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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第4章 緑の狸
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161 クロの性質

 ピキルは煙を吐き出してから語りだす。


「まず、クロの前世はそう特異なものではない。」

「そうなのですか?」


 クロがこの世界でやってきたこと思えば、クロが普通だと言われても信じられない。

 魔族への転生に始まり、魔王になろうとした師の暗殺、戦場への介入、そして二つ名を得るほどの活躍。まともな精神の人間にできるとは思えない。


「まあ、客観的に見た話では、だ。君に前世の話をしても社会制度とかこの世界と異なるから実感が湧かないだろうから具体的な話は省くが、客観的に見ればクロの人生は、普通に成功して平和な生活を送っていた。学校でそこそこ優秀な成績を取り、稼ぎの良い仕事に就いて・・・まあ、順調だった。」

「では、特筆することがなかったから、マスターは前世を思い出せない、と?」

「そう結論を急ぐな。逆だ。客観的には平和でも、クロの主観から見れば、そうではなかった。」


 ピキルは煙木の残り火を石に押し付けて消す。


「クロの価値観が、通常の人間と違い過ぎた。それゆえ、平穏に見えた彼の生活も、クロの目には死に塗れた鬱々としたものだった。」

「・・・・・・」

「心当たりがあるようだな。もっとわかりやすく例を挙げると、例えば家に虫が入って来たとする。普通の人間は、その虫が有害かどうか関係なく殺す。それで人間は安心し、特に虫自身のことなど考えもせずに、死骸をゴミとして捨てて終わりだ。しかし、クロにとっては、その虫1匹でもヒト1人とその命は同価値だ。クロならできるだけ虫を生かして外に逃がす。自分の生活を脅かす場合にのみ、やむを得ず殺す。殺した場合も、その死骸は丁重に弔う。」

「そうですね。マスターはそうします。」

「そういう考えの奴が、さっき言ったような<通常の人間>に囲まれて暮らすとどうなる?クロにとって、獣も、虫も、植物も、無機物さえ等価値の命だ。友人と言ってもいい。それを平然と殺し壊す連中に囲まれて暮らす。どんな気持ちだろうな。」

「それは・・・」


 マシロにもある程度想像できた。マシロも戦友の死に悲しむハヤトを見て来た。友を殺される悲しみは知っている。

 しかし、ハヤトはまだ他の生きている戦友にその心情を吐露することができた。だが、クロは?

 そう考えたマシロの思考を読んで、ピキルが続きを話す。


「いなかった。クロがその内心を話せる者は一人もいなかった。前世はこの世界以上に異端者を排除する社会だった。虫を殺すことを咎めるような者は迷惑に思われるだけ。激しく主張してしまえば、精神異常者として処理されるだろう。」

「つらいでしょうね。」

「ああ、実際かなりつらかったようだ。だから、思い出したくもないんだろうな。」

「なるほど。」


 クロは今世でも時折、胃が痛いような仕草を見せる。おそらくその前世のストレスの後遺症だろう。


「人間嫌いもそこから来るものだ。友を罪悪感もなく殺しまわる人間に憎悪を抱くようになった。元々はヒトも獣も無機物まで分け隔てなく扱う優しい人間だったようだがな。」

「そうだったのですか。」


 マシロは納得するが、ピキルは訂正を加える。


「ああ、それだけではないな。彼の生来の性格もある。」

「性格?」

「天邪鬼だよ。クロは生まれつきの天邪鬼だ。」

「アマノジャク?」

「普通とか、常識とか、もしくは大きな権力とか、そういう流れに逆らおうとする性格の者たちのことだ。」


 それを聞いてマシロは納得する。なるほど、クロの行動はそういうところがある。


「前世では幼い頃から受けていた真っ当な教育のおかげで、優しい常識的な人間の性質が表に出ていた。天邪鬼は社会に馴染めないからな。封印するしかなかった。それもまたストレスだったようだな。」

「その、大勢に逆らう性質のせいで、大勢力であるヒトに敵対し、獣の側になっている、と?」

「そうだな。獣も人間も同列に見て、その両者が争う場合、普通の人間は優勢な方につくか、どうにか調和がとれるようにする。しかしクロは天邪鬼だから、劣勢の獣たちに味方することにした。」

「我々からすれば、有難いことです。」


 理由はどうあれ、マシロ達はクロに助けられた。その恩は変わらない。


「ああ、それでいいだろう。だいたい、全くの無償の愛なんてものはないんだ。誰だって、他人を助けるのは自分にも利益があるからだ。金銭的な利益がなくても、精神的な利益があれば、助ける。」

「あなたの信仰心も、ですか?」

「どうかな。生きるために我が神に縋るしかなかった、というのが始まりではあるが・・・うん、今は、あの方の役に立つことが嬉しい。精神的な利益もあって仕えている。君もだろう?」

「ええ。」


 マシロは初めは、クロに魔族にしてもらい、力をもらった恩を返すために仕えていた。今は、クロの平穏を守りたいと思っている。そうすることが、楽しいと思っている。


「であれば、気をつけることだ。クロは、さっき言った通り、人間らしい性格と天邪鬼が混在している。自己矛盾に陥ることも少なくない。まあ、行動や意思が常に一貫している人間なんてまずいないから、誰でも多かれ少なかれそういう悩みはあるものだが、クロは特にその影響が大きい。そういうストレスは魔族の大敵だからな。気にかけてやるといい。」


 あらゆる毒や病気を無効化する強靭な魔族も、心の病には勝てない。生命維持を魔力に依存している分、精神が病むと命に関わるのだ。


「忠告ありがとうございます。ちなみに・・・」

「クロの寿命、精神汚染の進行具合か?」


 マシロは頷く。

 クロは新型の復讐魔法を使用してからというもの、毎晩悪夢にうなされている。ストレスは相当なものだろう。


「寿命に関しては、完全にクロ次第だ。あれはなかなか意思が強い。精神汚染が進んでも、生きる理由さえあれば生き続けるだろう。」


 マシロはほっと息をつく。確定した寿命を告げられたらどうしようか、少し不安だったのだ。

 しかしピキルは無情にも続きを告げる。


「ただし、理由がなくなると脆い。今でさえ、心のどこかで死に場所を求めている。」

「そんな・・・」


 マシロが悲し気にすると、ピキルはすっとマシロを指さす。


「だから、クロの生きる理由であるお前達は、死んではいかん。クロを生かし続けたければ、お前達が生きろ。生きる場所を守れ。」

「・・・わかりました。」


 マシロには、ピキルの言葉に、山を守らせる打算が含まれているのを感じ取りながらも、頷いた。

 そして、マシロは改めて礼を言って去る。


ーーーーーーーーーーーー


 去っていくマシロの背を見ながら、ピキルは呟く。


「クロは今の平和に満足している。だから、どんな手を使ってでもそれを守るだろう。その時が、分岐点だろうな。」

「ブフッ。」


 ピキルの呟きを聞き取ったラファーが鼻を鳴らす。


「我々に敵対することになったら?まあ、あり得なくはないだろうな。その時は、残念だが叩き潰すしかない。心配するな。クロがどの切り札を切ろうとも、我が神には絶対に敵わない。」

「ブモォ。」

「そうだな。そうならないことを願うよ。」


 その後は一言も発することなく、ピキルはただ夜の森の暗闇を見つめていた。


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