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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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018 原子魔法

「原子?」

「ああ。ちょっと科学的な考え方になるが・・・」


 原子魔法の説明に移る前に原子の説明をする。説明に苦労することを覚悟したが、ムラサキ同様、意外にもすんなり理解してくれた。


「あらゆる物体は目に見えない微細な粒子で構成されていて、その粒子を原子と呼ぶ、でいいですか?」

「ああ。その原子は種類が100程度しかない。それの組み合わせで様々な性質もつ物体が出来上がる。鉄の剣は主に鉄原子でできている。不純物はあるが。水は水素原子と酸素原子がくっついて水分子を作り、それが集まってできている。その原子や分子がしっかりくっついて集まっているのが固体、ばらばらに動き回っているのが気体、その中間である程度まとまっているが流動性があるのが液体だ。原子同士の結合力と原子が動き回ろうとする力のバランスでこの状態が決まる。」

「動き回ろうとする力とは?」

「わかりやすいのは熱だな。熱いほど原子は激しく動こうとする。」

「つまり高温にすれば融ける、ということですか。」

「そういうこと。ちなみに熱以外にも様々な要因で原子は動く。故に、固体から何かの拍子で原子や分子が分離し、一部だけ気体になって動き回ることもある。それらを鼻で感知するのが臭いってことだ。」

「なるほど。対象に近づくほど臭いが強くなるのは、その原子や分子が多いからですか。」

「まあ、そんなイメージでいい。」


 ある程度理解してくれたところで、原子魔法の説明に移る。


「原子魔法でするのは、その原子を自由に移動させることと、原子同士の結合力を強化することだ。今のところ、俺の技術ではそこまでしかできない。まあ、これだけでも応用は効くが。」

「・・・では原子同士を結合させて新たな物体を作ることも?」


 ・・・マジで理解が早いな。俺より真白の方が頭いいんじゃないか?


「理論上は可能だが、現実的ではない。まず、原子を操るというが、原子は目に見えない。俺は物体を見て、それが原子で構成されていることを強く意識することでようやく使えている。魔法は術者が認識した物しか操れないからな。つまり、原子一つ一つを正確に動かせているわけじゃない。そのため、異なる原子を決まった割合で組み合わせるのは無理だ。また、仮に原子が見えて、それができたとしても、果てしない数の原子を操作しなければ、使える量にならない。」

「参考までに、いくつの原子を操作できれば使えますか?」

「・・・6×10の23乗、1兆個の1兆倍の数作ってようやく数十gってところか。」

「確かに非現実的ですね。」


 試してみようとは思った。好きな化合物を作れるようになれば、戦術の幅は無限に広がる。だが、電子顕微鏡もないのに1個1個原子を操作なんてできない。想像力で何とかならないか試したが、結局無理だった。


「じゃあ、適性を調べよう。」

「私の適性属性は木属性だと既に調べたはずでは?」

「いや、原子魔法でどの原子を操れるか人によって異なるみたいなんだ。俺とムラサキで開発したんだが、俺は金属しか操れず、ムラサキは窒素と酸素を操れたが、金属は操れなかった。」


 荷物袋から魔導書を出す。強化アルミで作った金属製の本だ。200ページある。


「これが俺が書けるだけの原子すべてに対応した魔導書だ。各原子に2ページずつ割り当てている。」


 マシロがページをめくる。いずれも右側のページにまず元素記号が書かれ、次に術式が書かれている。だがほとんどは2行ずつしか書かれておらず、ほとんど空白だ。


「これだけですか?」

「さっき言った通り、それぞれ『移動』と『結合』しかない。この長ったらしい部分が原子の名前、この短い部分が動詞、「移動する」と「結合する」だ。ちなみに原子の名前は、風魔法の基礎部分から見つけて、原子番号の部分を変えていっただけだ。」


 今までこれが見つからなかったのは、異世界人で魔族になったものがいなかったか、いても科学知識が乏しかったのだろう。風魔法の基礎部分に「空気」を定義する部分があり、同じような単語が繰り返されていたため気づいた。


「各術式の左端がキーワード、呪文になる。魔導書に魔力を送って術式を起動、対象を意識し、起こる現象をイメージしながらキーワードを唱える。小声でいい。」

「ハヤトは大声で唱えていましたが?」

「通常の魔法は神々が管理する術式に魔力を送らなきゃいけないからな。神々の術式は神々がいる異空間にあるから、そこに魔力を届かせようと思ったら気合がいる。術式から離れているほど大声が必要になるのは、魔族では有名な実験結果だ。声が届かなきゃいけないわけじゃないんだが、ある程度相関関係にあるらしい。」

「人間が使う魔法とは大きく異なるのですね。」

「ああ。魔法管理っていう神々の仕事を奪っているから、魔族は神に嫌われている。・・・さて、適性を調べよう。手持ちにある素材を並べていくから、『移動』で浮かせようとしてみてくれ。」

「わかりました。」


 数十分かけたテストの結果、炭だけが反応した。すなわち炭素だ。反応したのが1つだけなのをマシロは悔しがったが、その動きを見る限り、適性は高そうだ。一点特化型だ。


「使えるのが炭だけとか。ははっ、焚火に便利そうだな!」

「くっ。」

「ムラサキ、笑うなよ。忘れたのか?」


 クロは自分のコートをつまみあげて見せる。


「ああー。」

「その服がどうしたのですか?」

「俺が金属、半金属以外で唯一使えたのが炭素だ。この炭素、面白いことに結合魔法で組み立てると、極細の繊維になる。これがこんな炭からは想像できないほど強靭でな。その繊維をよって糸にし、編んで作ったのがこの服だ。荒い作りでも銃弾を止めるくらいの性能がある。衝撃は食らうが。」

「それが、私に作れると?」

「ああ。しかも、さっきの適性検査を見る限り、俺よりずっと適性がある。やってみるといい。」

「・・・・・・」


 炭と魔導書を渡し、イメージの仕方などコツを教えると、あっという間にカーボンファイバーを作って見せた。


「早いな。もうできたのか。」

「できているのですか?見えませんが・・・」

「魔力感知で見てみろ。」

「・・・わずかに糸状の魔力があります。」

「それだよ。あとは『結合』を使う時に込める魔力を増やせば強度が増し、『移動』を駆使して自由に操れる。」

「わかりました。」

「まあ、『移動』は基本的に直線的な動きしかできないから、工夫が必要・・・え?」


 説明の間にマシロは既にカーボンファイバーをよって糸にしていた。


「あ、すみません。集中していました。何ですか?」

「いや、より方を教えようと思ったんだけど・・・なんでそんな簡単に複雑な動きができているんだ?」

「なぜ、と言われましても・・・なんとなくできました。」

「・・・できるならいいや。うん。まあ、それを使って自分の服とか作ってみるといい。『結合』の仕方によっては板状にもなるから剣も作れるだろう。」

「ありがとうございます。やってみます。」


 マシロは活き活きと黒い糸を作り始めた。クロは内心、唖然としていた。クロが糸をよるような動きを『移動』でさせる場合、直線的にしか動かせないので、細かく『移動』を繰り返すか、術式を変えて『円運動』などを駆使しなければならない。だがマシロは無意識に自在に操れるらしい。

 魔獣の特性だろうか?無意識に無詠唱魔法を行使するくらいだから、思考回路が別物なのかもしれない。

 しばらくすると作業に慣れて来たのか、マシロは糸を作りながら話しかけてきた。


「ところで、マスター。たったこれだけの手順で使えるなら、原子魔法は誰にでも使えるのではないですか?」

「・・・ああ。使えると思う。原子の概念を理解できればな。」

「これが知れ渡ったら、魔法に革命が起きるのでは?」

「・・・どうだろうな。実を言えば、この原子魔法はあまり強くない。研究の価値はあるだろうが。」

「強くないのですか?応用が利くと言っていましたが・・・」

「ああ、応用は効く。だが、それでもできることは少ない。今やってわかるように、『結合』にはかなり集中力が必要で、戦闘中にやるのは難しい。」

「そうですね。」

「つまり、できるのは『移動』だけだ。特定の物を動かすだけ。そう考えると、初歩的な魔法と何が違う?」

「ああ・・・」

「例えばムラサキが窒素を操って空気弾を飛ばしたとする。だが、そんなのは普通、『エアーショット』の魔法で簡単に実現できる。物を自由に動かせるだけじゃあまり強くないんだ。」

「原子魔法のアドバンテージは何かないのですか?」

「ある。一つは強化だ。微細な原子レベルで一つ一つ強化しているためか、十分に魔力を込めた『結合』で作った武器は異様に頑丈だ。炭素なら軽量で強度が高い武器が作れるだろう。もちろん、良い武器があるだけじゃ勝てない。」

「私の技量次第ということですね。」

「そう。他には、ムラサキの場合は、空気中の酸素だけを操れることが利点か。酸素濃度を低下させ、敵を窒息させることができる。殺さずに気絶させるとき便利だ。」

「どうだ。オレすごいだろ?」


 今までぼーっとしていたムラサキが急に自慢してどや顔になる。猫のままなのになんとなく表情がわかる。


「まあ、ムラサキの場合、魔力量が少なくて、窒素と酸素の同時操作はできないんだけどな。」

「やはり雑魚ですね。」

「てめえ・・・」


 複数種の元素の同時操作は結構魔力を喰う。クロも怒り状態で魔法回復力が上昇している状態でなければ満足に使えない。


「まあ、そういうわけで、いくらかメリットはあるものの、普通の魔法が使える連中からすれば、扱いにくい代物ってわけだ。知られたところで喜んで飛びつく奴はいないだろう。いや、ムラサキみたいに全属性適性がない奴には需要があるかもしれないが。」

「そうですか・・・では、なぜ盗聴を気にするのです?」

「念のため。手の内はあまり明かさない方がいい。」

「わかりました。」


 マシロは引き続き糸を作っていく。クロはせっかく部屋で寝るなら安心して寝たいと思い、手持ちの素材を加工して入口の扉や壁、窓にトラップを設置する。金属操作を用いたオリジナルなので、解除されることはない。起動状態の維持に魔力を消費し続けるが、クロなら回復力の方が上回る。設置中、執事とかがかかってしまう可能性を考えたが、許可なく入ってくる方が悪い、と考えて作業を続行した。

 設置後は今日は見張りは必要ないと宣言すると、早速ムラサキはベッドで熟睡し始め、クロもその隣で毛布だけ腹にかけて眠ることにした。マシロだけが黙々と糸を作っていた。


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