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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
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174 アカリとスミレ

 アカリがクロ達の家に厄介になってから1週間が経った。アカリは日に日にできることが多くなり、少しでもクロ達の役に立とうと頑張っている。

 そんな日の昼のこと。昼食の後の休憩時間に、いつも通り皆で紅茶を飲んでいた時、マシロがピクリと耳を動かす。


「マスター、来客です。スミレさんですね。」

「ああ、そういえば、ペアリングの件の結果を報告してなかったな。」

「出迎えてきます。」

「よろしく。」


 マシロが玄関から出ていくのを見送りつつ、アカリは首を傾げる。


「スミレさんって、どなたですか?」


 アカリの質問にクロが淡々と答える。


「異世界人。獣人に転生してて、フレアネス王国で諜報活動とかやってる。ここに時々訪れるのは政治的な理由もあるが、基本的に情報交換のためだ。」

「獣人・・・」

「男じゃないから安心しろ。」

「あ、はい。」


 アカリは山賊に襲われた経験から男の獣人に対してトラウマがあって、怯えてしまう。ただし、女性ならば問題ないようだ。

 昼食の片づけを終えたムラサキがアカリの傍までやって来る。


「どうする、クロ。アカリは隠した方がいいか?」

「いや、ペアリングの持ち主として紹介しないといけない。でなきゃ、ペアリングが没収されかねん。」

「え、それは困ります!」


 アカリが当のペアリングを入れている服のポケットに手を当てて訴える。彼女にとって恋人の形見であるペアリングは、すでにアカリに返していた。

 ペアリングの正式な持ち主がいることをスミレにはっきりと言わなければ、王国の持ち物として没収されてしまう。アカリの同席は必須だった。

 そこでアカリはムラサキとクロの会話から不穏なものを感じて、尋ねる。


「あの、スミレさんって、どんな方なんですか?」


 その質問に、その場の全員がそれぞれ答える。


「能力は信用できるが、性格は信用できない。」

「ひでえサディストだな。」

「相当腕が立つのは確かでござる。」

「おっかない方ですねえ。」


 なんとも歪な評価に、アカリは頭を抱える。


「不安になって来ました・・・」


 そこへ玄関から当の本人がマシロに連れられてやって来た。


「お邪魔しま~すぅ。」


 慣れた動作で靴を脱ぎ、客間へと入って来る。いつも通り、眼鏡の奥の眼は楽しそうに周囲を観察しており、頭上の猫耳と尻尾がゆらゆらと動いている。

 そして、アカリと目が合った。


「あ。」

「おやぁ?」


 アカリはすぐに理解し、スミレは首を傾げる。

 硬直して動けないアカリに、スミレがその顔を覗き込みながら尋ねる。


「どっかでお会いしましたぁ?しましたよねぇ。『ライブラリ』」


 スミレが自分のこめかみを指先でコツンと叩くと、すぐさま得心がいった顔になる。


「ああ!フォグワース侯爵の船に乗っていた人間のカップルの片割れじゃないですかぁ。またお会いできるとは思いませんでしたよぉ。」

「ひぃっ!」


 さらに近寄ろうとするスミレに怯えて、アカリが逃げようとする。が、アカリが腰を上げるよりも先にクロがその肩を掴んで止めた。


「く、クロさんっ!この人は・・・」

「落ち着け。あと、スミレはそれ以上近寄るな。」


 アカリが振り向くと、クロは右手で隣のアカリを押さえながら、左手の剣を持ち上げていた。その牽制により、スミレはそれ以上近づいてきていない。


「クロさん~。彼女は侯爵の船に乗ってたんですよぉ。重要参考人ですぅ。」

「知ってる。だが無関係だ。」

「ほう、その根拠はぁ?」

「・・・順を追って話すか。座れ。」

「はいはい~。」


 スミレがクロの向かいに座り、マシロが茶を淹れると、クロは事の経緯とアカリの日記の話をした。



 クロが一通り説明を終えると、スミレはうんうんと頷く。


「なるほど~。ペアリングの持ち主はそのフェイさん。彼は確かに水色髪でしたねぇ。指輪に残っていた魔力の状態とも辻褄が合いますし、ペアリングはアカリさんのものでいいでしょう~。」


 アカリはホッと胸を撫で下ろす。だが、ただで終わらせないのがスミレのやり口だ。


「ただし、侯爵の件と無関係かどうかは、納得いきませんねぇ。理由が彼女の日記だけでは、弱いですよぉ?」


 スミレがアカリを睨み、アカリはそれに委縮する。アカリはちらりとクロを見て助けを求めるが、


「それは確かにそうだな。」

「クロさん!?」


 見放された、と思ってアカリは叫ぶ。しかしクロはアカリの方を見ることすらしない。


「日記が嘘だと言われてしまえば、それを否定する材料はない。どうすれば納得する?」


 クロはあくまで論理的に話を進める。情に訴えるようなこともしないし、そもそも人間であるアカリに感情移入する事も無い。クロにとってアカリは役に立つ人材でしかない。

 アカリもクロの態度からそれを察し、口を噤む。


 ・・・そうだよね。私はあくまでただの居候。クロさんに助けを求めるなんて、甘えでしかない。それに、クロさんは優しくはないけど、ちゃんと解決方法を探してくれている。それで十分じゃない。


 クロの質問にスミレが腕を組んで悩む。アカリは固唾を飲んでその答えを待つ。

 やがてスミレがポンと手を打って答えた。


「アカリさんに『フォース・コンフェス』を使っていいなら、いいですよぉ。」

「なっ!良いわけないだろ!」


 反応したのはムラサキ。

 ムラサキの怒り様に、アカリが不安になってクロに尋ねる。


「『フォース・コンフェス』って?」

「自白魔法だ。」


 それを聞いたアカリは蒼褪める。自白させられるのも怖いし、闇魔法をかけられるのも怖い。ムラサキが怒るのも無理がないと思った。

 だが、同時に、ムラサキ以外が反応しなかったのも気になった。その理由は次のクロの一言で理解することになる。


「まあ、それしかないか。」

「「えっ!?」」


 アカリとムラサキが驚いてクロを見る。


「クロさん、自白は、ちょっと・・・」

「そうだぞ、クロ!自白魔法なんて・・・」

「じゃあ、代案があるなら聞こうか?」

「「うっ・・・」」


 クロはアカリをちらりと睨んでから、ムラサキを見る。他にアカリの身の潔白を示す方法があるかと問われれば、アカリもムラサキも答えを持ち合わせていなかった。

 2人が答えないのを確認すると、クロはスミレの方を向く。


「スミレ。『フォース・コンフェス』を1回だけアカリに使っていい。ただし、侯爵との関与に関する情報以外は引き出すな。」

「はいは~い。じゃあ、アカリさん~、手を出してくださ~い。」


 スミレがニコニコと微笑みながら手を差し伸べる。友好的な握手にも見えるが、アカリには薄ら寒く感じた。

 アカリは不安故にクロの方を見る。クロは左手の剣を見せながら答える。


「心配ない。自白魔法と言っても、尋ねられたことに素直に答えるようになるだけだ。こいつが変なことを尋ねたら、その場で止める。」

「は、はい・・・」


 アカリが周囲を見渡せば、皆が見守っていた。その視線に後押しされて、アカリは恐る恐る手を出す。

 すると、スミレがひょいと手を伸ばしてあっという間にアカリの手を取った。

 その途端、アカリの意識には霞がかかり、寝ぼけたようにぼんやりとしてきた。


「フォグワース侯爵のことはご存知ですかぁ?」

「乗せていただいた船の、兵士さんたちの、雇い主・・・」


 ぼんやりとした意識の中、スミレの声だけははっきりと聞こえ、何も考えることなく質問に答える。


「侯爵にお会いしたことはぁ?」

「ないです。」

「ふむ。船の積み荷は見ましたかぁ?」

「布とか、食料、鉱石、・・・」

「ネオ・ローマンの方の港で下した積み荷はぁ?」

「見てません。」

「フェイさんとのご関係は?」

「元の職場の同僚で、フェイが独立して他の国に行くって言うから、ついて行って、明言はしてないけど、恋人みたいな・・・」

「そこまで。」


 クロの声が聞こえた直後、アカリの意識は急に大きく揺さぶられた感じがした。頭痛に呻きつつも、スミレとつないでいた手が離れたことに気がつく。

 まだ頭がぼんやりとしているが、目の前の状況はなんとなくわかった。

 スミレとの間にあるテーブルの上に、鞘に収まったままのクロの剣がある。クロがテーブルに寸止めしていた。その向こうでスミレが両手を上げて降参のポーズをしており、周囲の皆は少々殺気立っていた。


「今の質問は不要な情報だろう?」

「いやぁ、気になっちゃってぇ。やだなあ、斬りかかることないじゃないですかぁ。」

「加減はしてた。鞘に納めたままだろ?」

「それでも、腕の骨が折れちゃいますってぇ。」


 どうやらクロがスミレの手を狙って剣を振り下ろしたらしい。

 クロが剣をひっこめると、周囲も警戒を解いた。スミレも息を吐いて姿勢を正す。


「アカリさんの潔白は証明されましたぁ。もう心配しなくていいですよぉ。」


 スミレの言葉に、アカリはホッと胸を撫で下ろす。


「あ、ただし・・・」


 スミレの続く言葉にアカリは再び警戒するが、杞憂に終わる。


「アカリさんの安否って、どうしますぅ?」

「どうするって、どういうことだ?」


 クロが尋ねると、スミレは流暢に説明していく。


「私が最近山賊狩りしてるのは話しましたよねぇ。その事後処理の一環で、山賊被害にあった方についてもいろいろやってるんですよぉ。遺族に、仇を取った旨を伝えたり、ねぇ。で、それはできる限り他国の方にもやってましてぇ。アカリさん、生存していること、地元に伝えますかぁ?」

「え・・・」


 アカリにとっては寝耳に水の話だった。世話になった運送会社の夫婦。カイ連邦で仕事を始められたら連絡すると言って出て来た。きっと心配しているだろう。だが、連絡手段がないと思って、諦めていた。

 アカリは悩んだが、結局首を横に振った。


「・・・いいです。死亡扱いにしてください。」

「おや、よろしいのでぇ?」

「はい。旅立ってから、もう1年近く。これだけ連絡がなかったら、社長もメアリさんもきっともう諦めてます。そうでなくても、もう私は合わせる顔がありません。不義理を承知で出て来たのに、失敗した私なんて・・・」

「ふうん。まあ、いいですけどぉ。」


 スミレはやや納得いかない様子だが、口を挟む気はないようで、それ以上追及はしなかった。

 すぐにスミレは席を立つ。


「さて、これはもう私、帰った方がいい雰囲気ですかねぇ。」

「そうだな。」


 クロが首肯したが、スミレはそれを失礼とも思わず玄関に向かう。が、客間を出る前に振り返った。


「あ、アカリさん~。わだかまりも解けたところで、今後は仲良くしましょうね~。」

「え?あ、はい。」


 アカリがぽかんとしている間に、スミレはさっさと帰ってしまった。

 そしてアカリは遅ればせながらスミレの言葉の意味を理解する。


「え?わだかまり?解けたんですか?あれで?」

「・・・あいつは解けたつもりなんだろ。」

「スミレさんはマイペースなので、大体あんな感じです。慣れるしかないですよ。」

「ええ~・・・」


 問題は解決したものの、アカリの不安は1つ増えたのだった。


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