153 領地の拡大
1月下旬になった頃。ブラウンが久しぶりにクロの家にやって来た。
「お待たせしてすみません。」
「いや、忙しかったんだろ?仕方ないことだ。」
冬を含めて昨年にクロ達が戦争で働いた対価として、クロの領土の拡張がこの春に約束されていたが、領地境界線を引くことができるブラウンの手が空かず、保留になっていた。
ようやく今日、時間が取れたので来てくれたらしい。ただ、ブラウンは以前に比べて見るからに痩せており、クロでさえも心配になって来る。
「しかし、大丈夫か?疲れてるように見えるが。今日は前回より長く境界を引くから、森の中を何日か歩くことになるけど。」
昨年のクロ達の働きは大きく、今回で一気に以前の倍以上の面積に広がる予定だ。当然、森の奥まで分け入ることになる。疲労した状態ではきついだろう。
根本的にヒトに興味がなく、ヒトの顔色が読めない(魔力視で感情を読み取ることはできるが)クロでさえも疲れが見て取れるほどだ。尋常ではない。
「これでも、今月の初めよりは良くなった方でして。はは・・・」
「大丈夫かよ・・・」
ムラサキも心配する。
結局、途中で倒れられても困るということで、対策を立てた。
準備ができたら森の入口からスタート。
陣形は、中央にブラウン。彼を犬形態のマシロが背に乗せる。こうすれば、彼の疲労も軽減されるはずだ。魔獣に襲われてもマシロなら十分に護衛の役目を果たせる。
ブラウンを乗せたマシロを囲むように、前方にクロ。後方の守りにダンゾウ。左右をアカネとムラサキが守り、上空からヤマブキが鳥瞰する。
さらに、本隊から少し離れて腕利きの化け狸達が散開。警戒に当たる。これ以上ない万全の態勢でブラウンを守る。
守られるブラウンは申し訳なさそうにする。
「なんか、すみません。」
「いや、これは護衛の練習にもなる。そのうち、傭兵稼業も本格的に始めるつもりだからな。」
停戦した以上、今までのように待っていれば参戦依頼が来る、ということはもうない。領土拡大用の資金を集めたければ、真面目にギルドに顔を出して依頼を受ける必要が出て来るだろう。
そうなれば、好きな依頼だけやっていても大して稼げない。ヒト嫌いだろうと、護衛依頼を受ける必要も出て来るに違いない。
「ありがとうございます。では始めましょう。『メイク・ボーダー』」
ブラウンが境界魔法を使用し、領地境界線の更新作業が始まった。
一行は雑談をしながら森と平原の境界を進む。移動速度はジョギングペース。魔族であるクロやマシロは走りながら話しても息が切れることはない。
「今回はスミレはついて来なかったのか。」
「今、彼女は別件で手が離せないんです。参加したがっていましたが、私の手が空くのが今しかなかったので。」
ブラウンの多忙さを鑑みれば、数日かかるであろうこの作業のために王城を出る時間を取るのは容易でないことは想像に難くない。
「スミレさん、悔しがっていたでしょうね。」
「ああ。あいつは森の奥を見るのを楽しみにしてたからな。」
そこでクロが大事なことに気がつく。
「ん?そうすると、地図はどうするんだ?」
この作業は、人跡未踏の地である魔獣の森の調査も兼ねており、スミレが直接見て、記憶魔法『ライブラリ』を駆使して地図を作成することになっていた。
「ああ、それはまあ、なんとかなります。」
「どうやって?」
「あまり気が進まない方法なのですが・・・闇魔法には対象の記憶を直接読み取るものもありまして。それを使って私から彼女に伝えます。」
「『コピー・メモリー』か。」
「ご存知でしたか。」
「まあ、これでも魔族だしな。」
『コピー・メモリー』。他者の記憶を読み取る魔法だ。便利そうだが、使用条件が厳しい。
まず、送信側の同意と協力が必要不可欠。どの記憶を送信するかは送信側が決める。受信側が術者なのに、決定権が被術者にある特殊な魔法で、この魔法を成功させるには、術者にも被術者にも技量が必要になる。
また、この性質故に、勝手に他人の記憶を覗けるようなものではない。高レベルの術者同士が重要な情報を共有するために使う魔法だ。
「魔族の中に、それを一方的に行使できるように改良しようとしてた奴がいた。ま、俺の知る限り成功する気配すらなかったそうだが。」
以前、魔族の魔法研究者の助手をしていたクロは、研究者同士の情報交換会などについて行き、雑用をこなしながらその内容を聞いていたものだった。
話が一区切りついたところで、今度はダンゾウがブラウンに尋ねる。
「ところでブラウンさんよ。あんた、今フレアネスの内政の要職に就いているんだろ?この作業は境界魔法さえ使えればできるんだから、もっと下っ端を派遣してもよかったんじゃないかい?」
ダンゾウの言う通り、境界魔法の使い手は、少ないが希少というほどでもない。王国内で人材を探せばいくらでもいそうなものだ。わざわざ多忙なブラウンが出張る必要はないはずだ。
「あー、まあ、理由はいくつかあります。まず、先に言ったスミレとの情報共有のため。」
「確かにそれは他の奴じゃ無理だな。」
スミレはフレアネス国内であまり評判が良くない。いや、彼女を知らない初対面の者でも、彼女の性格を知れば普通は近づきたがらない。ましてや記憶の共有など、誰もしたがらないだろう。
「それと、皆、この森には近づきたくないですから。」
また、スミレに負けず劣らず、クロとその住処であるこの森も嫌われていた。
その事実にクロが唸る。
「ううむ。思惑通りではあるが、こういう弊害があるか。」
ヒトに忌避される土地にすることで、ヒトが干渉しない土地を作る。クロの想定通りなのだが、協力が必要な際にそれを求めにくいという欠点が浮き彫りになった。
話題はフレアネス国内の問題に移る。
「ところでブラウン、暴動は治まったのか?」
「ええ。年末の祭は成功しましたし、それから一月弱経った今も暴動は起きていません。」
ブラウンは自信を持って言っているが、クロはそれを鵜呑みにはしない。
「埋立場の奴らに聞いた話じゃ、不満は解消されてないようだが?」
「そこまで調べられていましたか・・・」
ブラウンは頭を掻きつつ、少し悩んでから答えた。
「そうですね。正直に言うと、完全に解決したとは言えません。勝者に従う慣習に沿って皆、表立って文句は言ってきませんが、不満は渦巻いている状態です。特に鉱山都市のアルバリーは金属の輸出に関して現在進行形で問題を抱えていますから、小さなきっかけでまた暴動が起きる可能性があります。」
「やはりそうか。」
「ですが、クロ殿が心配する必要はありません。今は軍の手も空いていますから、国内で対処できます。」
「ふうん。」
ブラウンはクロを安心させようとそう言うが、クロはヒトの言葉で安心するような性格ではない。
しかし今はブラウンの意を汲んで、これ以上の追及は避けた。
やがて一行は森に入る。徒歩で移動した前回よりも、走っている分、速く進む。
しかし森に入ると、ペースは落ちる。クロ達は獣道だろうと走ることができるが、問題は獣との遭遇だ。この辺りはクロの領地の外。あった事も無い獣との遭遇もある。
「7班!犬型の獣を発見!単独です。」
各班に1人配置されている風魔法が使える化け狸から『センド・ボイス』で報告が送られてくる。
「威嚇。特徴はあとで休憩時に教えてくれ。」
「了解!」
クロの返答を集音魔法『キャッチ・ボイス』で拾った7班がさっそく威嚇を始める。7班がいる11時の方向で土魔法を使用した気配があった。
「撃退完了!」
「よくやった。引き続き警戒に当たれ。」
「了解!」
そんな感じで順調に進むが、時には止まることもある。
「3班!石の表皮を持つワニです!」
「鎧鰐か。威嚇後退。突進に気をつけろ。」
「了解!」
クロが3班に指示を出すと同時に、クロ達本隊が停止。周辺警戒の3班以外の狸達もそろって止まった。
これは威嚇後退を指示した時の陣形として事前に決めたもの。接敵した班が遠距離攻撃で敵を牽制しながら本隊のところまで後退、クロ達が敵に対処する。
待ち構えるクロ達の下へ、巨体が近づいてくる音がする。メキメキと木を薙ぎ倒す音や、石同士が衝突する音が聞こえる。
マシロ以外、戦闘態勢に入ったところで、上空からヤマブキの声。
「奴の動きを止めてくだされ!拙者が仕留めるでござる!」
「よし、わかった。俺が止めよう。」
「手伝いますかい?」
前に出たクロに、ダンゾウも前に出て尋ねる。
「そうだな。盾で止める。後ろから支えてくれ。」
「合点承知。」
そうこうしているうちに、3時方向から狸達が逃げて来た。クロ達の脇をすり抜け、マシロの側へ。
入れ替わりにクロとダンゾウが前に出ると、同時に木を薙ぎ倒して巨大なワニが突進して来た。
「いくぞ!」
「おう!」
背負っていた盾を前に構える。全身を覆うサイズの長方形の盾。それでワニの突進を受け止め、クロが踏ん張る。
体重差により押されるところを、木魔法の身体強化を目いっぱいかけたダンゾウがクロの後ろから押す。
常人なら前後から押されて骨がイカレそうだが、クロの骨格は魔法強化チタン。これだけの負荷を受けてもびくともしない。
どうにか巨体のの突進を受け止めた。鎧鰐は突進を止められたと見て一旦退こうとするが、そこへ一本の矢が降って来る。
黒い矢は見事、ワニの石の鎧の隙間を貫いて頸椎に刺さり、ワニを絶命させた。
ワニが動かなくなったのを見て、クロが盾を背負い直し、合掌。
数秒祈った後で各班に指示を出す。
「よし、ここで休憩にしよう。全員集合!」
「「「はい!」」」
狩ったものは無駄にしない。放っておいてもこの森のスカベンジャーたちが綺麗にするだろうが、できる限り狩った責任を果たす。
ムラサキが主導して解体し、シンプルな焼肉で食べた。
皆うまいうまいと食べたが、ブラウンとムラサキだけやや不満そうだ。
「ちょっと、癖がある味ですね。」
「せめて酒があればなあ。」
「臭みが気になるかもしれんが、我慢してくれ。慣れれば気にならん。」
「そういうものですか?」
「いや、こいつらが無神経なだけだ。オレは気になる。」
「ムラサキが神経質なだけだと思いますがね。」
「うるせーぞ、味音痴筆頭!」
ムラサキとマシロのいつもの口喧嘩こそあったが、基本的には和やかに休憩し、完食してから一行は作業を再開した。




