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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
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181 アカリとピキル

 アカリは、クロの血まみれの心臓をそっと手に取り・・・『ガレージ』に突っ込んだ。


「え?」


 クロは意外そうにアカリを見る。


「食べないのか?」

「え、だって、高確率で死ぬんですよね?」

「そうだけど、アカリは成功率高い方だと思うぞ。」

「でも、やっぱり死ぬかもしれないんですよね?」

「まあ、そうだが・・・」

「じゃあ、遠慮しておきます。」


 アカリはクロの役に立つことは選んだが、魔族になる気はなかった。死ぬのが恐いのは変わりない。


「じゃあ、返してほしいんだが。」


 クロの胸は治りかけとはいえ、まだ大穴が開いて血が出ている。魔族であるうえ、再生能力が高いクロなら放っておいても治るが、元の部品があった方が当然速く治る。


「せっかくだから貰っておきます。」

「・・・数分で崩れるぞ。」


 魔族の体は、細胞1つに至るまで魔力ありきの構造になっている。本体から離れ、魔力の供給がなくなった魔族の肉体は、数分で塵と化す。


「保存用の部屋に入れたから大丈夫です。」

「無駄だと思うけどなあ。」


 流石に立っているのが辛くなったクロは、どさりと地面に腰を下ろす。

 それを見たユルルが、『万象掌握』を解除。地面に伏していた面々が起き上がり始めた。ただしクロは無理に抵抗した反動か、すぐには立ち上がれず、座ったままだ。

 それを見下ろすアカリが、クロを睨む。


「あと、この際だから言っておきますが、いきなり人前で心臓抉りださないでください。普通に気持ち悪いですよ。」

「うっ、すまん。」


 クロもそれは正論だと思ったのか、反論せず謝罪する。

 そこへ起き上がった仲間たちが集まって来る。一番アカリがいなくなることを心配していたムラサキが涙ながらに言う。


「うう、よかった。アカリがいなくならなくて・・・」

「ムラサキさん・・・」


 アカリは心配してくれていたムラサキに感動するが、


「アカリがいなくなったら、料理の手が足りなくなるし、荷物運ぶの大変だし、何より常識人が減るのが困る。1人でツッコミ役は疲れる・・・」

「そっちの心配ですか!?」

「それに、今後はクロのブレーキ役も手伝ってくれるんだよな?期待してるぜ!」

「期待されるのは嬉しいですけど、なんか納得いきません。」


 クロ達が笑い、場が和んだところで、ピキルが口を挟む。


「強引な、勧誘、すまなかった。今回の件は、水に流して、今後も、良好な、関係を、望む。」


 クロが立ち上がり、ピキルと向かい合う。


「別に謝らなくてもいい。勧誘くらいならな。こちらとしても貴重な情報をもらえた。同盟の継続は望むところ。次の会合は一か月後でいいか?」

「ああ。よろしく、頼む。」


 そうしてクロ達は来た時と同様、小屋に乗り、ユルルに麓まで運んでもらった。



 帰り道では、浮遊する小屋の窓から、外の景色を楽しむ余裕があった。

 眼下の森林限界の境界線を物珍しそうに眺めるアカリの脇の窓枠に、ムラサキが飛び乗った。


「しかし、アカリも物好きだな。」

「そうかな。」

「クロやオレ達に比べれば、ピキルの方がよっぽど人間味があるぜ。ピキルはプロポーズだったのに、クロは労働力として欲しがっただけじゃないか。普通はあっちに行くんじゃないか?」

「そう言われれば、変かもね。ただ・・・」


 アカリはそこで少し言い淀む。


「ただ?」

「・・・プロポーズとかは、なんか、もう、嫌だったから。」


 アカリはあの悲劇に襲われるまで、フェイと事実上恋仲のようなものだった。プロポーズはされていなかったが、ペアリングを用意していたあたり、時間の問題だっただろう。

 アカリはプロポーズだとか結婚だとか、そういう話は、どうしてもフェイを思い出し、悲しくなってしまう。しばらくは触れたくない話題だった。


「ふうん。ピキルの奴、心が読める割に、その辺は選択ミスってたんだな。・・・もしかすると、あいつも本気でアカリに惚れてたんかな。ほら、恋は盲目、ってやつ。」

「私なんかに?まさか。」


 アカリは決して美人ではない、と本人は思っている。実際そうだろう。醜くはないが、目立って綺麗なわけでもない。まさしく平凡な見た目。前世でも恋愛経験は皆無だった。転生して、全属性魔法と『ガレージ』を得て、ようやく注目された程度だ。


 ・・・あんな凄い神様の使いをやってる人が、平凡な私に惚れるわけないよね。きっと方便だよ。うん。


ーーーーーーーーーーーー


 クロ達を見送ったピキル。彼らが乗った小屋が見えなくなっても、呆然とその方向を見ていた。


「シューーー。」


 ・・・小屋は元の位置に戻したぞ。かの人間は得られなかったが、実に面白い存在を見ることができた。やはり、生物はすばらしい。


「・・・そうですね。」


 ピキルはいつも通りユルルの思考を読んで、それに返答するが、上の空だ。


 ・・・未練があるか?


「はい。正直、前世を含めて、初めて惚れて、初めて振られました。難しいものですね・・・」


 ・・・我は生殖を必要としなかったからな。そういう経験がない以上、助言は難しい。多くの駆け引きは見て来たが・・・やり方は種族ごとに異なるからな。


「ええ。私も多くの人や獣の記憶を読みましたが・・・恋愛の必勝法など、欠片も見えてきません。第一、ここぞという時に、私の魔眼は曇ってしまっていました。」


 ハア、とピキルは大きな溜息をつく。


「ここであなたにお仕えする以上、彼女のような素晴らしい女性に出会える機会など、次は何十年、いや、何百年先になるか。本当に残念です。」


 ・・・諦めるのか?


「・・・振られましたし。」


 ・・・プロポーズというものは、一回失敗したら、二度目はないという掟でもあるのか?我が知る範囲では、再挑戦も可能だと思うが。


 ピキルはハッとしてユルルを見上げる。ユルルの16個もある目が、ピキルを見て微笑んだような気がした。いや、ピキルの眼には、ユルルが実際に自分を励まそうとしているのが感じ取れた。

 ピキルは再び麓の方を見て、決意を固める。


「ユルル様。週に一度、休暇をいただいてもよろしいでしょうか?」


 ・・・構わん。


「ありがとうございます。」


 ・・・何をする気だ?


「まずは、街に下りて日本語を勉強し直そうかと。」


 そこからピキルの挑戦が始まった。漫然と過ぎていた山の上での生活が、大きく変化したのだった。


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