149 来年の抱負
静かな夜は続く。酒に強い3人はまだ話している。
「明日から新年か。」
「クロさんは新年の抱負とかありやすか?」
「そうだな。来年中には、製錬業をおおよそ化け狸達に任せられるようにしたい。」
化け狸達は、クロの教えを受けた若手を中心に、製錬業を覚え始めている。まもなく戦力になるだろう。しかし、まだお手伝いレベルだ。
任せるとなれば、金属を融かして、原子魔法で分離して、清掃して、というような作業ばかりでなく、管理もできなければならない。
「任せる、ですかい。儂等も前から鉱山掘ってましたから、工場回すのは得意ですが・・・」
「ああ。そこに期待して、来年中、と言った。」
化け狸達は素人ではない。既に鉱山会社と工場の経営の経験がある。むしろ経営に関してはクロより詳しい。
「しかし儂らが扱ってたのはほとんど鉄ばかりです。ちいとばかし勝手が違う。」
「そのちっとばかしの部分を、来年で覚えてくれ。ダンゾウ、あんたはこっそり科学を勉強してるだろ?」
「・・・ばれてやしたか。」
ダンゾウは化け狸の中では珍しく、土適性がほとんどない。その分、木魔法による治癒は得意だが、実務面でどうしても他の狸に劣る。
それでも頭領の地位に就けたのは、ダンゾウが努力家だからだ。
土魔法ができない分を、努力して、勉強して補って来た。ここに来てからも、こっそり町の図書館に行って本を借りて勉強していた。
「図書館で獣人に化けて本を借りる時に、黒髪眼鏡の猫系獣人、スミレに手続してもらっただろう?バレてたぞ。面白がって俺に教えて行ったんだ、あいつ。」
「あちゃあ、誤魔化せたと思ったんだが、見抜かれてたとは。儂の化かしも鈍りましたかね。」
ダンゾウは街に行くとき、当然、幻覚魔法で自分が獣人に見えるようにしていた。視覚はもちろん、声も匂いも誤魔化していた。ゴーレムが使えないダンゾウは、物に触れる時に身長を誤魔化せないので、子供に化けていた。二足歩行形態時の化け狸の身長は1m前後。これに大人の獣人の幻覚を被せると、手の位置が違い過ぎて物が取れない。子供に化けるしかなかった。
幸い借りる本は教材。子供が借りるのに何の不自然もない、と思っていた。
「見た目が小学生なのに、高校、大学レベルの科学の本を借りるもんだから、気になって警戒したら、闇魔法に気づいたんだとさ。名探偵の推理披露みたいに自慢げに話してたぞ。」
「なるほど。それはしくじりやした。」
この世界の学校のカリキュラムは異世界人が伝えたらしく、ほぼクロの前世と変わらない。ただ、獣人の成人が15歳と言うのに合わせて、各期間が短くなってはいるが。
「で、勉強の進捗はどうだ?俺の講義もこっそり聞いてただろ。」
「ええ、おおよそ理解できやした。ばれたついでに、儂にも術式具をくれませんか?」
「適性を見なきゃいかんから、明日だな。」
「ありがとうございます。」
適性を見るには倉庫の金属や薬品を使わなければならない。今から外に出るのは気が進まないし、酔った状態で薬品を扱うのは問題外だ。
黙って酒を飲んでいたマシロが話をまとめる。
「では、製錬業を狸達に任せるにあたり、頭領のダンゾウさんが取りまとめるということで構いませんね?」
元々頭領をやっているのだから、統率は問題なし。管理に際して必要な知識も勉強している。
ならば任せられるだろうと、クロとマシロはダンゾウを見るが、ダンゾウは即答しない。腕を組んで悩む。
「正直に言えば、不安ですね。クロさんのやり方は、儂等の製鉄とも、本にあった科学的な製錬とも違う。」
「それはそうだろう。俺も魔法を基盤にした製錬法は初めてだった。思い付きで始めたものだしな。」
実際、始めたばかりの時は小さなトラブルが多かった。想像以上に排ガス系へ流れる金属が多かったり、土魔法で作った炉が高温で摩耗して補修が必要になったり。しかしそれもここ数ヶ月続けてきて、安定してきている。
「ノウハウはやりながら教えるよ。当面は俺が監督するから。」
「そういうことなら。よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
クロとダンゾウが互いにお辞儀して、握手。来年の目標が決まった。
「ちなみに、その目標設定の理由を聞いても?クロさんのことだ。楽をしたいってだけで儂らに任せようとは言わんでしょう?」
「あー、それはな・・・ダンゾウになら話してもいいか。」
「いいと思います。」
クロはマシロに確認を取ってから話す。
「まあ、簡単に言えば、お金の話だ。」
「苦しいんですかい?」
「いや、苦しいって程じゃない。ただ、お前らが来て、協力して増産してるわりには、利益が出てないんだ。」
クロは化け狸達に給料を払っている。手取りで前の会社で働いていた時と同じになるように。
その人件費が結構かさみ、増産で出た売り上げを相殺していた。
それを気いたダンゾウが申し訳なさそうにする。
「そんな。儂等の給料なんて、いくらでも削ってください。儂等、夜逃げした時から、もう野に帰る気でいたんです。住処をもらって、金属を作らせてもらえるだけで有難いんです。」
「いや、一度約束した給料は払う。それに、あんたは給料なしでやる覚悟があっても、若い連中はそうとは限らない。一度娯楽を知れば、そう捨てられないもんだ。・・・ああ、それが悪いって言うんじゃない。そういう気持ちが理解できる、って話だ。」
「・・・・・・」
「とにかく、働いてくれる若手達のモチベーション維持のためにも、給料は今のままだ。そのうえで、利益を増やすことを考える。」
「・・・感謝します。」
ダンゾウは深々と頭を下げる。
「頭上げてくれ。まず、若手達に任せられるようになれば、さらなる増産が見込める。そうすれば利益も出る。」
「へい。必ずウチのもんを一人前にして見せやす。」
「頼むぞ。・・・そして、手が空いた俺たちは、別途金策に走る。」
「金策?」
「具体的には、材料を集める営業と、傭兵稼業だな。」
ダンゾウは首を傾げる。営業は理解できたが、傭兵の方がわからない。
「停戦したんでしょう?仕事があるんですかい?」
「あるさ。むしろ、停戦したからこそ、今度はフレアネスが持ってくる依頼を待つんじゃなく、自分で仕事を探しに行かなきゃな。」
マシロはクロに同意する。
今まではフレアネス王国からの参戦依頼があったが、今後はもうない。あれは貴重な副収入だった。それを補う仕事が必要だ。
「ええ。幸い、傭兵ギルドという便利な斡旋所もあります。今まではほとんど利用していませんでしたが・・・」
「そうそう。例の盗賊団を狩った時から、一切行ってねえな。」
「ははあ。仕事柄、傭兵には直接関わらなかったんで、ギルドとかは知りませんでしたねえ。戦争ばかりが傭兵の仕事じゃないんですね。」
ダンゾウが感心したように言う。普通の会社なら、イレギュラーな事態の対処や、遠出の時の護衛などに利用するのだろうが、ダンゾウ達は戦闘能力もあるので、自衛できるし、トラブルも身内で対処して来た。
そもそも、ダンゾウ達は魔獣で、傭兵は人間だ。魔獣の身内の問題に人間を呼ぶわけにはいかなかった。
「そういうこと。賞金首狩りや獣狩り、護衛。様々な仕事がある。もっとも、俺は獣を狩る気はないがね。」
「専ら対人の賞金首狩りになるでしょうね。」
話しているうちに、深夜になった。
「マスター、そろそろ就寝しませんか?」
「23時過ぎか。そうだな。」
「じゃあ、儂は皆が寝てる小屋で寝ます。」
ダンゾウが立ち上がったところで、クロが呼び止めた。
「あ、興味本位で聞くんだが、年が変わるときにやることとかあるか?」
「何のことでしょう?」
「ほら、24時、年が変わる瞬間とか。カウントダウンとかさ。」
ダンゾウは思い出すように視線を上に向けながら、顎を撫でる。
「あー、そういえば毎年この日は町が五月蠅かった気がしやすね。人間達は何かやってたかもしれません。」
ダンゾウ達は普通に酒飲んで寝ていたらしい。
せっかくなのでマシロにも尋ねてみる。
「夜型の獣人たちは何かやっていたと思います。しかし、ハヤトは昼型でしたから。私も合わせて眠っていました。」
「そうか。じゃあ、ウチも別にいいか。」
クロは前世日本で、大晦日に日付が変わるまで起きている風習やカウントダウン、除夜の鐘などを知っている。自身の記憶は残っていないが、多分自分も何かやっていただろうと思った。
かと言って、どうしてもやりたいわけでもない。そもそも、この世界では年始から仕事だ。さっさと寝た方がいい。
そのままダンゾウは外の小屋へ。クロとマシロは寝室に入った。いつも通り、クロは犬形態のマシロのモフモフに身を預ける。
今日はアカネは狸小屋の方に行っていていないので、枕にするどころか、遠慮なく背に抱きついた。
・・・どうせ今夜も悪夢を見るだろうが、せめて眠りに落ちるまでは・・・
クロはマシロのサラサラした毛に包まれて気持ちよく眠ったが、寝入った後は案の定、悪夢に苦しみ、そのまま新年を迎えた。




