137 対立
クロ一行は朝から王都へと出向いた。今日は合同葬儀のため、材料の搬入もなかったので、毎日午前にやっている製錬業もお休みだ。ちょっとした休暇と言えるだろう。もっとも、マシロは葬儀に出席、クロとアカネは国王に呼ばれているため、純粋な休暇はムラサキとヤマブキだけだが。
クロとアカネはいつも通りマシロに乗って、ムラサキはヤマブキに掴まえられて移動した。鳥形態のヤマブキに鷲掴みにされた猫形態のムラサキは、初めは嫌そうだったが、意外と痛くないし、上空から見下ろす景色が気に入ったのか、慣れてからは楽しそうだった。
普段の買い物では手続きが面倒なので城壁を飛び越えるが、今日は堂々と門から入る。国王からの招待なのだから、正当な理由がある分、楽に通れるはずだ。
門に行けば予想通り話が通っており、すんなり通れた。ただし、町中では獣人形態または人間形態でよろしく、とだけ言われた。
町に入ったら早速3手に分かれる。
「じゃあ、葬儀が終わった頃にこの門に集合で。国王との話はそこまで長引かないと思う。」
「長引かせない、の間違いだろ。」
小柄な少年に『変化』して、キャップで紫髪を隠したムラサキがクロの発言にツッコむ。ツッコまれたクロは肩をすくめるだけ。ムラサキには、長話が嫌いなクロがさっさと話を切り上げて帰る様が容易に想像できた。
「葬儀は昼前に終わる予定だそうです。特に問題がなければ、混雑する前に素早く帰還します。」
獣人形態に『変化』済みのマシロが予定を告げる。
最近、自身の毛を『変化』させて白い服を作れるようになったマシロだが、今日は以前のように真っ黒なドレスにしている。綺麗な白髪もまとめて、黒い帽子に隠している。喪に服す時の服装はクロの前世と変わらないようだ。
葬儀が終われば、ヒトがどっと門に押し寄せるだろう。そうなると帰るのが遅くなってしまうし、クロの精神的負担が半端ない。マシロの足なら、人混みが門に到達する前に帰って来れるだろう。
「では、拙者らの買い物も早めに切り上げて、ここで待っているべきでござるな。」
いつも通りの茶色い和服姿のヤマブキ。やや目立つ服装ではあるが、この世界の住民の服装は異世界人から見ればかなり多国籍なので、少し変わった服装というだけではそれほど目立たない。
「じゃあ、解散。イレギュラーが起きたときは各自で判断して家に帰還してくれ。」
町に入ったクロとアカネはすぐに人気がない裏通りに入り、王城を目指す。
王都も裏通りは比較的治安が悪いが、クロがばらまいている殺気のおかげで、絡んでくるものはいない。また、腕の立つ者ほど、<赤鉄>の名を知っており、手を出すわけがなかった。
問題なく王城に着き、衛兵に挨拶して門を通る。
久しぶりの王城だ。懐かしいとまではいかないが、ここに居候したいた頃を思い出しながら、国王の私室を目指す。
今回の要件は、国王としての依頼とはいえ、半ば極秘の依頼。関係者には知らせるが、国民には知らせない。そういう内容の依頼らしい。そのため、わざわざ会議室は取らず、国王の私室で内密に話し合うことになっている。
クロとしても、ヒトが少ない方が話しやすい。異を唱えることはなかった。
やがて国王の私室に辿り着く。この部屋も居候していた時に何度か訪れているため、案内もなく来ることができた。
ここまで来て、国王が英語しか話せなかったことを思い出し、どうしようかと思って足を止めた。しかし、流石に通訳くらい用意しているだろうと希望的観測をしつつ、ノックする。
「ーーー」
「どうぞ。」
国王の声に続いて、年配の女性の声が聞こえた。
・・・どうやら通訳はいるようだな。助かった。
そう思ってクロは扉を開けて部屋に入・・・らなかった。
クロとアカネは国王の私室の入り口で立ち止まり、固まっていた。それを見た国王と傍仕えのメイド達は、しかし訝しむ声も上げない。
声を出せなかったのだ。クロが放つ強烈な殺気で。
クロは普段その目を眠そうに半ば閉じているが、今は大きく見開いていた。表情は笑っているようにも見えるが、それが逆に激しい怒りを表していた。もはや狂気に近い。
突然殺気を向けられた国王も身構える。理由はわからなくても、殺気を向けられれば構える。国王は武器を用いないので、剣を向けたりはしないが、座ったままでも、魔力は発動準備に入っていた。
「ーーーーーー?」
国王が何か話すが、通訳のメイドが固まっているので、クロには伝わらない。しかし、目を合わせていたため、クロには国王が「何故殺気立っているのか」と問うたことがわかった。
しかしクロは答えない。答える気も起きないほど怒っていた。だが、同時にすぐには暴れない程度には理性も残っている。今、爆発しそうな怒りを、必死に理性で抑えているところだ。
アカネも静かに唸っているが、攻撃に移ることはない。アカネも怒っているが、アカネには自分以上にクロが怒っているのが感じ取れていた。そのクロが手を出さない以上、自分も攻撃に移るべきではないと感じていた。
国王の傍に控えるメイドは2人。年配のメイド長と年若いメイド。メイド長は歯を食いしばって踏みとどまり、隣の若いメイドが逃げたそうにしているのを、そっと服を引っ張って堪えるように指示していた。
殺気に充てられた若いメイドは、涙目で震えており、かわいそうなことになっているが、メイド長は今は誰も動くべきではないと判断した。
メイド長にもクロの怒りの原因はわからない。しかしクロの殺気がこの部屋を見た瞬間に生じたことから、クロの怒りは突発的なものだと感じていた。また、すぐに攻撃してこないことからも、その怒りをクロが抑えていることがわかる。しかし、もし少しでも刺激すれば、その抑えが利かなくなるかもしれない。怒りの原因がわからない以上、自分たちが動くことが刺激になる可能性もある。
もしそうなって、クロと国王が戦闘を始めれば、被害はこの部屋に留まらない。国王の力を鑑みれば、城が丸ごと消滅する可能性すらある。メイド長として、城を守るにはここを動くわけにはいかなかった。
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この硬直は実際は数十秒のことだったが、ここにいる者達には数分にも感じられた。
「・・・日を改める。」
どうにか怒りを抑え込んだクロが、それだけ言って足早に去って行った。
殺気から解放されたメイド長はふうっと息を吐き、若いメイドは大急ぎでその場を辞して、吐いた。
戦闘態勢を解いた国王がメイド長に尋ねる。
「なんだったんだ?」
「わかりません。ただ、日を改める、とおっしゃっていました。」
メイド長は何がクロをあれほど怒らせたのだろうと部屋を見渡す。特に変わったものは見受けられなかった。
「日を改める、ねえ。まるで宣戦布告みたいな殺気だったがな。」
「そうかもしれませんが、クロ様は怒りを抑えていました。何かで感情的になってしまいましたが、それを抑えたということは、敵対の意志はないと思われますが・・・」
「それでも殺気を向けるのはほとんど攻撃と同義だぞ。特にアレのは。」
「しかし、今はこちらとしても敵対すべきではないのでしょう?」
「わかってるって。しかし、何であんな怒ったかね・・・」
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城でのトラブルとは裏腹に、葬儀は恙なく行われた。
ハヤトは予想通り救国の英雄として大々的に取り上げられ、弔われた。
戦友がハヤトについて語ったりもしたが、マシロはそれを一部を除いて不快に感じていた。
・・・よくも平然と嘘がつけるものです。ハヤトと私が戦場を駆けるのに誰もついて来れず、共に戦ったことなどないくせに。
ハヤトはマシロ、当時まだ魔獣だったシロに乗り、高速機動で戦場を駆けまわっていた。当然、その速度について来れる者はなく、止む無くハヤトとシロは単独行動となっていた。
故にハヤトにとって本当に助けとなっていたのは後方支援の者たち。特に司令官のアクシーはハヤト達の尖った戦力を活かす作戦を立ててくれた。
そのため、マシロにとって聞きがいがある弔辞は、アクシーのものだけで、他の自称戦友たちの弔辞は聞き流していた。
ともあれ無事に葬儀が終わった。するりと人混みを抜けて門へ向かう途中、疲れ切ったブラウンを見かけた。
ヴォルフの代理として、今回の葬儀を執り行うために尽力していたのだろう。
ヴォルフの行方不明は、まだ国内にも知らせていない。どこから敵国に伝わるかわからないからだ。
そのため、この葬儀が滞りなく進むことはとても重要だった。もし不備があれば、「フレアネス王国は内々の儀式を執り行うのも困難な窮状にある」と周囲に思われてしまう。
国内に知られれば士気にかかわるし、他国に知られれば付け入られる。失敗は許されなかった。
今のブラウンは、無事に葬儀を終え、安堵しているようだった。しかし、また休む間もなく、次の仕事に向かっている。
マシロは労いの言葉でもかけたくなったが、クロとの約束がある。そもそも、自分が労った程度でどれほど効果があるだろうか。
マシロはすぐに門へと向かった。
門前にはムラサキとヤマブキしかいなかった。
「マスター達はどうしたのですか?」
「ああ、あいつらは先に外に出てるよ。」
「どうも何か腹に据えかねることがあった様子。外でアカネ殿と体を動かしております。」
言われて意識を向ければ、確かに門の外に2人の気配。激しくぶつかり合っているのが感じ取れた。
すぐに門を通る手続きを終えて、3人も外に出る。
外ではマシロが感じ取った通り、クロとアカネが激しく取っ組み合っていた。
アカネはほぼ全力。クロは加減しているが、それでも激しい怒りが腹の底にいつも以上に溜まっているのが感じられた。
アカネがクロに炎魔法を浴びせ、腕に噛みつく。クロはどちらも避けずに受ける。腕から血が滴り落ちるが、クロはむしろ気分が良さそうだ。
クロは誰にも向けられない怒りを、自分を傷つけることで発散しているようだった。
「マスター!アカネ!」
マシロが声をかけると、2人は争いをやめる。
「マシロが来たな。・・・茜、少しは発散できたか?」
「クウン・・・」
アカネは頷いたものの、悲しそうだ。
「俺は・・・すまん、ちょっと離れてくれ。」
クロはそう言ってアカネから離れて少し歩き、膝をついて左拳を上げる。
「ふんっ!」
その拳を地面に振り下ろすと、地面は大量の土砂を巻き上げ、直径数mのクレーターが出来上がった。
「ふう、多少はスッとしたか。」
戻って来たクロの左では骨だけ残して血肉がこびりついている状態になっていた。
見かねたマシロが声をかける。
「何があったのですか?」
「・・・依頼の話は日を改めることにした。」
「・・・手切れ、というわけではないのですね。」
クロの怒りの度合いから、フレアネスとの敵対も覚悟し始めていたマシロだったが、クロの言葉を聞いてとりあえずは安心する。
「ああ。感情的にはすぐにでもあの国王をぶん殴ってやりたいが、今後のことを考えれば、敵対するわけにいかんしな。」
「で、何があったんだよ?」
ムラサキも尋ねる。
「思い出すだに腹立たしいが・・・国王の私室の床に、真っ赤な毛皮が敷かれていた。・・・あとは察してくれ。」
「それは・・・」
「まあ、お前ならキレるわな。」
国王の私室に敷かれていたのは、間違いなくキュウビの全身毛皮だった。頭や脚の皮もついていて、全身が把握できるのだから、見間違えるはずもない。
キュウビを助けたくても助けられなかったクロは当然怒り、実の親の亡骸を足蹴にされていたアカネの怒りもまた大きかった。
クロが前世の日本出身で、獣の全身毛皮を敷物にする文化に馴染みがなかったのも一因と言える。理屈では死した獣の体を余さず利用しているのだから、悪いことではないが、キュウビがヒトに踏みつけられている絵面はどうにも許容できるものではなかった。
実は、クロがキュウビに肩入れしていた件は、ヴォルフから国王へ伝えられてはいたものの、クロの心情までは正確に伝わっていなかった。国王は、クロがキュウビに肩入れしたのは政治的、または経済的な理由だと思っており、感情的な問題ではないと思っていた。そのため、キュウビの毛皮を見たクロが怒るとは思っていなかった。メイドたちには当然、クロがキュウビに肩入れしたこと自体、伝えられていない。これもまたヴォルフ不在の弊害だった。
「ともかく、次に国王の使者が来たら、詫びを言わないとな。・・・万が一、今回の俺のせいでフレアネスと敵対することになったら、すまん。」
「いえ。マスターの気持ちはよくわかります。むしろ、一発くらいは殴ってもよかったのでは?」
マシロはキュウビと死闘を演じ、かなりの親近感を抱いていた。その強敵を、戦ってもいない国王が踏みつける様は、想像しただけでも腹が立ったようだ。
「いや、まずいだろ。まあ、そうならないことを祈るしかねえな。」
マシロの過激な発言をムラサキが窘めながら、クロをフォローする。
「仮に戦となっても、拙者がおりますぞ。全力で暴れて見せましょう。」
ヤマブキがポーズを決めて言う。両手に買い物袋を持っているのでなんだか締まらない感じだが。
それを見てクロが少しだけ笑う。
「頼もしいが、できるだけ穏便に行こう。とりあえず今日は帰るとしよう。」
そうして5人は家に帰って行った。




