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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
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191 アカネの悩み

 クロ達が出発した後、ダンゾウはいつも通り製錬業を監督する。働かなければ稼げないということもあるが、監視の目を欺くのも理由の一つだ。


 ・・・クロさん達の勘が正しければ、監視者は相当な手練れ。不定期に森を巡回する儂らの嗅覚にも引っかからないんだからな。


 おそらくいつも通りを装っても、いずれはクロ達の不在がバレるだろう。これは時間稼ぎに過ぎない。

 しかし、時間さえ稼げれば、クロ達が仕事を終えて戻って来る。今できることは、少しでもその時間を稼ぐこと。


 ・・・まあ、監視の目の一つは、仕事の依頼人だったわけだが。


 ダンゾウはついさっき訪ねて来たワン副官たちを思い出す。どうやらクロがちゃんと依頼を受けてくれるか心配で、10日も見張っていたらしい。

 人ならざる自分達が信用されないのは仕方ないことだが、それでも溜息は出る。いくら真面目に仕事をしても、ヒトでない自分達はヒトに容易には受け入れてもらえない。

 しかし、そんなことは今に始まったことではない。嘆きを溜息と共に吐き出して、仕事に意識を切り替える。


 ダンゾウは工場で働く部下たちを見て回る。

 皆、作業はいつも通りにできている。しかし、どこか落ち着かない様子も見て取れた。


 ・・・やれやれ。これでは監視者にはすぐバレちまうかもしれねえな。かといって、「落ち着け」と声をかけるのも不自然だし、せめて事故がないようにだけ気をつけるかね。


 一回り見回ったところで、ダンゾウは工場内の休憩室に入り、椅子に腰を下ろす。今働いている1番方がここに休みに来るのはもう少し後の時間だ。今は誰もいない。

 ダンゾウはさり気なく窓を開け、外の空気を吸うていで森を見てみる。ついでにこっそり木魔法で嗅覚を強化して、監視者を探ってみた。


 ・・・やっぱり見つからねえな。もしかすると、監視者なんていなかったりしてな。クロさん達の杞憂で。


 もちろん、それが一番だ。今は万が一を考えて警戒しているだけであり、監視者も敵対者の襲撃もない可能性だって十分あるのだ。

 ダンゾウがそんなことを考えながら窓から顔を出していると、外からアカネが近づいて来た。


「頭領さん。」

「おお、アカネちゃん。どうした?」

「中、入っていい?」

「行儀が悪いって叱られるぜ?」


 アカネは主にマシロから行儀作法を教わっている。窓から入るなんて、マシロに叱られるだろう。

 だが、アカネの分身の女の子は人差し指を口元に当てて、「しぃーっ」と可愛らしく言った。こうしてみると、ゴーレムを人間らしく動かすのもだいぶ上手くなったものだ。


「しょうがねえなあ。ほら。」

「ありがとう!」


 ダンゾウが窓から退いて道を開けると、アカネは背中に分身を乗せたまま跳躍し、窓から休憩室に入る。

 ダンゾウは窓を閉めると、アカネに適当な椅子を勧め、自身も椅子に腰かけた。

 アカネは分身をお行儀よく椅子に座らせると、本体はその隣に陣取った。お座りの態勢でダンゾウを見上げる。


「さて、何かな、アカネちゃん。」

「ダンゾウさん、私にもお仕事手伝わせてくれない?」


 ダンゾウは溜息をつく。このアカネの言葉は予想できていた。何しろ、これが初めてではないのだから。


「アカネちゃん。前にも言ったが、まだ、ダメだ。」

「どうして!」

「ゴーレムの扱いがまだ未熟なお前さんに、ここの仕事はできないよ。」

「でも、こんなに上手になったのよ?これでもダメ?」


 アカネはそう言うと、分身に立たせてくるりとその場で回って見せる。片足でバランスを取って綺麗に回る姿から、精密な動きができるようになっているのがよくわかる。歩くのも難儀していた以前からは見違えるほどだ。

 しかし、それでもダンゾウは首を縦に振らない。


「アカネちゃん。確かに上達してるよ。よく頑張ってる。でも、工場では、それだけじゃダメなんだ。」


 ダンゾウはおもむろに脇にあった椅子を掴み、素早くアカネの分身に投げた。

 咄嗟のことにアカネは驚くが、反射的に素早く回避した。ただし、回避できたのは本体だけである。椅子は分身の女の子に当たった。


「あ・・・」

「もし今のが、工場で起きた事故による飛来物だったら、その分身はぺちゃんこだ。」

「でも、ゴーレムだからすぐ直せるよ。」

「そうだな。だが、問題なのは、反応できなかったことだ。」

「う・・・」

「確かに、ゴーレムが事故に巻き込まれても本体がケガしなければ、大事にはならない。だから、アカネちゃんの今の反応は、最低限はできてる。でも、そこまでだ。ウチの連中なら、本体が回避しながら、飛来物をゴーレムで受け止めてる。」

「うう・・・」


 目に見えて落ち込むアカネ。ダンゾウは心が痛むが、ここははっきりと告げておかなければならない。


「もう1つある。アカネちゃん、その椅子を持ってみな。」

「こう?」


 アカネの分身の女の子が、片手でひょいと椅子を持ち上げた。


「もう少し端の方を持って・・・そう。それで振ってみな。」

「こう・・・わっ!?」


 言われるままに分身が椅子の端を持って振ってみると、分身はバランスを崩して転んだ。

 アカネの分身は、歩いたり走ったりできるようになったが、物を持って作業することができなかった。


「工場ではスコップを持って作業することも多い。スコップで重いものを掬えば、当然、重心が変わる。それに対応できなきゃ、作業はできない。」

「ううう~。」


 アカネは苛立ちと悲しみが混じった声を上げる。分身も涙目だ。闇魔法で描かれているこの女の子の表情は、アカネの感情をストレートに表現する。

 ダンゾウは椅子から立ち、アカネに近づいてその頭を撫でる。


「焦らなくていい。アカネちゃん、まだ1歳くらいだろう?まだまだこれからだ。むしろ、1歳でこんなにできてりゃ天才だぞ?」


 化け狸達は今、この領地に100人弱住んでいるが、全員工場で働いているわけではない。わずかにいる子供たちは、勉強と狩りの練習をしている。工場で働けるようになるのは、10歳くらいだ。魔獣の成長は普通の獣よりだいぶ遅いのである。

 そのことはアカネも知っている。その子供達と一緒に先代達から魔法を習っているのだから。

 その子供たちと比較してみれば、アカネの土魔法が群を抜いて優秀なのはすぐにわかる。狸達に比べて適性が低いにもかかわらず、だ。

 しかし、アカネは納得いっていないようで、むすっとしている。


「ふむ。」


 ダンゾウはアカネを撫でるのを止め、椅子に戻る。


「アカネちゃん。なぜ、そんなに焦ってるんだい?」


 ダンゾウは努めて明るく尋ねる。アカネの悩みを聞くべきだと考えたのだ。

 アカネがまだ若いし未熟だから、と言って突っぱねるのは簡単だ。だが、アカネが納得していないならば、その理由を聞いて悩みを解消すべきだ。悩みを解決せずに放置してストレスになれば、アカネの健康にも成長にも良くない。

 アカネは話すべきかしばし逡巡する。ダンゾウはアカネが話すのをじっと待った。

 やがてアカネはぽつりとつぶやく様に尋ねた。


「頭領さんは、アカリさんをどう思う?」

「・・・アカリさんか。真面目でいい子だ。勤勉で努力家。ただ、ちょっとワーカーホリック気味なのは心配だがね。」


 アカネの言いたいことが、ダンゾウには既に察しがついたが、遮らずに正直な所感を述べる。


「そうだよね。アカリさんはすごい。もう、皆の役に立ってる。」


 アカネの分身が溜息をつく。ゴーレムなので呼吸はしないが、アカネの心情を体現している。


「私の方が先にここにいるのに、私は役に立ってない。」


 アカネは去年、クロに助けられてからずっとここにいる。しかし、やっていることと言えば、魔法の勉強と狩りくらい。製錬業は手伝えないし、敵と戦う力も不足している。料理や掃除などの家事の手伝いも、満足にできない。

 予想通りのアカネの悩みに、ダンゾウは心の中だけ反論する。


 ・・・いや、十分役に立ってるんだがなあ。


 アカネは狩りを自分のためにやっているつもりだが、実際は狸達の食料調達の助けにもなっている。アカネが狩ってくる獲物は、アカネ一人分以上の収穫になっているのだ。ただ、獲物は必ずムラサキたちによって調理されてから食べているので、アカネにとっては実感が湧かないだけだ。

 それに、ただいるだけでもクロ達の癒しになっている。特にその性質上、ストレスに苛まれやすいクロにとっては、かなり重要な癒し要因なのだ。


 ・・・とはいえ、それを言ってもアカネちゃんは納得しないだろう。


 悩める者を救うのは事実ではない。正論をぶつけても救いにはならない。その正論がどれだけ論理的であろうとも。

 アカネにとって、年齢は関係ないのだ。今、クロ達の役に立ちたい。いや、役に立っているという実感が欲しいのだろう。

 では、今のアカネにとって、救いとなる提案は何か。ダンゾウは頭を捻り、答えを出す。


「じゃあ、アカネちゃん。簡単な仕事から、手伝ってくれるかい?」

「えっ!?」


 アカネが本体も分身も同時に驚いた顔をしてダンゾウを見上げる。実に可愛らしい。


「朝の原料の運搬、手伝ってくれ。」

「でも、それはもうアカリさんが・・・」

「アカリさんがいつでもいてくれる保証はない。今回みたいに、別の仕事で不在になったら、儂等で運ばにゃならん。」

「あ、そうか。」

「それに、これはアカネちゃんの練習だ。」

「練習・・・」

「ゴーレムで物を持って運ぶ。まずはここからだ。結構大変だぞ。原料は一つ一つ形が違う。バランスのいい持ち方を考えて持つんだ。やるかい?」

「やる!お願いします!」


 ぴょんぴょん飛び跳ね、表情でも動きでも喜びを表すアカネ。少しでも役に立てることが余程嬉しいのだろう。


「じゃあ、早速、明日の朝から・・・」


 ダンゾウがそう言おうとしたその時。


「ギャア!ギャア!」


 遠くから、スイーパーの鳴き声が聞こえた。

 ダンゾウは素早く窓に移動し、窓を開ける。


「ギャア!ギャア!ギャア!」


 スイーパー達は鳴き続けている。普段は出さない声だ。この声の意味は、ダンゾウもアカネも知っている。クロ達が不在の時の家の防衛計画を話し合った際に合図として定められたものだ。

 敵襲である。


「大事な話をしてるところに、無粋な野郎共だ。アカネちゃん!先代に知らせてくれ!儂は指揮を執る!」

「わかった!」


 アカネは窓から飛び出し、ダンゾウは工場で作業中の部下たちへと知らせに向かう。


 ・・・まったく、杞憂であってくれりゃあ良かったってのに!


 クロ達が戻って来るまで、主戦力不在の状態で家を守り切らなければならない。ダンゾウ達の戦いが始まった。


家sideの話の続きは、勇者救出作戦sideが終わってからになります。

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