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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第4章 緑の狸
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155 不退転の獣戦車

 一行は森林限界の線に沿って進む。入口から魔獣の襲撃を受けたクロ達は、ここの危険性を身をもって知ったため、一刻も早く線引きを終えようと進行速度を速めていた。


「ブラウンさん、大丈夫ですか?」

「このくらいなら問題ありません。先程の回避機動はきつかったですが。」


 先に魔獣に襲われた際、マシロはブラウンの安全のため、素早く森に逃げ込んだ。その際の高速機動がマシロの背に乗るブラウンにかなりの負荷をかけた。


「申し訳ありません。皆あのくらいの速度なら平然と乗っているので、つい自身の機動が乗り手に負荷をかけることを忘れてしまっていました。」


 魔族であるクロやムラサキはもちろん、アカネでさえもマシロの高速機動に耐えられる。しかし、一般人からすれば、乗っているだけで失神ものの速度だ。

 マシロだけでなく監督者としてクロも謝罪する。


「さっきは本当に悪かった。魔獣の接近を探知した時点で事前に退避してもらうべきだった。」

「いや、まあ、貴重な体験だったと思うことにします。」

「そう言ってくれると助かる。」


 会話しつつ走るうちに、一行は湿原を抜ける。今度は高山らしい、岩だらけの場所に出た。

 ごつごつした岩が無数にあり、隙間を縫うように草や低木が生えている。

 岩場と森の境界は砂利道のようになっていて走りやすい。


 ・・・せっかくの走りやすい道だ。ここでできるだけ進んでおきたいな。


 湿原を抜けた今、太陽は真上に上って来ている。山の付近で野営は危険なので、できるだけ早く山沿いの部分の線引きを終えたい。そのためには速度が出せるところで出しておきたい。

 しかし速度を上げようかと思った途端、マシロが警戒を促す。


「マスター、マーキングの匂いです。何者かの縄張りに入りました。」

「いよいよか。」


 想定していたとはいえ、いざその時になると緊張する。魔境たるアイビス山脈の山の上。そこに縄張りを構える魔獣の強さはいかほどか。

 縄張りは生き物の生活を、命を守るために必須の物。これを侵すものがあれば、誰だって反撃する。たとえ侵入者が敵意がないことを主張しようと関係ない。

 命懸けの戦いが日夜繰り広げられる野生の縄張り争いにおいては、騙し討ちすら常套手段。侵入者の主張の真偽を確認するより、無視して実力行使によって撃退する方が安全・確実だ。

 すなわち、縄張りに入ったクロ達は、縄張りの主と戦うことは避けられない、ということだ。


 全員に緊張が走る。警戒をより強めつつ進み、その分速度が出なくなる。

 少し進んだところで、クロの合図で一旦止まる。ほとんどのメンバーはすぐにその理由を察したが、ブラウンだけはわからず、尋ねる。


「何があったのですか?」

「フンだ。」


 クロが指さす先には特大の動物のフン。ずいぶん遠くにあるのに、視認できるほど大きい。

 近づくとブラウンにも臭いが感じ取れるようになってきた。


「臭いですね・・・」

「動物性のものが多い。ここの主は肉食のようです。」


 臭いを嗅いだマシロが分析する。


「ああ。しかもこの量。かなり図体がデカそうだ。」

「おい、クロ!あれ!」


 フンから縄張りの主の生態を分析していたクロ達に、ムラサキが声をかける。

 ムラサキが指し示すずっと先、低い木に何かがぶら下がっているのが見えた。


「あれ、干し肉じゃねえか?」

「まさか。」


 ムラサキの思考が料理に偏り過ぎているから、そんな風に見えるのだ。そう言って無視したかったが、やはり気になる。

 迷った末、若干ルートから外れるが、木にぶら下がったものを見に行った。



「これは・・・」


 木にぶら下がっていたのは、小型の魔獣の死体。しかしただの死体ではない。血抜きがされ、内臓も取り分けられている。


「ヒトが住んでいるのでしょうか?」


 ブラウンがそんな感想を述べるほど、しっかり肉が捌かれ、そしてこのぶら下がっているものは確かに干し肉を作ろうとしているものだった。切り口は粗いが。

 ダンゾウが干し肉に近づいて調べる。


「こりゃあ、昔ながらの方法ですね。調味料もろくに手に入らなかった頃にやってた干し方です。防腐魔法がかけてある。」


 大昔、交易が発展していない頃、山では塩の入手が困難だった。そこでなんとか肉を保存しようと苦心する人間達に、木の神が防腐魔法を授けたのだという。


「魔獣でも貯食の習性がある奴がたまに持ってます。」

「ってことは、これはここの主がやったってことか。」

「野生の魔獣にこんな知恵が・・・」


 普通に街で暮らしているブラウンには意外なことだろう。大層驚いている。しかし、クロからすれば意外でもなんでもない。


「魔獣の知能がヒト並なのは周知の事実だろ。ヒトから学ばなくても、このくらいは思いつき得るさ。人間だって自力で調理方法を編み出していったんだからな。」


 そこへ上空のヤマブキから警戒の声が届く。


「巨体の魔獣が接近中!警戒されたし!」


 最も感知距離が長いヤマブキが真っ先に気がつく。すぐに全員臨戦態勢になり、クロが返答する。


「了解。方角は?」

「マスター!北です!」


 ヤマブキの返答を待たずにマシロが告げる。

 これは驚くべきことだ。ヤマブキの感知距離は数km。対してマシロの感知距離は最大1km。ヤマブキの感知は全方位ではないため、誤差はあるだろうが、この数秒のやり取りの内に敵は少なくとも1km弱の距離を詰めてきたことになる。


「森へ撤退!急げ!」


 クロの合図で素早くマシロを中心にした陣形を組み、走り出す。しかし、走り出したときには、すでに肉眼で見える距離に来ていた。

 草地で保護色になりそうな黄緑色の体毛。胴も手足も太く、とにかくデカい。体長10mはあろうかという熊が突進してきていた。

 ヤマブキから連絡。


「敵が減速!しかしそちらに向けて方向転換してござる!」

「こっちでも見えた!護衛対象が森に入るまで援護頼む!」

「承知!」


 すぐさま熊に雷が落ちる。先程カツオドリに放った放電に比べ、かなり威力が高い。いかな巨体でも、この落雷のごとき一撃を受ければ一たまりもあるまい。

 そう思った一行だったが。


「対象、減速していません!」


 マシロの報告通り、熊はダメージを受けるどころか、まるで雷を意に介さず突進を続行。しかも減速すらしていない。


「なぜ効かぬ!?どういうことでござるか!」


 ヤマブキの困惑の声が聞こえるが、その原因を解明している暇はない。


「真白!護衛対象を先に森へ逃がせ!総員、奴を止めるぞ!」

「「了解!」」


 マシロが単独で走れば、あの熊より速い。ここは護衛対象の安全を優先することにした。

 クロが盾と「黒嘴」を構えて先頭に立ち、ダンゾウがそのすぐ後ろ。アカネとムラサキが後衛になる。


「いっけー!」


 アカネが炎魔法で作りだした火球を数発、熊の顔面目掛けて飛ばす。

 見事命中するが、怯みもしない。


「ムラサキ!窒息攻撃は?」

「だめだ!速すぎて捉えきれない!せめて動きが止まれば!」

「わかった、俺が出る!」


 クロは前進し、熊とぶつかる寸前に盾を前にして踏ん張る。しかし。


「さあ、来、い!?」


 どん!


 交通事故でも遭ったような音がして、クロが吹っ飛ばされた。体重差からすればこれが当然の結果なのだが、クロは原子魔法で盾と自分の位置を固定し、動かないようにしていたつもりだった。実際、これで鎧鰐の突進も止められた。今回はダンゾウの補佐がなかったが、その分多く魔力を注ぎ込んで、万全の態勢だったはずだった。

 結果、吹っ飛ばされたクロは宙を舞う。クロの視界はぐるぐる回り、やがて地面に落ちた。


「く、クローーー!?」


 驚き慌てるムラサキと対称的に、ダンゾウはすぐに行動を起こす。腰に提げた小袋から何かを取り出して口に含み、息を大きく吐き出す。

 ダンゾウの息には濃い煙が含まれ、その煙が熊の顔にかかった。同時にダンゾウは身を翻して熊の突進を避ける。


「アカネさん!」


 ダンゾウがアカネに声をかける。その一言で察したのか、アカネも行動を起こす。


「んん、キャン!」


 一瞬の溜めの後、大きく吠える。そして分身の女の子が慌てるムラサキを抱え、紙一重で熊の突進を躱した。

 ダンゾウとアカネが取った方法は、幻覚魔法で突進を回避するというもの。ただ避けるだけでは熊が方向転換したり、魔法で追撃を受けるかもしれない。

 そこで、どの程度効くかはわからないものの、幻覚魔法で隙を作ってから避けたわけだ。

 結果は成功。無傷で突進を回避できた。しかし、熊はアカネたちを通り過ぎてしまった。


養母様かあさま!」


 アカネは熊がそのままマシロを追うと思い、慌てて熊を追いかけようとするが、ここで熊が予想外の動きを見せる。

 アカネたちのいる場所を通り過ぎたかと思うと、速度を保ちつつ、少しずつ方向転換し、やがて再びアカネたちに向かって突進を始めたのだ。


「え?」

「マジかよ!」

「幻覚魔法がお気に召さなかったんですかねえ。」


 ダンゾウは幻覚魔法に対象の攪乱だけでなく戦意喪失も促す闇魔法を混ぜていたが、どうやら効かなかったらしい。方向転換の速さから見ても、幻覚が効いたのもほんの一瞬。アカネと合わせて二重にかけたのに一瞬しか惑わせられなかった。

 次の回避はうまく行くかわからない。絶体絶命の3人の下に、声が届く。


「クロ殿の許可を待つつもりであったが、もはや待てぬ!ムラサキ殿、弓を!」


 ヤマブキだ。鳥形態で飛行しているヤマブキは弓を持てないので、『エアテイル』で荷物持ちをしていたムラサキがヤマブキの弓「黒藤」も持っていた。


「わかった!頼むぞ!」


 ムラサキが素早く弓と矢筒を上に投げる。ヤマブキはホバリングしたまま器用に受け取った。


「ぬう、「雉貫」があればよかったが、「光陰」だけか。」

「ヤマブキ!そのまま撃てるのか?」

「やって見せよう!」


 ヤマブキは両足で弓を持ち、嘴で矢を咥える。少し手間取ったが、何とかその矢をつがえると、矢羽を咥えて引く。そして引き絞ったと同時にすぐに放った。引き絞った態勢では翼が自由にならないためだ。

 ともかくふらつきながらもどうにか矢を射ることができた。

 軽量の黒い矢は銃弾のごとき速度で飛び、熊の背に命中する。命中の衝撃で砕けた矢が散弾のように熊の背を抉った。

 だが、それでも止まらない。熊の突進は続く。


「当たった!」

「だが、効いてねえぞ!?」

「脂肪が厚すぎるみたいですね。木魔法による強化も入ってる。肉まで届いてません。」


 それを見たヤマブキがすぐさま次の矢を用意する。


「任されよ!次こそは急所を・・・」


 そう言いつつ、首から下げた矢筒から次の矢を抜こうとした時。熊が跳んだ。無論、10m近い巨体である。ヤマブキがいる高度まで届きはしない。

 しかし、熊はジャンプした後、両前足から地面に着地。その時、両前足を地面に深く突っ込んだ。

 そして、なんと、あろうことか、そのまま前転したのだ。10mの巨体が倒立。そのまま前方に倒れるかと思いきや、ブリッジ。そして上体を起こすと同時に前足で地面を掘り返し、岩や土をまとめて上空に投げ飛ばした。


「「「んな、馬鹿なー!」」」


 信じがたい光景に驚愕する地上の一同。

 そしてヤマブキは、


「ぐおおお!?」


 もはや矢を放つどころではない。無数の岩や土が地対空砲撃のごとく飛来する。躱しきれずに何発か被弾し、墜落した。


「ヤマブキ!」

「ムラサキ殿!来ますぞ!」


 ヤマブキを心配するムラサキだが、ダンゾウの声を聞いて前方に向き直れば、熊が速度を緩めることなく突進して来ていた。


「キャン!」

「これでどうだ!」


 アカネが再度幻覚魔法を試みるが、効果は見られない。その目はしっかりとアカネたちを捉えている。

 ムラサキもピンポイントに狙わず、熊の突進軌道上全域を無酸素状態にする。しかし、止まる様子は見られない。


「チッ、もう幻覚魔法も通じねえかい。」

「呼吸できてねえはずだぞ!なんで止まらねえんだよ!」

「なんとか避けるしかないよ!」


 アカネの言う通り、もう小細工は通じそうにない。ぎりぎりで回避する。その構えを3人が取った瞬間、熊が行動に出た。

 前足で地面を削り、3人に向かって岩を飛ばして来たのだ。その正確な軌道は、偶然ではなく、狙ってやったのが見て取れた。


「くっ!」


 ダンゾウが前に出て、岩を飛来するガードした。だが、そのせいで回避するタイミングを失ってしまった。いや、ダンゾウが前に出たことで、アカネとムラサキは回避できるだろう。しかし、ダンゾウはもう躱せる距離ではない。


「ダンゾウ!」

「ダンゾウさん!」

「避けろ、2人とも!」


 ダンゾウが目いっぱい身体強化をかけて、覚悟を決めた瞬間。


「どおおりゃああああ!!」


 黒いものが熊の横っ腹に超高速で激突。突進の軌道がそれて、ダンゾウはギリギリ助かった。


「クロさん!」

「無事か!?」

「ええ。ありがとうございやす。」


 熊の横っ腹に突進したのはクロ。足と魔法で最大速度まで加速してから突進したのだ。今度は体重差で負けることなく、その軌道を逸らすことに成功した。

 だが、逸らしただけである。熊はそのまま足を止めることなく走り、また方向転換してこちらに来ようとしている。


「なんて奴だ。今、確かに横っ腹を突き刺したのに、まだ走ってやがる。」


 クロは「黒嘴」を構えて言う。その剣の刃には血がべっとりついていた。かなり深く刺したのがわかる。


「見た感じ、木魔法を得手とする魔獣のようです。おそらく治癒も得意でしょうな。」

「マジか。どうしたもんか。」

「マスター。」


 マシロが合流した。マシロは獣人形態になっている。ブラウンは森に置いて来たようだ。護衛には化け狸達がついているだろう。


「刺した、ということは、殺しても構いませんか?」

「・・・ああ。できれば殺したくはないが、身内と引き換えにはできん。奴がどうしても俺達を攻撃するというなら、やむを得ない。」

「承知しました。」


 マシロが2本の「黒剣」を抜く。クロは全員に指示を出した。


「アカネ、ムラサキ。ヤマブキを回収してブラウンと合流してくれ。ダンゾウ、皆を頼む。森で待っててくれ。」

「わかった。」

「承知しやした。」

養父様とうさま、養母様、気をつけて。」

「ああ。」


 アカネの声にクロが短く答える。視線は突進してくる熊に向けられたままだ。



 背後で全員が森に避難するのを感じながら、クロとマシロは並んで襲い来る熊を睨む。


「マスター、怒ってますか?」

「もちろん。真白は?」

「私もです。何に怒ってます?」

「身内を傷つけたことだな。」

「私はアカネを傷つけようとしたことです。」

「ああ、それもだな。じゃあ、こいつに罪はないんだろうが・・・」

「ええ。少々傲慢な理由になりますが・・・」


 クロとマシロはそれぞれの武器を熊に向ける。 


「「その罰、その身に受けてもらおう!」」


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