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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第4章 緑の狸
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M09 春の訪れ

 12月15日、イーストランド王国。前線の警備隊から、王都へと伝令がやって来た。雪解けの知らせである。

 もちろん、まだ雪は多く残っており、平時ならまだ雪解けと判断しないだろう。

 しかし今は戦時。ここにおける雪解けとは、「積雪が浅くなり、戦闘可能になる」ことを意味する。

 雪が解け始めたばかりでは、地面が泥だらけで、戦闘するにもひどい環境だ。それでもどの国も機先を制しようと、早い時期から行動に出るのである。

 よって、この伝令が休戦解除、望まざる春の知らせとなる。


 マサキは早朝にその知らせを受け、急いで身支度を整えた。この戦争の主力たる勇者が遅れるわけにはいかない。

 マサキは11月に王女スー・イーストランドとの婚姻を行い、今は王族として王城の奥に住んでいる。

 王城は開戦後に改築され、王族のプライベートスペースは城の中央になっている。無論、暗殺対策だ。開戦直後は帝国の暗殺者によって多くの有力者が葬られた。その教訓を活かしたのである。

 マサキが寝室を出ると、部屋の前でヴェスタが待っていた。戦闘経験の差か、マサキより準備が速かったようだ。

 そして、見るからに不機嫌である。


「お、おはよう。」

「ああ、おはよう。・・・チッ、昨夜はお楽しみでしたねえ?」

「ええと、その、ごめん。」


 マサキが出て来たのは、スーの寝室からだ。つまりは、そういうことである。

 結婚して一月、これは当然、初めてではない。側室として同時にマサキと結婚したヴェスタも、それを知っている。

 ヴェスタが不機嫌なのは、この一月ずっと、毎朝だ。

 理由は単純。マサキはスーと何度もやっているが、ヴェスタとはまだ一度もやっていないからだ。


 別にマサキが差別しているわけではない。むしろ、正室であり王女であるスーと、側室であり他国の一貴族であるヴェスタ、明らかに身分差がある2人をマサキは平等に扱っている。実際、マサキ、スー、ヴェスタの私室は同じ場所にある。側室だから離れに、とかいうことはしていない。

 原因は、スーとヴェスタの立場の違いだ。スーは王女であり、家を守ることと子孫を残すことが重要だ。対してヴェスタは兵士としてイーストランドに派遣されている。しかも、主戦力の一人だ。妊娠して戦闘不能になっては困るわけである。


 したがって、ヴェスタは戦争が終わるまで我慢の日々というわけだ。その我慢を強いられているヴェスタの脇で、マサキとスーがイチャイチャしていれば、不機嫌にもなろうというもの。

 立場の違い故に仕方がないと頭ではわかっていても、感情はそうはいかない。

 ヴェスタも貴族ならば感情を表に出すべきではないのだろうが、ヴェスタは貴族としては意外なほど社交を学んでいない。レイライン家の三女に生まれてから大人になるまで、その魔力を戦闘一筋の祖父に見初められて鍛えられたためである。家族も、社交は長女と次女がやればいいと放っておいた。そのうえで、大人になってからも研究所に入り浸っていたので、性格は貴族とは思えないほど荒っぽい。

 とはいえ、育てた祖父の人柄もあってか、性格は荒っぽくとも、悪い奴ではない。むしろ意外と気配りはできたりする。


「悪いと思ってんなら、さっさと戦争を終わらせるぞ。ほら、出発だ。」

「ああ。」


 いくら不機嫌でも、それをずるずる引きずらない。ヴェスタはそういう性格である。


 ・・・ヴェスタ、本当は不愉快だろうに、僕を気遣って流してくれたのかな。荒っぽいのは苦手だと思ったけど、結構優しいところがあるよな。それがヴェスタのいいところか。


 マサキがそう思って感心しかけたが、続くヴェスタの発言でマサキの感心は軽く吹っ飛ぶ。


「ほら、早くしろ。アタイは早く帝国兵どもを消し炭にしてやりたいんだよ!」


 ・・・やっぱり苦手かも。


 単に憂さ晴らしがしたいだけであった。ヴェスタはそういう性格である。


 マサキがヴェスタに続いて出発しようとしたところで、後ろからスーが声をかける。


「サブロー様、お気をつけて。無事に帰ってきてくださいね。」

「大丈夫だよ。これがあるから。」


 マサキは『光の盾』の触媒である盾のペンダントを少し持ち上げて見せる。

 結婚の折にマサキは自分の名前は本当はサブローのほうで、マサキは苗字なのだと皆に伝えた。しかし、既に「勇者マサキ」で世間に通っているため、訂正はされなかった。マサキも半ば諦めていたし、もうマサキと呼ばれるのも慣れていたため、無理に訂正を求めなかった。そのため、そのままになっている。

 それでもスーは、プライベートの時に限り、こうして名前で呼んでくれる。マサキにはそれが嬉しかった。この世界に来て、勇者という大役を背負わされても、名前で呼ばれた時だけは、その重荷を一時的にでも下ろせている気がした。


 ・・・呼び捨てにしてくれると、尚いいんだけどな。


 そう思いつつも、プライベートスペースから出て、姿勢を正す。ここからは休憩は終わりだ。心の中で、「勇者マサキ」という重荷を担ぎ直す。


「じゃあ、行ってきます。」

「武運をお祈りしております、マサキ様。」


 スーも貴族の顔で見送る。

 マサキが別れを惜しんで数秒、そのまま立ち止まっていると、後ろから襟を掴まれた。


「いつまで待たせんだ、オラア!」


 待ちきれなくなったヴェスタが、マサキをぐいぐいと引っ張り、引きずる。攻撃ではないので、自動防御は発動しない。


「ちょっ、ほんの数秒じゃないか!」

「戦場ではその数秒が命取りなんだぜ!」

「まだ、城の中じゃないか!」


 そんなマサキとヴェスタのやり取りを、スーはくすっと笑って見送った。


ーーーーーーーーーーーー


 12月17日、前線司令部。マサキ、ヴェスタ、シンの3人はヴェスタの「トマホーク」に乗って移動することで、2日で前線に着くことができた。馬車で6日かかる距離である。

 マサキが転生して来た当時は、王都から馬車で3日のところまで攻め込まれていたのだから、だいぶ押し返した。今では、北大陸と東大陸の境界にあるシャンサン山脈までもう少しのところまで来ている。

 この山脈は決して高くないので、魔法使いならば超えるのは難しくない。帝国軍は一部を除いて魔法を使えないので、山越えに苦労しそうだが、物資に困っている様子は見た事がない。マサキの予想ではトンネルを掘って鉄道輸送していると考えている。そのトンネルを抑えれば、山脈からこちらで大いに優位に立てる。当面の狙いはそこだ。

 会議室では、冬の間に集めた情報の整理が行われている。前線に駐屯していた警備隊は、冬で動けないからと漫然と過ごしていたわけではない。

 雪中行軍に適した兵士を少数ながら派遣して、偵察を行っていた。


「すると、ここからここまでには、トンネルはない、と。」


 進行役の将軍が地図に印をつけながら言う。


「ええ。偵察部隊は頑張ってくれましたよ。度々吹雪に襲われながらも、ここと山を何度も往復したんですから。」

「もちろん、評価しよう。ここからは我々の出番だ。残りの部分は武力をもって強行偵察だな。・・・勇者様方、先陣をお任せしても?」

「もちろんです。僕らが先頭を行きましょう。皆さんは退路の確保をお願いします。」

「心得た。」

「なに、昨年のペースなら、1月中にもトンネルを見つけられるでしょう。」


 昨年の大勝が、イーストランド軍に自信を持たせていた。今は物資も、ネオ・ローマンからの援助で十分にある。問題はないかに思われた。


 しかし、ここに凶報が舞い込む。

 会議室の扉が勢いよく開かれ、息を切らした伝令が入って来た。


「で、伝令!」

「何事だ!」


 余程のことがない限り、作戦会議中にノックもなく走り込んでくるわけがない。

 帝国の急襲か、と身構えた皆の前で、察した伝令が息を整えてから答える。


「敵襲ではありません。ですが緊急です。」


 ほう、と息を吐く音が重なる。敵襲でないならば、とりあえずは安心だ。

 しかし、敵襲でもないのに緊急とは?一同が首を傾げる。


「では、何だ?」


 伝令は再度深呼吸をして、一息に報告する。


「西部密偵より報告!フレアネス王国とライデン帝国が停戦条約を結びました!」

「「「な、なにいっ!!?」」」


 その場にいた全員が驚く。あり得ない、と思っていたからだ。

 もちろん、可能性の一つとして考えてはいた。しかし、様々な要素から、非現実的であると切り捨てられていた。


「あの、血の気の多い獣人たちが、停戦!?」

「昨今はフレアネスが優勢だったのだろう!?なぜここで止まる!?」

「最低でもリュウセン運河までは取り返すのかと思っていたが・・・」

「帝国もだ。あの国は魔法の排斥を掲げている以上、他国との和平などあり得ないはずでは?」

「いや、それはわからん。最近、帝国兵の中に魔法を使う秘匿戦力が発見されただろう?魔法排斥に拘らなくなっているのかもしれんぞ。」

「待ってください。それはありません。帝国に放った密偵の報告では、帝国の魔法排斥主義が変わった様子はないそうです。」

「ではますますわからんぞ。なぜ停戦できたのだ!?」


 多くの意見が交わされるが、すべて想像に過ぎない。ここでいくら議論を尽くしても真実はわからないし、状況も好転しない。

 進行役の将軍がパンパンと手を叩いて大きな音を出し、静まらせる。


「落ち着け。確かに理由は気になるが、今、懸念すべきはそこではない。条約の内容は?」

「現在調査中とのことです。秘密裏に会談が開かれたそうで、密偵も気づいたのは公表直前だそうです。」

「では、今頃は公表されているだろうな・・・連絡が来次第、すぐに伝えよ。会議中でも構わん。」

「はっ!失礼します!」


 伝令が立ち去ると、会議が再開される。


「さて、状況は悪くなったが、やるべきことは変わらん。そうだな?勇者殿。」

「はい。抵抗は昨年より激しくなるでしょうが、トンネルを抑えることの重要性は変わりません。」


 帝国は、西部に戦力を割かなくていい分、こちらに総力を向けて来るだろう。単純に考えても昨年の倍の戦力が来ることが予想される。

 それでも、トンネルさえ抑えてしまえば、兵士も物資もこちらには送りにくくなる。その重要性は変わらないどころか、増したほどだ。

 怯む様子がないマサキに、ヴェスタとシンも続く。


「敵が増えたって問題ないぜ。まとめて焼き払ってやる。」

「注意すべきは数よりも質だ。我らの防御を貫く様な新兵器がないとも限らん。情報収集と伝達は密にお願いする。」

「決まりだな。」


 進行役の将軍が2人の言葉に頷き、姿勢を正す。


「では行動開始だ!進軍の準備を急げ!帝国がこちらに戦力を追加する前にトンネルを抑えるのだ!」

「「「はっ!」」」


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