178 虹色の蛇
「え、え?」
突然のピキルからの勧誘に、アカリは戸惑う。他の面々も驚いているが、特にそれが大きかったのはムラサキだ。
「ちょっと待て!アカリはウチの・・・」
抗議しようとしたムラサキを遮ってピキルが言う。
「正式な、仲間ではない。だろう?」
ピキルがクロに視線を向けると、クロは渋々頷く。
「・・・ああ。住民登録しているわけでもなければ、明確に俺の国に所属すると言ったわけでもない。今後の身の振り方が決まるまで厄介になっている、居候だ。」
クロが事実を述べると、ムラサキはクロに食って掛かる。
「おい、クロ!そんな言い方はないだろ!」
「・・・・・・」
クロが黙っていると、ピキルが代弁した。
「ムラサキ、クロを責めるな。クロも、アカリさんを、手放したくはない、のが、本音だ。感情的に、ならないよう、事実を、述べた、だけだ。」
「本当か?クロ。」
「・・・そりゃ、手放したくないだろ。こんな良い人材。」
それを聞いてアカリは内心喜ぶが、この状況ではそれを表に出せない。
ピキルは淡々と言葉を並べる。
「クロが、アカリさんを、手放したくない、のは、よくわかる。だが、ウチが、アカリさんを、欲しい、と思っている、のも同じだ。」
「・・・・・・」
クロはまた黙ってそれを聞く。
「アカリさんが、クロの、正式な仲間、でなく、なおかつ、クロが、アカリさん、自身の意志を尊重する、気なら・・・我らが、アカリさんに、勧誘しても、いいはずだ。」
「そうだな。」
まったく正論である。クロが同意すると、ピキルはアカリの方を向く。
「今、アカリさんが、思った通り、これは、新卒採用の、会社アピール、のようなものだ。是非、ウチの職場を、見てほしい。」
「職場?」
アカリが首を傾げると、ピキルは得意そうに笑った。
「我が神が、君たちを、お招きくださる。」
ピキルがそう言った途端、クロ達がいる小屋が大きく揺れ始めた。
「なんだ!?」
「これは・・・」
揺れは数秒で収まったが、違和感がある。その正体は、窓から外を見るとわかった。外を覗いたアカネが驚きの声を上げた。
「浮いてる!」
「土魔法ですか。しかし、これは・・・」
マシロが感知した限り、今、土魔法でこの小屋を浮かせているのは、ここにいる誰でもない。
マシロの分析を読み取ったピキルが言う。
「そう。我が神の、御力だ。我が神の魔法は、山頂から、ここまで届く。」
「んな、馬鹿な・・・」
ダンゾウがそう否定してみるが、マシロの分析もダンゾウ自身の感覚も、それを肯定している。本当に、<神>は山頂から10km近くも離れたこの小屋を操作しているのだ。
ダンゾウが慄いているうちに、ピキルはマシロの方を向く。
「流石、マシロさん。その考察は、そう誤っていない。だが、答え合わせは、後にしよう。」
「・・・・・・」
そう言われたマシロは、黙って答えない。クロには、マシロがひどく緊張しているのがわかった。
・・・マシロがあれだけ緊張しているのは初めて見る。<神>とやらは、絶対に勝てない強者、というだけではなさそうだな。
クロもそれを見て覚悟を決める。今まで会ったこともないような怪物とこれから会うのだ。
小屋はエレベーターのように徐々に加速。山頂めがけて飛んでいき、山頂付近で徐々に減速した。乗っていたクロ達が加速や減速による負荷をほとんど感じない、完璧な制動だった。
そしてまたも大した衝撃もなく、雪深い地面に着地した。
するとすぐさま、小屋に数人の蛇戦士が入って来た。手には毛皮の衣服がある。
「山頂は、寒い。これを、着る、といい。」
「俺は結構。」
「私も不要です。」
「オレもいいや。」
「私も大丈夫!」
「儂は有難く貸していただきやす。」
「私も・・・貸してください。」
クロ、マシロ、ムラサキ、アカネは断り、ダンゾウとアカリだけ服を借りた。
もう夏が近いというのに、山頂では雪が深く積もっていた。天気は曇りで、今にも雪が降ってきそうだ。
一同が小屋の外に出ると、それはすぐ目の前にいた。
雪の白と岩の灰色で染まったモノクロの世界で、一際目を惹く虹色。雲越しに当たる日光でも輝いて見えた。そんな虹色の鱗に包まれた巨体が、岩の、いや、山の合間にうねうねと伸びている。
太さだけで3m以上ある胴体が、何kmも続いて、先端が見えない。
そして頭部はクロ達の目の前で、いくつもある目がここにいる全員を見ていた。数えるとその目の数は、左右に8つずつ。計16個。8対とも異なる色をしている。
シュルリと黒い舌が口から覗いた。それを見たムラサキとアカネは、一瞬のうちに委縮して動けなくなってしまった。
クロも想像以上の怪物に、どう対処すべきか迷う。そんなクロ達を他所に、ピキルは堂々とその蛇の方へ歩き、すぐ近くまで近寄ったところでクロ達に振り返った。
「こちらが、我が神。ユルル様だ。」
気が付けば周囲は大勢の蛇戦士達で囲まれていた。敵意はないが、彼らの<神>ユルルに手を出せば、すぐにでも対処する様子が見て取れる。もっとも、こんな巨大な相手にすぐさま致命打を与える方法など、クロには思いつかないが。
周囲とユルルを観察していたクロは気が付く。目の前にいる巨大な蛇。圧倒的強者であることはなんとなくわかるが、意外なことに、その巨大な体躯からまったく魔力を感じない。
「魔力がない?魔獣ではないのか?」
クロがぼそりと零した言葉に、素早くマシロが忠告する。
「マスター。よく見てください。まったく感じられないということは、獣でもありえません。」
確かに、魔獣でない獣でも、生き物である以上、多少は魔力を持つ。この蛇からはそれすら感じられないのだ。
「どういう・・・」
「説明、しよう。」
クロの疑問に、ピキルが答える。
「まず、魔力とは、何だと思う?」
「・・・意思に反応して集まり、現象を引き起こすエネルギーだ。」
「そうだな。だが、そんな、素晴らしいエネルギーは、どこから現れたか?」
「・・・・・・」
これには答えられない。クロの前世にはないエネルギーだ。言われてみれば自然発生した、というのは無理があるようにも見える。
悩むクロの前で、ピキルは手を広げて背後のユルルを示す。
「その答えが、この方だ。この世界に、魔力、というエネルギーを、もたらした者こそ、ユルル様、なのだ。」
「「・・・・・・」」
誰も何も言えない。馬鹿馬鹿しいと言うには、目の前の存在が強大すぎた。
「ユルル様がこの世界に生まれた頃、この世界は原始の地球と大差なかったそうだ。そこへ、魔力という独自のエネルギーを持ったユルル様が降臨なされた。突然変異で生まれたのか、はたまた別世界からやって来たのか。それはユルル様自身もご存じない。だが、ユルル様は魔力を持ってこの世界に降臨なされた。」
ピキルがいつもの片言でなく、いやに流暢に喋り始めた。
「ユルル様は物理的なエネルギーを魔力に変換し、それを自在に操る力があった。その力は強大で、ユルル様はあっという間に生態系の頂点に立った。しかもユルル様は老いることなく、成長を続けた。ユルル様はこの世界の絶対強者となった。」
以前、クロが考えたように、魔力は理想的なエネルギー管理システムだ。魔力は基本的にロスなく貯蔵でき、他のエネルギーへの変換効率もほぼ100%だ。
そのシステムを、世界で唯一扱えるとなれば、そのアドバンテージは圧倒的なものになる。原始人の戦に近代兵器で殴りこむようなものだ。
「しかし、ユルル様に繁殖能力はなかった。魔力という力の代償かもしれん。また、魔力さえあれば、食事が不要であると気づくと、ユルル様は生物たちの生存競争から外れ、それを見守るようになった。」
寿命と繁殖能力がなく、魔力があれば食事不要という点は、魔族に近い。いや、時系列からして、魔族がユルルに近いのだろう。
「見守っていたユルル様は、生物たちが必死に生きようとする姿をいたく気に入っておられた。そこで、ユルル様は自身の魔力に指示を与えたのだ。「この世界のすべての意思ある者たちに、助力せよ。」と。」
「まさか・・・」
「そうだ。現在、世界中にある自然の魔力は、すべてユルル様のものなのだ。ユルル様の慈悲により、ヒトも魔獣も魔力を使うことができる。その意思に反応して、助力するようにユルル様が魔力に指示したからだ。」
つまり、クロがユルルの魔力を感じられなかったのは、大気中にある無所属の魔力と同じだったからだ。いや、ピキルの弁が正しければ、無所属の魔力と思われていた大気中の魔力はすべて本来ユルルの魔力であり、この世界全てがユルルのフィールドなのだ。だとすれば、麓の小屋を動かすなど造作もない。
「やがて、ユルル様の慈悲により魔力を得た生物たちは次々に進化していった。その末に人が生まれ、獣人が生まれ、竜や竜人も生まれた。そして人々が生き、争ううちに、彼らの信仰心が魔力の集合体に自我を与えた。それが今の八神だ。」
クロはここでちらとマシロを見る。視線に気づいたマシロは首を横に振る。
「心配せずとも、嘘など、言っていない。」
クロの思考を読んだピキルが念を押す。マシロが嘘ではないと言っている以上、クロもピキルの話を否定しづらい。
ピキルは話を続ける。
「八神は人々が安定して魔力を利用できるように、術式を書いて魔法を編み出した。魔力が認識しやすい文字を使い、術式によって起こす現象を明確化して、安定して現象を引き起こすようになった。それで人々は生活が便利になったが・・・戦争も激化した。その末に世界の大陸がここを残して沈んでしまったのは悲しい出来事だった。今は八神が責任もってリミッターを設けたようだがな。」
ピキルの話が一区切りしたところで、クロが質問する。
「そんな強大な神、ユルルが、なんでこんな山奥に隠れている?」
「やはり、度胸が、あるな、クロ。・・・ユルル様も昔は人の前に姿を現し、一部の信仰を集めておられた。」
さっきまでの自慢げな様子は鳴りを潜め、ピキルは悲しい雰囲気で話す。
「しかし、徐々に信仰は八神へと移って行った。やむを得ないことではある。ユルル様は見ているだけ。対して八神は魔法という明確なメリット、恩恵を与えていた。」
ユルルの力は強大すぎる。もし自分の信者をその力で守り助けようとすれば、いくらでもできるだろう。しかし、それをやってしまえば、ユルルの信者だけが幅を利かせ、世界のバランスが崩れかねない。
何より、ユルルは人が自らの力で努力する様が好きだった。ユルルに依存するような信者にはなってほしくなかった。
「結局、ユルル様の信者は、この山に住んでいた蛇系竜人だけとなった。自分たちと近しかったからだろう。彼らはメリットがなくてもユルル様への信仰を捨てなかった。恩恵がなくても、その精神的支柱としてユルル様を崇めていた。」
「むしろ、その方が正しい宗教の在り方だろう。」
クロの宗教観で言えば、信仰する神に実益を求める方が間違っている。宗教とは自身の精神を強固にするための考え方であり、教義とは生き方の手本だ。神に祈って助けを求めるなどというのは甘えでしかない。
クロの考えに、ピキルは掌をクロに向けて首を横に振る。
「それは、お前の、前世の、世界観を、元にした、考えだ。この世界、神が、実在する、世界では、違う。」
「まあ、それもそうか。」
「話を続けるぞ。その蛇系竜人たちだが、そのうち彼らも他の種族との抗争で絶えてしまった。蛇系竜人たちを滅ぼした連中は・・・」
「シューーーー・・・」
ピキルの説明を遮るように、ユルルが静かに、しかし大きな声を発した。ピキルは説明を中断してユルルを振り向き、すぐに視線をクロに戻した。
「悪いが、ここの、説明は、省かせて、もらおう。ともかく、ユルル様は自身を信仰する者がいなくなると、欲に負けてユルル様を利用しようとするヒトが現れないよう、山奥に身を隠したのだ。」
説明を終えたようで、ピキルはふうと息を吐く。
「さて、アカリさん。我が神、ユルル様の、強大さと、深謀遠慮、がわかって、もらえたと思う。」
「あ、はい。」
アカリはとりあえず、という感じで頷く。しかし、ピキルにはアカリが理解しきれていないことが読み取れたようだ。
「どうやら、ユルル様の、力を、理解、しきれて、いない、様子。では、仕方ない。」
ピキルは軽い身のこなしでユルルの胴体に近づいた。
「ユルル様が、直々に、相手をしてくださる。クロ、かかって、来てみろ。他の、者たちも、好きに、やってみれば、いい。力の差を、思い知らせてやる。」
ユルルは頭部をやや持ち上げ、数回大きな舌を出し入れした。このわずかな身動きだけで、クロ達は巨大なプレッシャーを感じた。
神を讃える演説だけは流暢に言えるように練習していたピキルさん。




