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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第4章 緑の狸
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141 青空教室

前回から少し時間が経って、日常回です。

 12月19日午後。いつもの午前の製錬業を終えたクロ達は、午後は自由行動だ。

 しかし最近のクロは午後もやるべきことがある。


「このように、水は分子で構成され、水分子は水素原子と酸素原子で構成される。実際、水に強烈な電気を流すと、水素ガスと酸素ガスに変じる。これは水分子が分解されているためだ。」

「先生!加熱して湯気になるのは?あれも分解?」

「いや、あれは気体になっているが水分子のままだ。液体は分子がある程度集まった状態で、気体は分子ごとにバラバラに動いている状態だ。分子は非常に小さいため、液体のように集まっていれば目でも見えるが、気体のようにバラバラになると見えなくなる。」


 クロは家の前の空き地で青空教室を開いていた。黒い石を切っただけの黒板に、自作のチョークで書きなぐる。

 生徒は今月初めに来た化け狸達。特に若い連中が50人以上集まっている。

 クロは彼らを製錬業の戦力とするため、原子魔法を教えていた。これだけの数がいれば、様々な適性を持つ者がいるだろうという期待もある。

 ところが教えてみるとなかなか理解してもらえなかった。考えてみれば当然だ。ここは科学が未発達の世界。技術だけは異世界人が多く伝えているが、その原理である科学の研究はあまり進んでいないのだ。

 そのため、原子・元素の概念もなかった。そして化け狸達はなまじ人間に紛れて生活した期間が長かった分、魔法中心のこの世界の常識を脇に置いて、新たな概念を取り入れるのが難しかった。すんなり飲み込めたムラサキ、マシロ、ヤマブキが異常なのである。

 そこで仕方なくクロが科学を一から教えることになった。老いた連中は新しいことを覚えるのは大変だからと辞退した結果、半数強の若者だけがクロの教えを乞うことになった。


 それからここ半月、クロは毎日午後に科学教室を開いている。

 クロは決して教えるのが上手い方ではない。それでも絵を描いたりしてできるだけわかりやすく伝え、わからない者がいれば個別指導を行っている。

 半月ほど経って、ようやく概念を理解し始めてくれたらしいところまで来ている。


 ・・・もう少しだな。科学を完全に理解できなくても、イメージさえできれば、原子魔法は使える。


 そう思いつつ、頭を悩ませる化け狸達を見ていると、家の裏手からアカネが駆けて来た。


「とー、さ、ま!」


 ぎこちない声が、どこからともなくクロに届く。

 クロは少し驚きつつも、嬉しそうに寄って来たアカネを撫でる。


「おお、茜。もう使えるようになったのか。」

「う、ん!」


 アカネがやっているのは、幻聴魔法『オーディオ・ハルシネイション』の応用だ。つまり、実際に声を発するのではなく、そういう音を聞こえたように認識させるわけだ。これにより、人語を話せないアカネも、言葉を伝えることができる。

 アカネは最近、化け狸達から幻覚魔法を教わっている。年長の化け狸達は、「若い者に教育してもらっているお返しだ」と言って、快く教えてくれている。


「ところで、とうさま、って、俺のことか?」

「うん!」

「・・・俺は父親じゃないんだが。」

「でも、ムラ、サ、キ、お、じ、さん、が、そん、な、感、じ、だ、って。」

「アイツめ・・・」


 するとそこにちょうど採取を終えたムラサキが帰って来た。気づけばもう15時を回っている。

 クロは立ち上がって手を叩き、注目を集める。


「よし、ちょっと休憩だ。15分後に再開な。」

「「「はーい。」」」


 化け狸達は好き好きに散り始める。二足歩行のまま走り出す者、四足歩行に戻って走り回る者、そのまま勉強を続ける者、様々だ。

 それを横目にクロはムラサキを迎える。


「おかえり、ムラサキ。」

「おう、クロ。山菜が大量だぞ。もう春だな。」

「ああ、そうだな。・・・ところで、茜に俺を父呼びさせたのはお前か?」


 それを聞いてムラサキはニヤニヤし始める。


「似たようなもんだろ?お前とマシロでアカネを育ててるんだから。」

「そりゃあそうだが、実の親でもないのに・・・」

「育ての親って奴だよ。」

「む・・・」


 ・・・なるほど、「養父様とうさま」か。それなら間違っていないかもしれない。


 クロはアカネに向き直って尋ねる。


「茜、じゃあ、真白は?」

「かあ、さ、ま!」

「・・・じゃあ、キュウビは?」

「かあ、さん!」


 マシロが「養母様かあさま」で、キュウビが「母さん」。間違ってはいないだろう。


「まあ、それでもいいか。」

「キャン!」


 褒められたと思ったのか、アカネが走り回って喜ぶ。

 そこへムラサキがからかう様に言う。


「じゃあ、これで晴れてお前とマシロは脳筋夫婦で決定だな。」

「は?夫婦ではないだろ。姉弟だ。」

「いや、アカネの父と母なら、夫婦だろ?」

「養父と養母だから、夫婦とは限らん。」


 全くブレずに否定するクロに、ムラサキも折れる。


「はいはい、わかったよ。でも、脳筋の方にはツッコまないのな。」

「脳筋は自覚してるからな。」

「自覚してんのかよ・・・」


 クロとムラサキが漫才のごとく話しているうちに、アカネは家の方に走り出した。


「かあ、さま、に、も、み、せて、くる!」


 余程喋れるようになったのが嬉しいのだろう。すごい勢いで家に入って行った。


「俺らも家に入るか。」

「そうだなあ。お茶飲みたいぜ。」


 そうしてクロとムラサキも家に戻った。



「お疲れ様です、マスター。」

「ああ。あと8分後に授業再開だ。お茶貰えるか?」

「すでに用意してあります。」

「流石だな。ありがとう。」

「当然のことです。」


 マシロは家の中で掃除をしながら、外のクロ達の様子にも意識を向けていたらしい。事前にお茶を用意してくれていた。

 お茶を飲みながら、ムラサキが尋ねる。


「ヤマブキは?戻ってないか?」

「俺は見てないな。」

「私もです。まだ見回り中でしょう。」


 ヤマブキは領地内の見回りを行っている。

 春には領地が大幅に拡大する予定だ。そうなると、暇な時だけ森に入る程度では目が行き届かなくなる。

 特に管理しているわけではないが、獣たちの保護区としている以上、密猟者や生態系を根底から破壊するような危険な魔獣には警戒しなければならない。

 そこで、特に仕事がないヤマブキは、上空から領地を見て回る警備役を担うことになったのだ。

 今のところ、不埒な密猟者には接敵していないが、警備役がいるというだけで安心感が違う。


 結局、ティータイムの間にはヤマブキは戻らず、クロは授業を再開した。



 さらに時間が経って16時半。


「よし、今日は終わり。なかなか理解が進んで来た奴がいるから、明日からは成績優秀な者から順に適性テストだ。それが終われば、術式具を与える。」

「「「おお、ついに!」」」

「何が操れるようになるかは人それぞれだし、普通の魔法より燃費が悪いから、そこまでいいもんじゃない。だが、使い方次第でいろいろできる。少なくとも、金属製錬では間違いなく便利だ。使えるようになったら地金作るの手伝ってくれよ?」

「「「もちろんです!」」」

「じゃあ、解散!また明日。」

「「「はーい。」」」


 化け狸達は、アカネに魔法を教えていた年配の化け狸達と合流し、山側の方に去って行った。

 化け狸達は森の中に穴を掘ったりして家を作っているそうだ。初めは魔獣の縄張りとぶつかったりして危なっかしかったが、今は落ち着いているらしい。


 化け狸達を見送っていると、クロの下にヤマブキが降りて来た。


「ただいま戻りました。」

「おう、遅かったな。」

「はっ。領地内に侵入しようとする狩人を見かけまして。」

「ほう、で?」

「警告したところ、抵抗なく帰って行きました。誤って入りそうになっただけのようで、敵意はありませんでした。」


 ヤマブキも、マシロほどではないが、目を合わせて他者の感情を読み取れる。まずその見立てに間違いはないだろう。


「そうか、ならいい。故意だったらまた何かしらの警告をしてやらなきゃならんところだった。」


 クロは、この領地はクロへの恐怖によって守られていると思っている。

 盗賊団の惨殺、侯爵夫人への報復によって、クロ達とこの領土に対し、フレアネス国民が「触らぬ神に祟りなし」と思ってくれればいい。

 真っ当な方法ではないと思いつつも、クロにはこれしか思いつかなかった。人間を信用できないクロには。


「さ、今日はちょっと飲もうか。ムラサキが取れたての山菜を天ぷらにしてるみたいだからな。」

「てんぷら?」

「食えばわかるさ。そして、アレを食う時は酒がいい。」

「ほほう、それは楽しみにござる!」


 そんな話をしながら、クロとヤマブキは香ばしい匂いがする家に帰って行った。


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