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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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M01 勇者

 正木三郎は食堂で昼食をとっていた。食べながら首飾りをいじり、ここまで来た経緯を思い出す。


 三郎は日本で警察官として働いていた。正義感が強く、人を守る仕事がしたくて就いたものの、実際の仕事は地味な物。あげく万引きなどの軽犯罪者を捕まえてはその犯人から罵声を浴びせられる。こういう地味な仕事が人々を守っている、平和なのはいいことだ、と頭ではわかっていても納得できない部分があった。

 そんな折、近場の空港でテロが起き、向かえる者は即座に急行するように指示があった。犯人が立て籠もって自分たちが取り囲み、交渉する様子を想像したが、移動中に入ってくる情報から、テロリストは人質を取る気はさらさらなく、無差別に撃ち殺していることがわかった。

 本来なら突入は専門の部隊を待つべきだろうが、それを待っていては民間人が全滅しかねない。今回は時間がないということで、三郎たちは到着次第突入し、テロリストの足止めを行うことになった。

 通報からの経過時間から、手遅れかもしれないと思いつつも突入すると、意外にもテロリストは随分と慎重に侵攻しており、容易に追いつくことができた。

 銃撃戦の末、足止めが功を奏し、応援が来ると、テロリストは次々と捕まった。同僚たちが安堵の息を漏らす中、三郎は通報してきた民間人が心配になり、空港の奥へと走った。

 そこで三郎が見たのは、休憩室に築かれたバリケードを破壊して中に入るテロリストの姿だった。銃弾を撃ち尽くした1人のテロリストが早めに銃撃戦から抜け出していたらしい。慌てて休憩室に入ると、怯えて部屋の隅に集まる大勢の民間人と部屋の中央で爆弾らしきものの導火線に点火するテロリストが見えた。三郎は爆弾に詳しくはなかったが、この休憩室を吹き飛ばせる威力はあると直感した。

 テロリストが日本語でも英語でもない言葉で喚く。同時に三郎は迷った。ここでテロリストの自爆を阻止できれば、皆助かる。だが失敗すれば、民間人も自分も助からないだろう。逆に、ここで自分が引き返して逃げれば、自分は助かる。

 しかし迷いつつも、体は既にテロリストに向かって走っていた。飛び掛かって押し倒し、揉み合いの末、導火線を斬ることに成功する。ふっと息を吐いて、助かった、と思った。だが、その油断がいけなかった。テロリストに顔面を殴られ、怯んだ隙に再点火されてしまう。慌てて止めようとテロリストに向かうが、間に合わない。

 視界いっぱいの炎と轟音の直後、三郎は意識を失った。


 そうして死亡した三郎は、この世界の神々に会い、転生したことを告げられ、固有魔法と使命を授かる。この首飾りは固有魔法の媒体らしい。


「『光の盾』、ねえ。」


 三郎が授かったのは、神意代行魔法『光の盾』。異世界人には一人一つの固有魔法が与えられるが、神意代行魔法はその中でも群を抜いて強力な魔法、らしい。三郎にはどんな違いがあるのかわからないが、その威力の凄まじさは経験済みだった。

 神々からの説明の後、再び人間としてこの世界に降り立った三郎は、場所が悪かったのか、即座に戦争に巻き込まれた。

 碌に武器もない状態で、銃弾飛び交う戦場に放り出されれば、生き残る術などないように思われた。だが、なんと『光の盾』はその銃弾全てを弾いてしまったのだ。三郎が何もせずとも体表にはその盾が常に張られているらしく、体表付近で防御しているにも関わらず、衝撃は全く伝わらない。しかも、三郎が『光の盾』と唱えて意識すれば、指定の場所に大きな盾を出現させることができる。

 その『光の盾』を駆使してなんとなく劣勢の方を助けてみたら、ある王国の将軍だった。とても感謝され、是非国王に紹介させてほしい、と紹介状と護衛を付けて王都に送られた。そうして今、王城の食堂で昼食がてら待機している。


「今更ながら、随分チートな能力をもらっちゃったなあ。」


 はっきりいって無敵である。銃弾はもちろん、砲弾が直撃しても無傷。面白がった王国兵が魔法攻撃を仕掛けるも、あらゆる属性の攻撃を防いだ。果ては精神操作系の闇魔法すら防ぐ始末。そのくせ、害意の無い者には普通に触れる。もちろん食事もとれる。害意に反応して弾くのならば、毒殺すら防ぐかもしれない。


「でも、これがあれば、確かに何でも守れそうだ。」


 三郎は守りたい人々を守れなかったことに強い未練を残し、それによって転生者に選出された。人を守ることが、この世界での三郎の目的になっていた。現に先の戦争で多くの王国兵を守ったことに強い満足感を覚えていた。

 食事を終えると、謁見の間に呼ばれた。最初に見た戦場で機関銃を撃ち合っていたので、文明レベルは現代に近いかと思っていたが、街並みや城は中世ヨーロッパ風で、文明も現代には程遠く感じる。武器や兵器だけが急速に近代化しているようだ。謁見の間は広く、奥の豪華な椅子に、派手な身なりの白い立派な髭の老人が座っていた。


「よく来た、勇者マサキよ。余がイーストランド王国第2代国王リー・イーストランドだ。」

「勇者?」

「此度は我が軍を救ってくれたそうだな。礼を言う。武器も持たずに群がる帝国兵に単身突撃し、劣勢の友軍を助けるなど、まさに勇者ではないか。故にそなたには勇者の称号を授ける。」

「はあ、あ、ありがとうございます。」


 ・・・冷静になって考えてみれば、僕がやったことって、勇気というより無謀だなあ・・・。


「異世界人ならばこの世界のことから説明せねばなるまい。まず・・・」


 国王の長い説明を要約すると、北、西、東の3大陸があり、ここイーストランド王国は東大陸の北の端、というか北大陸との境界線上だ。東にノースウェルという宗教国家があり、こことは相互不可侵が決められている。西にはいくつか小国があり、同盟を結んで北のライデン帝国と戦争中、というわけだ。すでに王都から馬車で3日の距離まで攻め込まれている。最近になってようやく武装が帝国の技術に追いつきつつあり、魔法と併用してなんとか持ちこたえているらしい。


「もともと我が国の前身は魔法王国と呼ばれるほど豊富な魔導士をそろえていたが、大半が帝国にやられてしまった。苦肉の策として帝国の武器を取り入れることで何とかなっているが・・・」

「帝国は魔法を使わないのですよね?武器の性能が同じ水準になれば、魔法がある分、有利なのでは?」

「いや、実を言えば追い付けてはおらんのだ。科学研究所長、説明を。」

「はっ。」


 所長と呼ばれた若い男が姿勢を正して答える。


「現在、鹵獲した武器を模倣することで、銃はかなり帝国の物に近い物ができています。しかし、帝国の大砲や、最近確認された自走する大砲はまだ再現できません。」

「自走する大砲?」

「鉄の箱に比較的小型の大砲が付き、その箱が自走するのです。生半可な攻撃では通じず、一方的に砲撃を受けてしまいます。地形を利用したり、張り付いて中に入れれば倒せそうですが、実際は難しく・・・」

「戦車?」

「ご存知ですか!?やはり異界の兵器でしたか!」


 所長は興奮して大声を上げるが、三郎は怯むしかない。


「あ、いや、知ってはいますが、構造は知りません。申し訳ない。・・・でも攻略法はいくつか思い当たります。」

「是非お聞かせください!」

「落ち着け、所長。それは後にしろ。」

「あ、申し訳ありません。」


 興奮した所長を国王が止める。


「さて、所長が申したように我が国は帝国に兵器で劣る。さらに、帝国軍は途轍もない数を誇り、兵数でも敵わんのだ。このままでは我が国は帝国に攻め滅ぼされてしまう。さらには、帝国は世界征服が目的だ。我が国の南の諸国も攻め落とされるだろう。何としても我らで食い止めたいのだ。勇者よ、助力を願えまいか?」


 三郎は考える。このチート能力を活かして人を救うなら、戦場は格好の活躍の場だ。しかし、戦争には抵抗がある。戦う相手もまた人間なのだ。そもそも帝国が悪だと決めつけてよいものか?

 しかし、そこで神々から授かった使命を思い出す。神々の目的は魔法の普及だ。科学の発展に伴い、魔法が失われつつある。人々が魔法を使わなくなり、信仰を失えば、神々は力を失う。そうすれば神々が管理しているこの世界は乱れるという。すなわち、このまま魔法排斥を訴える帝国が世界を統一してしまえば、世界が滅びかねないのだ。

 ならば、帝国の世界征服は阻止しなければならない。三郎は覚悟を決めた。


「わかりました。守るためになら、僕は戦います。」

「うむ、協力感謝する。共に帝国の野望を打ち砕こう。さて、必要な装備は後日渡そう。住居は、差し支えなければ城の一室を与える。」

「ありがとうございます。」

「報酬も装備と共に後程渡す。ではマサキ殿を部屋へ案内せよ。」

「はっ。」


 兵士の一人が前に出てくるが、三郎はおずおずと手を挙げる。


「あのー。」

「む?何かな?」

「僕の名前は、正木三郎で、正木は苗字なんですが・・・」

「ん?マサキ・サブロー、ならばマサキが名前であろう?」

「いや・・・あ、はい、それでいいです。」

「?」


 結局、訂正するのが面倒になり、そのまま受け入れることにした。

 なぜ、ここの人々は日本語なのに、名前の順序は日本式ではないのだろうか?と勇者マサキは思いつつ、これから住みかとなる部屋へと案内されるのであった。


ーーーーーーーーーーーー


 神域。8柱の神々が一堂に会していた。いつも通り、初めに口を開くのは光の神だ。


「さて、今日は報告会としましょうか。私の件は察していると思いますが。」

「先日送り込んだ転生者に持たせた神意代行魔法だろう?まったく驚いたぞ。開発当初は強力すぎるために却下していたのに、どういう心境の変化だ?」


 せっかちな雷の神が早口で尋ねる。


「ご存知の通り、闇の神子であるクロが派手に暴れました。帝国の侵攻を止めるのは構いませんが、殺しすぎです。」


 光の神の説明中に、火の神が豪快に笑いながら口を挟む。


「はっはっは。あの百人斬りか!ウチの神子の様子を見ていたから見逃したが、かなり派手だったそうだな!だが、戦場ならそれくらいの死者は当たり前だろう?」

「そうかもしれませんが、危険なのは、彼がそれを楽しんでいるところです。あれは殺人狂です。仮に帝国を倒しても、その後、暴走するのは目に見えています。故に、抑止力としてマサキを送りました。」

「なるほど、確実にクロを倒せる戦力として、封印していた代行魔法を使ったわけですか。」

「そういうことです。」


 水の神が補足すると、光の神は頷いた。


「しかし、代行魔法は闇の神の協力が必須なんでしょ?よく闇の神が同意したねえ?」

「・・・・・・」


 風の神が闇の神に視線を向けるが、闇の神は答えない。


「自分が開発した魔法がようやく日の目を見るのです。闇の神にとっても喜ばしいことでしょう?」


 神意代行魔法はかつて闇の神が考案した魔法だった。実用段階までもっていったものの、最終的に他の神々の同意が得られず、起動可能なままお蔵入りとなっていたのだ。それを預かっていたのは光の神だった。


「気が向いたら使ってくれ、と起動可能な状態で渡したのは何十年前でしたか・・・まあ、ともかく闇の神の承認は不要な状態でしたから。構いませんよね?」

「・・・ああ、構わん。」


 渋々、といった様子で闇の神は頷く。


「代行魔法・・・媒体を介して闇の神の分身が地上に直接行使する魔法、じゃったか?神が行使する以上、制御力は圧倒的。地上の何物も抗えぬ、絶対の強制力。まさに無敵と言ったところかの。いくら魔族で神子でも敵うまい。」


 土の神は満足したように微笑む。表向きはどうあれ、土の神もクロを危険視していた。


「しかし分身とは便利だねえ。闇魔法の精神分裂だっけ?いいなあ。俺にも使えないかな?」


 暢気な風の神が尋ねる。闇の神は答えず、代わりに水の神が冷静に返す。


「自属性以外の魔法の行使は不可能だ。第一、あなたの頭では制御できないでしょう?」

「だよねー。でもそうなら、どうやってんのあれ。闇の神がやってるなら、精神しか操れないはずなのに、石も水も炎も操ってるみたいだけど。」

「・・・・・・」


 風の神の質問に闇の神は答えない。他の神も追及の目を向けるが、動く気配はない。皆が口を割らせるのをあきらめた頃、火の神が思い出したように口を開いた。


「おお、そうだ。報告と言えば、俺は神獣を遣わしたぞ。奴とぶつかるのが楽しみだな!」

「イレギュラーの討伐を指示したのか?」

「一応はな。だが、従わない可能性は高いだろう。神獣になっても獣としての生き方を変える様子はなかったからな。しかし、奴が今いる王国内に遣わした。いずれぶつかるだろう。」

「なら、俺も報告しておこう。俺も神獣を遣わした。目標はイレギュラーだ。こいつのと違って、こっちのは従順だ。」


 火の神に続いて雷の神も報告する。


「だが、ウチのは慎重派でな。十分に準備をしてから挑むそうだ。」

「雷の神の神獣なのに、せっかちじゃないんだ?ははは、おもしれえー。」

「私としては、獣でありながらそこまで冷静に準備する知能が素晴らしいと思います。」


 雷の神の報告に、風の神と木の神がそれぞれの反応を見せる。


「これで、3段構え。イレギュラー討伐は問題なさそうですね。」


 光の神の満足げな言葉で解散となった。



 自分の空間に戻った闇の神は、貼り付けていた不満顔をやめ、高笑いをする。


「くくく、ははははは!間抜けな奴らめ!そんなものでワシの傑作が止められるものか!あいつは早くもワシが授けた魔法を本格的に使い始めた。百人斬り、見事、見事。だが、まだ足りぬ。もっと怒りと憎しみを爆発させねば、あの魔法は本領を発揮しない。あれを使いこなす姿を早く見たいものだ。」


 闇の神は研究者だ。自身が開発した魔法同士がぶつかり、競うことを楽しみにしていた。もっとも、世界の反対側に降り立ったクロとマサキが出会うのはまだ当分先の話になる。


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