185 「ガレージ」の中へ
アカリが『ガレージ』に入る。それができることが、勇者救出作戦の要だ。これができなければ、作戦は実行不可能。救出を諦める他ない。
全員が固唾を飲んで見守る中、アカリが宙に手をかざし、唱える。
「『ガレージ』」
アカリの手の前に、直径2mほどの円形の穴が開いた。ここの住人たちにとってはもはや見慣れた『ガレージ』の入口。
ここにアカリが現れて1ヶ月弱。ここに重い物も軽い物も、生物も非生物も、あらゆるものを収納し、取り出していた。ただ1つ、アカリ自身を除いて。
入るのは簡単。そして出る方法も確立されている。実行可能かどうかは、偏にアカリの心次第だ。
入口の前でじっとその入口を見つめるアカリに、クロが声をかける。
「確認だ。」
そう言うとクロは指輪に魔力を込める。クロの指輪が光ると同時に、アカリの指輪も光った。さらに、アカリの意識下に別の景色が映る。クロの視界だ。
「見えるか?こっちは見えてる。」
「・・・見えます。問題ありません。」
「よし。」
指輪が正常に機能することを確認した。これでアカリが『ガレージ』に入っても、クロの視界を共有することで出口を作れるはずだ。
確認を終えると魔力を込めるのを止める。指輪の光が消えた。
「まずは自力で出てみてくれ。しばらく経っても出て来なければ、こっちから魔力を送る。」
「お願いします。」
準備は整った。アカリは『ガレージ』の入口へと歩く。
暗く、中が全く見えない黒い穴。決意を固めて、アカリはその穴へと手を差し伸べる。
指先からゆっくりと入ると、穴に入った手が、『ガレージ』内の空気を感じ取る。
閉鎖環境ながら、淀んだ感じがしない空気。だが、清々しくもない。ただただ何もない、無味乾燥な空気。徹底的に管理された飼育箱のような。
それを感じた瞬間、アカリは意図せずに体が震える。固めたはずの決意が吹き飛んで、恐怖で満たされる。
絶望に鍛えられ、動じなくなったはずの精神が大きく揺さぶられる。
いつ窒息するかもわからない恐怖、飢えの苦しさ、そして、飢えに耐えかねて恋人の遺体に喰らいついた時の血の味が思い出された。
「ううっ・・・!」
吐き気がして、その場にうずくまりそうになる。辛うじて立ったままでいられたのは、皆がアカリの様子をじっと見守っていたからかもしれない。
・・・恐い!嫌だ!入りたくない!
そんな思いがどんどん湧いてくる。
・・・いいじゃない、入らなくても!作戦ができなくたって、何とかするってクロさんも言ってたじゃない!別に、できなくたって・・・
できないことを正当化しようとする考えが浮かんで来る。やらなければ、と決意していた気持ちは心の奥底で眠ってしまったかのようだ。
手を引き、後ろに下がろうとする。
そのアカリの肩に、とん、と重いものが乗った。
「辛そうだな。一緒に入ろうか?」
「ムラサキさん・・・」
ムラサキがアカリの肩に乗っていた。ふかふかの毛が顔に当たるが、温かくはない。魔族であるムラサキの体温は人間より若干低く、むしろ冷たく感じるほどだ。
それでも、アカリは温かさを感じた。同時に、何のためにこの恐怖に立ち向かおうとしたのかを思い出す。
・・・そうだ。いいわけがないじゃない!ここで諦めたら、お世話になった皆が戦争に巻き込まれる。ウーチンの兵士さん、神官さん、運送会社のフレッドさん、メアリさん、皆。ここでできなきゃ、私は恩を返せない!役立たずには、なりたくない!
アカリは何度か深呼吸をして、力強く前を見る。
「ありがとう、ムラサキさん。でも、もしかしたら閉じ込められちゃうかもしれないよ?」
「アカリと一緒なら、それもありかもな。」
ムラサキは笑ってそう答える。
良いわけがないだろう。きっとムラサキはアカリのために命を懸けてくれると言っているのだ。
そう感じたアカリは、さらに心の奥に恐怖を押し込めて、眠っていた決意を呼び起こす。
・・・ムラサキさんは、私を信じてくれてる。応えなきゃ!
アカリはそれ以上何も言わず、1歩、前に出た。右腕が半ばまで入る。もう1歩。肩口まで入った。もう入口の闇は顔のすぐ前に来ている。
・・・大丈夫、大丈夫!
ちらとムラサキを見る。ムラサキはいつも通り、暢気な顔だ。それを見て、アカリは気持ちを落ち着かせる。
・・・大丈夫!!
そう心の中で叫ぶと同時に、一気に入口へと入った。
何でできているかもわからない無機質な床。本当に存在するのかもよくわからない壁。星がない夜空のような天井。久しぶりの、見慣れてしまった空間だった。
入口を閉じれば、真っ暗になる。すぐさまアカリは灯りを点けた。
「『ライト』」
アカリの手元に光が生じる。その光に照らし出されたのは、ベッドや衣服。アカリの私物だ。ここは『ガレージ』内にあるたくさんの部屋のうち、アカリが私物を入れている部屋だった。
『ガレージ』に閉じ込められていた時には汚れてボロボロになっていたベッドや衣服も、中身を整理したときにマシロが洗って繕ってくれた。今は新品同様とはいかないまでも、綺麗になっている。
アカリの肩に乗ったムラサキがそれを見て感想を述べる。
「へえ、慣れれば住めそうだな。最低限はそろってる感じ。」
「・・・そうだね。うん。最低限はあるよ。」
「でも、今はすぐ出ないとな。」
「うん。皆待ってる。」
言葉少なに答えて、アカリはすぐに左手の指輪に意識を向ける。そして、魔力を込めると、指輪が光り始めた。
しかし、映像が来ない。
「あ、あれ?」
「どうした?」
「な、なんで!?見えない!ちゃんと確認したのに!」
一旦魔力を切って、再度込め直しても、指輪は光るがクロの視界が浮かんでこない。何度繰り返しても同じだ。
「なんで!?なんで!そんな、嘘でしょ!?」
腕を振ったり、指輪をはめ直したり、アカリはとにかく慌てた。
押し込めた恐怖が蘇って来る。また閉じ込められてしまったのか?そう思うとあっという間に心が折れそうになった。
しかしそこで、アカリの顔を紫色の毛が包んだ。
「落ち着け!アカリ!」
暴れるアカリの顔に、ムラサキがしがみついたのだ。急に視界を塞がれたが、ムラサキの毛が顔を撫でて、ムラサキの声を聞いて、徐々に落ち着いて来た。
「あ、ムラサキさん。」
「落ち着け。指輪に多めに魔力を込めてみろ。」
「多め、に?」
「そうだ。クロが言ってた。異空間であるここに接続するには、普段より多めに魔力を込めなきゃいけなかったって。アカリ、お前を救出した時の話だぜ。」
ムラサキの説明を聞くとともに、パニックになっていた頭が整理されてくる。
・・・あ、何を慌てていたんだろう、私。ムラサキさんの言う通りだ。それに、クロさんも出るのが遅ければ、あっちから繋いでくれるって言ってたじゃない。第一、覚悟を決めて入ったのに、こんなに慌ててみっともない。
アカリは深呼吸して、呼吸を整える。
「わかった。ありがとうムラサキさん。ムラサキさんがついて来てくれてよかった。」
「役に立ったようなら何よりだ。」
「うん。私も、役に立たなきゃ。」
アカリは両手を組んで、祈るように指輪に魔力を込める。すると、指輪は徐々に輝きを増していく。そして、唐突に頭の中に景色が浮かんだ。
・・・あの時と同じだ!行ける!
「『ガレージ』っ!」
アカリが手をかざすと、アカリの目の前に暗い穴が開いた。迷わず飛び込むと、アカリの眼に強い光が飛び込んできた。




