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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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019 涙

 深夜、マシロはまだ糸を作っていた。だいぶ作業に慣れ、別の思考の片手間でできるようになっていた。今は昔のことを思い出していた。

 マシロは以前、この部屋に泊まったことがあった。ハヤトが<疾風>の二つ名をもらい、この城で祝賀会が催された時のことだ。主役のハヤトは散々呑まされ、帰宅できそうにないために執事から客室に案内されたのだった。

 その時、マシロは盛大に祝う兵士たちの8割以上がただの社交辞令で、内心は妬んでいることを見抜いていた。故に、眠る主のそばで、一晩中警戒していたのだ。


「あの時もこうして、ずっと起きていたな。」


 糸を作る手が止まる。ちょっと根を詰めすぎたようで、疲労感がある。気がつけば、感知を疎かにしていた。

 ・・・いかん。襲撃でもあったらどうする気だ。・・・私が主を守らなければ。

 気合を入れようとすると、ベッドの方から声をかけられた。


「まだ起きてたのか?」

「主は寝ていてください。警戒は私がしますから。」

「・・・寝られるときに寝ておいた方がいいぞ?」


 寝ずの番など、戦場では珍しくもない。ハヤトもわかっているはずなのに、今日は珍しく寝ることを勧めてくる。


「しかし・・・」

「せっかく安心できるようにトラップを仕掛けまくったんだ。寝てても接近に気付くくらいはできる。」

「いつの間に・・・」


 ・・・トラップなど仕掛けていたのか。・・・いや、トラップ?ハヤトにそんな技術・・・ああ。

 ・・・何を言っているんだ、私は。過去に同じ状況があったから、勘違いしたのだ。そうだ、同じ状況なわけはない。ハヤトはもう・・・。

 途端に目から溢れ出るものに気付いてマシロは慌ててクロに背を向けて顔を隠す。それが涙というものだと知っていたし、哀しい時に出てくるものだとも知っていた。だがそれが自分から出るとは思わなかった。ハヤトがかつて戦友を失ったときにこうして泣き、恥ずかしそうに隠していたから、きっと親しい者にも見せるべきでないものなのだろうと考え、隠した。


「すみません。疲れているようです。もう、寝ます。」

「・・・ああ。」


 意図せずに泣き声に変わる声を必死に抑えながら、マシロは立ち上がった。己の意図通りに動くはずの魔族の体が思った通りにならない。

 ・・・なぜ涙など出るのだ。しかも、今更。ハヤトの墓の前で別れは済ませてきたはずだ。・・・人間の姿だからだろうか?そうだ。犬に戻れば、こんな涙など出ないはずだ。

 マシロは急いで服を脱ぎ、『変化』で犬形態になり、そのまま床に伏せる。

 ・・・やっと落ち着いた。きっと疲れていたせいだ。もう休もう。主・・・じゃない。マスターもそう言っているのだから。


 眠ろうとして伏せた数十秒後に、胴に触れるものに気がついた。臭いでクロだとわかる。接近に気付かないとは、よほど疲れていたのだろう。そう思うのと同時にまだ小さかった頃、こうしてハヤトと寄り添って眠っていたことを思い出す。犬の身でも目から溢れそうになるものを抑えようときつく目を閉じ、眠りに落ちた。


 夢を見た。ハヤトは豪雨の中におり、雨は深い川を作っていた。マシロは豪雨の外にいる。ハヤトを助けようと足を踏み出すが、豪雨の圧力を受けるたびに、つい後ろに下がってしまう。己のふがいなさを悔しく思いながらハヤトを見ると、ハヤトは苦しむでもなく、心配そうにマシロを見ていた。


ーーーーーーーーーーーー


 翌朝。クロはマシロより早く目を覚ますと、慌ててベッドに戻る。

 ・・・真白が珍しく犬形態で寝ているから、つい忍び寄ってモフモフしてしまった。騎乗時は鞍に座って鞍の取っ手に掴まるからほとんど真白に触らないし、貴重なモフモフするチャンスに跳びついたのは、仕方ないことだと思う。うん。しかし、あまりに毛並みが気持ちよくてそのまま熟睡してしまうとは。普段どころか、前世も含めてもこれだけ安眠できたのは初めてじゃないだろうか。是非今晩も抱き枕に・・・ってのは流石に嫌がられるかなあ。

 そんなことを考えていると、マシロが目を覚ました。


「・・・おはようございます。」

「ああ、おはよう。」


 マシロが軽く伸びをする。全長2mを超す巨体だと、この部屋では狭そうだ。人間形態に『変化』して服を着る。相変わらずクロの予備の服のままだ。

 着替え終わると、マシロは躊躇いがちに口を開く。


「あの、昨夜は・・・ご心配おかけしました。」

「え?あ、ああ、疲れは取れたか?」

「ええ。もう大丈夫です。」

「なら、よかった。」


 勝手に抱き着いていたことを咎められるかと思っていたクロは、まったくそのことに言及しないマシロに拍子抜けな感じがしながらも、胸を撫で下ろす。加入直後に険悪になったら目も当てられない。

 窓の外を見ると、日の出直前と言ったところ。今日は国王と面会して報酬の話をする予定だが、まだ早いだろう。

 窓を開けて顔を出すと、ここは2階で、窓の下は中庭になっている。端の方には花壇や木があるが、中央の広いスペースは芝生になっている。運動するには良い広さだ。


「ムラサキはまだ起きないだろうし、ちょっと体を動かすか。」

「鍛錬ならムラサキも起こすべきでは?」

「こいつにはこいつのペースがある。無理強いすると流石のムラサキもキレるぞ。意外と恐いんだ、これが。」

「はあ。」


 マシロはピンと来ないようだ。まあ、普段の様子からは想像もつかないだろう。身体能力も魔力も魔族としては低いムラサキは確かに強いとは言えない。だが、原子魔法による酸素の操作の速度や精密さは脅威だ。まともな生物ではまず勝てないし、魔族は窒息死することこそないものの、酸素がなければ体に変調は起きる。魔族の体は生物本来の生命活動プラス魔力による操作で成り立っているので、一方が欠ければ弱体化する。

 以前、魔族の城にいたとき、ムラサキを本気で怒らせた魔族がいた。ムラサキは魔族を酸欠で弱体化させた後、死角から死角へ動き回って翻弄しつつ、的確に急所を狙うことで魔力を削り、反撃も逃走も許さずに嬲り殺したのだ。傍から見ていたが、狭い室内で家具や壁、さらには酸素を集めて作った空中の足場まで利用した無音の高速移動で翻弄されたら、クロでも捕捉しきれない。


「ところで、糸はどのくらいできた?」

「これで全部です。」


 マシロは1m程の長さの細い糸の束を持ち上げる。束の太さはもう人の腕3~4本分ほどもある。


「もうそんなにあるのか。よし。じゃあ、それを束ねて柔らかい棒を3本作ってくれ。太さは、このくらい。」


 そうして指示を出し、スポーツチャンバラに使うような棒を3本作る。1本だけクロ用に槍のように長くする。初めに作ったのは柔らかすぎて持っただけで曲がってしまい、即席で作った炭素板を軸にしてようやく程よい硬さになった。


「なるほど。鍛錬用の剣ですか。」

「そう。これなら当たっても負傷は少ない。・・・真白の膂力なら二刀流ができるかと思ったけど、どうかな?」

「・・・やってみます。」


 長い棒を持ったクロと短めの棒2本持ったマシロが適当に打ち合う。適当と言っても、2人の速度が速すぎるため、本気で殺し合っているように見える。早朝ランニング中にそれを見かけた兵士が一度止めに入ったほどだ。

 柔らかいため鍔迫り合いもできないし、クロにとっては愛剣の「黒嘴」に比べてずっと軽いので違和感があるが、マシロにはいい練習になったようだ。


「結構やるな。」

「ありがとうございます。」

「まあ、俺は我流の素人剣法だから、まじめにやるなら誰かに教わってもいいかもな。さっきの兵士とかいいんじゃないか?」

「そうですね。ここに滞在中に頼んでみます。」

「おーい、おめーら、なにやってんだー。飯だぞー。」


 いつの間にか起きていたらしいムラサキが部屋の窓から顔を出して叫ぶ。どうやらもう朝食らしい。気づけば日はとっくに昇っていた。

 クロは携帯しているフック付きのワイヤーを取り出し、フックの先端に手拭いを巻いてからフックを投げ、窓枠にかける。ワイヤーを少し引いて確かめた後、ひょいひょいと2階まで登る。

 マシロは助走をつけてジャンプし、窓枠にふわりと着地した。


「お見事。」

「それほどでもありません。」

「いや、おめーら、普通に階段使えよ。」


 部屋には執事が来ており、朝食のついでに国王と面会することになった。どうやら国王はクロ達とはプライベートな付き合いをしたいらしい。クロとしても格式ばった対応は面倒なので、望むところだった。

 私的な面会とはいえ、相手は国王。持っている服の中でマシな物を選ぶ。ところが、最初に選んだ服は執事にもムラサキにも却下され、結局ムラサキが選んだ。クロは異世界ゆえの感覚のズレかと思っているが、実際はクロの美的感覚は前世の基準で見てもズレていた。

 ムラサキはいつも猫形態だが、今回ばかりは獣人形態だ。紫髪の猫耳の獣人。外見年齢は15歳くらいだ。小柄で活発に見える。クロの服はサイズが合わないので、執事から借りている。


「Welcome.」

「Good morning, King.」


 国王の私室に入ると、国王が軽く挨拶してくる。クロもおはようくらいは英語で言う。そこから先は執事が日本語で案内してくれる。


「では、朝食をどうぞ。格式ばったものは苦手でしょうから、シンプルなものにさせていただきました。」

「助かる。ありがとう。」


 四角いテーブルに4つの椅子。国王が座っているのだけ豪華だ。執事は国王の横に立つ。

 席に着くと、サラダや野菜炒め、鶏肉を焼いたものが目の前に並ぶ。料理に詳しくないので、それ以上はわからない。というか、異世界なのでこれが鶏肉かどうかすら怪しい。テーブルの中央には10~15個の様々なパンが積まれている。


「いただきます。」

「・・・いただきます。」

「いただきます!」


 クロが礼儀正しく手を合わせて言うと、マシロが真似る。ムラサキは叫ぶように言った直後にがっつき始める。


「うまい・・・!こんなまともな飯、初めてだ!というか、飯食うの自体、何日ぶりかわからねえ。」


 ムラサキが感動のあまり泣きそうになっている。実際には2日くらい前の野営で食べたはずなのだが。


「マスター達はまともな食事ができなかったのですか?」

「魔族は飯食わなくても生きていけるからな。俺は無益な殺生はしたくないから、負傷したとき以外は飯を食わない。」


 魔族の城にいたときは、クロとムラサキは下働きと実験体だったので、当然まともな食事ではなかった。言ってしまえば残飯ばかりだった。クロはそれで満足していたが、ムラサキは常々不満を漏らしていた。


「なるほど。」

「森にいたときは襲ってきた獣を返り討ちにして食ったりしてた。積極的に狩りは・・・俺はしてない。」

「では、この食事も無益な殺生に含まれますか?」

「いや、戦場で負傷した分は食っとかないといかん。今回は有難くいただく。それに、もう料理されているものを残す方が失礼だ。食材になった奴にも、料理した人にもな。」


 思い返せば、戦場で派手に負傷してストックが減ったのに補充していなかった。そう思うついでにストックの説明をしておく。


「魔族は食った分を体内に貯めておいて、負傷したときにそれを材料に体を修復するんだ。俺はその貯めておく分をストックと呼んでるが、ストックは常にある程度持ってた方がいい。」

「ならば、ストックは多いほどいいのでは?」

「いや、多すぎると太る。重くなって動きが鈍るから、適度なところで止めるべきだ。」

「なるほど。ところで、ムラサキは負傷していませんよね?やたら食事を要求するくせに。」


 マシロがムラサキを睨む。相変わらずムラサキが嫌いらしい。ムラサキが鶏肉が乗った皿を守るように引き寄せる。


「な、なんだよ。食事は数少ない楽しみなんだ。いいだろ?」

「別に取り上げたりはしない。せっかく食べるなら楽しく食べた方がいい。だが、おかわりは程々にな?」


 テーブル中央のパンに手を伸ばしたムラサキが一瞬止まるが、結局パンを取った。クロが見ている限りでも3個目だ。

 数分後にはムラサキの皿は空になり、満足した表情で椅子にもたれかかっている。クロは野菜を食べ終わり、肉を切り分け始める。マシロは肉が早々になくなったが、野菜はまだほとんど残っており、眉間にしわを寄せてちびちびと食べている。


「野菜、苦手か?」

「すみません。元々食べる習慣がないもので・・・食べられなくはありませんが。」


 ・・・数日前まで犬だったわけだし、肉が主食なのは当然か。


「肉と交換するか?俺は野菜の方が好きだし。」

「・・・すみません。では、お言葉に甘えて。」


 皿を寄せて肉を半分真白に渡し、野菜を八割方もらう。

 ・・・しかし、箸があってよかった。こういう作業はフォークより箸の方が向いている。


「好き嫌いすんなよー。」

「行儀が悪いのはわかってるが、俺は飯はおいしく食べるのが礼儀だと思っている。自分よりおいしく食べられる奴に譲るのは悪いことじゃないと思う。」

「また妙な理屈を・・・」

「私はマスターに賛成です。」


 ムラサキは不服そうだが、マシロは表情が柔らかくなった。マシロは基本的に無表情で、今のところ笑ったり微笑んだりするところを見た事がない。


 食事を終えてお茶が配られると、いよいよ報酬の話だ。


「さて、報酬は金銭と住宅のいずれか、ということでしたが、お決まりですか?」


 クロは居住まいを正して交渉に臨む。欲しいものは決めた。あとは、それをもらえるか否か。交渉次第だ。


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