160 神使ピキル
少し時間を戻して、ピキルたちが合流した翌日の夜。夜の見張りを担当していたマシロが、ピキルが起きている事に気づく。
普段の野営では、見張りのついでに魔法の訓練をするマシロだが、せっかくなので話をしてみようと近づいてみた。
マシロは小さな焚き火がパチパチと音を立てる場所から少し離れた、暗がりにいるピキルに声をかける。
「寝ないのですか?」
「我が神の膝元ならまだしも、こんなところでは寝る気になれん。」
日本語は片言なピキルも、英語では流暢に話す。
「では・・・」
「そうだ。徹夜だ。気にしなくていい。数日くらい寝ずに過ごしても問題ない。」
「やはり、あなたも魔族なのですか?」
マシロは率直に疑問をぶつけてみる。
ピキルの保有魔力量や気配から、マシロは薄々それを感じ取っていた。今日一日、行動を共にして、そうと推察できる材料も多かった。
食事をとらず、排泄する様子もない。今も唯一の灯りである焚火から離れた暗がりにいるのに、周りが見えているようだ。そして、睡眠が不要な体。いずれも魔族の特徴だ。
ピキルは少し悩んでから答える。
「ふむ、その問いには明確に答えられない。何というか・・・性質は君たちが知る魔族と同じだ。だが、魔族を喰らってこうなったわけではない。これも、我が神の御業だ。」
「本当に万能なのですね。」
マシロは素直に感心する。それがピキルにも読み取れたようで、彼は少し笑う。
「言葉にして素直に褒められるのはいつ以来か・・・思った以上に嬉しいものだな。久々に感情が動いた気がするよ。礼を言おう。」
「・・・あなたは、転生して来てから、長いのですか?」
「そうだな。100年は経ったと思う。・・・ああ、そうだ。ずっとこの山奥で、ヒトと接触せずに、だ。」
ピキルはマシロが問おうとしたことを読み取り、先んじて話していく。
「経緯が気になるか?話してもいいが、少し長くなる。・・・ああ、そうだな。どうせ夜は暇だ。君も会話で警戒を疎かにすることはなさそうだし、話そうか。」
ピキルは目を閉じて眠るラファーの腹に背中を預けて座る。マシロは適当な倒木に腰かけた。
「100年以上前、私は転生するときに、固有魔法を『マインド・ピーピング』、読心魔法にしてもらった。前世の経験が理由なんだが、その辺は勘弁してほしい。」
マシロには彼が恥ずかしがっているのがわかったので、追及はしない。
代わりに100年前と聞いて気になることが思い浮かんだが、問う前にピキルが答える。
「ん?100年前の戦争?魔族との?いや、知らないな。・・・そうか、じゃあ、120年以上前、かな。すまない。もう数えるのも億劫でな。」
何事もきっちりした性格のマシロには、年を数えるのが煩わしくなる気持ちが今一つ理解できなかったが、これも追及しない。
「話を戻すが、私は読心魔法を得た。だが、いざ転生したときに問題が生じた。偶然だと思うのだが、魔眼が備わってしまった。」
ピキルはそう言って自身の目を指さす。クロの瞳にも負けないくらい深い黒色だ。
「魔眼?」
「知らないか?その目で見ただけで対象に魔法を行使する特殊な眼だ。クロもそうだぞ。あれは多分、『フォース・フィアー』、恐怖の魔眼だ。意図せずに相手を怖がらせたりして、困っていないか?」
「ああ、確かに。」
クロの眼が、目を合わせた者に死の恐怖を与えるものであることは知っていたが、魔眼だとは知らなかった。
確かにクロと目を合わせた者は大抵、死の恐怖を想起して怯える。例外は、死の恐怖を体感したことがない者か、もしくはその恐怖に慣れてしまった者だ。
そこで、マシロは重要なことに気がつく。
「魔眼は・・・」
「残念だが、意図的にオフにすることはできない。目を閉じるなり、サングラスをするなり、対策としてはそのくらいか。まあ、サングラスが有効かどうかは、個人差があるが。」
ピキルはマシロが問おうとしたことをまたも先んじて答える。
「私の魔眼なんかは、サングラスをしても抑えられなかった。私は読心の魔眼になってしまってね。生物を見ただけで、思考や記憶が読み取れてしまう。しかも、魔眼の特性として、無駄に出力が大きいから、抗魔力で弾いてもらえない。」
魔眼は希少なスキルだけあって、普通に使うより出力が高い。特に闇魔法の魔眼は、よほど術者と被術者に実力差がない限り、成功する。
「記憶は意識しないようにすれば、読み取らずに済むからいいんだが、思考はどうしても視えてしまって。他者の思考が見えるというのは、君には少し共感してもらえるかな?」
「はい。」
マシロも、ピキルの読心ほどではないが、嗅覚式魔力感知で他者の感情や大雑把な思考を読み取れる。
他者の感情が見えてしまうと、便利なことも多いが、ストレスがそれ以上に多い。他者が自分に対して悪感情を抱いていると知るのは、結構なストレスになる。
「そういうわけで、ヒトから遠ざかるようになったんだ、私は。人気がないところで暮らすうちに、動物たちと、特に魔獣たちとは気が合うようになってね。不思議なものだ。魔獣たちもヒトと同じレベルの思考をしているというのに、不思議とその思考を読むのは苦にならなかった。」
ピキルは話しながら、服のポケットから小さな木の棒を取り出した。それを口元に持っていこうとして、やめる。
その動きから煙草のようなものだと察したマシロは、彼の意図を読んで告げる。
「気にされずとも、吸って構いませんよ。」
「そうか?私はこの香りが気に入っているが、君もそうとは限らないと思って遠慮したんだが・・・お言葉に甘えるとしよう。」
そう言ってピキルは木の棒を咥えて、着火魔法で火をつける。
煙が出るが、嫌な臭いではない。やや強いハーブのような香りだ。
煙を吐き出しながら、ピキルが話す。
「山頂付近に自生する木の枝だよ、これは。燃えるといい香りを出すんだ。木の名前も知らないし、こんな香りを出す理由はわからないが、リラックス効果があるみたいでね。愛用している。我が神もこの香りはお気に入りだ。」
「確かにいい香りですね。」
「気に入ってもらえたなら嬉しい。生憎、数が少ないから分けることはできないが。・・・話を戻そう。」
木の棒は早々に燃え尽きたようで、ピキルは残り火を足元の石に押し付けて消す。
「魔獣たちとの交流が楽しくなると、相対的にヒトとの交流が煩わしくなってね。野に暮らすようになった。しばらくそうして暮らしていると、なんと人間達が私を化物扱いし始めた。」
「・・・その頃は・・・」
「ああ、まだ人間だった。ひどいものだ。過去にも読心魔法の使い手はいただろうに、魔眼であるというだけで化物扱いで傭兵に討伐依頼を出すとは。傭兵が襲って来た時は魔獣たちが助けてくれて一命をとりとめたが、もうヒトの側には住めなかった。そうして、逃れ逃れてこの山まで来た。奥へ奥へと進むと・・・神がいらっしゃった。」
神の話をするピキルの表情はやや恍惚としている。
「私は神の御心に触れ、あの方こそこの世界の真の神だと理解した。我が神も、私を必要だとおっしゃって、力をくださった。そうして今の私がある。」
マシロはピキルの感情を読み取り、本気でその神を信仰しているのが感じ取れた。
・・・転生時に、八神にも会っているはず。その力のほども感じたはず。それでもなお、この山頂にいる神を信仰するということは・・・
「そう。八神などよりも、我が神の方が強い。そして、より長くこの世界を見ていらっしゃる。」
マシロの思考をまた読み取って、ピキルが言う。
「八神より古い、のですか?」
「彼らは魔法の管理者であって、この世界の管理者ではない。そもそも・・・」
そこでピキルはハッとして言葉を止める。
「おっと、喋り過ぎた。これ以上は、我が神の許可なく話していい内容では無かった。・・・私も、人恋しかったのかな。久しぶりの会話で、話が弾んでしまった。」
何やらこの世界の核心に関する話だったようだが、マシロにはピキルの信仰心も感じ取れる。追求しても話してはくれないだろう。ここも、マシロは追及しない。
「自らヒトを避けたのに、恋しくなるのですね。」
「おいおい、クロと一緒にしないでくれ。私はヒトとの付き合いに疲れはしたが、人間嫌いになったわけじゃない。そもそも、人間好きだからこそ、読心魔法なんて望んだんだからな。」
ピキルは自嘲気味に笑う。今の状況に不満があるわけではないものの、読心魔法を選んだことには幾許か後悔があるのだろう。
「ところで、わざわざ私に話しかけて来たのは、クロのことか?」
自分の話が終わると、ピキルはマシロの心を読んで尋ねる。答えはわかっているだろうが、話の潤滑のためか、念のための確認のためか、口に出して問う。
「はい。マスターは生前の記憶を一部失っています。あなたには、マスターの記憶を読み取れましたか?」
「もちろん。・・・ふうん。自身に関する記憶だけ抜けてるのか。ああ、その思い出せていない部分も見たよ。」
ピキルはあっさりと答える。
「本当にクロのことが大事なんだな。・・・恩義、か。それだけではなさそうだが、まあ、口に出すのは野暮か。」
ピキルはもう1本木の棒を取り出し、口にくわえて火を点ける。そして煙を吐きながら続きを話す。
「記憶全部は話せないが、要所と、今後の彼に影響する部分だけ、話そうか。・・・ああ、彼に許可を取る必要はないだろう。彼は君のことを随分信頼しているようだし、傍についている君が気にかけてやらなければならない点もあるからね。」
そうしてピキルはクロのことを話し始めた。




