162 指揮者の誘い
領地境界線を引き終えたクロ達は、その夕方、来客に対応していた。
「悪いが、家の中には入れられん。椅子は爺の分だけだ。取り巻きは立ってろ。」
「ほっほっほ。それで結構。」
線引き完了後、王都までブラウンを送り届けてから家に帰りついたクロ達を待っていたのは、魔族の族長の一角、コンダクターと呼ばれる老人の魔族だった。取り囲む化け狸達とスイーパー達の威嚇を意に介さず、20人ほどの取り巻きと共にクロの家の前にいた。
化け狸が土魔法で作った即席のテーブルと椅子で会談が行われる。
コンダクターの立場を考えれば、クロ達は討伐対象のはず。敵同士なら家に入れるわけがない。
それでも話をするのは、さっさと合唱魔法で先制攻撃を決めればいいのに、そうせずに会話をしようとするコンダクターの姿勢が気になったからだ。
以前、フロウレンスに奇襲された経験から、テーブルは大きめで十分な距離がある。だが、もし急に戦闘になったとしても、クロの後ろに立って控えるマシロならば、一瞬のうちに詠唱の間もなくコンダクターの首を取れる距離だ。
そうして互いに牽制しあいながら会話が始まる。
「で、何の用だ、コンダクター。」
「おや、儂のことを覚えているとは有り難い。」
「あんた程の要注意人物、忘れるわけないだろ。魔族全体に追われるようなことをやらかした俺が。」
それとなくコンダクターがクロを攻撃しない理由に話を振ってみる。
「ほうほう、それもそうか。」
しかしコンダクターはこれをスルー。代わりにクロの家に話題を移す。
「しかし、良い家じゃな。魔族の集落程ではないが、人里離れていて落ち着きがある。だが、どうせなら山の上でも良かったんじゃないか?」
「・・・・・・」
山の上にはあのピキルたちが崇拝する<神>がいる。つい先ほど相互不可侵を約束してきたところに、居を構えられるはずがない。
だが、ピキルたちの情報は口外すべきでない。クロは別の理由を述べる。
「これ以上奥だと、町への買い出しが不便だな。」
これを聞いてコンダクターが驚く。いや、正確にはそう見える演技をした。わざとらしく。
「おや、クロ殿はヒトに依存しておられるか。所詮は元人間ということかの?」
これは非常にクロの癇に障り、クロは青筋を立てるが、挑発だとわかっているものに乗るほどクロは素直ではない。
「元人間ってのはあんたもだろ。」
「儂は魔族が長いでな。そんな感覚はもうないのじゃよ。」
コンダクターの物言いに、クロは溜息をつく。屁理屈にも聞こえるが、追及してものらりくらりと躱されそうで、それは時間の無駄に思えた。
「・・・そうかい。町に買い出しに行くって言っても、基本買うのは嗜好品だ。生活するだけなら別に町に下りる必要はない。」
「いや、オレは買い出しがないと困、グホオッ!?」
口を挟もうとしたムラサキの顔面に、マシロの目にも留まらぬ音速ジャブが炸裂。小さな猫形態だったムラサキは派手に飛び、地面を転がった。慌ててヤマブキが介抱に向かう。
クロの言葉を聞いたコンダクターは満足そうに頷く。しかし、これも芝居だと一目でわかる。
「ならばよろしい。魔族たるもの、ヒトに依存してはなりませんぞ。魔族は生物の到達点。進化の最先端。旧世代の劣等種に頼るようではいけませぬ。」
コンダクターが急に下手に出るような口調に変えて来るが、クロはそんなことも気にならないほど再び怒りを覚える。
「進化の最先端、ね。魔族が種として優秀なのは認めるが、その傲慢さは人間っぽいぞ。万物の霊長とかのたまってふんぞり返る人間様とそっくりだ。俺の大嫌いな、な。」
今度はコンダクターの表情が変わる。浮かべていた笑みが一瞬消えた。しかし、殺気を発するような事も無く、すぐに元の笑みを浮かべる。
「ほうほう、面白い。クロ殿とはいい議論ができそうじゃ。」
「俺は御免被る。用がないならさっさと帰れ。」
「おっと、場を温める雑談から入ろうと思ったのじゃが、そう言われては雑談は切り上げるほかありませんな。」
どこまで本気なのか、クロには読めない。少なくとも、場は和やかに温まってなどおらず、怒りの熱しか追加されていない。
やや居住まいを正したコンダクターが本題に入る。
「話というのは、その至高の存在たる魔族を世界の覇者にしてもらいたいんじゃ。クロ殿、あなたの手で。」
「は?」
一瞬、理解できずにクロが困惑すると、コンダクターは畳みかけるように言う。
「魔王になってくれませぬか?」
「話にならない。なるわけないだろ。」
即座に断るクロに、コンダクターはわざとらしく首を傾げて見せる。
「おや、何故ですかな?」
「聞いてなかったのか?そういう傲慢な考えが嫌いだと言っただろう。」
「ですが、クロ殿はヒトを憎んでいるのでは?その憎き敵を滅ぼすのに、我らが助力しようというのです。悪い話ではないでしょう?呑んでくだされば、儂が他の族長達を説得してクロ殿の討伐も取りやめましょう。」
「必要ない。俺の復讐は俺がやる。それと、俺はヒトが大嫌いだが、滅ぼしたいわけじゃない。第一、魔族は他の生物ありきの種だろう。無暗に他生物を滅ぼすもんじゃない。」
クロの言う通り、魔族は生殖能力がないため、魔族だけで増えることができない。魔族細胞を他生物に分けて魔族化することでしか増えることができないのだ。寿命がないとはいえ、不死身ではない以上、他生物がいなくなれば魔族は減る一方になってしまう。そういう点で魔族は他生物に依存していると言える。
言われたコンダクターは、クロの指摘には答えず、逆にクロの言葉を追及する。
「おや、ヒトを滅ぼす気はないのかのう?」
「俺は他種族を見下す人間に思い知らせてやるだけだ。ヒトにだってマシな奴もいる。見境なく殺してるわけじゃない。」
脇で聞いていたマシロは、ピキルの話を思い出す。彼は、クロは根が優しいが、その優しさが広範囲に及ぶが故にヒトと敵対する道を選んだに過ぎない、と言っていた。
クロがいくら人を憎んでも滅ぼそうとしないのは、そう言った考え方が根底にあるからだろう。本人は「ヒトと敵対する準備が整ってないから我慢しているだけ」と言っているが。
クロの返答に、コンダクターはいささかの動揺も見せないが、追及するのをやめた。
ダメ押しにとクロがもう一言付け足す。
「それと、俺の討伐を止めるって話だが、それも必要ない。来るなら来い。全員返り討ちにしてやる。・・・魔族の方が先に滅ぶかもしれんな?」
クロの言葉を聞いたコンダクターの取り巻きが一気に殺気立つ。同時にクロ達の側も大きな動きこそ見せないものの、戦闘の構えを見せる。
しかしコンダクターだけは動じず。クロの挑発に怒りもせずに、逆に笑う。
「ふふふ。威勢がいいことじゃ。ここでまとめて薙ぎ払うのも可能だが・・・今日は退くとしようかの。どっこいしょ。」
老人らしいゆったりとした動きで椅子を立つと、コンダクターは普通に歩いて離れていく。
「では、また来ますぞ。状況が変われば、気も変わりましょう。」
「二度と来るな。何度来ても手を組む気はない。」
クロはあからさまに嫌そうにコンダクターを追い払う。コンダクターは不快そうにもせずに去っていった。
コンダクターが去った後、日が暮れ始めた家の中で主要メンバーが集まる。
「さて、マシロ、どう感じた?」
「申し訳ありません。あの御仁、常に虚実を織り交ぜているような気配で、発言の真意を読み取れませんでした。すべてが真実ではないということはわかりましたが・・・」
「やはり一筋縄ではいかないか。」
「あの翁は手強いのでござるか?魔力自体はさほど強い者ではないようでしたが。」
「あの爺が手強いのは合唱魔法だ。簡単に言えば、爺と後ろの部下全員の魔力を合計した1人と戦うことになると思えばいい。」
「なんと。もしそうなら、神獣以上の魔力になりますな。確かに手強い。」
戦い方を想像しているのか、ヤマブキが腕を組んで唸り始める。
「まあ、隙はあるけどな。合唱魔法はどれだけ急いでも発動にやや時間がかかる。マシロや、ヤマブキの矢なら発動前にコンダクターの詠唱を邪魔できる可能性がある。コンダクターに指揮をさせなければ烏合の衆だ。」
コンダクターは魔族であるため、即死させることは不可能だが、口を破壊するなど、詠唱を邪魔することはできる。
「無詠唱魔法や魔眼は持っていないはずなので、それで勝てる・・・はずだ。はずだが、できればやりたくはない。」
「同感でさあ。あのご老人、油断ならねえ雰囲気がある。」
クロの意見にダンゾウが賛同する。
「話が本当なら、100年以上生きているんでしょう?その老獪さは侮れねえ。」
「ああ。実際、100年前の戦争では、生存のために魔王を裏切って勇者側に手を貸したとさえ言われている。生き延びるために手段を択ばない奴だ。第一、魔族のくせに老人の姿を取ってる時点で胡散臭すぎる。」
魔族は、魔族化した時点で全盛期の年齢に戻り、さらには自分の好みの姿に『変化』することも可能だ。<人形姫>などは元の肥満体を捨てて美女に『変化』していた。質量保存の法則を無視するわけではないので、『変化』にも限界はあるが、少なくともわざわざ動きづらい老体のままでいるメリットはない。
「私も、ちょっと怖い感じがした。大丈夫かな?」
アカネの分身体の女の子が不安そうな表情になる。マシロがそこに近寄って、本隊の狐の方を撫でた。
「そういう直感は大事ですよ、アカネ。そうですね。警戒は必要でしょう。奴の目的がわからない以上、何が起きてもいいように備えなくては。」
一同が頷く中、ムラサキが意見を述べる。
「確かにあの爺の目的の全部はわからんが、一つだけはっきりしてる目的があるぜ。何があろうと、自分が一番安全な策を取るはずだ。」
「なるほど。そこから考えれば糸口があるやもしれませんな。」
ムラサキの意見に先代が感心する。
クロもその話に乗る。
「確かに、それは当然の狙いだろう。正直、あの生き汚さは好感が持てるほどだ。だが、なら何故今日はわざわざここに顔を出す危険を冒した?」
そう。実際、会談中は常にコンダクターはマシロの間合いの中にいた。自身の生存を至上命題としているコンダクターらしからぬ行動だ。安全を追及するなら、使者を立てればよかった。
「今回の誘い、実は割と本気だったとか?」
「もしくは、本気だと思わせたかったか、ですなあ。」
「単に部下じゃあ交渉役が務まらないと思っただけかもな。」
様々案が出るが、決定打がない。そんな中で、アカネがぽつりと言った。
「あの、心が読めるおじさんなら、すぐにわかっちゃうのかな。」
ぴたりと議論が止まり、全員が一斉にアカネを見る。視線が集まっている事に気づいたアカネはしどろもどろ。
「え、え?なに?」
「「「それだ!」」」
方針は決まった。コンダクターの意図を読むために、ピキルの協力を得る。
しかし、ただ頼んだだけでは請け負ってくれないだろう。ピキル側に相応のメリットを提示しなければならない。
まずはピキルのメリットとなるものを用意すること。手間はかかるが、これが最も確実な道だと判断した。
区切りの位置としては中途半端ですが、ここで第4章を終わります。
人物紹介を挟んで、第5章に移行します。




