161-M10 逆転
勇者Side。クロがいる西側が停戦した分、こちらは激化します。
2月3日。北大陸と東大陸の境にあるサンシャン山脈付近に、イーストランド・ネオローマン連合軍は陣を敷いていた。
1月下旬に、帝国がひた隠しにしていた山脈を貫通するトンネルをようやく見つけたのだ。
こちらが発見したことは帝国軍にも知られているようで、帝国軍は布陣をトンネルの隠蔽から防備に切り替えている。徹底抗戦の構えだ。
それに対し連合軍は、その間近に布陣して、突入の機会を伺いつつ、その準備をしていた。
今日は突入作戦の決行日。ここに布陣してからおよそ1週間。連合軍は十分に準備をし、休息をとれた。そして逆に帝国軍は防衛に神経をすり減らしている頃だろう。
朝、会議室に将軍クラスとネームドが集まって最終確認を行う。
「・・・では、勇者殿にはトンネル突入の先陣をお願い致す。」
「わかりました。」
狭いトンネル内では、ヴェスタは飛行できず、シンは巨大なゴーレムを作れない。逆にマサキは狭い場所なら『光の盾』で味方を守りやすい。
「ヴェスタ殿はトンネル入り口までマサキ殿の補助を。その後はトンネルのこちら側の敵を殲滅してください。」
「・・・ああ。」
ヴェスタは不満を隠しもしない。これが合理的な配置であることはわかっているが、どうしてもマサキだけをトンネルに行かせるのが不安なのだ。
マサキはいかなる攻撃も受け付けない無敵の勇者。心配する必要がないことは頭ではわかっているのだが、感情は納得できない。
しかし、戦場で感情に振り回されるのは素人のやること。プライドが高いヴェスタは、不満を顔に出しつつも、異議は唱えない。
その様子を見たシンが、ヴェスタに小声で声をかける。
「心配か?」
「当然だろ。マサキを一人で行かせるなんて。」
「一人ではない。手練れの部隊がついて行く。作戦を聞いていなかったか?」
いくらマサキが無敵だとはいえ、万能ではない。将軍たちもそれは重々承知しており、少数精鋭でマサキのトンネル突入を補佐する兵士を選んだ。
「聞いてるっての。でも、あんな奴ら足手まといじゃねえか。」
「まあ、戦力的にはそうだが・・・」
「どうせ精鋭をつけるなら、せっかく来てくださった<輝壁>サマがついて行きゃあいいんだ。」
ヴェスタが顎で指した先にいるのは、いかにも上級騎士という出で立ちの金髪の美男子。
彼はネオ・ローマン魔法王国のネームドで、その防御魔法の美しさと頑強さから<輝壁>と呼ばれている。名をクリス・スフェール。普段は国王の近衛として働いているが、今回は戦局を左右する重大作戦と聞いて駆けつけたのだ。
耳聡くヴェスタの声を聞き取ったクリスが、まっすぐにヴェスタを見て話す。
「<炎星>のヴェスタ嬢の言う通り、私の魔法は閉所で特に有効ですが、防御はマサキ殿の『光の盾』で十分でしょう?それに、私は本来、王の側近。こんな戦場で危険を冒すことはできません。私はここで本陣の防備に当たりますので、あなた方は心おきなく暴れて来てください。」
元々機嫌が悪かったヴェスタは、<輝壁>の物言いにカチンと来た。正論ではあるが、正論だからこそ頭に来た。
「ふん!せっかく来たのにサボりかい?そんなんじゃあ、二つ名が泣くぜ?」
「私の本分は防衛。それも最後の守りです。であれば、出番がないに越したことはない。城勤めもしたことがない、田舎者には理解し難いかもしれませんが。」
「あぁん!?」
ヴェスタもクリスもネオ・ローマンの貴族階級だが、ヴェスタは地方の貴族で、クリスは王の側近。同じ貴族でも上下関係があった。
身分制度を徐々に撤廃している今の世界の時流に沿い、ネオ・ローマンの貴族制度や上下関係も昔に比べて緩くなっている。法的には貴族の間で上下関係はない。
しかし、根付いた風習はなかなか払拭できるものではない。下級貴族のヴェスタは平等に扱ってほしいが、上級貴族のクリスはヴェスタを見下している。
そのため、この2人は仲が悪い。互いに魔力を高め、一触即発の空気になる。
そこへシンが仲裁に入った。
「まあまあ、2人とも。ここは戦地だ。仲良くとは言わないから、各々の仕事をこなしてくれ。」
「ふん!」
「土の神子殿がそう言うなら、今回は見逃しましょう。」
いまだ上から目線のクリスをヴェスタが睨むが、今度はマサキがヴェスタをなだめる。
「ヴェスタ。俺は大丈夫だから、心配しないでくれ。」
「でもよお・・・」
「お前の旦那は無敵の勇者だ。そうだろ?」
マサキが笑うと、ヴェスタは顔を赤くして俯く。
そしてヴェスタは、脇でヴェスタをニヤニヤして見ていたシンの脛を蹴ってから、マサキに向き直った。
「できるだけ早く戻って来いよ。こっちはアタイが綺麗にしておくから。」
「わかった。こっちは任せるよ。ヴェスタは意外と掃除が丁寧だもんな。」
「意外と、は余計だ!」
マサキとヴェスタの会話が夫婦漫才の様相を呈してきたところで、進行役の将軍が大きく咳払い。
「ゴホン!進めていいかな?」
「あ、すみません。」
「失敬。」
マサキ達が元の位置に戻ったところで、会議が再開される。
「勇者殿にお供する部隊は、主に攻撃魔法が得意な者と、進軍補助の者で構成します。進軍中の水や食料に関してはご心配なく。」
「感謝します。」
トンネルは長い。帝国軍は列車で通るから1日もかからずに通過できるだろうが、マサキ達が突入時に列車が使えるとは思えない。線路に罠を張られるのがオチだ。故に、マサキ達は徒歩で突入し、山の反対側の確保を目指す。通り抜けるには敵の妨害も考慮して2,3日かかるだろう。
「無事、反対側まで着いたら、合図を。同行者に風魔法の使い手がいるので、音声魔法で送っても構いませんが、もし彼が脱落した場合は、『レーザー』を上空に伸ばしてください。合図がいただければ、我々もトンネルに突入します。可能なら列車で行きますので、線路の確保をお願いします。」
「了解。」
その後、詳細を詰め、マサキは同行する部隊と顔を合わせた後、作戦は決行された。
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ヴェスタは愛杖「トマホーク」を駆り、空を飛ぶ。眼下ではマサキ達が走っている。先頭のマサキが雨あられと降り注ぐ銃弾や砲弾を防ぎ、後続の魔導士が炎魔法や雷魔法で前方の敵兵を攻撃する。
部隊の進行は、陣形の中央にいる運搬係の足に合わせているため、遅い。万が一を考え、1週間分の糧食を詰め込んだ荷はかなり重く、大柄な体力自慢でもどうしても行軍速度が落ちる。あれだけ抱えて走れているのだから、むしろ褒めるべきだろう。
部隊の最後尾は複数の土魔法使いが防御に努める。とりあえずは順調に進めていた。
先頭を走るマサキが叫ぶ。
「トンネルを目視!」
「距離は!?」
「あとおよそ2000!」
マサキは光魔法による遠視で、数km先まで見える。
「待った!3時から敵です!」
「9時からも!」
「くそっ!挟撃か!」
当然、トンネルが近くなれば敵の抵抗も激しくなる。先頭にマサキを配した陣形の隙である横をついてきたようだ。前方も相変わらず敵兵がいるので、マサキは先頭の位置から離れられない。
即座にヴェスタが上空から指示を出す。
「9時はアタイに任せろ!3時は自力で何とかしな!」
「お願いします!」
ヴェスタは素早く9時方向に向かうと、塹壕から銃撃する帝国兵部隊を発見。即座に攻撃を開始する。
「『ファイア・タイムボム』『エレクトロマグネティックシールド』!行けっ!」
魔力を込めた小さな魔石を塹壕へ放り込む。敵が上空のヴェスタに気づいた時はもう遅い。
魔石から爆炎が広がり、炎は電磁シールドで集束され、指定範囲を徹底的に焼き尽くす。後には兵士の消し炭と半ば溶融した銃や剣が残るのみ。
ヴェスタが9時方向の敵を斃したのとほぼ同時、マサキの部隊の正面方向へ数秒間特大の閃光が奔った。
・・・マサキの『ライトストリーム』!
並の魔導士が『ライトストリーム』を使っても、実戦ではせいぜい敵の目を眩ます程度。しかし、マサキが使えば対象を焼く回避不能の光熱兵器と化す。
その光の軌道から、どうやらマサキが前方の敵兵を一掃したようだ。
急いで部隊の下に戻ると、マサキが3時方向の敵も排除したところだった。
「無事か!?脱落者はいないな!?」
「ああ!」
上空からのヴェスタの問いにマサキが短く答える。
「よっしゃ!流石、アタイの旦那!おら、野郎共!さっさと進め!」
「「はい!姐さん!」」
この短い時間で部隊の兵士たちはすっかりヴェスタの舎弟のようになっていた。この戦場で何度も助けられたうえ、彼女自身、次期国王の第二夫人なのだから、敬っておくのに問題はないのだが、敬い方が妃に対するものではない。
上空からヴェスタは部隊の進行方向、トンネルの周囲を見て、待ち伏せがないことを確認する。先程の『ライトストリーム』でトンネル周辺の敵部隊は壊滅したようだ。
それを確認したヴェスタは、東の方角を見る。マサキ達が通って来たルートと逆の方角で、土の巨人が暴れていた。
・・・シンの旦那の陽動もうまくいってるみたいだ。これなら増援が来る前にトンネルに入れる!
そうこうしている間に、部隊はトンネルの入口へ。すぐには入らず、中を確認する。
「目視では何もない。そっちは?」
「少々お待ちを。『アースカレント』!」
部隊の一人、雷魔法を得意とする魔導士がトンネルの入り口からトンネル内に電流を流す。『アースカレント』は雷と土の複合属性魔法で、地中の鉱物や金属を探査できる。また、出力を上げれば、地面を通じて敵を電撃で攻撃することも可能だ。
「・・・入口に爆弾などは仕掛けられていないようです。」
「よし。じゃあ、行こう。」
マサキの言葉に部隊全員が頷く。
そしてトンネルに入る前にマサキは振り向いてヴェスタを見る。
「ここまで送ってくれてありがとう。行ってくるよ。」
「・・・気をつけろよ。」
「わかった。」
ヴェスタは本当はもっといろいろ言いたかったが、長く引き留めるわけにはいかない。
「行くぞ、皆!ここを抜ければ、この戦争は一気に形勢逆転だ!」
「「「おお!」」」
気合の声と共に、部隊はマサキを戦闘にトンネルに入っていく。
トンネルに入っていく部隊を見ながら、ヴェスタは思う。
・・・まったく、不安なんて微塵もないって顔して行きやがって。こっちは心配でたまらないってのに。送り出す側の身にもなれっての。・・・いや、こっちが心配しないようにと、不安を顔に出さなかったのかな。むしろ、あいつからすれば、飛び回ってるアタイの方が危なっかしく見えてるかも・・・
数秒、そんなことを考えていた。周りに敵兵がいなかったのもあるだろう。ヴェスタはらしくもなく、油断していた。
だから、見落としてしまったのだ。トンネルに、爆弾は設置されていなかったが、ある者の魔力が仕込まれていたことを。
それは『アースカレント』等の一般的な探査魔法では探知できないほど深い部分の土に仕込まれていた。マサキやお供の部隊では気づけなかった。
唯一、魔法研究家であるヴェスタだけが気づき得た。のだが、見落とした。
いや、見落としても仕方ないだろう。いくらヴェスタでも、事前にそうと知らなければ、トンネルの壁や天井の奥まで調べようとはしない。どのみち、誰にも気づけはしなかった。
故に、この事態について、誰の責任もない。
ドオオオオン!!
周囲の敵を倒しに行こうとヴェスタがトンネルから離れて、ほんの数秒後だった。
ヴェスタが振り返った先では、山が大きく揺れ、トンネルから大量の砂塵が吐き出されていた。
落盤だ。
「マサキッ!!」
すぐにヴェスタは向きを変えてトンネルに飛ぶ。
「ううっ!」
しかし、すぐにブレーキ。砂塵で前が見えないのもあるが、トンネルから出て来た砂塵を含む空気は、高熱を帯びていた。
・・・ただの落盤じゃない!
ヴェスタはそう直感する。そしてそれを裏付けるように、トンネルからゆっくりとある物が出て来た。
「よ、溶岩!?」
オレンジ色に燃える溶岩がドロドロと流れ出していた。トンネルから出た傍から冷えて固まっていく。
まさかこのタイミングで火山が噴火でもしたのか。そんな考えも過るが、ヴェスタはさらにもう一つ直感していた。これが人為的なものだと。
「誰だぁ!畜生!」
ヴェスタは叫ぶが、どうにもできない。トンネルは溶岩で完全に塞がれてしまった。




