169 アカリの仕事
アカリが現れた翌朝。製錬業の始業前に、アカリは化け狸達の前に立っていた。マシロが一晩で作ったアカリ用の上着を着ている。黒一色のブラウスにスカートだ。
獣人に化けるとアカリが怖がるので、化け狸達は本体の狸の姿を見せている。
「わあ、可愛い。」
「ありがとよ、ねーちゃん。」
「うわあ、喋った。」
「こいつらは魔獣の化け狸だ。人前では狸獣人に化けるから、そこは注意してくれ。」
「へえ、化け狸・・・」
「ねーちゃん、獣人に恐い目にあわされたんだってな、かわいそーに。」
「ねーちゃんの前では極力化けないようにするから。」
「あ、すみません。わざわざ・・・」
そのまま雑談に入ってしまいそうだったので、クロが手を叩いて注目を集める。
「ほら、始業前に挨拶だけしとこうと思って来たんだ。昨夜はバタバタしてたから、ちゃんと自己紹介もできなかったしな。」
昨晩はアカリの食事のあと、『ガレージ』内の荷物整理までやっておいた。今日から早速その『ガレージ』を使って働いてもらうためである。
まだ本調子でないのか、どこか元気がなさそうにアカリが自己紹介をする。
「見暗あかり・・・あ、ここでは、アカリ・ミクラですね。アカリって呼んでください。えっと、異世界人で、能力は『ガレージ』。荷物運びが得意です。」
「荷運びが・・・?」
華奢なアカリを見て、化け狸達が困惑する。確かに重い荷物など持てそうもない。
すかさずクロが解説する。
「『ガレージ』は収納魔法だ。実際に見た方が早いだろ。アカリ、これを出し入れしてみてくれ。」
「はい。『ガレージ』」
クロは魔法で引き寄せたシャベルをアカリの目の前の地面に突き立てた。
返事をしたアカリが詠唱すると、シャベルの上の空間に穴が開き、その穴が下に向かって進んでシャベルを飲み込んだ。そして、8割方入ったところで地面から引き抜かれて、完全に穴に入る。最後に穴が閉じた。
「「おお。」」
「えと、『ガレージ』の中に部分的にでも入れば、入った部分は魔法で動かせますから、重くても大丈夫です。」
言いながらアカリが反対側に手をかざすと、また空間に穴が開き、ポトリと先程のシャベルが出て来た。
「出入口は、私が見えている場所なら、離れていても開けられます。」
「「すげー!」」
狸達の歓声とぽふぽふという拍手を浴びて、アカリは恥ずかしそうに照れる。
またクロが手を叩いて注目させる。
「ほら、自己紹介の途中だったろ。」
「あ、そうでした。えっと、あ、ここでは人間だって言っておいた方がいいんですかね?」
「え、人間?」
「領主様が、人間を仲間に?」
ざわざわと狸達が騒ぐ。
「俺だって、有能な人間はちゃんと評価するっての。だいたい、人間全部を忌避するなら、こんな商売始めないって。」
「あ、確かに。」
「失礼しました。」
「まったく、脱線が多いな。ほら、続き。」
「あ、はい。」
クロに促されてアカリが続きを話す。
「ええと、戦闘は苦手です。事務作業や荷物運びならお役に立てます。あ、あと属性適性は全部平均的にあるので、高レベルな魔法以外は一通り使えます。」
「全属性!?マジで!?」
「なるほど、さっき魔法を使った時に見えた虹色はそういうことか。」
「超、有能じゃないっすか!」
やはり全属性持ちは珍しいらしい。また、『ガレージ』を使う際の虹色の魔力も、狸達は見えていたようだ。
また照れるアカリの脇で、クロが答える。
「当然だろ。俺がヒト嫌いを押して採用するくらいなんだから、これくらい優秀でないと困る。」
「「確かに。」」
狸一同だけでなく、アカリの自己紹介を見に来た在宅組(マシロ、ムラサキ、アカネ、ヤマブキ、先代達)も頷く。
「自己紹介は以上か?」
「あ、言い忘れてました。歳は31です。」
「「「31!!?」」」
今日、ここ一番の驚きが場を埋め尽くした。驚いていないのは、クロ、マシロ、アカネ、ヤマブキ、先代くらいだ。
その驚きに、アカリもまた驚く。
「ふえ!?な、なんですか?」
「31って、31歳ってこと!?」
「そう、ですけど・・・」
「・・・・・・」
「み、見えねえ。20歳くらいだと思ってた。」
「俺は高く見積もっても25だと・・・」
昨夜から見ていたムラサキが一番驚いて、言葉を失っている。そういえば、昨晩からムラサキはアカリのことを「女の子」と表現していた。未成年と思っていた節すらある。
日本人は若く見られやすいというが、アカリはだいぶ若く見えるようだ。
クロは日記に書いてあったので知っていたし、アカネやヤマブキは年齢に頓着がない。マシロは例によって嗅覚で分析済みだったのだろう。
いつまでもざわつく狸達を、クロはまた手を叩いて静まらせる。
「ほら、いつまでも女性の年齢で騒ぐな。失礼な奴らめ。」
「「あ、すみません。」」
「ほら、そろそろ仕事の時間だぞ。取り掛かれ。」
「「イエッサー!」」
狸達は班ごとに分かれて行動を始める。
アカリはおずおずとクロに話しかける。
「あのう、私は何を手伝いましょうか?」
「まだ本調子じゃないだろうしな。少し荷運びを手伝ってくれればいい。まず、8時から入荷作業だ。スタートから見てほしいところだが、運んでくる連中も獣人だしな・・・」
ビクッとアカリが体を震わせる。耐えようとしているようだが、まだ獣人の前に出るのは難しそうだ。
「受入れが終わった後、入荷した原料を工場に運ぶのを手伝ってくれ。それまでは全体を見て、どんな仕事をしてるか把握しておくといい。」
「はい。ありがとうございます。」
クロは工場前にアカリを残して、入荷作業に向かう。アカリが一人になるのがやや心配だったが、ムラサキが寄っていくのを見て、任せることにした。
それにしても、とクロは思う。
・・・アカリは感情がよく動くように見えて、その起伏は小さかったな。
アカリは狸達を可愛いと言ったり、周囲の驚きに合わせて驚いていたが、その感情の起伏の大きさは通常の人間に比べて小さかったように感じた。
・・・長期間の絶望的状況で精神が鍛えられ、動じにくくなっている、か。
クロの持論では、ヒトの成長にもっとも寄与するのが絶望だと考えている。
死ぬしかない状況、死んだ方がマシな状況、そんな過酷な状況に陥ってなお、生き延びた者には、それを経験したことがない者には決して得られない精神的な強さが身につくと思っている。
それを経験したアカリは、もはや平凡とは言えない。常人より強い精神を身につけているはずだ。
・・・俺の魔眼に反応しないあたり、死への忌避も薄れている。ますます魔族化に向いてそうだ。
クロは誰も見ていないところでほくそ笑む。優秀な人材を、ヒトの側からこちら側に引き抜く。なんとも痛快だと思った。




