183 東国からの依頼
クロとマシロはイーストランド王国軍と名乗る者たちと共に、傭兵ギルドの2階に上った。2階には大小合わせて10以上の部屋があり、主に傭兵が依頼主と内密に相談する際に使われる。
クロ達は手近な部屋に入り、テーブルを挟んで向かい合わせに席に着いた。しかしマシロだけは座らず、入り口付近に留まる。
その立ち位置に軍の者たちは不思議に思うが、クロが気にした様子もなく話し始めたので、理由を尋ねる機を逸した。
クロは相手と目を合わせないように微妙に視線をずらしながら尋ねる。
「で、どんな面倒な依頼なんだ?」
「・・・面倒、というのは否定できません。しかし、それを押してお願いしたい。頼みたい事というのは・・・」
「失礼、少々お待ちを。」
軍の代表が早速用件を切り出そうとしたとき、マシロがそれを遮った。
何事かと軍の者たちはマシロを見るが、マシロはそれを無視して部屋を出る。
首を傾げる軍の者たちに、クロが声をかける。
「すぐ戻って来る。それまで、自己紹介でもしててくれ。俺はいらないよな?」
「はい。<赤鉄>殿と<疾風>殿のことはよく調べてあります。私はワン。イーストランド王国軍で最前線にて1軍団を任せられているホン将軍の副官です。」
「ワン、ね。はいはい。他の連中も?」
「はい。この者たちは皆、将軍が信を置く部下です。」
「そうか。ところで、そこの獣人の。」
「は、はい!」
声をかけられると思っていなかったのか、動揺した様子で獣人の兵士が答える。
「そのヘルメット、窮屈じゃないか?」
「・・・規定ですので。」
見ればワン副官以外、皆同じヘルメットに同じ服だ。規定で定められているのだろう。しかし、獣耳がある獣人にこのヘルメットは、耳が潰れて不快だろう。獣人の強みの一つである聴覚も殺してしまっている。
「獣人用のとかないのか?」
「お恥ずかしながら、獣人の兵士は少ないため、まだ用意されていません。」
「ふーん。まあ、俺が口出しすることじゃないか。」
クロは「せっかくの戦力を削るなんて非効率的だ」と内心思った。
しかし、クロは知らないことだが、イーストランド王国の現状を鑑みれば、これは仕方のないことである。
イーストランドは表向き獣人も平等に扱うと言っているが、現実には差別が多く、獣人は肩身が狭い。
高い戦闘能力故、兵士にはなれるが、差別があるために昇進は難しい。そのうえ、上官が差別意識を持っていると、頻繁に捨て駒に使われる。だから獣人の兵士は少ないのだ。
さらに、ヘルメットに限らず、物品を製作する職人の多くは人間だ。獣人用の物を作ってくれる職人は稀なのである。
そんな話をしているうちに、マシロが戻って来た。
「遅くなりました。」
「いや、雑談で時間潰してたから大丈夫だ。何人いた?」
「3人ですね。すぐにお帰りいただきました。」
クロ達の何気ない会話に、ワン達は驚く。
今の会話と、クロが用件をすぐに話させなかったことから、マシロがここを盗聴している輩を排除してきたのだとわかったのだ。
ここは内密な話に使われるため、そこそこ防音するようにはなっているが、腕の立つ集音魔法使いにかかれば、盗聴は容易だ。隣の部屋から集音するだけで聞こえてしまう。
ワン達は隣の部屋に誰かがいたことにすら気づかなかった。思わずワンは尋ねる。
「いつから、気付かれていたのですか?」
「階段を上っていたあたりからです。こちらを意識している欲深い気配を感じていましたので。」
おそらく、クロ達がギルドに入って来た時からひそひそと話しながら観察していた傭兵のグループだろう。悪質な傭兵は、同業者の邪魔をすることもある。
クロは盗聴者に気づいてはいなかったが、マシロが何か気にしているのはわかっていた。盗聴を気にしていたと気づいたのはマシロが話を遮ったあたりだったが、別に驚くことでもないのでいつも通り対応していた。
「俺らは割と敵が多いんでな。魔族だし。で、本題に入ろうか。あ、真白。こちらはワン副官とそのお仲間だそうだ。東の最前線で活躍中のホン将軍とやらの部下だってさ。」
「遠路はるばる、お疲れ様です。私はマシロと言います。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
マシロが丁寧にお辞儀すると、ワン副官も立ち上がって礼をした。
それからワン副官が再度席に着き、マシロがクロの後ろに立ったところから、話が再開する。
「お願いしたいのは、<勇者>の救出です。」
「イーストランドの勇者っていうと、あの、無敵の<勇者>か?撃たれても砲弾直撃しても無傷っていう。」
「はい。」
「そんな無敵の勇者サマが、救出されなきゃいけないって?」
「順を追って説明します。」
ワン副官の話によるとこうだ。
イーストランド・ネオローマン連合軍は、<勇者>等のネームドを筆頭にライデン帝国軍を押し返していた。
そしてついに北大陸と東大陸を隔てるサンシャン山脈に到達。それを貫通するトンネルを見つけた。
これさえ押さえれば、帝国の東大陸への侵攻ルートは大幅に制限される。そう思って全力で攻め込み、その先鋒たる<勇者>と軍の精鋭がトンネルに入った。
ところがこれが敵の罠で、<勇者>が入った途端、トンネルの両端が溶岩で塞がれてしまった。
慌てて連合軍は<勇者>を掘り出そうとしたが、溶岩は固く、そのうえ、定期的に再生するために、まったく掘り進められないらしい。
「再生させてる術者は?」
「潜伏位置は特定できたのですが、<雨>に阻まれました。」
それを聞いてマシロの表情が険しくなる。殺気にも似た気迫に、ワン副官を含む数名が少し体を震わせた。それでも毅然としているのは、流石前線を経験した兵士というべきか。
「悪いな。真白は<雨>と因縁があってね。」
「・・・存じ上げております。ともかく、術者を仕留めるのも困難。掘り出すのはほぼ不可能。さらに帝国軍はこの機に山脈の東から大攻勢をかけています。<勇者>不在の状況では、いつ突破されるか・・・」
「で、その不可能を何とかしてほしい、と。」
「はい。敵戦艦を彼方まで飛ばしたという貴方様の力であれば、あるいは、と。お願いします!」
ワン副官一同が深々と頭を下げる。
「うーん。」
クロは腕を組んで悩んだ。
正直、勇者がくたばってもクロとしてはどうでもいい。東大陸の国が滅んでも別に構わない。だが、その末に、力を増した帝国がこちらに攻めてくるのは許容できない。
帝国が東の戦線で手古摺ってくれているからこそ、今の平穏があるのだ。そういう意味では、勇者の救出はクロにも利がある。
・・・やる価値はある。が、ではどうやって?
さらにクロは悩む。聞いた限り、勇者を掘り出すのは困難。だが、不可能ではない。
溶岩の再生が定期的なものなら、再生する前に貫通できればいい。大火力によるごり押しだ。
だが、現実的だろうか?問題は多々ある。クロはその問題を頭の中で1つ1つ潰していく。その過程で必要な情報を求める。
「閉じ込められて1ヶ月。勇者はまだ生きてるのか?」
「・・・わかりません。ですが、生きている可能性はある、と見ています。」
そんな感じで何度も質疑応答を繰り返し、作戦を検討する。
途中、うっかり目を合わせてしまったため、ワン副官が縮み上がり、慌ててクロは視線を逸らす場面もあったが、打合せは順調に進んだ。
最後に報酬の話をする。
「報酬は?」
「言い値で。」
「太っ腹だな。」
「国家の命運がかかっていますので。」
「じゃあ、必要経費も持ってくれるか?」
「もちろんです。」
「報酬を受け取る条件は、「勇者をトンネルから掘り出す」でいいか?」
「それは・・・」
「せっかく掘り出しても、死んでたから報酬なし、ってんじゃ割に合わない。」
「・・・わかりました。」
ワン副官は苦い顔で承諾する。それを聞いてクロは頷く。
「よし。なら、検討の余地はあるな。」
「この場で受けてはくださいませんか?」
「悪いが、俺の独力でどうにかできる案件じゃない。仲間の協力が必要だ。持ち帰って仲間と相談しないと、できる、とは言えない。」
「・・・それもそうですね。いえ、我らにはもう他に望みがないのです。待ちましょう。」
「ああ。明日には結論を出しておこう。明日の昼、ウチに来てくれ。」
ワン副官達がそれを聞いて緊張する。
「魔獣の森に、ですか?」
どうやら魔獣の森が恐ろしいらしい。クロの家を訪ねるのでなく、傭兵ギルドで待っていたのもそのあたりが理由だろう。
「心配なら、森の入り口で出迎える。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
「それと、これを調達しておいてくれ。必要経費で。」
クロは部屋に備え付けられた紙とペンで、素早くメモを書く。
それを受け取ったワン副官は、なんとも複雑な顔になった。
「これが、必要なのですか?」
「必須だ。高価なのはわかってる。できれば明日、来るときに持ってきてもらえると助かる。」
「・・・この町で買えれば、お持ちします。」
「頼むぞ。では明日。」
クロはさっさと部屋を出て、家に向かった。
犬形態のマシロの背に乗り、平原を走る途中でマシロが尋ねる。
「掘り出せますか?」
「総力戦で行って、五分だな。だがその前に、挑めるかどうか、まずはアカリ次第だな。」
クロはこの作戦にアカリの力が不可欠だと考えていた。アカリが「やれる」と言えば、この依頼を受ける気でいる。
・・・さて、どう説得するかな。
クロは帰り道の間、説得の方法を考えていた。




