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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第5章 虹色の蛇
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167 虹色の

 何もない空間に、ぽっかりと空いた穴。直径1m以上ある。中は真っ暗なのか、それとも何かで光が遮断されているのか、内部の様子は見えない。

 その穴から、手が出てきた。その場にいる全員の警戒心が増す。


 ・・・空間魔法!記録では見たことがあったが、こんなところでお目にかかるとは!


 クロは警戒しつつも初めて見る空間魔法に興味津々だ。


 ・・・魔族の追っ手か?いや、魔族には空間魔法使いなんていなかったよなあ。


 普段暢気なムラサキも警戒する。過去に魔族の襲撃で死にかけた経験から、真っ先に魔族を疑うものの、魔族には空間魔法の使い手はいなかったことを思い出す。

 そもそも、現在記録されている空間魔法はすべて固有魔法である。汎用魔法には登録されていないし、魔族が自作するにも高度過ぎて不可能だ。

 つまり、今この穴から出て来た手は、異世界人ということになる。のだが・・・


「出て来ないでござるな。」


 ヤマブキの言葉に、一同が心の中で同意する。

 穴から出て来た手は、プルプルと震えつつ、何かを掴もうとするように弱弱しく動く。

 その動きからピンと来たのか、ムラサキが言う。


「まさか、出られないんじゃないよな?」

「自分で作った異空間ですよね?出られないということがあるんでしょうか?」


 ムラサキの疑問にマシロが答えると、それが聞こえたのか、穴から出た手はぴたりと動きを止め、次に力なく垂れた。


 ・・・まさか、図星?


 一同がそう思って顔を見合わせた、次の瞬間。

 急に手が力強く動いて、穴が少し広がると、勢いよく人が飛び出してきた。

 その射出速度は速く、あわや家具に激突するかと思われたが、マシロが素早くそれを受け止め、家具の寸前で止まった。


「大丈夫ですか?」

「あ、・・・あり、がとう。」


 マシロは瞬時に相手に敵意がないことを感じ、持ち前の反射神経で受け止めたのだった。

 答えた相手はたどたどしく喋った。日本語に慣れない、日本以外が出身の異世界人かと思ったが、彼女の様子を見て合点がいった。

 穴から飛び出してきた女性は、とにかく汚れていた。服は血や土で汚れ、ところどころ擦り切れている。髪は自分で切ったのかそれほど伸びていないが、鏡も見ずに適当に切ったのがわかる。そして、怪我こそないが、やせ細った手足。

 まるで何日も、いや何か月も遭難していた人のようだった。これではまともに喋る力も残っていないだろう。


 しかし、そんな汚れ切った彼女を見て、そこにいた一同は彼女を汚いと思わなかった。むしろ、


「美しい・・・」


 先代がぼそりと一同の感じたことを代弁した。

 その汚れた外見が、ではない。いや、この外見も、生きるために全力を尽くした様子が見て取れ、十分に尊敬に値するのだが、クロ達が見て感動していたのは、彼女の魔力だ。

 魔力感知が優れた者は、見た魔力の属性も感じ取れる。視覚式魔力感知で見れば、それは色として表される。

 彼女の魔力は虹色だった。正確に言えば8色。すべての属性が同時に含まれていた。


 一同が彼女の魔力に見惚れているうちに、その魔力はやがて弱まり、消えた。同時に空間に空いていた穴も閉じる。

 一同が我に返って、マシロに抱きとめられた彼女を見ると、彼女はまだ呆けたような表情で周囲を見回していた。

 そして、彼女は窓に気が付くと、か細い手をぱたぱたと窓に向けて振る。

 意図を察したマシロが彼女を支えて窓に向かい、窓を開けて外を見せた。

 とっくに日が沈み、夜の帳が下りている。夜空には、雲の隙間から星が見えた。

 それを見た彼女は泣きだす。


「で、出られた・・・出られたあああ!!」


 彼女の名は見暗あかり。全属性持ちの平凡な異世界人。山賊に襲われて、収納魔法『ガレージ』の異空間に逃げ込み、出られなくなってしまった女性。実に8ヶ月ぶりにこの世に戻って来たのだった。



「では、私は彼女を浴室で洗ってきます。」

「ああ、頼む。その間にムラサキが食事作っとくから。」

「任せとけ。消化にいいもの食わせてやるから。」

「すみ、ません。」


 アカリはまだ自力で歩けず、マシロに支えられて浴室に向かった。

 クロ達はその間にアカリと共に穴から飛び出してきたものを片付ける。


「ん。これか。」


 クロはその中に探していたペアリングの片割れを見つけた。血で汚れているが、確かに同じ造りで、魔力を通すと同時に光る。


 ・・・空間魔法で創られた異空間にあったから、通常量の魔力じゃ届かなかったのか。


 適当に拭いて、2つ一緒に置いておく。


 他に出て来たのは、アカリの服の破片や、何かの骨。


「何の骨だ?」

「ヒト、のようですが。」


 先代付きの若い狸が、匂いを嗅いで答える。


「ヒトの?ふうむ。」

「クロ殿。これ、読めますかな?」


 ヤマブキが汚れたノートを手渡してきた。開くと手書きで日記のようなものが書かれている。


「前半は読めたのですが、後半は拙者には読めません。」

「確かに後半の字はだいぶ崩れているな。」


 日記の前半は丁寧な字で書かれているが、段々と字が震え、崩れて行っている。最後の方はもう殴り書きだ。

 小説など印刷された本ばかり読んで勉強したヤマブキには、これは難解だろう。


「まあ、読めなくもない。読んでみるか。」


 まず最初の方を読んで、アカリの名前と素性が判明。

 そして彼女がネオ・ローマン魔法王国に転生したこと。運送会社に勤めて平和に暮らしていたが、親友の男と共にカイ連邦を目指したこと。処刑されたフォグワース侯爵の密輸船で入国したため、<草>に追われたこと。そしてその先で山賊に襲われて親友が死亡、自身は『ガレージ』の中に逃れて出られなくなったことが書かれていた。


「日付からして、8か月前・・・その間、ずっと異空間の中か。」


 おそらく、その山賊がアカリが残した荷物を持ち帰り、その中にあった指輪を売り払ったのだろう。日記によれば、死んだフェイという男は風属性単一の水色髪。この男が持っていたと思われる。

 もしかしたら、フェイはアカリに結婚指輪を渡す機会を伺っていたのかもしれない。指輪に残っていた魔力は、彼がその機能を確かめた際のものだろう。

 クロが指輪の経緯を想像していると、先代が感嘆の声を漏らす。


「8ヶ月、よく生き延びましたなあ。」

養父様とうさま、8か月ってどのくらい?」

「季節3つ分くらいか。夏から次の春まで。」

「そんなに長く?食べ物はあったの?」


 アカネの質問に、クロは続きを読んで答える。


「旅支度として多めに食料を異空間にしまってたらしいな。それを食べてたようだが、8ヶ月は持たねえだろ。」

「『コールドスリープ』を使用したのでは?」


 若い化け狸が尋ねる。『コールドスリープ』は疑似冬眠魔法だ。体の新陳代謝を抑えて眠ることができる。代謝をゼロにはできないが、大幅に抑えることが可能なので、これを用いることで長期間の遭難で生き延びた例もあるらしい。

 しかし、読み進めても使用した形跡はない。


「書いてないな。使ってないと思う。一応、ほぼ毎日何かしら書いてるし。」

「なんと。では、水は?」

「酸欠の心配はないのでしょうか。」


 ヤマブキや狸達が矢継ぎ早に質問する。読み進めながらクロは答える。


「水は『ウォーター』で。閉鎖空間だから、排泄した水分も出て行かないだろうから、循環してたんだろうな。」

「まさか、小便を・・・」

「かもしれんが、空間内で育ててた植物に肥料代わりに撒いてたみたいだから、そうとも限らないだろう。酸欠の問題も、植物の光合成と平衡してたんじゃないか。」


 異空間の光源はアカリの『ライト』のみだったようだ。図らずも『ライト』だけで植物を育てられるかの実験がなされたことになる。日記を見る限り成功らしい。植物は最後まで生き延びていたようだ。

 そして、読み進めると、いよいよその時が来た。


「む、12月、2か月前くらいで、虫まで食い尽くしたって書かれてるな。」


 クロ達はさらっと流しているが、アカリは空間内に紛れ込んで植物の間に住んでいた虫まで食べていた。食料が尽き、それでも死にたくない一心で虫を口にしたのだ。観葉植物もいくらかかじったらしい。


「しばらく空腹に耐えて・・・ああ、なるほど。」


 クロはそこを読んで、怪我もないアカリが血で汚れていた理由がわかった。一緒に転がり出て来た骨が誰のものかも。

 焦れたヤマブキが促す。


「クロ殿、アカリ殿は最後の2ヶ月をどうやって生き延びたのですか?」

「・・・喰ってたそうだ。冷蔵の空間に置いておいた、フェイ。親友を。」


 流石の獣たちも、それには息をのんだ。


外伝で「死亡確認!」していたアカリが復帰。本編に合流です。

普通は虫とかヒトとか食べてたら病気になりそうですが、木適性がある生物は無自覚に身体機能を強化していて、病気に強いです。

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生きとったんかワレ‼︎
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