135 ヴォルフの行方
スミレが訪問してから数日後。またスミレがクロの家を訪問して来た。定期調査にしては間隔が短すぎるし、何より前回とは打って変わって慌てた様子である。
「すみません~。ヴォルフさん見てませんかぁ?」
雰囲気は慌てているのに、のんびり口調は変わらず、しかも息を荒げてもいない。
そんなスミレに、珍しい晴れの日に家の前にテーブルと椅子を出して読書をしていたクロが答える。マシロは今日はアカネと狩りに出かけている。
「前と同じだ。見てないぞ。・・・まさかまだ帰って来ないのか。」
「そうなんですよぉ。しかも明らかに異常事態なんですぅ。」
スミレが言うには。王都にヴォルフの荷物が届いたらしい。しかし本人はまだ帰らない。
さらに運んだ業者が言うには、本人はとっくに雪上船で王都に帰ったというのだ。
フレアネス王国には、南部を除いて雪上船という移動手段がある。帆が付いたそりで風魔法で雪上を走る乗り物だが、素人では雪原の凹凸に対応できないため、運転できる者が少ない。
しかし、少ないが確かに運転できる者はおり、ヴォルフが同乗するなら氷魔法で雪原をならして進める。荷物を雪上馬車(正確には曳いているのは馬ではないが)で運んでいた業者よりも当然速く進めるはずで、とっくに着いていなければおかしい。
「事故か?」
「ヴォルフさんに限って、とは思いますが・・・まあ、念のためそれを考慮して<草>の皆さんが捜索に出ましたぁ。」
ヴォルフの直属情報収集部隊<草>。彼らは皆ヴォルフに恩があり、ヴォルフに鍛えられた優秀で忠実な部下たちだ。彼らが捜索に出ているならば問題ないだろう。ただし、この件がただの事故であれば。
「問題は事故じゃなかった場合か。」
「はいぃ。ヴォルフさんは今まで前線どころか表にもあまり出ず、帝国の密偵に自分が<永久凍土>だとばれないようにして来ましたぁ。しかし、今回の戦いでそれがバレてしまった可能性がありますぅ。そうなると暗殺の危険が出てきますぅ。」
「あの爺さんを暗殺?現実的じゃない気もするが。」
ヴォルフの強さはクロもある程度感じている。マシロから聞いた話も加えれば、単独で20人を超えるネームドを皆殺しにできる猛者が、易々と暗殺されるとは考えにくい。
「でも、絶対ではないですぅ。」
「そりゃあ、そうだが・・・」
「とにかくぅ、捜索にご協力願えませんかぁ?報酬はお出ししますからぁ。」
<草>が動いているとはいえ、彼らは今、内政に関してヴォルフの代役も並行して行っている。捜索に回せる人数はそう多くないだろう。それを補うために、クロ達を頼ろうというわけだ。
「わかった。ただ、報酬は見つけたらでいい。フロウレンスの捜索依頼の借りはこれでチャラだ。」
「わかりましたぁ。・・・では私もすぐに探しに行きますぅ。街やその周辺は我々が捜索するので、クロさん達は森とか山とかお願いしますぅ。」
「ああ。その方が俺達も助かる。」
交渉成立するや否や、スミレは飛び出していった。雷魔法の身体強化と土魔法を併用した移動術は、相変わらずヒトの域を超えた速度を実現していた。
「さて、見つけたのが死体だった、なんてのは御免被るが、やるか。」
クロは読んでいた本と、テーブル、椅子を片付け、仲間たちに声をかけに行った。
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ライデン帝国の帝都中心にある会議室。そこは重苦しい雰囲気に包まれていた。
戦艦オーラムの回収失敗。さらに鉱山都市マインサイトにおける採掘停止。それは他の鉱山にも波及し、もはや国内鉱山はほとんど稼働を停止していた。帝国は今、鉱物資源が枯渇しつつあった。戦時中にもかかわらず、である。
無論、何も対策していないわけではない。夜逃げしたマインサイトの会社。そこの設備はそのまま放置されていたため、すぐに人員を派遣して再開を試みた。
幸いにして書類も残されており、それを基に派遣された者たちが必死に頭をひねった結果、炉の再稼働は成功した。
ところが、いくら探しても探鉱技術に関する書類が見当たらない。流石の技術者たちも何の資料も無しに鉱山を掘ることはできない。ダメもとで掘っては見るが、掘り出されるのはとても採算が合わない低品位鉱石ばかり。
今はやむを得ずくず鉄を集めて操業している。しかし、不純物の除去もうまくいかず、製造されるのは不純物塗れの粗悪品ばかり。すでにその粗悪な鉄で作った銃が暴発事故を起こしていた。
モリス軍師は独り言なのか、ぼそっとこぼす。
「いやあ、リサイクルがこんな難しいものだとはねえ。」
モリスは戦艦の金属部材を解体して持ち帰れば、鋳つぶして再利用できると思っていた。
ところがいざやってみると、そう単純でもなかった。鉄と一口に言っても、用途によって炭素含有量が違ったり、合金にしていたりする。銃の部品を鋳つぶして銃に、船の部材を潰して船に。そうしたリサイクルは可能だったが、この分別がなかなかうまくいかない。
解体後のくず鉄では、素人目にはどれが何の部品かわからず、結局回収されてきた金属はごちゃまぜ。果ては鉄の中に銅や鉛が紛れ込む始末。それをそのまま炉にぶち込んでも、まともな鉄が得られるはずもなかった。
「何を悠長な!あれだけの犠牲を出して、戦艦を奪い返せなかったばかりか、回収した金属も使えないとは!この責任をどう取るつもりだ!」
老練な将軍が軍師を糾弾する。いつもは言い返す軍師だが、今回ばかりは間違いなく自分の失態。正直に謝罪する。
「申し訳ありません。ですが、フレアネスの冬の脅威である<永久凍土>の情報を持ち帰りました。それでご容赦いただけないでしょうか?」
「ふん!そんな程度で・・・」
さらに責めようとする将軍を、皇帝が手を挙げて制する。将軍はぴたりと糾弾を止めた。
「よい。軍師は十分に責任を感じておる。今回は減俸ということで手打ちにしてある。<永久凍土>の情報を持ち帰ったことは大きい。」
皇帝はいつも厳しいが、今回は随分と軍師に甘い処分を下していた。それが周囲の者たちには軍師が贔屓にされているように見えて、苛立たしい。
老練な将軍が気を取り直して進言する。
「では、<永久凍土>暗殺の任を私にお任せください。我が子飼いの部隊は優秀ですぞ。」
ここで<永久凍土>の首級をあげれば、大手柄だ。彼はそれを狙って進言したが、皇帝の返答は予想外だった。
「いらん。」
「は?・・・不要なのですか?」
「奴の実力は報告で聞いておろう。<暗愚>が全戦力を率いても敗れたのだぞ。貴様の子飼いでも無理だ。」
「しかし、暗殺なれば・・・!」
確かにいかな猛者でも油断する瞬間はある。そこを突くのが暗殺だ。不可能とは言い切れない。将軍は食い下がるが、
「いらんと言っておる。」
「・・・!はっ!失礼しました。」
皇帝の一睨みで黙った。
将軍が黙ったのを見て、皇帝は話をまとめるように告げる。
「敗れたのも、鉱山から掘れぬのも致し方ない。早急に今ある金属資源の確保を進め、再利用の方法を検討せよ。それまでは今ある物資で凌げ。外務大臣、話がある。残れ。他は退室せよ。」
「「「はっ!」」」
そうして外務大臣を残して一斉に会議室から人が去る。モリス軍師はその中に紛れ、胃が痛そうな外務大臣を横目に見つつ、昨日見た事を思い出していた。
数日前、<永久凍土>の情報を報告したところ、皇帝がその情報を詳しく聞きたいと言って呼び出された。
「失礼します。」
メイドに案内されて皇帝の私室に入る。皇帝は軍師が提出した報告書を睨んでいた。
傍にはモリス軍師より少し遅れて帰還した<鎌鼬>のカエデ。それともう一人、白髪の男が立っていた。
白髪の男も秘匿戦力らしいが、この男だけは決して前線に出ず、常に帝都にいる。能力どころか二つ名まで秘匿されており、モリスも何度か調べようとしたが、まったく正体がつかめない。皇帝と同様、謎の人物だった。
「ああ、来たか。待ちかねたぞ。」
報告書から顔を上げた皇帝は、早速軍師に報告を求めた。
・・・報告書と同じ内容なんだけどな。
そう思いながら軍師が順を追って説明し、そして報告を終えると、皇帝は満足そうに頷いた。
「うむ。なるほど。やはり直に聞くと違うな。よくわかった。」
・・・何が違うんだか。
そう思ったモリスの耳に、白髪の男がぼそりと呟いたのが聞こえた。
「そりゃ、違うだろうよ。」
その言葉の意味はよくわからなかったが、何か恐ろしいものを感じたモリスは、皇帝の前を辞した後、しばらく『ラプラス・システム』でヴォルフを見ていた。
そして昨日。そのヴォルフが雪上船で王都に帰っていた途中のことだった。
雪上船の前に誰かが立ち塞がった。フードで顔を隠しており、性別もわからなかったが、そいつは突然強大な炎魔法を行使。雪上船を一瞬で焼き尽くした。
船から飛び出したヴォルフとそいつはいくつか言葉を交わした後、戦闘が始まったが、勝負はあっという間に終わった。
ヴォルフが繰り出す無数の氷は全て難なく融かされ、そいつはヴォルフを容易く捕まえた。そして自分ごと巨大な火柱に包み、火が消えた頃には何も残っていなかった。雪上船もヴォルフも、もちろん襲撃者も、そこには何も残らなかった。
すなわち、今日の会議における<永久凍土>の処遇に関する話は、茶番である。すでにヴォルフはこの世にいないのだから。
モリスはあの襲撃者が皇帝の関係者だと直感していた。皇帝と同じ、底の見えない規格外の魔力。何より、その襲撃者は火柱の中で、一瞬、こちらを見たのだ。
偶然かもしれないが、モリスにはそれが『ラプラス・システム』の遠視を知っていて視線を向けたようにしか思えなかった。
・・・もう、『ラプラス・システム』の使用条件である、他者に知られてはいけない、ってものすら信用ならねえ。そのうえ、皇帝、いや、皇帝一派の力は底知れない。今後の身の振り方を考えないといかんな。
モリスにはもう、皇帝がただのライデン帝国の皇帝ではないと直感していた。ヒト非ざる何かが皇帝のふりをしているのか、はたまた皇帝がヒト非ざるものになったのか。いずれにせよ化物だと感じていた。




