188 アカリの服装
ほのぼの回。次からしばらく戦場なので、貴重です。
3月12日。ヤマブキがサンシャン山脈へ向かって発ってから10日が経った。
クロ達は昼食を取りながら情報交換を行う。もっとも、魔族であるクロ、マシロ、ムラサキはお茶だけだが。
「そろそろヤマブキが着く頃か。」
「そうですね。今朝様子を見に行ったら、もう陸の上を飛んでました。東大陸には着いたようです。」
朝の仕事を終えた後に、またヤマブキに小説を読み聞かせに行っていたアカリが答える。
「あと、どのくらいで着きそうだった?」
「ヤマブキさんの見立てでは、今日の夜か明日の朝だそうです。」
「そうか。各自、準備できてるか?」
クロが見渡すと、各々頷く。
「私は問題ありません。いつでも行けます。」
「私もです。練習は十分しましたし。」
「オレの目から見ても大丈夫だ。もちろん、オレもな。」
「製錬業の方はこの10日、トラブルなくやっていけてます。クロさん達は心配なく仕事してきてくだせえ。」
「防衛も問題ないですぞ。いざとなれば儂がアイアンゴーレムを出します。」
「私もいるよ!」
マシロ、アカリ、ムラサキ。居残り組のダンゾウ、先代、アカネがそれぞれ返事をする。
クロはすぐそばのアカネを撫でた。
「アカネは無理しなくていいからな?」
「私だって戦えるよ!」
「まあ、成長は認めるが・・・」
それでも心配なのが親心だ。もっとも、クロの不在時に襲撃があると決まったわけではない。あくまで万が一の備えだ。
・・・確かにアカネは幻覚魔法も炎魔法も、さらに土魔法も腕が上がって来た。もうこの辺の魔獣が相手でも十分戦える。ただ、相手がヒトだった場合、勝手が違うからな。
アカネが積んでいた訓練はあくまでこの森での狩りだ。対人戦は経験がない。それがいささか不安だった。
そんな話をしているところへ、来客である。
「マスター。スミレさんがいらっしゃったようですよ。」
「本当にあいつはこっちを監視してるようなタイミングで来るな。」
ちょうど一同の昼食が終わって、片付け始めたところだ。食後の休憩時間を狙ってくるのは、単にこちらのスケジュールを把握しているだけかもしれないが、スミレが相手だとどうも薄気味悪く感じる。
「こんにちわ~、お邪魔しま~すぅ。」
「はいはい、いらっしゃい。」
やけに上機嫌なスミレは何か荷物を持っている。
「あ、アカリさん!」
「は、はい!?」
スミレに声をかけられて、アカリはビクッと体を震わせる。やはりまだスミレが苦手なようだ。
「間に合ってよかったですぅ。もう出発したかと思ってましたからぁ。」
「・・・間に合う、って何のことだ?」
まさかとは思いつつもクロが確認すると、スミレは得意気に答える。
「隠しても無駄ですよぉ。クロさん、東の戦線に行くんでしょ~?」
「どこで聞いた?」
「傭兵ギルドで、イーストランドの軍人さんと会ってたでしょう~?」
「それだけか?」
軍人に会っていただけでは、クロが依頼を受けたかどうかもわからないはずだし、依頼内容も知らないはずだ。相談をしていた部屋の盗聴はマシロが警戒していた。
「あとは、その後に軍人さん達が大慌てでいろんな物資を買い集めていたことですかねぇ。特に、ペアリング5組は目立ちましたよぉ?あとはアカリさんの能力を考えれば、推測は容易ですぅ。」
「・・・我ながら、警戒が甘かったな。」
「そこは、我々の諜報能力を褒めてくださいよぉ。」
クロとしてはそれなりに依頼内容を隠したつもりだったが、いくらクロが警戒しても依頼人の方が警戒不足では無意味だった。それに、やむを得なかったとはいえ、ペアリングまとめ買いは流石に目立ち過ぎた。今後の反省点として心に留める。
「で、何の用だ?」
「ふっふっふ~。ともかく、詳しい内容はわかりませんが、アカリさんの能力で東大陸に行くんですよねぇ?」
「まあ、そうなるな。」
「ということは、アカリさんに余所行きの服が必要だったと思ったんですよぉ。」
「私の、服ですか?」
急に話を振られたアカリが戸惑う。しかも、ここ最近自分の服装のことはまったく意識していなかったので、言われて初めて自分の格好を顧みた。
上着もズボンもマシロ特性の魔法強化炭素繊維の服だ。丈夫で軽い、優秀な装備ではあるが・・・
「全身黒一色じゃないですかぁ。マシロさんのようにきれいな白髪であればまだしも、アカリさんじゃあ真っ黒ですよぉ。葬式か!って感じですぅ。」
「う。た、確かに。」
「で、その上に羽織る外套でも着ればマシになるんじゃないかと思いましてぇ。買ってきましたぁ!」
スミレは持ってきた荷物を持ち上げて見せる。
「ほう。正直助かるな。俺らじゃあ、人間の女性のセンスがわからんし。」
クロは美意識がずれているし、ムラサキは人間の常識はわかるものの、女性の好みまでは詳しくない。マシロは人間の常識不足。雌の狸達なら人間に紛れていた経験からある程度知っているだろうが、やはり人間でないという点で不安が残る。
町に住んでいて、女性で、ヒトに分類される獣人のスミレなら、そう間違わないだろう。
「さあ、どうぞ、アカリさん~。」
「あ、ありがとうございます。」
アカリは差し出された荷物を恐る恐る受け取る。受け取った瞬間にまた掴まって自白魔法でもかけられるんじゃないかと警戒するが、そんなことはなく普通に渡された。
受け取った荷物をアカリは普通に膝の上に乗せる。無事に受け取れてホッとしていると、周囲の視線に気づいた。
「・・・あの、今、着ます?」
「もちろん~。」
「試着しておいた方がいいだろ。」
「では、ちょっと失礼して・・・」
アカリは荷物を開いて中身を取り出し、一通り着てみる。
で、出来上がったのが・・・
「な、なんですか、これ!」
外套は実は茶色のローブだった。全身をすっぽり覆ってしまえるサイズだ。
そして、頭の上にあるのが、帽子。ただの帽子ではない。庇が大きく、なにより、形状が円錐形。その円錐形が途中で折れている。いわゆる、魔女の帽子だ。色は暗い紫色。
そう。見るからに魔女の格好である。
「お~、似合ってますよぉ。アカリさん~。」
「に、似合ってるわけないじゃないですか!というか、この帽子、要らないですよね!?」
「いやいや、東大陸に行くんでしょう~?もしかしたら、知り合いに会っちゃうかも・・・でも、その恰好なら、まずバレません~。」
「それは・・・そうですけど、何か、もっと、こう・・・ああ、もう、クロさんからも何か言ってください!」
クロの作戦では、アカリはほとんど人前に出る予定はない。そんな変装は不要なのだが、慌てているのかアカリはそれに気がつかない。
そしてクロはというと。
「真白、杖とかなかったっけ。古めかしい奴。」
「登山用ならまだしも、古めかしいのはないですね。」
「なんで魔女装備揃えようとしてるんですか!?」
「いや、面白くて。」
クロは似合ってるかどうかよりも、面白いかどうかが重要だった。そして、今のアカリの格好は、面白かった。
クロが当てにならないと見たアカリは、次にマシロに助けを求める。
「マシロさん、これ、おかしいですよね?」
マシロは少し首を傾げてから、答える。
「ふむ。私の服を脱がなくていいので、防御面は変わりませんし、耐寒性能は向上しています。スミレさんの言う通り、素性を隠すのにも使えますし、良いんじゃないですか?暗めの配色も闇に紛れやすくてよさそうです。」
「性能しか見てない!?」
味方はいないのか。アカリが味方を求めて見回すと、紫色の猫が目に入る。
この一家で数少ない常識人、いや猫、ムラサキ。最後の頼みの綱だ。
「ムラサキさん・・・」
「まあ、変な恰好ではあるかな。」
「ですよね!」
「でも・・・」
ムラサキはひょいっと跳び上がり、アカリの肩に乗る。
「どうだ?」
「「おお、魔女っぽい。」」
スミレとクロが同時に感想を漏らした。暗い配色のローブと帽子、そして肩に猫。さらに魔女っぽくなった。
「いいな、これ。これで行こう。」
すっかりこのアカリの格好を気に入ってしまったクロの言葉で、議決。
アカリは諦めてこの服装で行くことにした。
「多数決の暴力です・・・ひどい・・・」
その後、落ち込むアカリに追い打ちをかけるように、クロとマシロが大急ぎでアカリ用の杖を作ってしまったことで、アカリは吹っ切れた。
魔女上等。どうせ人外に雇われている身。魔女にでもなんでもなってやろうじゃないか、と、半ばやけくそで思うのだった。




