173 アカリとマシロ
今日もまた、アカリは朝の入荷作業の後、暇になった。昼食の手伝いは恒例となったが、それまでも時間がある。
・・・狸さん達からゴーレムの使い方でも教わろうかなあ。
ゴーレムの扱いがうまくなれば、工場の手伝いもできる。一朝一夕では狸達のレベルに追いつけないだろうし、最悪、適性が低くてどんなに頑張っても使えるレベルにならないかもしれない。アカリは全属性持ちだが、全て高いのではなく、全て平均値なのだ。
それでも何もやらないよりはマシだろう、と家の周りをうろついて手すきの狸を探していると、ある事に気が付いた。
・・・あれ、マシロさん、いない?
家の外から窓を見ると、マシロの姿が見えない。いつもならこの時間は家の掃除をしているはずだ。
もちろん、窓から見えない位置にいるだけかもしれないが、何故だかいない気がした。
確認してみようと家に近づこうとして、ふと立ち止まる。
・・・『ガレージ』を使えば、ここから見えないかな?
『ガレージ』の出口はアカリが認識している場所に開くことができる。つまり、ここから窓越しに見ている家の中にも出口が作れるのだ。
であれば、アカリの目の前に入口を、家の中に出口を作って、『ガレージ』内では入口と出口をくっつけてしまえば、その入口を覗き込むことで、ここから動かずして家の中を見ることができるのではないか。
そう考えて試してみる。その結果。
・・・できない。
初めて気づいたが、どうやら『ガレージ』の出入口を複数同時に開くことができないようだ。
『ガレージ』内の部屋同士の扉なら何個でも自由に作れるが、『ガレージ』と外界をつなぐ穴は1つずつしか開くことができない。
・・・私が一旦『ガレージ』に入って・・・いや、それじゃ外が見えないし、やっぱり怖い。
結局、外からの覗き見は断念し、普通に家に入ることにした。
家に入ると、やっぱりマシロはいない。代わりに読書中のクロを見つけた。
相変わらず殺気をばら撒いているかのような恐い雰囲気だが、アカリは臆さず話しかける。
「あの、マシロさんは?」
「ん?なんか用か?」
「いえ。ただ、いつもは家の掃除をしてる時間なのに、と思って。」
「ああ、なんか今日は先に鍛錬したいって言ってたな。」
マシロは真面目そうに見える、というか実際真面目だが、意外なことに結構気分屋でもあるらしい。
クロが時計を見る。
「そういえば、ちょっと遅いな。暇なら様子を見てきてくれるか?」
「はい。」
「あ、ただし、不用意に近づかずに、まず先に声をかけてな。」
「わかりました。場所はわかりますか?」
「いや。・・・この際だから、自分で探してみな。森での探索にも慣れておいて損はない。」
この課題にはやや渋ったものの、確かにここで暮らすなら、それくらいできないと困りそうだ。
遠くには行っていないそうなので、家がある荒れ地周辺にガサガサと分け入ってみる。
・・・狸さん達に先導された時は気にならなかったけど、森って歩きにくいんだなあ。
狸達は基本的に獣道を広げながら歩いていたので、アカリも歩きやすかった。ちなみに道を広げる方法は木魔法『フォレストトレイル』だ。木や草を少しだけ移動させることができる。
大きな木まで移動させるには、高い適性が必要だが、草を掻きわける程度なら適性が低くても問題ない。
しかし、アカリは習得していなかった。理由は、人間の間では『フォレストトレイル』は森人が使う魔法として認識されており、高い木適性がないと使えないと勘違いされているため、アカリはそれを信じてしまい、試す前から選択肢から外していたのだ。旅に出る時点では森に入ることはないと思っていたこともある。
なお、森に棲む魔獣は多くがこれを高いレベルで使える。この辺りで見かける魔獣に木属性を得意とする者が多いのはそのためであった。ちなみに例の熊、ギガラーテルは、身体強化系しか使えない脳筋である。
しばらく黙々と草を掻きわけて進むアカリ。マシロ特製の服は草で切れたりすることはなく、アカリの身を守ってくれていたが、少し奥に進んだだけで背の高い草も出てきて、顔を草にひっかかれたところでアカリはこのまま進んでも効率が悪い、と判断した。
・・・第一、こう視界が悪くちゃマシロさんを探せない。私は狸さん達みたいな索敵能力はないんだし。
悩むアカリの頭上を、スイーパー達が飛んで行った。スイーパー達は木の枝よりも低いが、草よりは高い、そんな絶妙な高さを飛んで行く。
それを見て、アカリはひらめいた。
考え出した方法は浮遊移動だった。土魔法で作った足場を操作する方法も考えたが、より使い慣れた『ガレージ』を使うことにした。
まず『ガレージ』の穴を水平に出し、そこから椅子を取り出す。椅子は下3分の1くらいが『ガレージ』に入っているので、操作すれば穴に椅子が落ちることはない。そしてその椅子に座る。これで宙に浮くことができた。
あとは『ガレージ』の穴を好きな方に動かすだけ。椅子に座っているので快適だし、使い慣れた『ガレージ』なら魔力の消耗も少ない。
・・・ふう、快適快適。草を掻きわけるのとは大違い!せっかく魔法があるんだから、使えばいいのよね。
そうして荒れ地から離れないようにしながら森をふわふわ、うろうろした結果、ようやく遠目にマシロを見つけた。
・・・あ、あの真っ白い髪、間違いなくマシロさんだ!でも、なんで伏せてるんだろう?
見つけたマシロの白髪は、ずいぶん低い位置にあった。そのため、アカリにはマシロが伏せているように見えた。
マシロの鍛錬というから、さぞ高速移動しているのだろう、と思っていたが、全く動く気配がない。
不思議に思いつつふわふわと近づいた時に、はたとクロから言われていたことを思い出す。
・・・そうだ。まずは声をかけないと。
「マシロさ~ん!」
「・・・・・・」
返事がない。代わりに、マシロが居ると思しき付近で何かが動いた。
アカリがそれを目を凝らしてみてみると、
「へ・・・ええ!?」
アカリの目に映ったのは、首のない人型だった。それが、こちらに向かって歩いてくる。
「えー!?何?モンスター!?」
この世界にはモンスターと呼ばれるような怪物はいない。怪物みたいな魔獣はいるが、それでも生き物としてちゃんと成り立っている。首なしの化け物など聞いたことがなかった。
驚いて椅子から転げ落ちたアカリは、慌てて立ち上がる。そこへ、人型がアカリに向けて指を伸ばした。
・・・こ、攻撃!?
アカリは頭を抱えて蹲る。彼女なりの防御姿勢だった。
しかし、何秒待っても何も来ない。恐る恐る見てみると、目の前に黒い文字が浮かび上がっていた。
「Help」と書かれている。首を傾げつつ、人型を見てみると、よく見ればそれはマシロの体だった。
「ま、マシロさん・・・?」
恐る恐るアカリが尋ねると、人型はお辞儀をした。
「あ、あー。うん。ようやく肺とつながりました。喋れます。アカリさん、ありがとうございました。」
「い、いえ。しかし、魔族って、その、すごいんですね。」
マシロが紐を使った文字を書いてアカリに指示し、それに従ってアカリが地面に落ちていたマシロの首をマシロの体に渡すと、マシロは向きを確かめてから首を元の位置に戻して再生させたのだった。
「何があったんですか?」
「ご心配おかけして申し訳ありません。まあ、鍛錬中の事故です。」
どうやら、新技開発中に、謝って自分を斬ってしまったらしい。
「手足はすぐそばにあったので、手探りで見つけてすぐに再生できたのですが、首は遠くに飛んでしまって。感覚器の大半は頭なのですが、頭の向きが悪く、視界に体が見えませんでしたし、嗅覚の利きも悪くて。」
嗅覚でものを感じるには、肺で息を吸わなければならない。呼吸なしでも多少は匂いを嗅げるかもしれないが、感知距離は大幅に狭くなってしまうだろう。
「仕方なく耳で位置を探ろうとしていたのですが、草が多いここではそれも困難で・・・正直言えば、途方に暮れていたのです。新技の訓練は、失敗するとあまりに無様なので、人目につかないところでやっていたのですが、裏目に出てしまいました。」
「それは、何と言うか・・・大変でしたね。」
「いえ、アカリさんが来てくれなければ、最悪、獣に食べられていたかもしれません。本当に助かりました。以後、気を付けます。」
「そんな、お役に立てたのなら光栄です。」
そこでアカリは思い出す。
「あ、そういえば、クロさんが心配してましたよ。帰りが遅くて。」
「それは、マスターにも謝罪しなければ。急いで戻りましょう。『変化』」
マシロは素早く犬形態に『変化』する。服がほどけてハーネスに変形する様は、昔の変身ヒロインのようだとアカリは思った。もっとも、マシロの筋肉質で銃創だらけのボディでは、子供向けアニメにはならないだろうが。
「アカリさん、乗ってください。」
「いいんですか?」
「助けていただいたお礼です。」
「ありがとうございます。」
アカリはやや手古摺りながらも、どうにかマシロの背に乗った。
「わあ、高い・・・」
マシロの巨体に乗ると、生い茂る草が下に見える。さっきまで自分の魔法で浮いていた高さと同じだが、自力でなく誰かの背に乗って見ると、やけに高く感じる。それが少し面白かった。
「しっかり掴まって、態勢を低くしてください。行きます!」
「へっ・・・」
急に、体が後ろに強く引っ張られる感覚がして、慌ててハーネスに捕まる手を強く握った。景色が高速で後ろに流れていく。マシロが高速で走っているのだと、遅れて気づいた。
・・・ちょっと、マシロさん!キツイ!止めて~!
そう言いたいが、口を開くこともできない。歯を食いしばっていないと振り落とされそうだ。
マシロの背にしがみついて何秒経ったか、体感では数分にも感じられたが、アカリは振り落とされずに家まで戻ることができた。
ふらりと背から落ちそうになったアカリの体を、ハーネスの一部が受け止めた。
「アカリさん、大丈夫ですか?」
「き、気持ち悪い・・・うぇ・・・」
マシロはすぐさま獣人形態になってアカリを介抱し始める。
介抱されながらアカリは、マシロに乗ったことを後悔しつつも、同時にマシロが結構優しいことも理解した。
・・・最初は近づき難い雰囲気だったけど、しっかりしてるようでどこか抜けてるし、厳しいけど根は優しい感じ、かな?
これ以降、アカリはマシロとも打ち解けていく。マシロがここの生活について教え、アカリが人間の常識を教える、いい関係になって行った。




