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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
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187 道中のトラブル

 ヤマブキが出発して7日経った頃。クロ達は表向きいつも通りの製錬業を行いつつ、裏で作戦準備を進めていた。

 といっても必要物資はすでに『ガレージ』に入れて準備済み。今やっているのは、アカリの練習だ。

 今もまた、アカリが『ガレージ』から帰って来た。クロは時計を見ながらそれを迎える。


「おかえり。滞在時間10分ってところか。もう慣れたか?」

「はい。だいぶ・・・」


 最初の挑戦時には『ガレージ』から出て来てすぐに嘔吐&気絶までしていたアカリだが、この7日間練習を続けて、普通に出入りできるようになってきた。今は『ガレージ』内で長時間滞在する練習中である。


「でも、やっぱり1人では不安です。」

「ムラサキがいれば大丈夫か?」


 クロはアカリの足元に目をやる。アカリの脚に寄り添ってムラサキがいた。


「はい。ムラサキさんがいれば、長時間の滞在も問題ないです。」

「オレの眼から見ても大丈夫そうだ。これなら本番も行けるだろ。」


 アカリだけでなくムラサキも合格を出した。アカリだけなら強がりの可能性もあったが、ムラサキもそう評するのであれば問題ないだろう。


「わかった。あとは山吹からの到着連絡待ちだな。」


 クロの言葉に2人も頷いた直後、アカリが何かに気づいて声を出す。


「あ。」

「どうした?」


 アカリは左手を顔の前に持ち上げる。薬指にはめた指輪が光っていた。

 アカリの左手には5つの指輪がはめられている。右手にも1つ。1つはアカリの元々の持ち物だが、残りはワン副官たちに用意させたペアリングだ。

 本番に向けての試験運転として常に身に付けている。それぞれの指輪と対になる指輪をヤマブキ、クロ、マシロ、ムラサキ、アカネ、ダンゾウが持っている。

 これにより、アカリを中継係として全員が遠隔地でも連絡を取り合うことが可能だ。さらに、いつでもアカリから物資を受け取ることもできる。画期的システムと言えるだろう。

 ただ、デメリットがあるとすれば、アカリが指輪を大量に着けているのが成金っぽくて若干見栄えが悪いことだ。本人の容姿が平凡であることからひどいギャップも感じる。

 それはさておき、今光っているのはアカリの元々の持ち物であるペアリングで、対の指輪はヤマブキが持っている。噂をすれば影。ヤマブキから連絡が入ったようだ。


「ヤマブキさんからです。映像も来てます。」

「早いな、もう着いたのか?」

「いや、早すぎだ。何かトラブルか?」


 いくらヤマブキの飛行が速いとはいえ、7日ではまだ着いていないはずだ。本人も最低10日はかかると言っていた。

 そうなると、移動中にトラブルが発生したのかもしれない。クロとムラサキが臨戦態勢に入り、お茶を淹れていたマシロも作業を中断する。


「何かサインは?」


 指輪経由で伝えられるのは自分の視界の映像だけだ。音声は送れないのでハンドサインで連絡することになっている。

 尋ねられたアカリは首を横に振る。


「何も。海しか見えません。」

「まだ海上か。」

「海獣にでも襲われたか?」

「アカリさん、映像に揺れはありますか?」


 マシロが映像の状態を尋ねる。クロの言う通り襲われているのなら、ヤマブキの視界は激しく動いている可能性が高い。


「いいえ。飛行は安定しているようです。」


 しかし、揺れもないという。いったいどうしたのか?いくら待ってもサインすらない。

 少し悩んだ末、クロが結論を出す。


「仕方ない。直接見に行こう。『ガレージ』の練習も兼ねてな。」

「はい!」


 アカリは既に覚悟を決めた顔で返事をする。


「もしかしたらやばい事態かもしれない。俺も行こう。」

「よろしくお願いします。」

「いってらっしゃいませ。」


 そうしてアカリはマシロに見送られ、クロとムラサキを連れて『ガレージ』に入った。



 クロは『ガレージ』内を見渡す。入口を閉じると、全く光源がないせいで、夜目が効く魔族の目でも周囲が見えない。ただし、魔力視は有効なので、大雑把に周囲の様子はわかる。


 ・・・いろいろ揃ったな。ここで数日滞在も可能なように家具やら何やら用意してある。問題なさそうだな。


 部下の仕事ぶりを見る上司のように部屋の内装を評価していると、アカリが出口の作成に取り掛かり始めた。


「クロさん、ヤマブキさんの視界に出口を作りますよ?」

「ああ。作ったらすぐに出口から離れろ。何があるかわからん。最初は俺が出る。」

「わかりました。」


 最悪を想定すれば、待ち伏せの危険もあるのだ。アカリがやられれば、クロ達はここに閉じ込められる恐れがある。

 アカリが指示されたとおりに、出口を作った直後にそこから離れる。クロはそっとそこに近づき、出口の穴に頭を入れた。

 途端に強烈な潮風が顔を殴る。目を細めつつ周囲を見渡すと、すぐ横にヤマブキを確認した。


「おお、クロ殿。」


 ヤマブキは何の問題もなさそうに優雅に飛んでいる。碌に羽ばたいておらず、のんびり飛んでいるように見えるが、相当な速度が出ているのは顔を殴る強風でわかる。『ガレージ』の出口はヤマブキと並走している状態だ。


「いやあ、魔力を指輪に込めて連絡したのはいいものの、この形態ではハンドサインが出せない事に気づきまして、途方に暮れていたのでござる。」

「ああ、なるほど。」


 確かに飛行しているヤマブキは鳥形態のため、手は翼になっている。足は動かせるが、顔の前に持ってくると飛行態勢が崩れてしまうし、第一、指の形が違ってサインを作れない。


「直接来ていただいて助かり申した!その様子だと、アカリ殿の『ガレージ』の運用は順調でござるか?」

「ああ、見ての通り俺をここに転送できている。本人も後ろにいるぞ。」


 クロの様子から危険がないと判断したアカリが、ムラサキと一緒にクロの後ろから顔を出す。


「あ、ヤマブキさん。無事ですか?」

「もちろん、無事にござる!いかがされた?」

「そりゃこっちのセリフだぜ。予定外の連絡が来たから、緊急事態だと思って急いで来たんじゃねーか。」

「おお、それは失礼。いや、トラブルではござらん。」


 ヤマブキの返答に、アカリとムラサキはホッと胸を撫で下ろす。対してクロは怪訝そうに尋ねた。


「じゃあ、何の用だ?」

「ふむ・・・クロ殿。拙者は自分の変化に驚いていたのです。」

「は?」


 急に語りだしたヤマブキをクロは訝しむが、ヤマブキは淡々と語り続ける。


「ただの魔獣であった頃は、実に単純な生き方をしておりました。空を飛び、獲物を探し、狩り、食す。そうしてただただ生きておりました。」

「まあ、獣として正しい生き方だな。」

「その通りです。ですから拙者はその生活に疑問も何も持たずに生きていたのでござる。しかし、神獣になり、魔族になり、随分と頭も回るようになり申した。」

「成長したんですね。」


 アカリは素直にそう評するが、ヤマブキはあまり嬉しそうでない雰囲気だ。


「成長・・・確かにそうでござる。強くなり、賢くなりました。しかし、良いことばかりではなかったのでござる。」

「何か悪いことが?」

「然り。頭が回るようになり、それ故に、拙者は色々なことを考えるようになり申した。すると、拙者は繰り返す日々に苦痛を感じるようになってしまったのでござる!」

「あー、わかる。退屈を感じちゃうようになるんだよな。」


 ムラサキがヤマブキの言葉に同意する。

 魔獣は賢いとはいえ、獣である。必死に生きる中で、余計なことは考えない。

 神獣、そして魔族へと進化したヤマブキは、知恵を得ていろいろ考えるようになったことで、退屈という感情も覚えたのだろう。いや、感情自体は以前からあったかもしれないが、進化前は生きるのに必死で感じることはなかったのだろう。強さを得て生活に余裕ができたことで、初めて感じるようになったのだ。

 獣のシンプルな生き方を美しいと感じるクロにとってはやや悲しい話だ。獣が力を得るのは嬉しいが、それによって生活に余裕ができ、人間に近い感情を得て、それが獣の苦痛になってしまうのは何とも残念なことだ。獣の美しい生き方は、厳しい環境あってこそのものなのだろう。クロにとって美しさと豊かさの両立はとても難しい命題である。


 話が戻って、ヤマブキの語りは続く。


「そう、退屈。拙者はそれを感じるようになったしまいました。そして、今!まさにそれを感じていたのでござる。」

「はあ。」


 嫌な予感がして、いや、ヤマブキの話の先が見えた気がして、クロは気のない返事をする。


「こうして飛び続けて7日。上空の気流を捉えることで、予定より早く進めているのは僥倖でござったが、見えるのは海ばかり。たまに点在する島を眺めたりもしましたが、それも稀なこと。どこまで行っても海、海、海!拙者、飽き申した。」

「・・・・・・」

「で、アカリ殿。」

「はい?」

「拙者の部屋から漫画を何冊か持って来て・・・」

「よし、帰るぞ、お前ら。」


 すぐさまクロが踵を返すのを見て、ヤマブキが慌てて引き留める。もっとも、飛行態勢を崩せないので、声だけだが。


「お、お待ちくだされ!本当に退屈なのです!この苦しみ、拷問にでもかけられているかの如く!」

「心配しなくても、あと1日2日飛べば陸も見えて来るだろ。」

「その1日が長いのでござる!1日は24時間でござるぞ!1440分でござるぞ!」

「ああ、わかったわかった。」


 クロはやれやれと言った様子で『ガレージ』の出口に戻って来る。


「ご理解いただけましたか!では漫画を・・・」

「頑張れ。・・・よし、帰るぞ。」

「ああ!お待ちください!小説でもいいですから!」


 無視して帰ろうとしたクロを、ヤマブキが今度は『レールガン』でクロの剣を引っ張ってまで引き留める。

 ここまでされては無視もできない。クロは渋々ヤマブキの下に戻り、溜息をつく。


「しょうがない。ダメな理由を教えてやる。」

「理由とは?」

「持ってきたとして、どうやって読む気だ?」

「・・・あ。」


 先も言った通り、飛行中のヤマブキは手を使えない。本を持てないのだ。


「れ、『レールガン』で浮遊させて・・・」

「金属製のブックカバーを作ってか?だが、ページをめくれないだろう。第一、本が痛む。」

「ぐっ!」


 苦し紛れの意見も却下され、ヤマブキは言葉に詰まる。

 そこへクロがさらに追い打ち。


「それと、お前は読書しながら周囲の警戒ができるのか?」

「ううっ!」


 ヤマブキの感知はほとんど眼に頼っている。電気を利用した感知も可能だが、有効範囲は狭い。本を読んでいたらほとんど無防備だ。そのうえ、ヤマブキは読み始めると熱中するタイプである。間違いなく隙だらけになる。


「反論は?」

「・・・ござらん。」


 結局、ヤマブキの希望は叶えられることなく、クロ達は家に戻った。


ーーーーーーーーーーーー


 その数十分後。悲しみと共にぼーっとしながらヤマブキが飛行していると、意識下に別の映像が送られてきた。


「む?」


 そのあとすぐに視界に黒い亀裂が走る。それは広がって穴になり、アカリがムラサキと一緒に出て来た。


「ふう、ヤマブキさん、お疲れ様です。」

「うむ。如何いかがされた?」


 ヤマブキの質問に答える代わりに、アカリは『ガレージ』から何かを取り出した。


「そ、それは!」


 ヤマブキが愛読している時代小説だった。しかも、ちょうど読んでいたところのものだ。


「アカリに感謝しろよ。あの後、アカリがクロと交渉して、手が空いた時だけでも持ってくるようにしたんだ。」

「クロさんの言う通り、潮風に当てると本が傷んじゃうから、『ガレージ』の中から読み聞かせになっちゃうけど、いいですか?」

「あ、アカリ殿・・・!」


 ヤマブキはじーん、という擬音が聞こえそうなほど感動している。人間形態だったら涙すら零していただろう。


「この御恩は一生忘れません!」

「そんな大げさな・・・ほら、読みますよ。栞が挟まってるところからでいいですか?」

「お願いいたします!」


 そうしてアカリは『ガレージ』の出口をヤマブキと並走させながら、小説を読み聞かせた。退屈していたムラサキが加わってセリフを読み分けたりして読み聞かせていると、アカリも何だか楽しくなってきた。


「その武勇、敵ながら天晴あっぱれ!」

「御首、頂戴!」

「いざ、尋常に勝負!」


 アカリは精いっぱい声を低くして、小説の登場人物になり切る。ムラサキもそうだ。聞いているヤマブキも興奮のあまり曲芸飛行まで始める。

 海の上の遥か上空、高速で移動しながら開かれた読書会は、暗くなるまで続いた。


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