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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第4章 緑の狸
174/457

151 魔弓「黒藤」

注意:クロ達は決して「善人」ではありません。

 1月中旬、春真っ盛り。木々は芽吹き、草花が咲き誇る。人跡未踏の危険地帯、魔獣の森でも、いや、そんな場所だからこそ、生き生きとした自然が広がっている。

 どの木も緑色を日に日に濃くしている中で、荒れ地の中心にある黒い大木の色は変わらない。

 マシロが原子魔法の炭素操作で作り上げた「炭の大樹」。ただの炭の塊であるはずのこれは、心なしかわずかずつ大きくなっているように感じられる。

 その黒い大樹の天辺に、茶色の人影。頭頂部の一房の黄色い髪を風に揺らすのは人間形態のヤマブキ。身長の割に体重が軽い彼は、細い黒い枝の上に立っていた。


 手には金属製の弓。銘は「黒藤」。クロが弓柄を魔法金属で作り、マシロの魔法強化炭素繊維を弦に用いている。弓柄は黒色に塗装されていて、全体が黒い。

 使用した魔法金属はウーツ鋼。ムラサキの術式具にも用いているもので、弾性や形状記憶能力に優れる。この弓は魔法金属が持つ、持ち主の意志に応じて性質を変える特性を活かし、持ち主であるヤマブキの意図に合わせて弾性を変える。

 この弓はヤマブキの願いを受けてクロが作成したものだが、クロは弓を作ったことがないので、非常にシンプルな作りだ。見た目は和弓に似ているが、細部は適当である。

 故に、この弓は普通に扱っても矢がまともに飛ばない。ただ遠くに飛ぶだけで、なかなか狙い通りに飛んでくれない。魔法で矢を制御することを前提とした弓だ。


 ヤマブキは左手に弓を持ち、右手を腰の矢筒に伸ばす。矢もまた自作だ。種類は2つ。

 1つはクロ特性の矢「雉貫」。クロの「黒嘴」による投擲技と同じ名だ。全体が金属製で、矢にしては重い。普通の弓では決してまともに飛ばないだろう。しかし、この弓でヤマブキが飛ばせば、クロの『雉貫』に負けない威力を出せる。

 もう1つはマシロ特性の矢「光陰」。「黒剣」と同じ素材で作られたこの矢は非常に軽く、「雉貫」程ではないが強度も高い。その軽量を活かして目にも留まらぬ速度で飛ぶ。また、軽い分、連射モーションも速くなる。


 手にしたのは「雉貫」。矢筒から取り出し、つがえる。視線を彼方から外さぬまま、引き絞る。

 イメージするのは森人達。クロと戦う前、人間について学ぶために森人の里を訪れたヤマブキは、多くの弓の名手をそこで見た。

 木の枝の上など、不安定な足場でも寸分違わず獲物の急所を射抜く森人たち。その姿を目に焼き付けた。

 その記憶に自分の姿を重ね、かの名手たちの動きを完全に模倣する自分をイメージする。

 そうすれば、魔族の体はイメージ通りに動いてくれる。そこから、弓の形状の差、自身の体格による差異を考慮して補正を加える。これは最近の練習の成果だ。

 キリキリと弓が鳴る音を耳にしながら、ヤマブキは彼方の獲物を見据える。そして。


「・・・南無八幡。『ウィンドブースターショット』!」


 矢を放った。風魔法『ウィンドブースターショット』により、矢を加速しつつ方向を調整。さらに無詠唱の『レールガン』で加速。音速を超える。

 100m、200m、・・・500m。まだ速度が落ちない。通常の弓矢ではあり得ぬ速度と飛距離。最新式のライフルと見紛う速度と飛距離で矢は飛ぶ。

 その行き先にあるのは・・・


ーーーーーーーーーーーー


 時間を少しだけ遡って、魔獣の森の入口付近。

 森に分け入る人間達がいた。全員が銃を持っているが、同時に大剣や盾など、それぞれ異なる武器を持っている。銃が普及したこの時代では珍しく、金属で補強した鎧まで着ている。銃の撃ち合いではこの程度の鎧では貫通されてしまうし、獣を狩るには仰々しい。

 彼らは遥々他国から来た、魔獣専門の狩人だ。大剣などの武器は、銃で仕留めきれない大型魔獣を倒すためのもの。盾や鎧は魔獣の牙や爪、魔法攻撃を防ぐためのものだ。

 現地で魔獣の森として恐れられるこの場所も、魔獣を日常的に狩る彼らにとってはそれほど緊張する場所でもない。草を短刀で切り払いつつ、歩きながら雑談する。


「鬱陶しい草だ。本当にヒトの手が入ってないんですねえ。」

「獣人は勇猛果敢って言われてるが、ピンキリだな。魔獣くらいで狩りをあきらめる奴がほとんどとは。」

「まあ、仕方ないっすよ。俺達みたいな専門家でもないと、魔獣なんて狩れませんから。」


 普通の狩人が恐れて避ける魔獣も、彼らにとっては飯の種。実際、傭兵ギルドにおける彼らの狩人ランクはBの上位。ネームド一歩手前の実力者だ。あとは経験さえ積めば、Aランクになれるだろう。


「しかし、本当に依頼の魔獣はここにいるんですかね?」

「わからんが、いるとしたらここしかないだろ。消去法だ。国際依頼で高額報酬なのに、何年も塩漬けになってた依頼だ。過去にこれに挑んだが見つからなかったって話は腐るほどある。となると、後は捜索が及んでない場所、こういう秘境しかねえ。」


 傭兵ギルドは各国にあり、別の国のギルドとも密に連絡を取り合っている。フレアネス王国にも、カイ連邦にも、ネオ・ローマン魔法王国にも、そしてライデン帝国にも傭兵ギルドはあり、国同士が戦争していても、ギルドは連絡だけは取り合っている。

 したがって、まれに国際依頼が出ることもある。希少な魔獣素材の探索などがそうなりやすい。魔獣は国境など関係なく移動する。それを追うとなれば、自国の狩人だけでは手に負えない。そんなとき、国際依頼として各国のギルドに手配されるのだ。

 もちろん、国際依頼は手数料が高くつく。そのため、依頼主に余程やる気がないと国際依頼にはならない。だが、その分、国際依頼になっているものは報酬が高い傾向にあり、各国の傭兵や狩人がこぞって挑む。

 彼らが受けた依頼は、そんな国際依頼の中でもさらにとびっきりの高額報酬だった。当然、多くの傭兵・狩人が挑戦したが、何年経ってもその魔獣を見つけることすらできない、という有様だ。

 そこで彼らが目をつけたのがここ、アイビス山脈とその麓の魔獣の森。魔獣が跋扈するがゆえにこれまでヒトの手がほとんど入らず、山に至っては登った者すらいないという。ここならば、まだ誰も探していないはず。そう考えてやってきたのだった。


 ただ、彼らは焦っていた。もうすぐAランクだというのに、昇格には今一歩、名声が足りない。世界的に有名な魔獣や神獣でも狩れば昇格できるだろうが、そんな獲物はなかなか出会えない。

 それでこの依頼に目を付けていたが、今まで戦時中ということでフレアネス入りを躊躇っていたのだ。

 魔獣専門の彼らは、対人戦に慣れていない。万が一、戦争に巻き込まれでもしたら目も当てられない、と躊躇していた。

 そこへ舞い込んだ朗報。フレアネスと帝国の停戦。これ幸いと彼らは急いで入国。他の狩人に先を越されまいと大急ぎでここに来たのだ。狩人の基本である、情報収集を省いて。


「この森、結構深そうだ。見つけられますかね?」

「何、心配いらん。何しろ獲物は派手な虹色で、とんでもなくデカい・・・」


 そんな会話に割って入るように、声が聞こえて来た。


「そこで止まるがいい、人間達。」


 声に反応して素早く銃を構える狩人たち。周囲を警戒し、誰もいないことを確認する。


「『センド・ボイス』か!」

「こんなとこに人が!?」

「いや、人語を操る魔獣かもしれん。」


 周囲に何もいないことから、声を送る魔法『センド・ボイス』だと狩人たちはすぐに見破った。そこへ次の言葉が飛んでくる。


「ここはヒトの法が及ばぬ土地。クロの領地である。ここでの狩りは王国との協定により禁じられている。」


 今度は、声を飛ばしている魔力を感知できた。確かに風魔法で声を飛ばしている。大まかな方向も把握できたが、声が来た方向を見ても、木々が見えるばかり。


「クロ?」

「ここはフレアネス王国内だろう?人の法が及ばないって、どういうことだ?」


 もし彼らが通常の手順通り、町で情報収集していれば、その辺の事情も聞けただろうが、彼らはまっすぐこの森に来てしまっていた。

 狩人たちの反応に、飛んでくる声も戸惑う。


「む?知らないとは・・・では<赤鉄>という通り名の方がよいでござるか?」

「セキテツ?」

「<赤鉄>か?帝国との戦争で活躍したっていう。」

「そう、それでござる。ここはその領地。貴殿らは狩人とお見受けしたが、ここでの狩りはまかりならん。立ち去るがいい。迷ったというなら、まっすぐ戻ればよい。森を出れば王都が見えよう。」

「「「・・・・・・」」」


 狩人たちは顔を見合わせる。<赤鉄>の噂は聞いていたが、噂でしか聞いていない。魔族だとか、金属を操るとか言われていたが、いまいち実感が湧かなかった。

 そんなよくわからない相手にビビって、せっかくの昇格の機会を逃すわけにはいかない。


「・・・俺達はBランク狩人の<鷲の爪>だ。<赤鉄>はAランク傭兵だろう?知らないか?」

「知らぬ。立ち去るがいい。」


 きっぱりと言う声に、狩人たちは苛立った。これでも結構名が通っているほうだと思っていた。


「そうか。だが、Bランクだ。節度くらいわかってる。目的の魔獣を1体狩ったら帰る。無暗に乱獲したりしない。どうだ?」

「だめだ。立ち去れ。」


 一切の迷いなく、拒否する声。それに<鷲の爪>一同は完全に頭に血が上った。


 ・・・なんだよ、少しくらい考慮しろよ!無闇に狩らないって言ってるだろうが!くそっ、狩人経験がないから、その辺の知識も疎いのか?


 狩人は商売敵の情報を集めている。他国とはいえ唐突に現れていきなりAランク傭兵に登録された<赤鉄>のことは覚えていた。狩人ランクが低く、対人専門と知って、争う可能性はないと思ったのを覚えている。

 狩人にとって、狩り過ぎないことは常識だ。獲物を熟知し、間違っても絶滅したりしないように節度を守る。そこまでできなければ、Bランクまで上がることなどできない。

 逆に言えば、Bランクというだけでその辺の信頼も無条件で得られる。そう思っていた。実際、今までもそうだった。<鷲の爪>を知らなくても、Bランクだと言えば信用してくれた。

 だからこそ、飛んでくる声の頑固さに腹が立った。


 ・・・ふざけんなよ!Aランクがなんだ!所詮は対人戦しかできない傭兵!俺達は人外の化物ともやり合って来たんだ!


 <鷲の爪>のリーダーが、歩みを進め始める。他のメンバーも続いた。

 そこにまた声が飛んでくる。


「立ち去る気はないのか?」

「・・・・・・」


 無視する。


 ・・・俺たちのやり方は、狩人の常識に則っている。間違っているのは向こうの方だ!


 そう考えて歩みを進め、遠くに異様な黒い大木が見えて来たあたりで、また声が飛んできた。今度はさっきよりもやや低い声で。


「そうか。であれば、覚悟召されよ。」

「つっ!」


 咄嗟に先頭のリーダーが大盾を構えた。大型魔獣の爪にも耐える頑強な盾だ。なぜ敵の姿も見えないのにこれを構えたのか、確かなことは本人にもわからない。だが、直感的に構えなければいけない気がした。

 声は黒い大木の方から来ている。だが、やはり姿は見えない。


 ・・・何かの魔法でカモフラージュしてるのか!?


「くそ!来るなら来やがれ!『ナーブブースト』!『マッスルブースト』!」


 リーダーは木魔法による神経強化と筋力強化を行い、敵の攻撃に備える。背後でもメンバーがそれぞれ強化魔法を使っているのが聞こえた。

 方向はわかっているのだ。その方向に、盾を構えればいい。そう思っていた。

 しかし、それは甘かった。

 視界の端を、何かが通り過ぎた。

 魔法による神経強化で加速した反射神経でも、通り過ぎたとしか捉えられないような速度の物が、通り過ぎた。

 直後、衝撃。

 まず前方から、何かで叩かれたような衝撃が来た。これには盾で耐えたが、すぐに後ろからも衝撃。たまらず転倒し、地面を転がった。


「ぐっ!な、なにが・・・」


 身を起こしたリーダーの目に映ったのは、あまりにも凄惨な光景。

 彼の後ろにいた仲間たちの無残な亡骸。

 リーダーのすぐ後ろにいた者は首から上がなく、その後ろにいた者は喉元が吹き飛んで首は遠くに転がっている。最後尾にいた者は胸に大穴が開いていた。その全員の傷口は、若干焼け焦げていた。最後尾のものの後ろの地面に穴が開いていた。穴の周囲が焼けている。


「な、なんだ!?なんなんだよお!」


 突然のことに、半ば錯乱するリーダー。それでも必死に大盾を構える。

 そこへ、足に激痛。


「があっ!?」


 わずかに態勢を崩す。左足に砕けた黒い何かが刺さっていた。


 ・・・なんだこれ!?矢!?全く見えなかった!


 態勢が崩れ、わずかに盾から出ていた右肩に次の矢が刺さる。先程の足もそうだが、砕けた破片はともかく、矢じりは鎧の隙間を正確に射抜いている。

 音速を超えて飛来した矢は、命中と同時にその衝撃に耐えきれずに折れ砕ける。破片がまたいくつか鎧の隙間に潜り、肉を抉る。

 肩を射られ、右腕の力が抜けた。わずかに盾が下がったその瞬間、盾から出た頭に、ドンと質量のわりに重い音を立てて黒い矢が当たった。


「あ・・・」


 こうしてカイ連邦でその名を轟かせていた狩人<鷲の爪>は、魔獣の森にてあっけなく全滅した。


ーーーーーーーーーーーー


 朝の製錬業1回目を終えたクロと狸達が、工場から出て来る。

 狸達のおかげで、今は日に3回、炉を運転できるようになってきた。金属の融解と取り出しも一部狸達にやらせている。


「お疲れさん。じゃあ、2番方と交代だ。次は30分後に始めるぞ。」

「「「「はーい。」」」


 クロは休憩を宣言した後、家の前でくつろぐ。マシロが淹れてくれたお茶を飲んでいると、ヤマブキがやって来た。


「クロ殿。協定を無視した狩人が来たので、仕留め申した。」

「へえ、まだそんな奴がいたのか。」

「珍しいことに人間でしたな。」

「人間?獣人じゃなくて?」

「はい。」


 獣人至上主義のフレアネス王国に、人間はあまり入って来ない。国境付近なら商人が出入りすることもあるが、こんな奥まで来るのは滅多にいない。


「ふーん。何人だった?」

「4人でござる。全員射抜きましたぞ。この「黒藤」で!」

「へえ、役に立ったなら何よりだ。」

「うむ!これを使えば、『レールガン』だけでは出せない速度と飛距離が出せます!いや、素晴らしい!」

「後始末はしましたか?」


 マシロが口を挟む。後始末とは、死体の処理のことだ。放っておいても森の獣が喰うだろうが、戦利品があるかもしれない。


「おお、失念しておりました。すぐに行ってまいります。」

「ああ、せっかくだ。俺も見よう。」


 クロはここまでわざわざ来た狩人が気になった。今後も同じような狩人が来るなら、対策を立てなければならない。



 そして、現場に到着。森の獣たちはまだ来ていないようだ。

 血肉が飛び散る惨状を見たクロの感想は。


「こら、山吹。」

「いだだだ!」


 思い切りヤマブキの頬をつねった。


「やり過ぎだ。草が燃えちまってるじゃねえか。」


 クロが指さす先には、地面に空いた穴と焼け焦げた草。マシロがその穴を覗き込む。


「だいぶ深いですね。木の根や地中の獣や虫にも影響したでしょう。」

「よし、山吹。1本いっとくか?」


 おもむろにヤマブキの指を掴むクロ。平時ならヤマブキの方が握力が強いのだが、怒っているクロは身体能力も大幅に向上する。振り解こうにも放してもらえない。


「お、お待ちくだされ!弁解を!」

「ほう?言ってみろ。」

「拙者にとってもこの威力は予想外だったのでござる!初めての実戦、「雉貫」の威力を確かめたくて、つい全力で放ってしまったのでござる!」

「・・・まあ、気持ちはわからんでもない。」

「そうでござろう!しかし、拙者もこの1射にてやり過ぎと思い、2射目以降は「光陰」を用いて加減して射たのです!それを考慮してくださらんか!?」

「なるほど。」


 数秒、目を合わせて沈黙。


「まあ、本当に反省しているようだし、今回はいいか。次から気をつけろよ。」

「もちろんでござる!」


 ようやく手を放してもらって、ヤマブキがホッとする。

 それを尻目にクロは死体や穴を検分した。


「しっかし、鎧を着た3人を貫いて、そのうえでこの大穴か。」

「傷口も穴も、矢より大きいですね。」

衝撃波ソニックブームだな。音速超えてるじゃねえか。」


 ・・・もう兵器だな、これは。「雉貫」は使用に制限を付けるべきか?


 こんなものを無闇に撃ったら、周囲を巻き込みかねない。封印も考慮すべきだ。

 対して「光陰」は、こちらも衝撃波と破片で命中箇所を広く抉っているが、周囲を巻き込むほどではない。使い捨てなのがもったいないが。


「それはともかく、後片付けを始めよう。」

「わかりました。」

「手伝うでござる!」


 そうして3人で死体の身ぐるみを剥ぎ、そのうえでスイーパー達を呼んで死肉を綺麗に片付けた。剥ぎ取った装備は貴重品を除いて炉に投入。肉も装備も綺麗にリサイクルしたのだった。


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