150 新年
「あけましておめでとうございます。」
「明けましておめでとうございます。」
1004年1月1日。この世界でも新年の挨拶は変わらない。これも異世界人が伝えたのだろう。
ただし、クロの前世と違い、新年最初の日は祝日ではない。もちろん、正月三が日もない。1月1日から始業である。
毎朝の鍛錬を終えた後、いつも通り8時に森の前で金属材料を持ってくる作業員たちを出迎える。
1か月前まではクロとマシロだけでやっていた入荷作業。今はダンゾウをはじめとした数名の化け狸達も参加している。鼻が利く狸達は、マシロの指導の下、材料の査定を練習している。
「クロさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしく。」
「ああ、おめでとう。今年もよろしく頼む。」
埋立場から材料を運ぶ者たちのリーダーとクロが挨拶すると、さっそく作業が始まる。
狸達が手分けして査定を始める。今は人相手の仕事ゆえに、全員が幻覚魔法で獣人に化けている。万が一、匂いなどが誤魔化しきれなかった時のため、皆、狸系獣人に化けている。
それぞれ運ばれてきた材料を睨み、匂いを嗅ぎ、査定する。
「質、良し。15kgだから、30ドルです。」
「質はいまいちかな。10kgで、15ドル。いかがでしょうか。」
「ほとんど木ですね。全体では20kgあるけど、金属としては5kgくらいか。金属部分は良さそうなので、10ドルです。」
5人くらいでテキパキ査定していく。時折、マシロが訂正して指導するが、クロとマシロだけでやっていた頃に比べれば、圧倒的に早い。ちなみにクロも時々口を出す。レアメタルまではマシロも狸達も見分けられないからだ。こればかりは科学知識が多いクロが見分けなければならない。
もっとも、レアメタルなど、その名の通り滅多に入荷しない。したがって、クロの出番は稀だ。ほとんど監督者として立ち会っているに過ぎない。しかし、ただ見ているだけでは暇なので、クロは埋立場の運搬担当リーダーと雑談して情報を集める。
人間嫌いのクロも、仕事モードの時はそれなりに人と話す。
「今後はこいつらの手伝いもあるから、受入れ量が増やせる。もっと運んできてもいい。」
「そいつはありがたい。なら明日からは加減しませんぜ。」
「・・・やっぱりちょっと加減してくれ。こいつらもまだまだ一人前には遠いからな。」
埋立場の者たちは、かつて浮浪者だった頃は地道に手作業で運んで、大した量を持ってこなかった。
しかし今は国営事業。国から運搬を効率化するための台車等が提供され、ずっと多くの材料を運べるようになっている。
また、以前は運んだ本人に直接報酬を渡していたため、お金を受け取るたびに一喜一憂する彼らを見ることができたが、今は後でまとめてクロから国に支払い、国から彼らに給料が分配される。運搬する作業員たちは査定結果でいちいち喜んだり悔しがったりしなくなった。
しかし、不満の色はない。明日の飯の種にも困る浮浪者であった彼らには、安定収入がある公務員は夢のような生活なのだ。今はまだ埋立場付近の粗雑な小屋に住んでいるが、いずれ町に住居が用意されることにもなっている。
査定が終わって運搬作業員達を見送ったら、材料を工房へ搬入する。
いつもならそのまま炉に投入するが、今日は隣に臨時で建てた倉庫に搬入する。
理由は、今、工房は工事中だからだ。
狸達が手伝うようになってからというもの、工房は狭かった。
もともとクロ、マシロ、ムラサキの3人でやっていたのだから、広い必要がなかった。そこに100人弱の狸達が手伝いに入るのだから、狭いのは当たり前だ。
そこで、現在、拡張工事中である。化け狸達のほとんどは土魔法を得意とする。総出で作業すれば、1日で工事が終わる。手が余ったので、家も拡張しているくらいだ。
工事の現場監督を任されている副頭領キンジが状況を伝える。
「前にここを建てた方は相当な腕っすね。残念ながら、あっし達の建設魔法じゃ、強度でかないやせん。」
建設魔法『ハウスメイク』は、建物を自由に建てられる魔法だ。術者のイメージ通りに土で建物を建てられるが、その分、複雑なものを建てるには想像力と集中力が必要になる。そして建物の強度は術者の魔法出力に依存する。
「やっぱ、ホシヤマさん達はすごいんだな。工事は無理そうか?」
「いえ。ちょっと方針を変えて、元の建物を活かす感じでやりますよ。」
結果として、元の建物は崩さず、隣にもう1基、炉と各種設備を建てることになった。炉が2つあれば、同時に動かせば倍の生産量になるし、一方が故障しても、もう一方で生産を続けられる。
家の方は、初めから元の部分を残して増築する予定だ。家の西側にある、寝室と各人の私室が南側並んでいた廊下。その北側にも同様に部屋を増築する。
増える部屋は4つ。マシロと同室になっていたアカネと、ムラサキと同室になっていたヤマブキの分だ。残り2つのうち、1つは予備で、もう1つは、狸の長老、先代ダンゾウが住む。
「いやあ、この年で森暮らしは辛いのです。いやはや、申し訳ありませぬ。」
これまでは他の狸達と共に森に寝泊まりしていたが、先代はかなりの高齢。魔法の腕は衰えを見せないが、体は弱り、走るのも辛いらしい。それではいざ他の魔獣に襲われた時に心もとない。
ここは世界有数の危険地帯、魔獣の森。今でこそクロ達が住んだことで魔獣たちも大人しいが、それでも強力な魔獣が跋扈していることに変わりはない。
そこでこれを機に、先代はクロの家に住むことになった。先代一人ではなく、世話係兼狸達との連絡係として数名の若手が共に生活する。
「構わないさ。正直、こちらにもメリットがある。」
まず、家の増築を先代手ずから行ってくれること。先代の魔力なら、ホシヤマが建てた元の家にも引けを取らない強度になる。むしろ、金属魔法を合わせることで、新築部分の方が強度に優れそうなほどだ。
そして、最大のメリットは、アカネの面倒を見てもらえること。
今までクロ達は溺愛と言っていいくらいアカネの世話をしてきたが、クロ達は魔族で、アカネだけが魔獣だった。
いくら大切にしていても、魔族と魔獣では生態が違いすぎる。食事も排泄もアカネだけが毎日必要で、クロ達は必要ない。ケガをしそうな作業は、アカネだけ参加できない。その違いに、アカネはそれなりに戸惑っていた。
しかし、同じ魔獣である先代達がいれば、それも解消される。何より、アカネは幻覚魔法を化け狸達から学ぶうちに、ずいぶん先代達に懐いた。一緒に住むと言ったら、アカネはたいそう喜んでいた。クロ達にとって、これは重要なことだった。いわゆる親バカである。
さらに、クロにとっても金属魔法を研究する機会が得られるとあっては、断る理由などなかった。
クロは工事の様子を見つつ、今日、埋立場の作業員から聞いた話を思い返していた。
「祭は楽しかったですけどね。やっぱり不満はありますよ。」
クロから停戦条約について聞かれた作業員はそう答えた。
彼らは国に、すなわちジョナサン国王に大いに恩義がある。明日も知れない浮浪者だった彼らに安定した仕事を与えてくれたのだから。
だから、他所の町のように、声高に不満の声を上げることはない。しかし、それでも、不満はあるようだ。
前線に出なかった彼ら一国民からすれば、元の領地を取り戻さずに戦いをやめることは、敗北ではないのか、と。
前線に出なかったとはいえ、彼らも間接的に戦っていた。前線の兵士を支える物資を生産し、倹約し、貧しい暮らしに耐えていた。陽気な性格が多い彼ら獣人は、それを表に見せなかったが、やはり内心は辛かったのだ。
そして、「これほど長く耐えたのだから、是非とも勝ってほしい」と思わずにはいられない。
国王に恩義がある埋立場の者ですら不満がある。とすれば、暴動を起こした他の町は?
・・・スミレは収束したと言っていたが、また再燃する可能性は高そうだな。
クロは政治にも経済にも明るくない。それでも無い知恵を絞って、金を稼ぐ必要がある。土地を得て、獣たちが自然に暮らせる場所をより多く確保するために。そして、その土地で、自分が幸福に暮らせるように。
そんな決意を内心で抱いていると、唐突に家からムラサキの声が響いた。
「昼だぞー!飯だー!」
「「「やったあー!」」」
昼食を告げる声に、工事をしていた狸達が嬉しそうに反応する。はしゃぎながらも工事を安全に中断する作業を確実にやっているあたりは、流石はプロというところか。
土魔法で積み上げていた土を一旦地面に降ろしたり、手をかけていた部分の建設をさっさと終わらせたり。中断作業が終わった者から、ムラサキのもとへ、もとい、ムラサキが家の前に広げた鍋料理のもとへ走っていく。
ムラサキの脇にヤマブキがドヤ顔で立っているということは、ヤマブキも料理を手伝ったのだろう。
・・・やれやれ、こっちが真面目な考えをしている時に、空気をぶち壊してくれる。まあ、それが相棒のいいところでもあるか。
そう思いつつ、クロも家に向かう。
・・・食事は必要ないが、味見くらいは。
そう思った瞬間、狸達が声を上げる。
「「「餅だー!」」」
クロはダッシュで鍋のもとに向かった。
クロは食べ物の好き嫌いはあまりありませんが、米と米を使った料理は日本人として好物です。そして、滅多に出回らないため飢えています。出回らない理由はまたそのうち。




