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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
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182 アカリの給料

 山頂でのやり取りの翌日、3月2日。曜日は闇の日、一般的には休日だ。

 クロの製錬業は去年までは入荷に追いつくために休みなしで働いていたが、化け狸達が加入してからは段々と入荷に追いつき、今では週一の休日を設けることができている。そのため、今日はクロの製錬業も休日だ。

 普通の製錬業は炉を止めると再加熱に時間とコストがかかるため、交代制にして完全な休日を滅多に設けないものだが、クロのやり方なら毎回一から加熱するので炉を止めても問題ない。

 多くの狸達が獣人に化けて街へ繰り出し、ムラサキとアカネは2人で森へ採集に行った。

 残ったクロとマシロ、ダンゾウとアカリ、そして一部の狸達は、今日も働いていた。


「よし、支出のまとめ終わり。」

「マスター、収入も計算終わりました。」

「ありがとう。じゃあ・・・これが純利益だな。」

「税金がないと計算が楽ですねえ。」


 会計の仕事である。今までは仕事の合間にやっていたが、休日を設けてからは月初の休日にまとめてやることにした。全体取りまとめのクロ、家の中を把握しているマシロ、従業員をまとめるダンゾウ、この3人が顔を突き合わせてまとまった時間が取れる休日にやるのが最も効率が良かった。

 アカリと他の狸達は計算等の手伝いである。PCがないので、こういう作業は地味に時間がかかる。検算も合わせれば相当な作業量だ。人手は多い方がいい。


「はい、計算終了。皆、計算手伝い、助かった。おかげで今月は半日で終えられた。明日の給料日は色付けとくから。」

「「やったー!」」

「じゃあ、解散。」


 クロの解散宣言で、狸達はわらわらと家を出ていく。その間にマシロがお茶を淹れてくれたので、クロ、ダンゾウ、アカリはそのままリビングでティータイムを始める。

 マシロも席についてお茶を飲み始めたあたりで、アカリが尋ねる。


「あの、私も給料いただけるですか?」

「ん?当然だろ。」

「居候させてもらってるのに、何か悪いですね。」

「何も悪いことなんてない。心配しなくても、家賃は天引きしてある。」

「確かに、引いてましたが・・・」


 計算手伝いをしていたアカリは、自分の給料を見ていた。その内訳も。


「引く額、安すぎませんか?」

「真白、間違いないんだろ?」

「ええ。衣服は余り物なので無料、食事は材料の半分が我々が採取・狩猟して得た物なので、市井で食事するよりはずっと安いでしょう。アカリさんが居住するようになってから必要になった家の費用は然程多くありませんから・・・天引き分は計196ドルです。」

「理屈はわかりましたけど、やっぱり申し訳ないくらい安いです・・・」


 そこらの町で食事付きで一泊すれば、普通50~60ドルかかる。それを考慮すれば、月200ドル以下は破格の安さだ。

 さらにアカリは別の点からも指摘する。


「それに、私の給料も新入りにしては高すぎませんか?」

「何言ってる。それに見合った働きをしてるだろ。内訳も見たんだろう?」

「見ましたけど・・・」


 アカリの給料は、基本給は少なめだ。しかし、能力評価による追加が大きいため、結果的に他の従業員より高くなっている。


「私、こんなに高評価されるほど、働きましたっけ?」

「原料運搬の効率化、倉庫の整頓。」

「食事の改善に、家の清掃も手伝ってくださいました。」

「ウチの若いもんが、狩りで大いに助けられたと言ってましたぜ。」


 クロ、マシロ、ダンゾウの順に評価の詳細を告げる。

 特に倉庫の整頓は評価が高かった。重い地金を含む倉庫の物品は、容易に移動できない。できる限り綺麗に並べていたつもりでも、毎日作るたびに置いて行くと、どうしても乱雑になる部分があった。

 それをアカリは、倉庫の物品をまとめて『ガレージ』に一旦しまい、綺麗に整頓して出してくれた。そのおかげで、一昨日、すなわち月末の棚卸はいつもの半分の時間で済んだ。


「堂々と受け取っておけ。まあ、渡すのは明日だが。」

「何か問題でもあるのですか?」


 アカリの戸惑う感情を読み取ったのだろう、マシロがアカリに尋ねる。


「いや、その、こんないっぱい、前の職場でも、前世でも、もらったことがなくて・・・」


 しどろもどろのアカリに、クロがにやりと笑って言う。


「じゃあ、渡さなくていいか?」

「え。」


 ぽかんとしたアカリが返答する前に、マシロが割って入る。


「マスター、からかわないでください。アカリさん、本当に受け取らない、とか言ってしまいますよ。」

「・・・冗談だ。」


 冗談を本気にされてはたまらない、とクロは取り下げる。クロは「渡さない」と言えば、アカリが「やっぱり要る」と返すとばかり思っていたが、いろいろあって物欲が乏しくなったアカリは、本当に給料を辞退しかねないのだ。


「とにかく、堂々と受け取ればいい。誰も文句なんて言わんよ。なあ、ダンゾウ。」

「ええ。皆、アカリさんには感謝してますから。」

「皆さん・・・うう、私、こっちを選んでよかったです。」


 湧き上がって来た涙を拭くアカリ。ダンゾウは微笑ましいものを見るような笑顔で、クロはなんとなく気まずい気分で、それを見ていた。


ーーーーーーーーーーーー


 その日の午後。せっかく時間が空いたので、クロはマシロと共に町に来ていた。

 喧騒が苦手なクロは、昼飯後の賑わった街路を避け、屋根伝いや裏通りを通って目的地に向かう。


「よっと。」

「「うわ!」」


 屋根の上から降りて来たクロとマシロに、周囲の人々が驚く。それを無視して2人は目的の建物に入った。傭兵ギルドである。

 表通りの賑わいとは裏腹に、ギルド内は閑散としている。狩人も傭兵も、基本的には朝に依頼を受けて、夕方に成果を持って帰って来る。もちろん、早めに切り上げて来る者もいなくはないが、大抵は皆、できるだけ稼ごうと夕方まで働く。

 ギルドに入れば、まずは視線が向けられる。閑散としているとはいえ、傭兵がいないわけではない。遅い昼食をとっていた数組の傭兵がこちらを見た。

 クロを知っている者たちはすぐに目を逸らす。関わり合いにならない方が無難だと知っているのだ。

 知らないらしき若い連中は、ひそひそと話しながら視線を送って来る。夏も間近な3月に厚着のクロと、真っ白な髪のマシロは目立つからだろう。もしかしたらマシロがメイド服であるせいかもしれない。

 珍しく人間のグループもいることをクロは横目でちらりと確認したが、それ以外は関心もなく、掲示板に向かう。


「手早く終わって報酬がいい依頼があると良いですね。」

「なかなかそういうのはないだろう。あるとしたら、塩漬け、って奴か。」


 クロとマシロはこの空き時間の半日で一稼ぎしに来たのだった。この半日で終わる、良い報酬の仕事があれば理想的だが、そう都合のいい依頼はない。そんなのがあれば、朝の内に他の者が受注しているだろう。

 今ここにそんな依頼が残っているとすれば、忌避されて放置されているような依頼、いわゆる塩漬けの依頼、という奴しかないだろう。

 だが、その忌避の理由によっては、それがクロ達の狙い目になる。普通の獣人には無理な依頼も、魔族であるクロ達なら苦にならないかもしれない。


「前にスミレが言ってた、山賊狩りとかねえかな。」

「いいですね。近ければ半日で終わるでしょう。」


 マシロの鼻にかかれば、アジトの探索は容易だろう。さらに2人の戦闘力なら一方的に蹂躙できるので、討伐はさらに短時間で終わる。心配なのは移動距離だけだ。

 そんな話をしながら2人が掲示板に目を走らせていると、人間のグループが席を立ち、こちらに近づいて来た。


 ・・・まさか、小説にありがちな、絡んでくるパターンか?


 そう思ってクロは近づいてくる人間に顔を向けると、どうやらそうではない雰囲気だ。

 人間達は皆真剣な表情で、遊び半分で絡んでくるチンピラのような雰囲気は一切ない。そのうえ、よく見れば傭兵らしくない、統一された装備を持っている。しかも、ヘルメットで獣耳が隠れていたが、1人は獣人が混ざっていた。


「何用でしょうか。」


 マシロが相手に先んじて尋ねる。もっとも、マシロの感知にかかれば、彼らがどんな用で近づいて来たのか、想像がついているだろうが。

 尋ねられた相手は、ビシッと姿勢を正して挨拶する。この辺りの所作も傭兵らしくない。まるで・・・


「失礼。<赤鉄>のクロ殿と<疾風>のマシロ殿とお見受けいたします。我らはイーストランド王国軍の者です。貴殿らの実力を見込んで、折り入ってお願いがあって来ました。」


 ・・・ああ、やっぱり軍人だったか。


 面倒事の臭いがする、とクロはわざとらしく溜息をついた。


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