184 救出作戦準備
ふう、とワン副官はクロが去った部屋で深く息を吐く。
・・・<赤鉄>について事前に調べておいて、本当によかった。覚悟なくあの魔眼と目を合わせていたら、取り乱していたかもしれん。
ワンは、ホン将軍の命で勇者救出を<赤鉄>のクロに依頼する任を受けてここに来た。魔導船に乗り、馬車を乗り継いで、できる限り早く移動した。
しかし、そうしてフレアネス王都に到着しても、すぐにはクロのところへは向かわなかった。
何しろ相手は魔族。他に手がないこんな状況でなければ、頼りたくない相手だ。悪評も聞き及んでいる。
そんな相手に協力を求めるなら、事前準備が不可欠だ。どんな人物なのか?性格は?何が好みか?何を嫌うのか?とことん調べた。
今日、傭兵ギルドで出会ったのは偶然。傭兵から彼の情報が得られないかと思って訪れていたところだった。
既に最低限の情報は集めていたので、この機を逃すわけにはいかなかった。ここで交渉できれば、危険な魔獣の森に踏み入る必要がない、というのも大きかった。
そうして急遽交渉に臨んだわけだが、事前準備が多いに活きた。
まず王城に勤めた経験がある兵士から聞いた、彼の人となり。変わったところはあるが、基本的に人間と同じ。無愛想だが、礼儀正しく接すれば、普通に話ができる。魔族だからと言って過度に忌避したり見下したりせず、一流の戦士として敬意を持って話せば、応えてくれるし、報酬を提示すれば依頼も受けてくれる。
次に彼の能力。何人かの証言により、クロが恐怖の魔眼持ちだと推察できた。これを知らなければ、クロが頑なにこちらと目を合わせようとしないことに苛立ったかもしれない。何より、交渉の最後に一瞬目を合わせた時、耐えられなかっただろう。
・・・あれはまさしく死の恐怖を与える魔眼だ。新兵だった頃に戦場で死にかけた時の情景がまざまざと浮かんだぞ。
思い出しただけでワンは身震いする。
しかし、いつまでも休んでいられない。何より、部下の前だ。
「さて、時間がない。早速、これらを調達に行こう。」
時間はすでに15時を過ぎている。明日の朝までに必要なものをそろえなければ、交渉すらできないかもしれない。
「分担しましょう。買い物する程度なら、人間だけでも問題ないはず。」
彼らは王都について数日、町中を動き回って、獣人との接し方がわかって来た。獣人族至上主義の国の中心とはいえ、表通りで買い物するくらいなら、人間族でも問題ない。
「そうだな。だが、念のため2人1組で行動するぞ。万が一の時は西門の外で合流だ。」
「「「了解!」」」
「よし、班分けだ。ボブ、メイ、食料関係を頼む。」
「「はっ!」」
「カール、キム、他の雑品を頼む。ここからここまでだ。」
ワンはメモを指差しながら指示する。内容は、石鹸、洗剤、常備薬、・・・
「日用品に見えますが・・・」
「・・・私にもそう見えるが、要求されたなら用意するしかあるまい。現地までの移動中に使う消耗品と考えれば、確かに必要なものかもしれん。」
「随分綺麗好きなのですね・・・了解しました。」
軍人からすれば、戦時には石鹸や洗剤などはあまり使わないい。病気にならない程度に最低限の衛生環境だけ気を付けるだけだ。彼らもここまでの旅路には体を洗うのも周囲の清掃も最低限だった。
「最後に、スッカ。私とちょっと面倒な物を買いに行こう。」
「はっ。面倒なものとは?」
メンバー唯一の獣人族スッカは、この国で行動する際に大いに役に立っている。情報収集の際にも、彼を介することで随分スムーズに話ができた。
スッカの質問に、ワンはメモの1点を指差す。
「ペアリング?しかも5組も?」
「魔道具の、だ。かなり高価だが、何に使うのやら・・・とにかく5組そろえるのには、町中の魔道具店や宝飾品店を回らなければならん。スムーズな交渉が不可欠になる。スッカ、頼むぞ。」
「心得ました。」
そうして6人の軍人は3手に分かれて行動を開始した。
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一方、クロ達。製錬業の締めを終え、夕食も終えた後に、重役が集まっての会議だ。まずはクロが依頼内容を説明した。
「というわけで、この依頼を達成するには、大火力で一気に勇者のもとまで掘り進め、溶岩が再生する前に勇者を出してやらなきゃいかん。」
「「・・・・・・」」
一同、押し黙る。これが難題であることは、この場の全員が理解できた。
口火を切ったのはアカネ。
「養父様はできると思うの?」
「五分だな。だが、受ける価値はあると思ってる。」
「儂には五分まで持っていくのも無理があると思いやすがね。クロさんの策を伺っても?」
「ああ。作戦を説明しよう。」
クロは仲間たちに作戦の詳細を説明する。
クロの説明が終わった後、作戦を聞いた各々は違った表情を見せる。クロは1人1人に成否を尋ねる。
「真白、山吹。いけるか?」
「問題ありません。むしろ、願ったり、です。」
「拙者も同様。まあ、裏方なのはちと残念でござるが。」
「山吹には用が済んだら家の守りにできるだけ早く戻って欲しいからな。ダンゾウ、アカネに先代の爺さんも居てくれれば、まず大丈夫だとは思うが・・・念のためにな。」
「承知。お任せあれ!」
次にクロはムラサキの方を見る。
「ムラサキは問題ないよな?」
「もちろんだ、相棒。だが・・・」
ムラサキはちらりと横を見る。そこには青い顔をしたアカリがいた。
クロはじっとアカリの目を見る。
「さて、アカリ。」
「う・・・」
「この作戦、いや、それ以前に、依頼を受けるか否かは、アカリが「できる」かどうかで決まる。」
「・・・・・・」
アカリは青い顔で俯いたままだ。
「当然嫌だろう。それでも、できればやってほしい。」
「・・・・・・」
沈黙するアカリに、クロは少し悩んでから話し始める。
「どう説得するか、考えて来たんだがな。やっぱり、包み隠さず話すことにした。」
「え・・・」
アカリが顔を上げる。
「まず、アカリがどうしても無理だというなら、別に断ってもいい。」
「・・・いいんですか?」
「ただ、その場合、東の戦線はいずれ崩壊する。そうなれば、東大陸全体が戦火に飲まれる。」
「全体・・・ウーチンも?」
アカリは自分が転生した町、世話になった運送会社がある町を思い浮かべる。
「全部だ。」
「・・・・・・」
「さらに、東大陸を制圧した帝国は、次にこっちを狙うだろう。世界統一国家を目指してるんだ。止まるわけがない。」
「こっちも・・・」
「だから、その場合は、俺達はそれに備えて防備を整える必要がある。だが、総力を挙げてくる帝国からここを守り切れるか、となると絶望的だな。」
「そんな・・・」
「事実だ。まあ、むざむざやられる気はない。最悪、交渉して帝国と同盟を結ぶのも視野に入れる。」
この発言には一同驚く。
一番に噛みつくのはムラサキ。
「おい、クロ!どういう了見だ、それは!」
「わかってる。最悪の場合、だ。」
帝国に恨みがあるムラサキは、到底受け入れがたい様子だ。
次にマシロ。
「成算があるのですか?」
「ゼロではない、と思ってる。それも見据えてここまで製錬業を大きくしてるんだ。」
そこでダンゾウがクロの意を理解する。
「なるほど。金属供給をここで独占できれば、帝国もここを攻撃できなくなりますな。」
「独占とまではいかないが、狙いはそんなところだ。」
説明を一区切りして、クロはアカリを見る。
「さて、アカリが「できない」場合の想定はこんなところだ。次は「できた」場合・・・」
「もう、いいです。」
アカリがクロの言葉を遮った。
クロがアカリを再度見る。アカリは俯いて、震えていた。だが、その震えは恐怖だけではない。恐怖と、それに打ち勝とうとしている意志があった。
アカリは深呼吸をして、顔を上げる。
「やります。」
「そうか。」
クロの返事は素っ気ないもの。だが、少し笑っていた。
ムラサキが心配してアカリに近づく。
「アカリ、大丈夫か?」
「・・・恐いです。でも、恐がって、世話になったみんなが戦争に巻き込まれて、ここも危機にさらされるくらいなら、やります!」
アカリはすっと立ち上がって、クロに近づく。そして、手を差し出した。
アカリの手には、ペアリングの片方。
「クロさん、持っていてください。」
「おう。」
クロはそれを受け取り、右手の中指に嵌めた。アカリは既に左手の薬指に嵌めている。
「『ガレージ』に入ります。」
アカリの目には、強い光があった。




