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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第4章 緑の狸
165/457

142 停戦条約

 12月20日。クロはいつもの製錬業を終えた後、昼のティータイムにダンゾウと話し合っていた。


「講義の方はどうですかい、クロさん。」

「何人かは基礎が終わってる。そいつらはもう実践練習をしているよ。」


 クロはそう言うと、家の前で午後の教室が始まるのを待っている若い化け狸達の一部を指さす。

 そこでは勉強熱心な狸達が、それぞれ金属の塊を浮かせたり飛ばしたりしている。


「おお、あいつらは前の現場でもリーダーやってた奴らですぜ。ここでも活躍できそうで何よりだ。」

「そうなのか。」


 ダンゾウの口調は初めは堅かったが、今はもうだいぶ砕けている。クロが対等の関係を望んだからだ。

 それでもダンゾウはクロを領主として自分より上だと思って付き合っている。


「で、製錬の方はまだ手伝わなくていいんですかい?」

「まだまだ、だ。俺のやり方は結構危険だからな。『移動』を素早く正確にできるようにならないと任せられない。」

「それもそうだ。じゃあ、当面は見学と掃除だけやりますよ。」

「そうしてくれ。掃除だけでもだいぶ助かってるんだ。」


 最近は材料の納入が多く、製錬業は午前中いっぱいかかることが多かった。しかし、化け狸達が手伝ってくれているおかげで、クロが地金を冷ます間にマシロと狸達だけで清掃が終わるようになった。なお、今では排ガス処理の洗浄塔の管理(沈殿の回収や薬剤の補充)はマシロに任せている。


 ティータイムが終わり、そろそろ青空教室開始か、という時間になって来客が来た。


「クロさん~。ちょっといいですかぁ?」


 スミレだ。のんびりとした口調は相変わらずだが、挨拶も無しに話を始めようとしていること、何より以前来た時は初めて見る化け狸に興味津々だったスミレが狸達に見向きもしないことが、深刻な用事であることを示している。


「わかった。だが、ちょっと待て。先に家に入っててくれ。真白、頼む。」

「承知しました。・・・スミレさん、どうぞ。」

「お邪魔しま~す。」


 スミレが家の中に入ったのを確認してから、クロは化け狸達を集める。


「すまんが、午後に用事が入った。今日の教室は休みにする。」

「「ええ!?そんな!」」


 若手達は早く原子魔法が使えるようになりたいのだろう。そんな殺生な、とでも言いたげだ。


「今日は住処で自主練しててくれ。原子魔法が外部に漏らせないのは教えたよな。」

「はい。・・・でも、自主練と言っても、勉強は・・・」


 既に基礎を理解し、クロから術式をもらった者たちは、原子魔法を練習すればいいだろう。しかし、まだ理解が不十分で、基礎の科学を勉強している者たちは、自学自習では進展しにくい。


「それはもうできた奴から教わるといい。あんたら、前もリーダーだったんだろ?」

「はい。私は工務班のリーダーをやってました。」

「俺は炉の2班で。」

「私は事務でしたけど、まあ、リーダーと言えばリーダーだったかも。」

「じゃあ、まだできてない奴らに教えてやってくれ。教えると自分の理解も深まるぞ。」

「「「はい!」」」


 そんなわけで若手達はリーダーが他の者達に教える形で自習を行うことになり、森の奥の住処へと帰って行った。

 クロはそれを見送った後、家に入る。



「待たせたな。急ぎの用事だったか?」

「いえいえ~。急ぎではないですよぉ。まあ、重大事ではありますがぁ。」


 スミレはマシロが淹れた紅茶を啜りながら話す。

 ここにはクロとマシロだけでなく、ムラサキとヤマブキ、そして化け狸達の代表としてダンゾウもいた。

 ダンゾウは幻覚魔法で人間のふりをすることもできたが、ここではそうする意味もないだろうと、狸の姿のままだ。ただし、お茶を飲むために二足歩行形態になっている。

 アカネは家の裏で化け狸の年寄連中から幻覚魔法を習っている。


「単刀直入に言いますとぉ、停戦条約のことはご存知ですかぁ?」

「「は?」」


 スミレの言葉に、クロ達はそろって怪訝な顔。


「やっぱり知りませんでしたかぁ。公表したのは一昨日なんですがねぇ。」

「このところ、忙しくて街に出てなかったからな。」


 聞けば、一昨日12月18日。国王の使者がフレアネス国内の各町・集落に赴き、広場等で発表したそうだ。


「わざわざ知らせに来てくれたのか?」

「それは、まあ、一応。」

「それだけではないようですね。」


 スミレの態度から、マシロがその内心を見抜く。


「ってことは、また国王から依頼か?」

「面倒ごとじゃなきゃいいなあ。」

「今はクロ殿は多忙故、依頼を受けるのは困難では?」

「内容によるさ。で?」


 心配するヤマブキを制して、クロはスミレに話を促す。


「いやぁ、依頼、というほどではないというか・・・まあ、まだ具体的になっていないのですぅ。依頼になるかもしれない、というもので。」

「ふうん。」

「順を追って説明しますねぇ。まず条約の内容から。」


 スミレは事細かに条約の内容を説明したが、かなり細かかったので、クロは主要な部分と自分に関わりそうなところだけ理解した。

 一つ、フレアネス王国とライデン帝国の間での戦闘行為の停止。停戦条約なのだからこれは当然だろう。ただ、あくまで停止であり、再開の可能性が残されていることに注意しなければならない。

 一つ、いずれかの国がもう一方の国に侵攻した場合、即座にこの条約は破棄される。これも当然。

 一つ、両国は互いのために貿易を活発に行う。取引の方法やルールについて細かく指定されているが、意図するところはこれに尽きる。


「つまるところ、戦争を止めて互いに国力回復に勤めようってわけだ。」

「そうですねぇ。帝国の思惑としては、東の戦線に集中したいってところでしょう~。」

「さて、気になる点がいくつかあるが・・・」


 条約についてそれぞれが意見を出し始める。

 まずはムラサキ。


「国力回復って、あの人も物資も無限に沸いてそうな帝国に、回復が必要なのか?」

「視野が狭いぞ、ムラサキ殿。鳥瞰すれば、帝国の兵力も無限でないことはわかる。確かに多いが、減っているのもまた確かなのだ。」

「そうは言ってもよお。」


 ムラサキの言いたいこともわかる。広い視野で戦略的に見れば、確かに帝国の兵力は削れている。だが、最前線で戦う者からすれば、無限としか思えないような兵力なのだ。クロ達のような戦力があれば、面倒な作業で済むが、普通の兵士からすれば絶望するレベルだ。

 そこで今まで黙っていたダンゾウが参加する。


「帝国は確かに疲弊している。」

「ダンゾウ。」


 クロはダンゾウの言葉を止めようとする。スミレにダンゾウが亡命者だとわざわざ情報を与える必要はない。

 しかしダンゾウはクロの制止に対し、首を横に振った。


「いずれは知れること。構いやしません。お嬢さん、我々は帝国の領土から逃れてきました。」

「ほうほう~。」


 スミレの目がギラリと光る。クロはダンゾウがスミレに絞られないか、気が気ではない。


「我らが住んでいた町は鉱山都市でして、帝国の武器・兵器の製造を担っていました。我らが抜け出すとき、そこの鉱山会社が倒産し、採掘がストップしたのを見たんですよ。帝国の金属資源は枯渇寸前です。」

「なるほど~。うん、<草>の皆さんが集めた情報とも合致しますねぇ。」

「ヴォルフさんも言っていました。あと少し粘れば、帝国が音を上げる、と。」


 マシロは先の戦艦防衛戦でヴォルフと話したときのことを思い出しているのだろう。

 そこでクロが次の議題に移す。


「俺が気になってるのはそこだ。帝国は確かに金属資源の枯渇で、東西の両面作戦が厳しくなり、停戦した。筋は通ってそうだが、ヴォルフの爺さんについて考えるとわからなくなる。」

「というとぉ?」

「俺はヴォルフの爺さんは、帝国の秘匿戦力に暗殺されたと考えている。」

「それは、そうですねぇ。」


 クロ達も王国の者達も、今まで必死にヴォルフを捜索した。しかしそれでも見つからない。今ではもうヴォルフは生きていないのではないか、というのが有力説となっていた。王国の中枢も、既に死亡した前提で業務に当たっている。

 ヴォルフを殺しうるのは誰か?そう考えて、動機、実力ともに考えられるのは、帝国の秘匿戦力だ。現在判明しているのは、<雨>、<暗愚>、<鎌鼬>。ただし、<暗愚>はヴォルフが既に仕留めている。

 秘匿戦力の力は未知数。ヴォルフが<暗愚>を倒せたのは、幸運と相性によるものと考えれば、他にヴォルフを倒しうる者がいてもおかしくない。


「しかし、そうすると、帝国はこちらの戦力を大幅に削ったにもかかわらず、停戦したことになる。おかしくないか?ここぞとばかりに攻めて来るのが定石じゃないか?」


 実際、今のフレアネスは、対面こそ保っているものの、内政は混乱している。ヴォルフを倒すような戦力が襲ってきたら、対処できるか怪しい。

 マシロが意見を出す。


「では、ヴォルフさんを倒したのは、帝国以外の者、ということでしょうか?」

「いや、まだどっかで生きてんじゃねえか?」

「ムラサキ、それは楽観的に過ぎます。」

「ありえなくはないであろうな。東の大陸にも猛者はいるでござる。政治的な話は分からんが、倒し得る者、というだけなら他にもいるでござろう。野良の魔獣も含めて。」


 ヤマブキの意見に、一旦、皆考え込む。一体誰が?

 そこでスミレが口を開く。


「ちょっと待ってください~。帝国以外の者がやったと決めるには早いですよぉ。」

「む、しかし、クロ殿の考えにそれほど誤りはないように思えるが・・・」

「逆もあるんじゃないですかぁ?」

「逆?」


 皆の視線がスミレに集まる。


「はいぃ。停戦条約を成功させるために、ヴォルフさんを暗殺した。どうですぅ?」

「ふむ。」

「今回、条約の話を持って行ったのはフレアネスですけどぉ、実は帝国がそうするように仕組んだのかもしれません~。」


 スミレの仮説に、それぞれ意見を述べる。


「確かに、もし今、ヴォルフさんが健在であれば、停戦はしなかったでしょう。」

「そうだな。爺さんはリュウセン運河まで取り返したいと言ってた。」


 条約締結時点での戦線、もとい国境は、モスト川とミタテ平野だ。交渉によりミタテ平野は返還されたが、それでも大貴族の領地一つ分くらい、元の領土より狭くなってしまった。


「ヴォルフさんがいなくなったことで、こちらは停戦を余儀なくされましたぁ。帝国が物資の温存、東への戦力集中を狙っていたのなら、1つの暗殺で帝国の思惑通りになったわけですぅ。」

「ついでに、停戦を持ちかけたのがフレアネスの方だから、対外的に帝国が疲弊していることを悟らせないこともできる、か。」

「はいぃ。」


 反対意見は出ない。事実かどうかはわからずとも、有力説だろう。

 理解したムラサキが喚く。


「じゃあ、敵にまんまと一杯食わされてんじゃねーか!腹立つ!」

「怒りはわからんでもないが、もう仕方ないだろう。落ち着け、相棒。」

「ぬう~。」

「とにかく、停戦が成った以上、この状況でできることをしなきゃならない。で、本題に入るか?」


 クロがスミレに先を促す。スミレはここに条約の説明だけしに来たのではない。本題はその先だ。


「ええ。停戦した以上、今のうちにこちらも国内の問題を片付けるべきですぅ。で、早速問題が起きてますぅ。」

「・・・嫌な予感しかしねえ。」


 クロは条約締結後の国内トラブルと聞いて、既に予想がついて頭を抱える。

 マシロはいまいちピンと来ないのか、スミレに尋ねる。


「戦争が一時的にでもなくなるのは良いことだと思いますが・・・何が問題なのですか?」

「え~と、実はこの条約、事前に国民に知らせていません~。」

「あ。」

「ははあ。」

「んん?」

「サプライズという奴でござるな!」


 ここでマシロとダンゾウは理解。ムラサキは首を傾げ、ヤマブキはズレている。

 そこでクロは先回りして答えを述べる。


「デモ・・・いや、暴動か?」

「そうですぅ。停戦を認めず、何としても元の領地を取り戻すべき、という者たちが、各地で暴れていますぅ。」

「鎮圧は?」

「各領地の貴族の私兵が鎮圧してくれているところはいいのですがぁ・・・一部は領主の貴族も一緒になって国に訴えているところもありましてぇ。」

「そんなのもいるのか・・・」


 領地を任される貴族は、国政にも深く関わっているはずで、今の王国内の混乱具合を知らないわけがない。ヴォルフ不在でガタガタの状態では、戦争継続不能と判断できそうなものだが。


「誇りがどうとか言ってましたけどぉ、ま、結局、脳筋なんですねぇ。獣人族にはよくある性質ではありますがぁ。」

「一領地のトップがそれじゃまずいだろ。」

「クロも大概、脳筋だけどな。」

「ここは野生の国だからいいんだよ。」


 クロとムラサキが漫才じみた話をし始めたのを遮って、マシロが話を進める。


「それで、暴動鎮圧の依頼があるかもしれない、ということですか?」

「いえいえ~。クロさん達はあくまで同盟者。別の国。国内の暴動鎮圧に、他国の手を借りるわけにはいきません~。国内でどうにかなるうちは。」

「まあ、そうだろうな。」

「しかし、早急に手を打たないといけないところがあるんですよぉ。」

「王国軍で鎮圧できないところがある、と?」

「はいぃ。あ、戦力的な意味ではないですよぉ。政治的な意味で、ですぅ。」


 王国軍は停戦によりいくらか手が空く。手すきの軍団が各地を回って暴動を鎮圧する予定らしい。しかし、その1カ所だけは力で止めればいい物ではないそうだ。


「で、どこだ?」

「鉱山都市アルバリーですぅ。」


 クロは聞き覚えがある都市の名前に、顔が引きつった。


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