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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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017 真白

 フレアネス王国の北部、街道脇でクロ達は野営をしていた。今の見張りはシロとムラサキだ。クロは岩にもたれて眠り、護衛対象の国王は少し離れたところに建てたテントで寝ている。魔族は睡眠時間が少なくても問題ないこと、護衛対象がいることから、今回の見張りは2人ずつだ。


「ムラサキ。」

「なんだ?」

「お前は、昨日のマスターの話をどう思った?マスターは本当に人間を憎んているのだろうか?」

「そうだなあ。あの話だけじゃ、人類全部を憎む理由には弱いと思うし、今もこうして人間・・・いや、獣人か、護衛をしてるしな。」

「しかし、マスターは嘘を言っているようには見えなかった。憎んでいるのは間違いないと思う。」


 シロは魔力感知が正確であるがゆえに、大まかに他者の感情や嘘を見抜くことができる。それで見た限りでは、クロが嘘をついていないことはわかっていた。


「じゃあ、なんでそんな質問すんだよ。」

「今、お前が言った通りだ。憎む理由がわからない。あれだけでは・・・もっと他に理由があるのでは?」

「あるだろうなあ。クロは人間以外がやたら好きだし、それがらみかねえ。」

「動物好き・・・まさか私を拾ったのは・・・」

「半分くらいはそれだろうな。」

「はあ。まあ、受けた恩は変わらないのだから、今更離れる気はないが・・・」


 シロは溜息を吐き、ムラサキはにやにや笑う。シロがムラサキを睨むが、ムラサキは動じない。


「しかし今日はよく喋るな。オレのこと嫌ってたかと思ったが。」

「もちろん嫌いだ。マスターに関して他の視点の話が聞きたかっただけだ。一応、お前はマスターに信頼されているようだし。」

「信頼ねえ・・・あいつは確かにオレのことをそこそこは信じてくれてるだろうが、どの程度のもんか。」

「ムラサキでもそうなのか。」

「クロは誰かに全幅の信頼を置くってことはねえよ。誰かに何か任せても、大抵は失敗したり裏切られた時のための予防線を張ってる。第一、自分すら信用してねえんだ。一番ひどい話を聞かせてやろうか?」

「何だ?」

「転生したときの話だ。好きな種族になれるってことは、わざわざ身体を再構築してるってことだ。つまり、前の世界からこっちに来るとき、身体なしの魂だけの状態で持って来られた可能性が高い。高度な魔法を使い、魂を操れる神々に一度、魂を握られてるわけだ。記憶や人格をいじられていない保証がどこにある?」

「それは・・・」


 何とも恐ろしい話だ。つまり、昨日シロ達が聞いたクロの過去話も、神々に改ざんされた記憶かもしれないのだ。自身の記憶さえ信用できなくなったら・・・果たしてまともに生きていけるだろうか?いや、魔族になった時点でまともではないのだろうが。


「しかし、仮に神々に記憶を改ざんされていたとしたら、マスターは人間を殺すことを仕向けられたことになる。人間の信仰を求める神々が、そのようなことをするだろうか?」


 シロも神々の話は聞いたことがある。異世界人たちの話を基に、神々がどういう存在かは広く知られている。人間が信仰し、魔力を奉納する代わりに、神々は人間に魔法を与える。一方的に神から施されているのではなく、持ちつ持たれつの関係なのだと。


「さあなあ。ただ、クロが言うには神々は一枚岩じゃないらしい。特に闇の神は他の神から疎まれていたりするらしい。」

「それはありそうだ。」


 現世でも闇魔法の使い手は嫌われがちだ。他者の精神を操る闇魔法は嫌われても仕方がない。現に闇魔法の使い手はほとんどが犯罪者だ。無論例外もいる。闇魔法を使用して精神科医を営む者もいるのだ。信頼が重要な職業だが、その分貴重であり、特に戦場で重宝される。しかし、例外は例外。やはり闇属性を嫌う風潮は根強い。


「クロは闇の神子らしいし、闇の神が他の神への嫌がらせでそんなこと吹き込んだりしたのかもな。知らんけど。」

「結局、考えてもわかることではない、か。」


 不安は多い。その不安を払拭するにはどうすべきか?シロは獣らしくシンプルに考えることにした。強くなればいい。戦闘でも精神面でも。そう感じたシロはある決心をする。


 翌朝、シロは出発の前にクロの前に跪いた。


「マスター、お願いがあります。」

「なんだ?」

「マスターは転生の際に名を変えたと聞きました。」

「ああ。」

「私も魔族として生まれ変わったのを機に、名を変えたいと思います。マスターからいただけないでしょうか?」

「いいのか?主からもらった大事な名前だろ?」


 クロの言葉にシロは躊躇う。


「確かにそうです。・・・しかし、私は弱い自分を変えたくて魔族になったのです。体だけでなく、精神も強く変わりたい。・・・お願いできませんか?」

「・・・わかった。」


 本当はハヤトに顔向けできないという気持ちもある。最期の命令を忘れて死にかねない魔族化をしたこと。魔族になったことで、ハヤトの祖国を表立って守れなくなったこと。なによりハヤトはかつて魔族と戦った祖父を敬愛していた。ハヤトも魔族を嫌うに違いない。そんな魔族になってしまったことから、ハヤトと共にいた「シロ」だけは清廉潔白で忠実な犬、と分けておきたかった。

 クロはしばし悩んだ後、口を開く。


真白マシロ、でどうかな?」

「そのまんまじゃねえか!」


 ムラサキがツッコミを入れるが、全員無視した。


「名前を変えたいのはわかったが、やはりもらった名前は残しておいた方がいいと思ったからな。で、できるだけ変えずに少しは女性っぽい名前にしたつもりだ。」

「・・・ありがとうございます。」


 クロの気持ちは正直嬉しかった。ハヤトに顔向けできない気持ちも本当だが、シロは主からもらった名前に未練もあった。それを汲み取ってもらえたことに感激した。が、ムラサキの笑い声に水を差される。


「ぷぷっ!女性って!全然女らしさもないのに!」

「なんだと?」


 シロが睨み、飛び掛かろうと構える。


「ふん!そうやってすぐに暴力に訴えるあたり、姿は人間でも中身は犬だ!」

「俺は別にそれでもいいけど。」


 ・・・マスターが言うように、私が犬であることに何の問題があるのか?だが、ムラサキに言われると妙に腹が立つ。


「いいでしょう。上等です。人間らしく振舞えるようになって見せましょう。」


 攻撃されると思って身構えていたムラサキが呆気にとられたようにぽかんとしている。

 ・・・勝った。


「・・・まあ、人間の姿でいるなら、それも必要か。」


 マスターがわずかに残念そうに言う。動物好きというのは本当のようだ。


「話は済んだか?」


 どうやら待っていたらしい国王が声をかけてきた。自分で畳んだ寝袋を抱えている。


「まったく、一国の国王を屋根だけのテントに寝かせて、朝起きても放置とは・・・」

「依頼は護衛だけでしたので、身の回りの世話は含まれていません。」

「まあ、いいけどよ。」


 国王は若干不満そうにしながらも、それ以上の文句は言わなかった。そこでクロに促されて、シロは国王に宣言することにした。


「国王陛下、私は魔族化に際して名を改めることにしました。今後はマシロとお呼びください。」

「マシロね。わかった。」

「え、その名前でいいのか?」


 ムラサキが口を挟んでくるが、シロは無視する。


「つまり、<疾風>の犬シロはいなくなり、魔族のマシロが誕生したわけだな。なら、もう陛下なんて言わなくていい。」

「・・・かしこまりました。」

「じゃあ、さっさと出発してもらおうか。急ぐんでな。」


 そうしてシロ改めマシロは犬に変化して再び王都めがけて走る。その速度は昨日よりもさらに速かった。


ーーーーーーーーーーーー


 夕方、ようやく王都に到着した。国王が言うには普通は1週間かかる道のりだそうだから、マシロの速さがよくわかる。

 王都の街の中をマシロの背に乗ったまま速度を落として進む。街並みは、何というか混沌としている。石造りの普通の家もあれば、大木の幹をくりぬいたような家(木が枯れないのだろうか)、大木を中心とした木造建築、すごいのだと地面から盛り上がった土に扉だけが付いており、地下に住んでいるものもあった。


「獣人族と言ってもさまざまな種がいますから、それぞれ生活様式が異なります。」

「管理する側は大変だな。」


 クロはマシロの説明に納得するとともに、多様な種族をまとめる国王の手腕に感心した。後ろの国王が何事か言うが、クロは英語がよくわからない。コートのフードに収まっているムラサキに通訳を頼む。


「優秀な部下がいるから何とかなってる、ってさ。」

「へえ。」


 政治に興味はないし、難しくてよくわからないが、いくら部下が優秀でも国王としてやらねばならないことは多いだろうし、背負う責任も半端ではないだろう。しかも異世界だ。常識すら異なるはず。


「俺には無理だなあ。」

「ん?」

「いや、国王はすごいって話だ。俺ならストレスで死ぬ自信があるね。」


 ムラサキが面白がってわざわざそれを国王に伝えると、国王は大笑いした。


「国王も初めは不安だったけど、慣れたら意外とできるもんだってさ。」

「立場が人を変えるって奴か。」


 そこで周囲が騒ぎ始めたことに気がつく。道端の獣人が「国王様だ」と叫ぶのが聞こえた。


「注目されていますね。」

「この面子じゃ仕方ないか。」


 この国で有名な<疾風>の犬に、この国では珍しい人間(外見)のクロ、さらに国王だ。目立たないわけがない。

 国王が指示を出し、マシロが動く。


「群がられる前に抜けます。掴まってください。」

「わかった。」


 マシロが速度を上げ、大通りを駆け抜ける。途中、馬車が道を塞ぐが、跳び上がって通りの脇の家の屋根に着地。そのまま屋根伝いに走った。2人と2匹の体重なのに、以外と音が小さい。

 やがて巨大なアリ塚のようなものが見えてきた。西洋の城っぽい形にはなっているものの、すべて赤茶色一色で、全部土でできていることが一目でわかる。手抜きかと思ったが、よく見るとすべて魔力強化された土だとわかった。実用性重視といったところか。だがクロは一応一言言っておく。


「塗装ぐらいしてもいいだろ。」

「面倒だってさ。」

「おいおい。」

「種族ごとに好む色が異なるため、下手に塗装すると争いのもとになるのでしょう。」

「ああ、なるほど。」


 ムラサキを通した国王の適当な言葉にツッコミを入れたが、真白の説明でとりあえず納得した。それでも、何とかやりようはなかったのか、とは思ってしまうが。

 城門に辿り着くと、減速して番兵の前に止まる。


「<疾風>?・・・国王様!?」


 当然だが、番兵が驚く。兜を付けておらず、犬耳が見える。鼻がよさそうだ。嗅覚で個人識別とかしているのかもしれない。

 国王が何事が叫ぶと、番兵が慌てて門を開く。そういえば、国王の急ぎの用事の内容を聞いていなかった。国家機密だから聞いても教えてくれない可能性が高いが。

 マシロが国王に何事か確認を取ると、犬形態のまま再び走り出す。城内でも走るなど、どれだけ急いでいるのか。城内の兵士が驚くのも構わず奥へと駆け抜け、国王の指示に従って進み、ある一室の前で国王が降りた。

 国王がノックをするとすぐに犬耳で8割方白髪の老人が出てきた。ただ、老人ではあるが背筋はピンと伸びており、執事っぽい服装だ。よく見ればかなり鍛えているようで引き締まった体をしている。魔力量も多い。

 国王から事情を説明されたらしい執事はスッとこちらを向き、笑顔を見せる。だがなんとなくただ者ではない雰囲気がある。


「ようこそ、王城へ。私は執事として国王陛下に仕えているヴォルフと申します。クロ殿は客人として扱うよう指示を受けました。客室へご案内します。」

「ありがとう。ところで報酬は?」

「国王の用事が一段落してからだってさ。」


 国王と執事の会話を聞いていたらしいムラサキが説明する。


「ええ。おそらく明日になると思われます。本日はこの城にご宿泊ください。」


 音もなく歩く執事についていくと、同じような扉が並ぶ廊下に着いた。


「こちらがお部屋になります。滞在中はこの部屋でお休みください。」

「ありがとう。」


 3人でぞろぞろと部屋に入ると、執事が少し驚いた様子を見せた。


「あの、お三方とも同じ部屋で?部屋は十分空きがございますが・・・」

「ああ。・・・悪いけど、同室にさせてくれ。」

「かしこまりました。」


 考えてみたら、旅に出てから野宿しかしてなかった。このくらい裕福なら一人一部屋が普通なんだろうが、安全を考えれば固まって寝た方がいい。


「私はこれから国王と出かけてきます。城内の者には周知しておくので、御用の際は備え付けのベルをお使いください。」

「わかった。」


 扉を閉めると、執事の気配が遠のいていく。やはり足音はしない。


「ひょーう!ふかふかのベッドだあ!」


 ムラサキがベッドに飛び込んでごろごろしている。マシロは獣人形態になって着替えていた。


「真白、1日走って疲れてるところ悪いが、頼めるか?」

「疲れてなどいません。何でしょう?」


 魔族の体は確かに疲労を感じないものだが、1日中周囲を警戒して走ったら、精神的に疲れると思う。だが、マシロは平気らしい。ならば、と声を潜めて言う。


「これから俺の魔法を教える。盗聴の心配がないか周囲を探ってくれ。」

「わかりました。・・・問題ありません。周囲に生物の気配なし。」


 マシロの探知は信頼できるが、抜け穴や例外はある物だ。念のため、声を潜めたまま説明する。


「じゃあ、教えよう。俺達が使っているのは、原子魔法だ。」


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