139 亡命者たち
クロは国王からの依頼を突っぱねた。マシロを捨て駒にするような依頼ゆえ、当然の拒否ではあったが、恩あるフレアネスに対し、ただ突っぱねるだけでは悪かろう、と考え、ヴォルフの捜索を再開していた。
目撃情報があった町から南ばかり探していたが、さらに北まで捜索範囲を広げていた。
捜索再開から2日目。12月5日。
平原をうろうろしていたクロとムラサキの下に、ヤマブキが飛んできた。クロに声をかけながら着地する。
「クロ殿。」
「山吹か。見つかったか?」
そう問いはするものの、クロの声に期待はない。義理で捜索を続けているものの、もうこの世にいないのではないか、という考えが強くなった来ていた。
「いや、件の翁は見つかってはおらんが・・・代わりにマシロ殿が妙な連中を見つけましてな。」
「妙な連中?」
「今、マシロ殿がアカネ殿と共にその者たちを家に案内してござる。連中の歩みでは到着は明日になると思われますが、家で待っていてくださらんか?」
クロは首を傾げる。出会っただけの者達を、マシロが簡単に家に案内するだろうか?
「誰だ?知ってる奴か?」
「いえ、そうではないのでござるが・・・何と言いますか、マシロ殿に口止めされていまして。クロ殿にその目で確認してほしい、と。」
「ふむ。」
マシロの意図がわからないが、少なくともマシロが危険はないと判断したのならば信じてもいいだろう。
先のヤマブキとの戦闘で、クロはいくらか仲間への信頼度が上がっていた。以前ならば、用心のために家で待たずにマシロ達に合流しただろう。
「わかった。今日は予定通り日暮れ前まで捜索を続けるが、明日はマシロ達を待って家で待機にしよう。マシロには家で待ってると伝えてくれ。」
「承知いたした。」
翌日。マシロが不在で地味に午前の製錬業が大変だったが、ヤマブキの協力でどうにか午前中に仕事を終えることができた。
冬でも雪をかき分けながら大量の材料を運んで来る埋立場の者達は、モチベーションが高すぎると思う。
今日の午後は外出せずに家で待機。来客のために念入りに雪かきをし、マシロの代わりに家の掃除を行う。捜索に出ないならば休養になるかと思ったが、意外と忙しかった。
家事が一通り済んで、お茶を飲んで一服していた頃、日が傾き始めた頃になって、ようやくマシロ達が到着した。
「お待たせしました。」
「キャウン!」
「おかえり。で、その妙な連中ってのは?」
玄関に来たのはマシロとアカネだけ。他に誰かいるようには見えない。
「多いので、外で待っています。」
「・・・庭先にはいないようだが。」
クロが魔力視で外を見るが、誰もいない。
「夜通し走らせたらばててしまったようで。少し休憩してから来るそうです。」
「お気の毒に・・・」
ムラサキが顔も知らないその連中を心配する。
クロもそう思ったが、それ以上に気になることがあった。
「どこで休んでるんだ?まさか森で?」
「ええ。」
「庭先の空き地でもいいだろう。なんでまた、そんな危ないところで?」
クロの家の周辺の荒れ地は、クロの縄張りと認識され、野生の獣も滅多に近づかなくなった。対して、森の中は獣も魔獣もいる。かなり危険なはずだった。
「彼らもまだ、顔を合わせていないマスターのことを警戒しているようです。私とアカネについても、完全に信用したわけではなさそうですし。彼らの事情と、その処遇をどうするかは、マスター自身で彼らを見極めてください。」
どうもマシロは口で説明するよりも、クロにその目で彼らを見てほしいらしい。
「ちなみに、マシロの所感は?」
「受け入れてもいいと思います。労働力として使えるかと。」
「ふうん。」
あくまでマシロから彼らについて説明する気はないらしい。
しかし、マシロが受け入れてもいいと思っているならば、会う価値はあるだろう、と考えて、クロは外に出て彼らが来るのを待った。
「来ましたね。」
その連中がクロの家の前まで来たのは、マシロ達が到着してから約1時間後。日が沈む少し前、暗くなり始めたときだった。
脇からクロの様子を窺っているマシロに気になりながらも、クロはやって来る集団を見た。
何とも奇妙な連中だった。歩いてくるのは人型のゴーレム。しかし、一般的な『アースゴーレム』と違い、動きが滑らかで、暗がりで見たら人間と間違えそうだ。魔族故に夜目が効くクロにははっきりとゴーレムであることが見えるが。
そしてそのゴーレムの特に奇異な点が、胴体が土なのに、頭だけ生き物であることだ。土人形から狸の頭が生えている。何というか、狸が人型のゴーレムを「着ている」感じだ。
そんな異形でありながら、動きはやはりスムーズで、滑らかにすたすたと歩いてくる。それがざっと100人弱。
さらにおかしいのが先頭の1人。狸が二足歩行で歩いている。飼い犬が芸としてやるようなヨタヨタとした歩き方ではない。しっかり直立している。よく見れば手足の形がヒトに近いようだ。ただし、毛が多く、その配色はクロが前世に見た狸と同じだ。ただし、黒と茶色ではなく、黒と緑だが。
その集団がクロの前まで来た。クロは自然と先頭の狸を見る。目が合った。
するとその狸は驚いた表情になった。顔が狸なのに、微妙にヒトに近い形になっていて、表情がわかりやすい。
そこでクロは自分の目のことを思い出し、少し視線をずらす。クロの恐怖を煽る目を見て、恐がっているのだと思った。
しかしその狸の第一声にはそれほど怯えはなかった。
「儂の姿が見えておるのですか?」
クロはその質問の意味がよくわからず、少し返答に迷った後、見たままを伝える。
「二足歩行の変わった狸がいるな。」
それを聞いて、また狸は驚く。その後ろに控えるゴーレムを着た狸たちも同様だ。
なぜそんなに驚くのか、クロが不思議に思っていると、ムラサキとヤマブキが口を挟んだ。
「何言ってんだ、クロ?どこに狸がいるって?」
「小綺麗な人間の集団ですな。いずこから来られたのか。」
「いや、狸だろ。2本足で立ってるのは珍しいが。・・・で、山吹、どこに人間の集団がいるって?」
意見が合わずに首を傾げたり、クロが不法侵入の人間を探し始めたり、場が混沌とし始めたところで、ようやくマシロが説明した。
「お待ちください、マスター。人間は侵入していません。そして、ムラサキ、ヤマブキ。確かに彼らは人間に見えますが、おそらくマスターが見ている方が正しいでしょう。」
「「「は?」」」
経緯を説明すると、まずマシロはある森の中を捜索していた。すると妙な違和感に気がつく。
どうも何かの集団が近くを移動している気配がする。しかし、視覚、聴覚、嗅覚、魔力感知、いずれをもってしても感じ取れない。それでも違和感を感じたのは、長く野生と戦場で戦ったことで鍛えられた勘によるものだ。
正体不明の物には関わるべきではないが、もしかしたら身を隠しているヴォルフかもしれない。そう思って、気配がする方へ走ってみた。
そして、衝突。何もないはずのところで何かにぶつかった。事前に想定して速度を落としていたため、双方にケガはなかった。
しかし、隠れていた方は見つかったために慌てて姿を現し、攻撃して来た。
戦闘の内容は省略するが、マシロには姿を現して攻撃して来たのは人間に見えたという。しかしやはり違和感を感じ、殺さずに制圧。事情を聞いてみた。
「事情を聞いたところ、帝国からの亡命者とだけ答えてくれました。正体については全く明かしてくれませんでしたが、仮に本当に人間であったとしても重要な情報源と考えて、こちらに護送しました。」
「情報源なら、王都に送るべきだったんじゃないか?」
「マスター、お忘れですか?フレアネスは獣人至上主義です。彼らが人間だったとしても、碌な扱いは受けません。」
「それは知ったことじゃないだろう。」
クロは知らない人間がどこでどうなろうと知ったことではない。クロが気遣うのは人外だけだ。
「薄情な奴め。」
ムラサキがクロを睨むが、クロは知らんぷり。
マシロは気にせず話を続ける。
「しかし、もし私の勘が正しく、彼らが人外だった場合、マスターが気に入るかもしれませんので。それでこちらに連れてきました。」
「良い仕事だ、真白。」
「ありがとうございます。」
そして人外と知るや否や急に態度が変わるクロ。
「で、俺がこいつらの正体を暴けるから、ここに何も言わずに連れて来た、ってわけか。」
「はい。私の感知でも暴けないとなると、幻覚系の強力な闇魔法だと考えました。それならば、抗魔力が高いマスターなら、あるいは、と思いまして。」
そこで、それまで黙って聞いていた狸たちが一斉に跪く。
「領主殿!儂等の幻覚を一目で暴くその抗魔力に感服しました!叶うならば、是非配下にお加えいただきたい!」
クロは少し悩んだ後、答える。
「ここに俺の配下はいない。皆対等だ。・・・亡命して来たんだって?」
「はい。我らは人間に紛れて帝国に住んでいましたが、生業としていた鉱山会社が立ち行かなくなり、さらに人間達に正体が知られそうになったため、逃げてきました。」
「鉱山?」
そこでマシロが口を挟む。
「ああ、ヴォルフさんが言っていました。帝国は今、鉱物資源が枯渇気味だと。・・・本当だったのですね。」
「ええ。今、帝国の鉱山・製錬業は著しく逼迫しています。我らが抜けたことで、より厳しくなるでしょう。おそらくは連鎖的に、我らがいた町以外の鉱山会社も潰れると思われます。」
「ふうん。面白い情報だが、それは後にして、先にお前らの話だ。鉱物資源から見て帝国に先がない、と判断したお前らは亡命した、と。で、人間じゃないから森に身を隠しつつ、ここまで来た。」
「その通りです。付け加えるならば、我らの得意の幻覚魔法で、獣からも身を隠して進みました。」
彼らの幻覚魔法が一級品なのは、マシロさえも騙していたことからうかがえる。
「じゃあ、なぜここへ?人間に化けられるなら、カイ連邦にでも行けばよかったじゃないか。」
「それは難しいのです。人間は余所者に厳しい。町に入るにもいろいろと調べられます。私やベテランの者達はそれも騙す自信がありますが、若い衆では不安があります。」
「前に住んでた町ではどうしたんだ?」
「あれは我らが先祖代々住んでいた山に、人間が町を作ったのです。町ができたときから町の中にいたので、怪しまれませんでした。山に棲み、山の麓に会社を建てて働いていれば、人間の社会に溶け込むことは可能でした。」
「じゃあ、町に入れないで、どうする気だったんだ?」
「・・・前の町のように山が隣接する町でもあれば、山側から侵入して棲みつくのも考えたのですが・・・」
帝国から戦地を通って西大陸に入り、いろんな山に入ってみたが、戦争の前線が近かったり、山丸ごと領主の私有地だったりして、住めなかったらしい。
「我らは人間に紛れて生活していたとはいえ、ずっと化け続けるのも大変です。プライベートでは素でいたい。だから住処となる山は必須なのです。しかし、町が近い山はどこもだめで・・・止む無く、人里離れた山を目指していたのです。」
「それがこの山ってわけか。」
「はい。ここに住まわせていただけないでしょうか?領主様は獣にも優しいと聞いております。」
そこにムラサキがツッコミを入れる。
「違う。獣にしか優しくないんだ。」
「その通りだが、ツッコミは不要だ。・・・別に住む分には良い。」
「おお、ありがとうございます!」
「ただし、山はまだ俺の領地じゃない。山は危険な魔獣も多いそうだし、この森ではどうだ?悪いがこの家の周辺は貸してやれない。」
クロの家の周辺の荒れ地は広いが、100人近くいる狸たちを収容すると、余裕がなくなってしまう。
「もちろん、森には獣や魔獣がいる。そいつらの縄張りと争うことになるが、それでもいいか?」
「構いません。縄張り争いは野生の常です。」
「わかった。まあ、代わりと言っては何だが、俺の領地内にいる限り、狩人は来ないはずだ。もし見かけたら協定違反として俺らが始末する。」
「おお、それだけでも十分有難いです。」
クロの領地は、フレアネスとの協定で狩り禁止となっている。
「最後に、税金代わりにやってもらいたい仕事がある。賃金も出すから、頼めるか?」
クロはダメもとで仕事を頼もうとする。嫌がられるかと思ったが、狸たちはむしろ期待の目を向けて来た。
「どんな仕事で?」
クロは製錬をやっている工房を指さしながら答える。
「アレを見てもらうとわかるが、俺はここで製錬業をやってる。だが、人手不足で大した量生産できていない。手伝ってくれるか?」
「是非とも!」
「「「うおおおおおおお!よっしゃあ!」」」
急に後ろの連中が諸手を挙げて喜び始めた。何事かと思ったが、騒いでいる声を聞けば、その理由がわかった。
「また鉄を弄れるのか!いやっほう!」
「賃金だ!お金だ!また遊べるぞ!」
「俺は、てっきりもう、野生に帰るしかないのかと・・・くう!」
「また、あの美しい地金の輝きが見られるんだな!ふふふ・・・おっと、よだれが。」
どうやら製錬業に愛着があったらしく、また金属を作れるのが嬉しいらしい。また、長く人間に紛れて生活したために、人間の娯楽の楽しさも知ってしまっているようだ。・・・一部、変態的なまでに金属を愛してしまっている声が聴こえたが、スルーする。
一しきり喜び、狸たちが落ち着いたところで、先頭の狸が改めて挨拶をする。
「では、これからよろしくお願いします。儂はこの化け狸の頭領をやっております、23代目ダンゾウと申します。仕事の話は儂に通していただければ、皆に伝えます。」
「ああ、よろしく。」
クロはそう言ってダンゾウと握手した。ダンゾウの手はヒトのように指が細く長くなっているが、掌には小さいが肉球が残っている。それが気持ちよかった。
そこでダンゾウが思い出したように言う。
「そうだ。製錬をやるなら、先代も紹介しねえと。おい、先代を呼んで来てくれ。」
「へい!」
ダンゾウに言われた若手が森へと走る。指示を出し終えたダンゾウは再びクロに向き直る。
「これから先代を紹介します。儂は適性がなくて継げなかったんですが、先祖代々頭領に伝わる金属魔法の使い手です。」
「金属魔法!?」
クロが珍しく声を上げて驚いた。




