144 暴動の収束
12月31日。この世界の暦は一月が30日だが、年末の12月は調整のために3~5日多い。
昔、異世界人が光魔法『レーザー』を駆使して太陽が回る周期を測量し、暦を決めたそうだ。前世と同じ太陽暦を使用しなかったのは、その測量によって、前世の地球とは周期が数日異なることに気がついたからだろう。
なお、調整日が3~5日と幅がある点については、どうも昔に比べて1年がわずかに長くなっているためらしい。調整日を何日にするかは、カイ連邦の学者が毎年測量して決めているそうだ。今年は12月34日まであるという。
そして、この世界の暦は春から始まる。年末が近づいたことで、クロの家がある山の麓もすっかり春めいて来た。
とはいえ、まだまだ寒い日もある。今日は晴れていながら気温が低い。雪はもう所々にしか残っていないが、外で休憩するのはつらい寒さだ。
そんな日の昼に、クロの家にまたスミレがやって来た。
「こんにちは~。」
やや疲れた様子でスミレがクロの家に近づくと、妙なものを見つけた。
茶色と黒色の塊である。よく見れば緑色も混じっている。
「いらっしゃい。」
塊からクロの声がした。その声と同時に塊が蠢き、スミレは警戒して距離を取る。
塊からいくつもの黒い目が現れ、スミレを見た。同時にクロの顔も出て来る。
塊は、化け狸達だった。一塊になっていた狸達の中に、クロが埋まっていたのだ。
「何してるんですかぁ?」
「いや、いいぞ、これ。真白の毛並みに比べると固いが、このモフモフに包まれる感覚が癖になる。」
狸達は顔を出しつつも塊を維持し、クロはそれにソファーのように座った。
満足そうなクロを見て、スミレは座られている狸達に目を向ける。
「貴方たちはそれでいいんですかぁ?」
「先生には恩があるし。」
「それに肌寒い日は、こうして集まって休むのはよくやるしな。」
「先生、ちょっと重いけどね。」
クロは若い狸達に教えているうちに、先生と呼ばれるようになっていた。教えているのは原子魔法だが、それを口外してはいけないことは狸達ももちろん把握している。対外的には、クロの製錬業を手伝うにあたり、化学や物理を学んでいることにしている。
スミレはそのモフモフソファを少し羨ましく思ったが・・・
・・・獣臭くなりそうですねぇ。
遠慮することにした。
立ったままのスミレに、クロが話しかける。
「で、久しぶりに来たが、今日は何の用だ?定期調査か?」
「それもありますが、まあ、大した用じゃないですぅ。ちょっと出張帰りに寄っただけでぇ。」
「・・・ここ、帰りによるような場所か?」
クロの家は山脈の麓の森の中だ。どこから王都に帰るにしても、通り道にはならない。王都からもかなり離れている。
「私の足なら、そう遠くはないんですよぉ。」
「そうか。・・・あと5分くらいしたら教室を始めるつもりなんだが。」
「あら、お邪魔なら退散しますよぉ。」
「・・・いや、今日は魔法の実技で、俺は見てるだけだから別にいい。」
少し悩んだが、クロは教室を見せることにした。隠してばかりで詮索されるより、あえて見せていい部分を見せることにした。そうすればスミレも教室の内容に深く追求して来ないだろう。
5分後、青空教室を開始。スミレは土魔法で椅子を作って見学している。マシロがお茶を持って来て、スミレが新たに机を作っているのを横目で見ながら、クロは狸達の前に立つ。
「じゃあ、始めるぞ。と言っても、もう基礎はみんな理解できただろうから、後は実践だ。各自、練習。コツとかわからないところがあれば聞きに来るといい。」
「「「はーい!」」」
狸達はそれぞれ金属塊を操作し始める。前からできるようになっていたリーダーたちは、もうかなり速く操作できる。
目を丸くしているスミレの横に、クロが立つ。
「あれ、クロさんの魔法ですよねぇ?」
「・・・この化け狸達には、ヒトが失伝した金属魔法が伝わっていてな。」
「へ?そ、そうなんですかぁ?」
「俺はそれを効率的に使うために必要な知識を与えていたんだ。」
「ははあ、金属を操るには科学を知るべきだと・・・確かに、そうですねぇ。」
失伝した金属魔法と聞いて、スミレも動揺したようだ。クロがスミレの質問に答えているようで答えていないことは誤魔化せたらしい。
クロは嘘はついていない。
金属魔法は確かに化け狸達に伝わっているが、それは頭領だけだ。
また、確かに科学知識は金属魔法を使用する際の助けとなるが、目の前の彼らが使っているのは金属魔法ではない。
スミレがそれに気づく前に、クロは話題を変える。
「で、あんたは出張って、どこに行ってたんだ?」
「あ、そうそう~。前に話した国中で起きた暴動、とりあえず鎮圧しましたぁ。その、鎮圧後の市民の様子を見て回ってたんですよぉ。」
停戦条約に関して国中で暴動が起きたのはおよそ10日前。しかし国王直轄軍が各地で鎮圧に動いた結果、数日で鎮圧できたらしい。
苦戦しなかったのは、暴動を起こしていた市民はほとんどが非戦闘員だったからだ。
暴動に参加した者、すなわち戦争継続を望むのは、戦争に参加していなかったものばかりで、前線で戦った兵士たちは誰一人暴動に参加していなかったそうだ。
戦争継続を望む者曰く、「今まで我々が必死に支えて来たのに、軍の連中は大した利益も得られずに戦いを止めるつもりか。」
非戦闘員たちは、戦時中、前線で戦う者たちのために節制を続け、そのうえで食料や武器の大量生産に従事していた。その苦労が水泡に帰したように感じたのだろう。
対する兵士たちは、「もう戦争はこりごりだ。」と言う。
これもまた至極当然。戦場に出ればいつ死ぬかわからない。今朝仲良く話していた友人が、昼には砲弾で吹き飛ばされたり、機銃でハチの巣にされたりする。そんな最前線を経験すれば、誰しも二度とやりたくないと思うだろう。
結果、説得による鎮圧は不可能。武力をもって各所の暴動を鎮圧した。
そうなれば、気になるのはその後の市民感情。兵士が聞きに行っても素直に話してくれないので、スミレのような諜報部隊が調査したというわけだ。
「いやはや、疲れましたぁ。人手が足りなくってぇ、私一人で3分の1くらい回ったんじゃないでしょうかぁ~。」
スミレはぐったりと上半身を机の上に投げ出す。マシロがさっと紅茶を持ち上げた。
「そりゃあ、大変だったな。」
「でしょう?癒してください~。」
「そんな仲でもねえだろ。」
「・・・そうでしたぁ。」
クロとスミレは情報交換という取引相手。ビジネスライクな関係だ。そうでなければヒト嫌いのクロがこうして話したりはしない。
スミレが愚痴を言い、クロはそこから情報を拾い上げる。それがせいぜいだ。
「まあ、臨時報酬が出ますからぁ、真面目にやりましたよぉ。丁寧に、聞き取り調査。・・・めんどくさくて、自白魔法を使いたくなりましたけどぉ。」
「やめとけ。」
「ですよね~。調査結果としてはぁ、意外と国王への反感は大きくないようですぅ。」
「へえ、意外だな。」
力で押さえつけられた国民は、やがて後にもっと大きな爆発を起こすものだと思っていた。
「獣人族の気風なんですかねえ。力で負けたことには不満はないそうでぇ。」
「非戦闘員でも、か?」
「ええ。言葉で言い負かせなかった自分たちの負け、勝負に負けたら従う。そんな感じでしたぁ。」
「・・・単純でいいな。」
「ですねぇ。」
人間ならこうはいかないだろう。獣の気質が強く残る獣人族ならではの感性と言ったところか。
「とはいえ、ストレスがないわけではなさそうでしたぁ。でも、それももうすぐ解消されるでしょう~。」
「何かあるのか?」
「祭ですよぉ。」
「ああー、なるほど。」
今、町では祭が開かれている。年末の調整日の数日は、祭りをする習慣があるのだ。
ここ10年程は戦時中ということで自粛していた祭りが、今年は行われる。市民のストレス解消にはもってこいだろう。
実際、王都も今日から祭りで、ムラサキとヤマブキは街に出かけている。
「今年は国としても祭を支援するそうでぇ、派手になりそうですよぉ。まあ、物資が不足しているのは変わりありませんから、限度はあるでしょうがぁ。」
「へえ。」
「クロさんは祭、興味ないですぅ?」
「ないな。人混みは苦手だ。」
クロは前世から人混みが苦手だが、今はそれに加えて亡霊の件がある。人が多いところでは、人に取り憑いた亡霊もまた多く、クロの精神衛生上よろしくない。
「あんたは行くんだろ?」
「どうしましょうかねえ~。疲れてますしぃ。」
「意中の相手でも連れて行けばいいんじゃないか。」
「残念~。ブラウンさんは祭の運営に参加しているので、無理ですぅ。」
「ブラウンさん、過労死するんじゃないですか?」
思わずマシロが口を挟む。クロとしても同意せざるを得ない。
スミレもハッとした様子だ。
「確かに!大丈夫でしょうかぁ・・・」
「あんたが無理やりにでも休ませてみたらどうだ?」
「その案、いただきますぅ!こうしちゃいられません!あ、お茶、ごちそうさまでしたぁ~!」
スミレはばっと立ち上がり、一礼だけして去って行った。
見送ったクロとマシロが練習する狸達を見ながら話す。
「机と椅子ぐらい片付けて行けよな。まったく。」
「でも座り心地がよさそうですよ、この椅子。」
「いや、壊しておく。どんなトラップがあるかわからん。」
クロは椅子の根元を蹴って地面から剥がし、納刀したままの「黒嘴」で叩き壊した。固まった土の破片が飛び散るが、至近距離でもマシロは茶器を持ったまま全て躱した。
机も同様に破壊してから、話を続ける。
「しかし、ブラウンさんを狙ってることを隠しませんでしたね。」
「恥じらいすらなかったな。まあ、あいつらしいが。」
「ところで、今気づいたのですが・・・」
「なんだ?」
「獣人族は同種としか子供ができないんですよ。」
「・・・・・・」
スミレは猫系、ブラウンは兎系だ。近縁種ですらない。
「知らね。どうでもいい。」
「ですね。」
結局、スミレの想いが通じるかどうか、その成否には大して興味がない2人だった。




