しにして、マサキの指導で酸素の供給を試みた。
酸素を作る方法はいくつかあるが、植物も薬品もないここでは、使える方法は限られていた。
結局、マサキが試したのは、水の電気分解だった。
適当な水筒を改造して口を2つにし、電極代わりにナイフを1本ずつ刺す。水魔法で水を集め、雷魔法でナイフに電流を流して、水を酸素と水素に分解した。
マサキは気づいていなかったが、純粋な水では電気の通りが悪く、失敗していただろう。しかし、ここで集めた水には、土を通ってきた際に溶けたミネラルが含まれており、通電しやすかった。マサキは偶然にも助けられていた。
マサキ達はこれを定期的に行い、窒息を免れた。
水素まで作ってしまうことに大きな懸念もあったが、火の気は溶岩しかないため、平時に爆発するようなことはなかった。
そして溶岩が襲って来た時には激しい爆発が生じたが、それも『光の盾』の向こう側のこと。マサキ達に被害はなく、天井付近に溜まった水素は都合よく消費された。
もちろん、爆発の際に酸素も消費されてしまったが、不思議と窒息はしなかった。マサキは知らないことだが、溶岩に含まれていた酸化物中の酸素原子も反応していたため、発生させた酸素全てが消費されたわけではないようだった。
そんなことを繰り返しつつ、マサキ達は救助を待っていたのだ。
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そして、40日以上経った3月13日。外でクロ達が勇者救出作戦を実行しようとしていることも知らず、マサキ達はじっと耐えていた。
一通りここまでを思い出しても眠れなかったマサキは、身体を起こした。
気づいた見張り役がまたマサキに顔を向ける。
「勇者様、どうされました?」
「ん・・・少し食べていいかな。」
「遠慮なさらないでください。溶岩が動くたび『盾』で我々を守っているあなたが一番疲労しているのですから。」
「そういうアリスさんこそ、皆の分まで水を作ってくれてる。分解分の水も。」
彼女は、名をアリスという。奇しくも、マサキが初めに戦場で行動を共にし、守れなかった女性と同じ名前だ。よくある名前だとは言え、マサキは彼女に、守れなかったかつての仲間を重ねずにはいられない。
そんなマサキの想いは知らず、アリスは荷袋の中から食料を取り出す。大してうまくもない乾パン。しかも量は1枚の半分だけ。1ヶ月経ったあたりから食料が尽き始め、今ではこれくらい少しずつ食べている。
「私ができるのは、それくらいですから。水適性が一番高いのが私ですし。」
適性が高い方が、より少ない魔力で魔法を行使できる。だから彼女が水の調達を一手に引き受けていた。
「それに、きっと私よりネイサンのほうが大変ですよ。雷魔法は制御が難しいそうですから。」
彼女の視線の先には、眠っている男性兵士。彼、ネイサンはこの中で唯一戦闘で使えるレベルの雷魔法の使い手だ。水の電気分解が実践できているのも、彼のおかげだった。
「そうだね。ネイサンが起きたら、乾パン1枚あげようか。」
「勇者様より多く食べるなんて、きっと彼は恐縮してしまいますよ。」
「そう?なら・・・」
マサキはアリスから受け取った半分の乾パンを口に入れた。がりがりと噛み砕いて、さっさと飲み込んでしまう。
「これで、君が黙っていてくれれば、ネイサンは気づかない。」
「ふふっ。わかりました。黙っていましょう。」
アリスの笑顔に、マサキは癒される。
・・・初めの顔合わせではキツイ印象だったけど、素はこんな感じなんだな。
厳しい状況は変わっていないが、和やかな空気が流れた。そんな時。
「何か音がしませんか?」
「確かに・・・」
壁の向こうから、音が聞こえて来たのだ。
壁は敵の魔力で覆われていて、魔力感知が通らないから、向こう側を知覚することはできないが、音はどんどん近づいてきているような気がする。
「もしや、助けが・・・」
その、期待が籠ったアリスの声は、爆音にかき消された。
この後、(勇者にとって)鬱展開!




