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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
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179 万象掌握

「かかって来い、と言われてもな・・・」


 クロはピキルの挑発に困惑する。

 ユルルの強大さは、アカリはともかく、クロを始めほぼ全員が感じている。勝負になるわけがない。

 ユルルはこの世界の魔力の祖であり、実質、世界の創生主と言っても過言ではない存在だ。存在が魔力に依存している魔族も、身体機能の大半を魔力に頼っている魔獣も、ユルルの手のひらの上、という感じだ。ユルルに手はないが。

 それだけの力の差は明白なのに、挑む気など起きない、とクロはやる気がないのをアピールするように、頭を掻く。他の面々も動く気はない。

 数秒、静かに睨みあった後、動いたのはユルルだった。

 また舌をちろりと出し入れして、首をわずかに動かす。ユルルの言葉であろうものを、ピキルが代弁した。


「では、仕方ない。」

「ぎゃん!?」


 突然、アカネの悲鳴が響いた、次の瞬間。


 ガキィン!!


 複数の金属音が響いた。

 この一瞬で起きた出来事は多い。そのすべてを把握できたのは、この場にいる者のうち、ごく一部だけだった。

 見えなかった者たちには、気づいた瞬間、アカネを含むクロ達全員が地に伏していた。アカリを除いて。

 ただし、ほとんどの者がその場に倒れているのに対し、唯一マシロだけは元の位置からだいぶ離れた場所で伏せていた。ユルルの胴体のすぐ近くだ。


「これは・・・」


 ピキルもまた、見えなかった。ピキルに見えたのは、ユルルの力でアカネが地に伏せさせられたところまで。次の一瞬に起きたことは把握しきれなかった。


「シューーー。」


 ユルルの声にピキルが振り向いた。すると、ユルルの顔の前で1本の剣が空中に停止していることに気がつく。いつの間にそこにあったのか、ピキルは振り向くまで気づかなかった。

 とはいえ、主の前で取り乱すわけにもいかない。ピキルはユルルの思考を読んで、自身が把握できなかった一瞬のことを知る。


 まず、ユルルの力でアカネが押し潰された。怪我をするほどではないが、突然加えられた大きな力に、アカネはなす術なく地に伏した。そのショックでアカネの魔法が解け、傍らの女の子は、闇魔法の装飾が消えて土人形に戻った。

 これに気づいたクロ達は、それがユルルの力によるものだと即座に直感。その中で瞬時に行動したのは、マシロ。そしてクロ。

 2人はアカネへの攻撃が、物理攻撃でないこと、すなわち防御できるものでないことを見るや否や、瞬時にユルルを攻撃した。

 先程まで「敵うわけがない」と言っていたことを考えれば、驚くべき切り替えの早さだ。

 クロは左手に持っていた剣を抜刀。そのままユルルに投げつけた。

 ピキルの目には映らないほどの速さで投げられた剣に、ユルルは反応。その剣が自身の頭に届く前に、その力でもって止めた。

 それと同時に、ユルルの胴体に衝撃。クロの投擲と全く同時に、マシロがユルルの胴に斬りかかっていたのだ。

 これにはユルルも少々驚いたが、ユルルの鱗は並の硬さではない。傷一つつくことなく、マシロの「黒剣」は2本とも折れた。

 そこでユルルが力をクロ達全員に行使し、全員を地に伏せさせて、今に至る。


「驚いたな。ユルル様に、攻撃、を届かせるとは。」


 ピキルがそう評価すると、クロが地面に伏せさせられたまま、苦し気に言う。


「ふざけんな。全員拘束できるならはじめっからやればいいだろうが、なめやがって。」

「シューー・・・」


 クロの言葉にユルルが反応し、ピキルが通訳する。


「それは、申し訳ない。ユルル様の、力を見せる、と言いつつ、実のところは、お前たちの、力を見たかった。いや、正確に言えば、楽しみたかった。」

「は?」

「ユルル様が、力を、振るえば、誰であろうと、抵抗もできずに、こうして、平伏する、か、死ぬことになる。ユルル様の力は、『ウィーウィーソウニング』と呼ばれていた。現代の、日本語にすれば、『万象掌握』。この世の、あらゆる、物体を、好きなように、操作できる。生物も、例外ではない。」

「生物も、か。」

「そうだ。もちろん、移動や、変形だけではない。温度も、電気も、精神も、なんでも、だ。これだけ、強いと、相手の、力も、見ることができない。先も、言ったように、ユルル様は、生物の、成長を、見るのが、楽しいのだ。」


 ユルルの『万象掌握』ならば、クロの言う通り、初めから全員を捕まえてしまえば、マシロに斬りつけられる事も無かった。

 しかし、永らく敵のいない生活をしてきたユルルには、それではつまらなかった。

 だから、わざとクロ達に攻撃させた。アカネを最初に攻撃したのも、クロ達を本気にさせるためだ。


「ユルル様は、喜んでおられる。ユルル様に、一太刀入れるほど、人は成長していた、と。いや、ヒトではなかったか。」

「当り前だ。」

「入りませんでしたがね。」


 クロはヒトでないことを殊更強調し、マシロは斬りかかったのに傷一つつかなかったことに不満そうだ。


「それはそうだ。本来の目的は、ユルル様の、力を、示すこと、なのだから。」


 そう言うとピキルは、唯一立っているアカリに向き直る。


「アカリさん。これで、ユルル様の力は、理解していただけただろう。」

「・・・・・・」


 アカリは答えないが、ピキルには返答がなくても伝わる。


「クロと、共に、いれば、いずれ、争いに、巻き込まれる。ユルル様の、元につけば、敵はない。危険もない。」

「それは、そうだけど・・・」

「ユルル様の、眷属となれば、ユルル様の、『万象掌握』で、私のように、便利な、身体も、得られる。私と、ここで、暮らさないか?」

「えっ。」


 それはほとんどプロポーズだった。いや、ピキルは確かにそのつもりで言った。


「ああ。そう、もちろん、プロポーズだ。一目惚れ、いや、記憶を、見たうえで、だから、少し、違うか。だが、惚れたのは、本当だ。」

「えっと・・・」


 迷うアカリに、ピキルは畳みかける。


「もちろん、あなたが、辛い経験をした、のも、見ている。こちらに来れば、もう、そんな、辛いことは、起きない。平穏に、安全に、何事もなく、暮らせる。どうだろう?」

「うーん・・・」


 アカリにしてみれば、魅力的な話だ。今でも夜は『ガレージ』に閉じ込められた時のトラウマにうなされている。もうあんな死の恐怖は御免だ、という気持ちがある。その恐怖から逃れられるなら、それが一番いいように思える。

 しかし、と考えて、アカリはクロを見る。それを遮るようにピキルがもう一言。


「クロへの、恩返しなら、心配ない。クロとは、今後も、取引を、続ける。そこで、返せばいい。」

「それなら・・・」


 アカリの心が決まりかけた、その時。


「ちょっと、待て。」

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