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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第4章 緑の狸
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146 忘年会①

 12月34日。今年最後の日だ。前世日本なら大晦日に当たる。

 フレアネス王国では年末調整日の祭りは最終日の前日までで、最終日は後片付けと来年への準備の日になる。ここまでは祭で騒ぎ、最後は家族とゆっくり来年を迎えようというわけだ。まあ、来年になれば初日から仕事始めなので、休養日が必要、というのもある。


 フレアネス王都。王城へ続くメインストリートに面した揚げ鳥屋があった。大きな揚げ鳥肉が売りで、豪快に美味い肉が食えると普段から評判の店だ。もちろん、この祭りでも大繁盛だった。

 その祭が終わった最終日の朝。まだ従業員も来ていない時間に、店主はぼんやりと店内を見つめる。


「久々の祭は楽しかったが・・・この光景は憂鬱になるな。まあ、この憂鬱さも懐かしいんだが。」


 およそ10年ぶりの年末祭。店主はもてなす側だったが、それでも十分楽しんだ。全力で大量の鳥肉を揚げまくれば、一つ残らず男たちが、いや、女性も結構いたが、うまい美味いと言って次々食べてくれた。それがうれしくて、店主も店員も必死にたくさん揚げた。

 気づいて見れば店内は荒れ放題。物損こそないが、椅子は倒れ、机は油まみれ。広い店内を店主一人では掃除しきれないので、休養日のはずである最終日にも店員に召集をかけている。

 店主はチラリと時計を見る。始業時間まであと約1時間。真面目な奴はあと数十分もすれば来るだろうが、祭の後だ。遅れてくる可能性も高い。

 斯く言う店主も欠伸混じりだ。この祭りの期間中、夜中まで客の相手をしていて、短い仮眠しかとっていない。


 ・・・掃除が終わったら早く寝よう。


 職場が違う妻や、兵士として軍に所属している息子を思いながらぼんやりしていると、裏口からノックする音がした。


 ・・・意外だな。こんなに早く出勤する奴がいるなんて。


 そう思って店主が裏口を開けるが、そこに見知った店員はいなかった。

 店員なら顔があるであろう位置に視線を向けていた店主は、下の方に気配がして視線を下げる。

 そこには、女の子がいた。赤茶の髪を肩まで伸ばし、赤い綺麗な和服を着ている小さな女の子だ。頭には狐の耳が生えている。歳は9~10才くらいだろうか。そんな綺麗な女の子が、赤茶色の狐の背に座って、店主を見上げていた。


「食べ物、ありませんか?」

「え?あ、ああ。」


 一瞬戸惑ったが、店主は女の子が言っていることを理解した。

 こうして裏口で孤児に食べ物をねだられることは珍しくない。いつも閉店直後に余った食材を狙って孤児たちがやって来ていた。捨てるよりいいか、といくらか分けてやっているから、孤児が来るのも慣れたものだ。

 店主が戸惑ったのは、女の子がとても孤児に見えなかったからだ。孤児と言うのは、いつも食事に困っており、服もぼろきれで済ますことが多い。こんなお嬢様のような服装の孤児など、いるはずがない。


 ・・・詐欺だろうか?いや・・・


 妙な感じがするものの、では詐欺だったとして、何が狙いなのか。店主は少し考えてみたが、ここでこの女の子に残飯を与えたところで、店に被害が及ぶ可能性が思い当たらなかった。仮に「残飯を食わされた」なんて悪評を流されたとしても、多少の批判は無視できるほど店の知名度は高い。問題は見当たらなかった。


「ウチは揚げ鳥屋でね。残ってるのは冷めたチキンしかないんだ。あまりおいしくないかもしれないけど、いいかな?」

「大丈夫。温めて食べるから。」


 女の子はにこりと笑いながら、指先に火を灯して見せた。


「そうかい。じゃあ、これを持っていきな。」


 店主は手近にあった残り物を紙で包んで女の子に渡す。


「ありがとう!」


 女の子は両手で受け取り、すぐに下の狐に渡した。狐は揚げ鳥を咥えて、嬉しそうに尻尾を振る。


「ねえ、おじさん。もっといっぱい、ない?」


 女の子が可愛い仕草で首を傾げながら尋ねる。店主はそれを見て、「ウチも女の子が欲しかったなあ。」などと思いながら答える。


「あるけど、そんなに食べるのかい?」

「家族の分も欲しいの。大家族だから。」


 寄り集まった孤児たちが、自分達を家族と呼ぶこともよくある。店主は、皆が家族と過ごすという年末最終日を、実の家族がいない孤児たちが集まって、残飯を持ち寄ってささやかなパーティを開く様を思い描いた。

 もしかしたら、この女の子は、元はいいとこのお嬢様だったが、何か事情があって孤児となり、この最終日に新しい家族のために残っていた綺麗な服で精いっぱいおめかししてここに食べ物をもらいに来たのでは、などと妄想した。

 そう思うと、何とかしてやりたい気になってきた。「ちょっと待ってな」と店主は言い残して店の奥に入り、残飯だけでなく、日持ちがしなさそうな未調理の肉まで持ち出した。

 それらをまとめて袋に詰めて、女の子に渡す。


「これで派手に祝うといい。」

「わあ!おじさん、ありがとう!」


 女の子の満面の笑みに、店主も嬉しくなる。


「いいってことよ。って、すまん。大きすぎたか?」


 渡してから、店主は女の子に持てないのではと気がついた。

 しかし女の子は平然と両手で抱えている。


「大丈夫!」


 女の子は狐の背から降り、もらった袋を狐の背に乗せた。すると、狐の足元の地面が小さく盛り上がり、細い腕が伸びて来た。

 その土の腕が袋を固定すると、土の腕は地面から離れて狐の胴に巻き付く。


「『アースゴーレム』をこんなに精密に動かせるとは・・・」


 詠唱がなかったことから、女の子の魔法ではなく、この狐、いや、魔獣の魔法だろう。

 なるほど、お嬢様が厳しい孤児の世界でも生きて行けているのは、このペットのおかげか、と店主は勝手に納得した。


「ありがとうございました!」


 そう言って一礼し、女の子は狐を伴って去って行った。

 店主はそれを見送って、店に戻った。


 ・・・アイツらが来たら話してやるか。面白い女の子が残飯全部片づけてくれたってな。


 店主はやがて来る店員たちにする自慢話を夢想しながら、店の片づけを始めた。


ーーーーーーーーーーーー


「ムラサキおじさ~ん!」

「お、戻って来たな。」


 王都の西の門近く、人気がない空き地に、クロ一行が集まっていた。

 アカネは背負ってきた袋を開いて、中身を自慢げにムラサキに見せる。


「ほら、いっぱいもらったよ!」

「おお!上手く交渉したな!」

「えへへ~。」


 照れるアカネに、マシロが本体の狐の方を撫でながら声をかける。


「よくやりました。名前や素性は明かさずにできましたか?」

「はい!養母様かあさま!」

「よろしい。」


 アカネはこの1か月弱で化け狸達と同様のことができるようになっていた。すなわち、『アースゴーレム』で人型を作り、その上に幻覚魔法で人間、この場合は獣人の女の子を被せるように見せる。これでただの魔獣フレイムフォックスが、赤茶色の狐を連れた女の子に見える。

 女の子もただの幻影ではなくゴーレムの芯が入っているから、物を持つこともできるし、触覚や嗅覚まで惑わせれば、人に触れることも可能だ。


 そして、クロ一行が今日ここに何をしに来たかと言えば、残飯回収だ。

 食べ物を無駄にしたくないというクロの意向に沿ったうえで忘年会を開くため、ムラサキとヤマブキが企画したのだ。

 ムラサキとヤマブキは祭の初日に王都に出向き、片付けが最終日にまとめて行われると聞いた。そこで、大量の残飯が出ると予想したのだ。

 捨てられてしまう物なら、貰って食べても無駄にはならない。王都では生ごみを堆肥化しているが、そのまま食べられるなら食べた方がいい。リサイクル(Recycle)よりもリユース(Reuse)だ。

 アカネが、大量のパンが入った袋を担いでいるヤマブキを見て尋ねる。


「ヤマブキさんはどうやってパンをもらって来たの?」

「む?拙者はパン屋に入り、恵んでくださるようお願い申し上げた。」

「・・・どうやって?」


 ヤマブキのやり方が気になったムラサキが尋ねると、ヤマブキは得意顔になり、荷物を下す。


「実演してご覧に入れよう。」


 ヤマブキは少し距離を取り、ドアを開ける仕草をする。そして、


「お願い申し上げる!どうか何も聞かず!拙者に、食べ物を恵んでくださらぬか!?あるもので結構!お願い申し上げる!」


 見事なスライディング土下座を決めた。

 アカネと化け狸達は目を丸くし、ムラサキとマシロは白い目で見ている。

 数秒後、ヤマブキは得意顔で立ち上がった。


「フッ、一発でござった。」

「・・・そうか。」

「へえ、こんな方法もあるんですね。」

「アカネ、これは見習ってはいけません。」

「そうなのですか?わかりました!」


 何はともあれ、ムラサキ、ヤマブキは既にパンや焼き肉を多量に回収しており、スイーパー達は道端に落ちた食べ物を拾って食べて回っている。化け狸達も手際よく残飯をもらって来た。

 マシロはこの集合場所で留守番をしていた。そして、肝心のクロがまだ戻っていない。


「マスターは大丈夫でしょうか。」

「人気のないところにしか行かない、って言ってたから大丈夫だと思うが・・・お、来たぜ。」


 ムラサキはクロが収穫ゼロの可能性もあると思っていたが、クロはしっかりと大荷物を担いで来た。


「悪い。遅くなった。」

「大丈夫ですよ。アカネも先程合流したところです。」


 クロは荷物を一旦下ろして、中身をムラサキに見せる。新鮮とは言い難いが、生野菜が大量に入っていた。どれも日持ちする種類なので、問題ないだろう。


「野菜か。お前らしいな。」

「凄いです、養父様とうさま!こんなにたくさん、どうやって?」


 アカネの質問に、クロは肩を回しながら答える。魔族の体で肩を痛めるようなことはあり得ないのだが、気分の問題だ。


「ああ、店に行くのは、ヒトに囲まれる可能性を考えてやめておいた。」

「賢明ですね。」


 亡霊が見えるクロは、ヒトが多いところに行くと、ヒトに取り憑いた亡霊・怨霊の声を多数聞いてしまい、精神に負荷がかかる。怨霊の声に負けてしまうと、その恨みを晴らすのに協力することになり、その恨みの対象を殺す羽目になってしまう。傍から見れば、唐突に殺人を犯すことになる。間違いなく大問題だ。


「そこで、西門の近くで待ってた。」

「西門?」

「西門の外に堆肥場があるだろ。生ごみを皆そこに運ぶから、そこで張ってた。」

「・・・なんか先が読めたような。」


 クロと最も付き合いが長いムラサキが察したようだ。


「で、まだ食えそうなものを持ってる奴に話しかけて、もらった。」

「なるほど、合理的ですね。」

「流石、養父様です!」


 マシロとアカネは賞賛しているが、ムラサキが待ったをかけた。


「いや、待て。クロ、どんなふうに話しかけた?」

「どんなって・・・普通に、運んでる奴の前に立って、「それをくれ」って言っただけだ。」

「うむ。普通ではござらんか?」

「待て、ヤマブキ。確かに他の奴がやれば普通だが、クロだぞ?」

「ああ、そういうことですか。」


 ここでマシロも理解した。

 相手の立場になって考えよう。一般市民が、生ごみを担いで外の堆肥場に向かっていたら、急に目つきの悪い男に呼び止められる。

 そして目を合わせると強烈な恐怖が込み上げて来る。常人では腰が抜けるか、逃げ出したくなるような恐怖だ。

 しかし男は逃がしてくれない雰囲気を醸し出している。そこで、「荷物を寄こせ」と言ってくる。一般市民に拒否権などない。


「恐喝ですね。」

「え?なんでだよ。」

「では、マスター。相手の反応はどうでしたか?」

「すぐに荷物をくれたけど、皆ダッシュで逃げて行ったな。最後の奴なんか、なぜか財布も置いて行った。追うのも面倒だったから、財布は見回りの兵士に預けた。」

「「はあ~~~。」」

「「「?」」」


 マシロとムラサキは盛大に溜息をつき、クロとアカネ、ヤマブキは首を傾げた。

 クロの口ぶりから、やったのは複数。年末の最終日に朝から複数の恐喝事件発生。しかも有名な<赤鉄>が犯人と来た。法で裁かれることはないが、何らかの騒ぎになる可能性はある。


「帰るぞ!撤収!スイーパー達は勝手に戻って来るだろ。」


 ムラサキの号令で、クロ一行は一斉に帰路についた。まるで逃げるように。


 幸いにも、この恐喝事件は大きな騒ぎにはならなかった。捨てる予定の生ごみを持って行った<赤鉄>の狙いについては、様々な憶測が飛び交ったが。


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