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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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020 クロの目標

「報酬は住宅のほうで。ただし、人里離れたところがいい。」


 執事が国王に通訳する。話の進みが遅いが、クロとしては考える時間がもらえる点は好都合だ。といっても、要求はだいたい決めてある。


「一応、人里を避ける理由をお聞きしても?」

「魔族だから。あとは察してくれ。」


 クロ達は3人とも魔族だ。外見では人間と獣人族に見えるが、生活していればいずれはばれる。国王みたいに魔族と分かっても友好的に接してくれる者もいるが、基本的に魔族は嫌われている。町中に住んでいたら、厄介ごとが起きるのは容易に想像できる。


「承知しました。ただ、あまり王都から離れられると、こちらも連絡を取りにくいので、程々に。」

「じゃあ、周辺の地図を見せてくれ。」

「少々お待ちください。」


 ・・・よし、目標第一段階、地図の確認はOK。

 執事が一旦部屋を出るが、数分で戻ってくる。


「どうぞ。」

「ありがとう。」


 テーブルの上に地図を広げる。王都は西大陸の南東にあり、北以外は険しい山に囲まれている。東と南の山は麓の森が王都に隣接するほど近いが、西は王都と同じくらいの面積の平原を挟んで南北に連なる山脈がある。山脈の南端は海まで達している。


「森の中がいいかな。人目につくところには建てたくない。」

「そうすると、西のアイビス山脈の麓になりますが・・・」

「南と東は?」

「そちらは王都の狩人がよく狩りに行くので、都民との遭遇率が高いですね。」

「なるほど。じゃあ、そのアイビス山脈だな。」

「ですが、アイビス山脈とその周辺は魔獣の目撃情報が多く、危険です。それゆえ都民も近づかないのですが。大丈夫ですか?」

「問題ない。むしろ望むところだ。この森の詳細な情報とかは?」

「それは私が。」


 マシロが手を挙げて申し出る。


「私はその森出身なので、ある程度わかります。もっとも、親が死ぬまでの1年ほどしかいませんでしたが。」

「そうか・・・まあ、頼む。」


 親の死因は聞かないことにした。マシロが森を出て王都に住むハヤトに拾われたことを考えても、マシロがまだ森で生きていけるほどの力もないうちに親が亡くなったことは想像できる。かなり辛い経験だろう。わざわざそこに言及する必要はない。


「まず麓と山の上では生態系が全く異なります。また、森の中にも川の傍や沼地ではまた異なる獣がいます。さらに特定の魔獣の縄張りではその魔獣が好む植物が群生したり、逆に草木も生えない地になっていたり、一筋縄ではいかない土地と言っていいでしょう。」


 国王すらもこの森については情報がなかったのか、執事も通訳された国王も目を見開いている。


「森の入り口だけ見て対策を立てても、奥に足を踏み入れれば、すぐにその対策も役に立たなくなるような過酷さです。現に、そうして獣に狩られる狩人もいました。」

「アイビスへ向かって帰ってこない狩人が多いのはそういう理由でしたか。」


 執事が感心している。国にとっても貴重な情報だろう。


「わかった。つまり、多様な生物が住む獣の楽園ってわけか。」

「狩るか狩られるかの日々なので、楽園とは言い難いですが。」

「よし、そこにしよう。」


 通訳するまでもなくクロの反応が理解できたのか、国王が不機嫌な顔になる。


「・・・国王はそんなところに家なんて建てられるか、と。」

「あー、まあ、そうか。・・・奥じゃなくていいんだけど、ダメか?」


 要は森の入り口から見えない程度でいいわけだから、奥地に建てる必要はない。


「森を切り開けば、間違いなく獣に目を付けられます。最悪、魔獣に襲われる可能性もありますね。」

「あー、切り開くのはまずいな。」


 執事は切り開くことで魔獣に目をつけられるのを懸念しているが、クロは環境破壊のほうが気になる。


「では、既に切り開かれている場所ならどうでしょう?」


 マシロが打開策を提示してくれる。


「そんな場所があるのですか?」

「かつて魔獣同士の交戦により、焼け野原になった場所があります。今はもう雑草が生える程度には回復していますが、その戦闘の影響か、魔力濃度が濃く、多くの獣は警戒して近寄りません。」

「ふむ。しかし魔力濃度が濃いと逆に魔獣が寄って来ませんか?」

「・・・・・・」


 マシロは言いにくそうに顔をしかめるが、意を決して口を開く。


「私が定期的に追い払っていました。いえ、私とハヤトが。」

「なぜわざわざ・・・?」

「・・・墓参りです。」

「それは・・・失礼しました。」

「いえ・・・」


 おそらくはその交戦した魔獣というのが、マシロの親だったのだろう。話を聞いたハヤトが墓を建て、定期的に見に行っていたようだ。


「なら、なおさらそこがいい。そこに家ができれば、墓参りも楽になる。」

「そうしてただけると、私もありがたいです。・・・お願いできませんか?」

「・・・その場所はどの辺りでしょうか?」

「この辺りです。」


 マシロが地図の一点を指さす。確かに森の入り口から近い。


「・・・少々お待ちください。」


 執事と国王が相談を始める。

 ・・・こちらはこちらで相談だ。


「しかし、遠くねえか?王都から結構離れるぞ?」

「マシロの足ならすぐだろ。まあ、建築資材を運ぶのは苦労しそうだが。」

「国王お抱えなら、土魔法による建設ができるものも多いはずです。その心配はないでしょう。せいぜい家具の運搬くらいでしょうか?」

「俺は気軽に街の散策ができるような場所がよかったなあ。」

「走ればいいじゃないですか。ムラサキも鍛えなさい。」

「無茶言うぜ・・・」

「まあ、真白ほどの速度は出ねえよなあ。まあ、仕事でちょくちょく町に行くことにはなるだろうし、それで我慢してくれ。」

「仕事?何するんだ?」

「まあ、今まで言ってた通り、傭兵やるつもりだが・・・仕事内容はここからの交渉次第だな。」


 相談が終わったようで、執事がこちらに向き直る。


「お待たせしました。森に住宅を建設する件はいいでしょう。」

「ありがとうございます。」

「ただし、建設費用を考えると、現地を確認しなければ詳細はわかりませんが、間違いなく高くなります。」

「・・・だろうな。」

「したがって、今回の護衛の報酬では不足。後払いでいいので、足りない分は働いていただきたいと思います。」


 ・・・想定通り。まあ、安い住宅を要求して、貸し借りなしになったとしても、なんやかんや理由をつけて依頼してきそうな気はしていたから、避けられない道だろう。


「わかった。傭兵として雇うって解釈でいいかな?」

「ええ、構いません。」


 ・・・よし。とりあえず拠点の確保はなんとかなりそうだ。

 クロは一応、不足分を金額で聞いておいた。どのくらいで借りを返し終えるか見通しが欲しいし、明確にしていないとごまかされて延々と働かされる危険もある。


「報酬金額は多少いろをつけてくれよ?他所で働いた方が稼げるんなら、そっちで働いて金で返すって方法もあるんだから。」

「もちろん、心得ております。」


 ・・・言質は取った。ついでだから目標まで話しておくか。


「せっかくだから、不足分を払い終えた後の話もしておく。」


 執事がわずかに表情を動かす。国王達にとってもクロ達を使う口実がなくなった後のことは懸念事項だろう。

 クロは地図のアイビス山脈を指さして宣言する。


「ゆくゆくはこの山と周辺の森、まるごとほしい。」

「それは・・・」


 ・・・流石の執事も驚いているようだが、これは俺のこの世界における目標だ。つい数日前に建てた目標だが、曲げるつもりはない。


「この森を潰してなんか建てるってわけじゃない。ただ、この森や山を俺の私有地にして、狩人が勝手に手を出せない土地にしたい。」

「・・・目的を伺っても?」

「今回、真白の扱いでもめたときに思ったんだ。魔獣は人間並みの知能があるのに、まるで権利を認められていない。道具扱いか、討伐対象にしかならない。俺はそういう魔獣が安心して住める土地を作りたい。」

「魔獣を飼いならすおつもりで?」

「まさか。俺は野生に生きる奴らが好きなんだ。まあ、俺のもとに来たいって奴は拒む気はないが、無理に縛るつもりはない。」

「ふむ。」


 執事は理解できないといった顔だ。通訳された国王も同様のようだ。

 ・・・まあ、人間の感覚じゃあ理解しがたいかもな。


「だから、この土地まるごと買い取れるまでは、この国に協力しよう。あんた達からの依頼を優先的に受ける。それでいいかな?」

「まあ、依頼を受けていただけるのは有難いですが・・・」


 執事はまだ微妙な表情だが、国王は急に笑い始めた。


「・・・国王は承諾するようです。はあ、まったく物好きな方だ。」

「確かに聞いたぞ。交渉成立だな。」


 国王と握手をして交渉成立。最後に家の造りや内装に関して話し合い、交渉は終了した。


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