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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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002 旅立ち

 辺境に似つかわしくない大きな城。その裏手にある倉庫には、城の主が集めた希少素材や武具、研究資料が詰め込まれていた。その倉庫内で紫色一色の綺麗な毛並みの猫が樽の上に寝そべっていた。そして、細めていた目を開き、ゆっくりと起き上がって伸びをすると、その口から人語を発する。


「終わったか。援軍なんていらなかったじゃねえか。」


 ・・・半年前にアイツが謀反を計画しているなんて言ったときは、何を無謀なと思ったが、この結果を見れば楽勝だったな。用意したものの3割くらいしか使っていない。アイツは心配性すぎるんだ。準備に半年も、いや、オレに話す前から準備してたみたいだから、それ以上か。実際、ぎりぎりだった。今日の会合で城主の奴が魔王として立っていたら、謀反を起こした瞬間、魔族全体を敵に回すことになっていた。いや、この段階でも手遅れか?既に城主の魔族内での発言権は大きくなってたんだから、それを暗殺した奴なんて絶対狙われる。

 ああ、それでアイツは今、ここにダッシュで向かってるのかあ。・・・畜生。オレは何でこんな謀反に加担してしまったんだろう。そもそもの始まりは、3年前の戦争だ。

 オレは普通に人間の家で飼われている猫だった。家人はあまりオレを束縛しなかったし、猫としては他の猫より実力が上だったから、快適な生活だった。食事は十分に与えられ、街に出てもオレに敵う奴なんていないから、どこでも我が物顔で歩けた。自由な最高の生活だった。

 ところがその街が人間同士の戦争に巻き込まれて、状況が一変。家人が殺され、危険を感じた俺は一目散に街を出た。そこからは苦労の連続。森で、山で、野生の厳しさをこれでもかと味わった。その度にオレの平穏な生活を奪った身勝手な人間を恨んだものだ。

 何日もかけてようやくたどり着いたのが、魔族の集落だった。当然、魔族がどんな連中か知らないオレは、無防備に集落に入り、一番裕福そうな家に忍び込んだ。結果、捕獲された。魔族の身体能力を舐めていた。そしてその知的好奇心の強さも、倫理観の無さも。

 簡単に言えば、実験に使われた。まあ、結果を言ってしまえば、幸運にも成功。生き延びたわけだけど。その時の実験でオレが覚えているのは・・・オレを捕まえた研究者、今の城主の独り言だ。


「我々魔族は他種族が魔族の細胞を一定以上摂取することで、魔族化して生まれるが・・・動物で試したことはなかったな。魔族化は、9割以上が体の変質に耐え切れず死亡する。耐えられる条件は強靭な意思や感情だったか?動物には望むべくもないか・・・いや、お前、俺の言葉がわかっているな?人語を解するということは、魔獣か。しかし魔力容量は大したことないな。魔獣でも雑種で血も薄いってところか。だが、言葉がわかるなら感情くらいあるだろ!さあ、実験だ!」


 で、なんかの肉片を口に押し込まれて、しばらく全身が激痛を襲った。正直死ぬと思ったが、何不自由ないのんびり平穏ライフの夢をあきらめられず、歯を食いしばって耐えていた。そして痛みが治まり、動き出すと世界が一変していた。魔力が見えるようになり、身体能力も大幅に向上。ひどい目にあったが結果オーライと思った。そんで生き延びたオレを見た研究者の奴も喜んだんだけど・・・オレの能力テストをしていくうちに、研究者の顔色が曇り始める。


「身体能力はまずまずだが・・・魔力はてんでだめだな。魔力容量は魔族としては最低レベル以下。そして信じがたいことに適性属性なし!?これではどんな魔法も大した威力が出ないぞ。使えん!所詮は雑種か。」

「魔法制御力は?」


 ああ、そういえばアイツ、クロと初めて会ったのはあの時か。今考えると新米の助手のくせに研究所のトップに普通に口を挟んでたな。


「ふん、素人め。適性のない魔法は本当にゴミのような威力しかないのだ。比較的適性があるのは風属性か・・・ほれ、テスト用のウィンドカッターの石板だ。これに魔力を込めて登録しろ。・・・よし、離していいぞ。じゃあ、俺に向かって風の刃を飛ばすイメージをしながら、キーワードを唱えるんだ。」

「・・・『ウィンドカッター』」


 オレは、風の刃とか言われてもなー、とか思いつつ唱えると、確かに体から魔力が出て顔の前に集まり、空気を固めて研究者の奴に飛んで行くのが見えた。魔法が使えたことに感動したが、直後、研究者に当たっても服すら切れていないことにがっかりした。それは研究者も同じだったようで。


「見ろ!まるでそよ風だ。」

「しかし、初めてやったにしては構築が速かったですね。操作力は高いんじゃないですか?」

「だから!肝心の威力がないのだ。弾速も遅いし、当たっても意味がない。」

「込める魔力を増やせば威力は上がりますよね?」

「だが、魔力容量を見ろ!もうあんなに減っている。仮に鍛えて容量を増やしてもこれではたかが知れている。他の魔獣を探した方が余程建設的だ!」

「・・・じゃあ、この猫、どうするんです?」

「捨ててこい!・・・あ、いや、魔族化成功のサンプルとしては確保しておくか。しかし、わざわざ育てる価値は・・・」

「じゃあ、私にください。」

「ほう、そうか。じゃあ、任せる。なに、死なない程度に適当にやれ。」


 そして、研究者が去ると、仏頂面だったクロがオレを見てわずかに表情を緩める。


「残念だったな、適性がなくて。」

「フン。」

「俺も似たようなもんだよ。俺は適性はあるけど、既存の魔法が使えなくてさ。」

「は?なんだそりゃ。そんなことあるのか?」

「あー、まあ諸事情あってな。そんなわけで俺も主に無能扱いされてるんだ。」

「へー。で、既存の、ってことは?」

「ああ、俺でも使える魔法を自作してるところだ。無属性の魔法になるはずだから、使えるんじゃないかと思う。もし出来たら、お前にもやるよ。」


 まあ、そんな感じでオレ達は組織の底辺どうし仲良くなったわけだ。やがて魔法が完成し、入念な準備の結果、謀反は成功。今に至るというわけだ。ちなみに無属性の魔法を習得したことでわかったが、クロの見立て通り、オレの魔法制御は、出力は低いが操作力が高いことが判明。イメージ通りに動かせるっていいもんだな。今じゃ出力も鍛えて伸ばしたし。ついでに魔力感知は魔族の中でもずば抜けていることもわかった。おかげで倉庫にいながら、城の広間で戦っている様子もなんとなくわかった。オレは魔力を見るだけじゃなく聞くこともできるから、ある程度は壁の向こうでも把握できる。詳しい原理は知らん。できるんだからそれでいいじゃん。

 っと、そろそろ来るな。思い出に浸るのはここまで。樽の上で再び伸びをする。


 クロが倉庫の扉を開けて飛び込んできた。


「よお、クロ。成功か。」

「ああ。待たせたな、ムラサキ。」


 短く挨拶をすると、クロは荷物をまとめ始める。


「楽勝だったみたいじゃないか。城全体に仕込む必要なんてなかったんじゃないか?」


 クロはあろうことかさっきの魔王を殺すのに使った鉄柱を、大広間だけでなく城中に仕掛けていたのだ。その全部に魔力を込めて。ムラサキの魔法制御力は結構高いが、クロには到底及ばない。魔力は大気中から少しずつ吸収して体内に蓄える。蓄えられる最大量が魔力容量だ。そして魔法を使う時に体内から魔力を出して消費する。その魔力を周囲から集める自然回復速度は制御力依存だ。クロは制御力が異常に高いため、魔力を大量に使ってもすぐ回復する。だから城中の鉄柱にほんの数日で魔力を供給しきれる。


「いや、準備しすぎってことはない。命懸けの戦いなら確実に勝てるようにするものだろ。」

「まったく大した完璧主義者だ。おかげで追手がかかることになっちまった。もっと早い時期にやってれば、魔族全体を巻き込む騒動にはならなかったんじゃないか?」

「う・・・だが、なあ。準備不足で負けても嫌だし。これから外に出るんだからさ。外にはどんな強者がいるかわからないだろ?」

「はあ・・・」


 ・・・こいつは魔法を自作するくらいだ。頭は悪くないんだろうが・・・バカだ。魔王を単独でぶっ殺すような奴に敵うのが外にいると思っているのだろうか?病的なまでの心配性だ。


「なんだよ。」

「別に・・・ほら、さっさとずらかるんだろ?」

「もちろんだ。・・・よし。」


 クロは荷物をまとめ終える。が、ムラサキには背負い袋に入れていたものの大半を本が占めていた気がしたがや、きっとここに来る前に必需品はもう入れていたんだろう、と納得することにした。食料とか寝袋とか。

 ・・・うん、大丈夫だ。たぶん。

 そして全力で走り出すクロを、ムラサキは追う。

 ・・・さらば、貧しいながらも平穏な生活。より豊かな生活を求めて!


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