015 転生
「その話か・・・」
・・・確かに参戦直前に約束した。シロの正式参加後にと思っていたが、あまり引き延ばすのも悪いか。
「正直、人間を恨む理由は、自分でもよくわからん。」
「は?」
「ただ単に、人間が嫌いで、それ以外の動植物が好きだ。あえて理由をつけるなら、俺はそういう天邪鬼だってことだ。」
これは本当だった。クロは自分でもなんでこんなに人間が嫌いなのかわからない。後付けで理由をつけることはできる。人間関係が面倒くさい、人間は嘘をつくから信用できない、動植物を遊び半分で殺す、等々。でも一番ありそうなのは、クロがもともと天邪鬼な性格で、世界で最も有力な生き物が人間だから、それに反発しているに過ぎない、という理由だ。
「天邪鬼だから、俺は少数派の味方。前世でもこの世界でも人間が幅を利かせている。他の生物なんて人間様に比べりゃ格下だと思ってふんぞり返っている。その鼻っ柱をへし折ってやりたくなるのさ。」
「じゃあ、お前が転生で魔族になったのって・・・」
「俺自身が、大嫌いな人間であることが、前世では何より嫌だった。選べる種族の中で、もっとも人間離れしてたのが魔族だった。それに、食事が基本不要だから、動植物を殺す必要があまりない。最悪、人間喰ってもいいわけだし。」
「おま・・・食ってないよな?」
「・・・血は割と好み。」
戦闘中、被弾した分を回復するべく、隙を見て敵兵の新鮮な死体から血をいただいていた。これがなかなか効率的だった。負傷した部分を回復できるうえ、死体から魔力を奪うこともできた。生物から魔力を奪うのは、よほど魔法制御力に差がないとできないが、ほとんどの帝国兵は制御力が弱いし、死んだら制御力は0だ。死ぬと生物の体内魔力は徐々に飛散して自然に返るが、死んですぐなら、まだ体内に残っている。非常においしい。
「・・・引くわー。」
「なんでだよ。」
「何か問題が?」
シロが首を傾げる。
「いや、こいつ、元人間だぞ?同族食いだぞ?」
「マスターは魔族でしょう?同族ではありません。第一、自然の中では共食いなど珍しくもない。」
「しかしなあ・・・」
「悪いが、次の話をしてもいいか?俺が転生した経緯だったな。」
「あ、ああ。」
ムラサキはまだ納得していないようだったが、ここはスルーさせてもらう。クロ自身、元人間のくせに人間を躊躇いなく食ってるのは変だとは思う。だが、それは人間の常識だし、シロの言う通り、動物は必要とあらば同族でも食う。クロは動物側の常識で生きていた。
「こっちの文明レベルじゃ、ちょっと理解できない話も多いかもしれんが・・・」
クロは、鴉山明文としての最期と転生時の記憶を思い出す。
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鴉山明文は空港にいた。仕事の出張である。会社の経費で遠くに行けると喜ぶ者もいるだろうが、明文はそうではなかった。
遠出は嫌いではない。むしろ旅行は好きだ。だが、それ以上に出張先で他社の人間と話さなければならないプレッシャーの方が大きかった。同僚と話すのはまだいい。仕事をするうえで、同僚と連絡を取り合う重要性は理解している。たとえ人間嫌いでも仕事を円滑に進めるのに必要なら、同僚とくらい話す。見知った相手ならこちらのこともある程度理解してくれている・・・と思う。
しかし、初対面は違う。明文は基本仏頂面で、その理由は重度の人間不信から来る警戒心だ。その警戒心を押し込めて愛想笑いを張り付けなければならない。明文にとっては途轍もないストレスだった。
ついでに言えば、明文にとって、この重度の人間不信も、なぜそうなってしまったのか理解できていない。他人様に同情されるような悲劇など経験していないし、そこそこいい大学に入り、そこそこ給料がいい会社に入った。周囲から見れば順風満帆。人間不信に陥る要素は何一つないように見える。それでも明文は人間を信じられなかった。
それゆえ、友人は少なく、生まれてこの方30年、恋人がいた事も無い。むしろ、欲しいとも思っていない。信用できない者を身近に置くなど、ストレスの原因でしかない。
また、人間不信は自分にもおよび、常に自信がない。何をするにも不安を覚え、落ち着かない。どう見ても杞憂と思えるようなことをいつも心配している。
今現在も、飛行機での移動を不安に思っている。飛行機はトラブルで止まってしまえばお終いだ。電車や船はそうなってもまだ望みがあるので、普段はそっちを使う。しかし今回はスケジュールの都合で飛行機を使わざるを得なかった。
明文はトランクを預ける。これも飛行機を嫌う理由の一つだ。自分の大事な持ち物が、目の届くところから離れると不安に思う。先輩が海外で空港側の手違いで荷物を失った話を聞いた時には、自分もそうならないか心配したものだ。また、武器になりうるものを持ち込めないのも不安だった。もしハイジャックが起きたら、武器なしでは抵抗が難しいと明文は思う。ハイジャックに対して自分で抵抗しようと思うあたりがおかしいのだが、誰も信用できない明文に無抵抗という考えはなかった。
そんな誰もが杞憂と鼻で笑う想像をしながら手荷物預かり所を離れた時、遠くで鳴った轟音を耳が捉えた。1発や2発ではない、連続した音。荷物が崩れたとかそんな音ではないと感じ、空港の入口がある1階を覗き込む。
入口から銃を構えた多数の人間が入ってきて、銃を乱射していた。血を巻き散らして倒れている人が数人いる。テロリストだ、と思った。杞憂が現実になった。
ここは2階。脱出したいが1階は危険だ。2階にある駐車場への連絡通路に向かう。が、通路に入る前に、駐車場側から入ってくる武装した男たちが見えた。慌てて引き返す。
・・・どうする?もう逃げ道がない。少なくとも俺は知らない。
他の人たちはとにかくテロリストから離れようと空港の奥を目指す。それを見た明文は咄嗟にトイレに駆け込んだ。何か勝算があったわけではない。ただ、周りと同じ行動をとりたくなかっただけだ。
トイレに入り、見回す。さっきテロリストが入ってきていた連絡通路は長い。通り抜けるまでに10秒、いや、銃とか重いのを持っているから20秒。トイレに来るまで30秒くらいはある。ここに隠れてやり過ごせるなら御の字だが、まず無理だろう。入って来た奴を倒し、それが他のテロリストに伝わる前に脱出する。さっきの1階での奴らの動きを見る限り、固まって動くのではなく、散開して人を逃がさないように包囲しようとしているように見えた。なら、1人倒して突破すれば、脱出の可能性はある。
短い時間で隠れる場所を考え、大便器を足場に衝立の上に登って息をひそめる。武器になるようなものがないか考えるが、あるわけがない。手荷物検査に引っかかるようなものはトランクに詰めた。再び先程と同じ愚痴を思い浮かべる。
足音が近づいてくる。仕事ではあがり症な明文が、不思議と落ち着いていた。緊張はしているが、体が固まるようなものではない。むしろ、程よい緊張感だった。
男が扉を開けて入ってくる。予想していたよりも無警戒だ。銃のアドバンテージがある分、油断しているのだろうか?明文がいるところは、開いたドアに隠れて見え辛い。しかし、男が顔を上げれば見えてしまう程度だ。明文は見つかったらすぐにドアに飛び込み、ドアごと突き飛ばす覚悟を決めるが、男は前だけ見たままトイレに入って来た。
好機と見た明文は男の頭上から飛び掛かり、後頭部を全力で殴る。突然の攻撃にふらついた男の両脚を掴み、持ち上げて強引に転倒させる。すぐに男の背に乗ってさらに後頭部へ打撃を加える。男は顔面をトイレの床に打ち付け、呻く。そこで明文は男が足に装備しているナイフに気がつくと、それを取り、躊躇いもなく男のうなじに突き立てた。
男の抵抗する力が抜ける。しかしそれでも安心できない明文は、刺したナイフを抜いて、確実にとどめを刺そうとする。が、ナイフが抜けない。思いのほか深々と刺してしまったようで、なかなか抜けない。それに苦戦していると、横からカチャリと音が聞こえた。
音がした、トイレの入り口に顔を向けると、怒りの形相で銃を構える男がいた。失敗した、と思った。
抜けないナイフにいつまでもこだわらず、銃でもいただいてさっさと移動していればよかった。死体の背に乗って床に両膝をついたこの態勢では、とても銃撃から逃げられない。
・・・散開してるんじゃなかったのかよ?援軍速すぎだろ。いや、散開するってのは俺の勝手な予想か。しかし、撃って来ねえな。避けられる?いや、俺の体も動かない。ああ、これが死ぬ前に一気にいろいろ考えるって奴か。生き延びる方法を探すために、だっけ?いやあ、既に銃口がこっち向いて、この至近距離で、この不利な体勢では何もできないだろう。・・・ああ、考えてみれば、普通に奥に逃げればよかったかも。ゲートを通って飛行場に逃げた方がまだ安全だったんじゃないか?もしくは警察とか機動隊とかが来るまでどっかの部屋に立て籠もるとか。いや、それはないか。こんな田舎の空港にすぐに来てくれるわけがない。・・・俺は今からこいつに撃ち殺されるのか。何をそんなに怒ってるんだ?これは正当防衛だろ?いや、向こうには関係ないか。でも、仕掛けてきたのはそっちじゃねえか。
目の前の男が仲間を殺されて怒っているのは理解できる。それでも理不尽を感じずにはいられない。目の前の人間の身勝手さを感じずにはいられなかった。
ふと、熊のニュースを思い出す。山菜取りに入った人が熊に襲われたから、熊を多数駆除したという話だ。熊からしたら、縄張りを防衛したら、過剰戦力で殺されたって感じじゃないだろうか?その熊の気持ちを想像すると、自分の今の状況と被っている気がした。急に人間そのものに対して怒りがこみ上げてくる。
・・・やっぱり人間は身勝手だ。自分達さえよければそれでいいのだろう。世間でいう善人や賢いと言われる人も、ほとんどは人間のことしか考えていない。人間は霊長類とか万物の霊長とか名乗ってふんぞり返り、他の生き物を見下しているんだ。ひっくり返してやりたい。他の生き物たちも、人間と対等の生物なんだと思い知らせたい。こんな人間なんかに殺されたくない。殺してやる。人間なんて。動物たちの気持ちを味合わせてやる。
「人間めっ・・・!」
そう明文が口走ると同時に銃声が鳴り、激痛と同時に体が吹っ飛ぶ。そして、意識が途絶えた。
ーーーーーーーーーーーー
気がつくと真っ白な空間にいた。自分が立っているのか座っているのかわからないほど、意識が朦朧としている。
「気がつきましたか?」
声の方に意識を向けると、白い円卓があり、8人、座っている。一人一人髪の色が異なり、真っ白な空間ではその色がやけに目についた。その中でも、黒いフードを被った男が、目は見えずともにやにや笑っているのがわかり、気になった。
声をかけてきたのは白いまっすぐな髪を腰まで伸ばした女性だ。
「私は光の神。あなたは異世界への転生者に選ばれました。」
「・・・は?」
訳が分からない。が、この空間は異常だし、だんだん意識がはっきりしてきたのに、体の感覚がないことが、まともな状況ではないことはわかった。VRとか作られていたけれど、ここまで人の感覚を操作する技術はまだないだろう。
「なんで?」
「あなたは元の世界で死ぬとき、強い未練を残しましたね?それをこちらの世界で叶えてみませんか?」
「未練?」
・・・俺が最期に思ってたことって・・・え?いいの?人間ぶっ殺して。いや、まずいだろ。流石に。死ぬ寸前は色々考えたけど、冷静になってみれば無茶苦茶だし、光の神とか名乗ってる奴がそんなこと言うわけないだろ。とすると・・・
「なんで俺が?」
「選定基準ですか?こちらの世界に転生後、活動してくれそうな人を選んでいます。まず、元の世界で一定以上の収入があること。能力がない方を転生させても世界に影響を与えられませんから。」
「・・・そうだな。」
「次に犯罪歴がないこと。影響を与えると言っても、悪影響を及ぼしてほしくはありませんから。」
「・・・・・・」
・・・ああ、うん。犯罪歴はないね。あれ、殺したのは死ぬ直前だったからね。
「それと、元の世界に依存しない強い未練があること。この条件がなかなか難しく、魔法で検索して見つけています。これらの条件を満たす人々の中から、ランダムに選んでいます。」
「なるほど。」
・・・つまり、俺がどんな未練を残して死んだかは、見てないのね。・・・うん。知られない方がいいな。転生の主導権を握られている以上、悪印象を持たれることは控えなければ。
「俺が転生してその先で活動することに何の意味が?」
「我々の目的は、魔法の普及です。この世界には魔法が存在します。我々はその魔法を管理しており、人々は我々を信仰することで魔法を使うことができます。我々はできるだけ多くの信仰を得たい。そのために、転生者に固有魔法を与え、魔法の素晴らしさをこの世界の人々に伝えるのです。」
「つまり布教活動をしろと?」
「そうなりますが、そう意識することはないですよ?固有魔法を使いこなし、活躍すれば、自然と布教できます。」
「わざわざ布教しなきゃいけないってことは、魔法ができたのは最近?」
「いいえ。魔法は昔からありましたが、人の心は移ろいやすい物。魔法を否定する人々が増えているのです。人々が魔法を捨て、信仰を捨てれば、我々は世界を管理する力を失うでしょう。この世界の生き物は皆、魔力があることを前提とした体になっています。その管理がなされなくなれば、世界は滅ぶでしょう。」
・・・魔法の普及ねえ。便利なら使うけど、人々に賞賛されるような活躍をする気はない。有名になると窮屈だ。辺境でのんびり自由に暮らしたい。
「では、転生先を選んでいただきましょう。この世界には複数の種族がいます。そのうち、適性がある種族を表示するので選んでください。その体を用意しましょう。」
光の神が手をかざすと、目の前の空中に四角い半透明の板が現れ、種族名が表示される。
・・・人間、獣人、お、獣人はさらに種類を選べるのか。お?
「動物も選べる?」
「可能ですが、やめておいた方がいいでしょう。過去に動物に転生した者もいましたが、体の構造の違いになじめず、どうにかなじめても精神に大きな変調をきたしました。知能も低下します。」
「ふうん。」
・・・知能の低下か。別に俺はありだと思うけど。この無駄に心配性な性格よりはストレスなく生きて行けそう。でも、あわよくば今の意識のまま行きたい。そういえば、もっと身体能力に優れた体なら、撃ち殺される事も無かったかもしれん。できれば強い種に転生したい。人間は却下。ニンゲンキライ。
「迷っているようですね。属性適性を参考にしてみますか?」
「属性適性?」
「我々は1柱ごとに異なる属性を司ります。故に、我々は自分の属性にあなたがどれだけ適性があるか、感じ取れるのです。・・・残念ながら光属性への適性は低いようですね。他はどうでしょう?」
光の神は他の神に目を向ける。まず、赤い髪の男神が手を挙げた。
「火属性の適性がそこそこあるようだ。獣人族なんかおススメだぜ?」
・・・獣人族か。まあ、悪くはない。半分だけでも人間やめられるなら。
次に、緑色の髪の女神が手を挙げた。
「高い木属性適性を感じます。回復魔法が得意になるでしょう。慈悲深い方なのですね。」
・・・え、それは誤解だ。なんだ、神も万能じゃないんだな、やっぱり。
すると、黒いフードの男神が噴き出し、笑いをこらえ始めた。
「ぷっ!くくく・・・」
「どうしました?闇の神?」
「くく、いや、何でもない。」
・・・なんだ、あいつは。
再び種族一覧に目を落とすと、気になる種族名があった。
「まだ決まりませんか?特に希望がなければ元の世界と同じく人間にしますが・・・」
「いや、せっかく選べるんだ。人間以外がいい。この魔族ってのは?」
「え?」
光の神が固まる。しかし、代わりに闇の神が答えた。
「人間から変じた化物だ。姿形は人間でも、もはや人間ではない。魔力に適応した肉体を持ち、身体能力、魔力共にだいたいの他種族を圧倒するポテンシャルを持つ。魔力がある限りいくらでも再生し、傷の修復以外では食事不要、睡眠も最悪なしで活動できる。老いることはないが、代わりに繁殖不可。子孫は残せないが、自分の細胞を与えることで人間を魔族に変じさせて魔族を増やす。」
「な、なぜ候補に魔族があるのですか!?」
光の神を初め、他の神々がうろたえる中、闇の神が淡々と説明を続ける。
「つまりは不老不死に近い。魔力が尽きれば死ぬが、魔力容量が膨大なので、そうそう死ぬことはない。メリットはこんなところか。」
「・・・ですが、奴らは神を信仰しません。独自に魔法を開発し、暴れまわる無法者です。魔族になるべきでは・・・」
「魔族がいい。」
「なっ!?」
即答、即決。
・・・最高じゃないか魔族。強くて、ケガの心配も無し。動物たちを殺さなくても生きて行けて、睡眠欲やら性欲やらに行動を縛られない。おまけに魔法を独自開発?自分で好みの魔法を作れる?最高じゃないか!
光の神はここまで保っていた温和な顔を引きつらせ、闇の神を見る。
「闇の神。まさか彼の適性は・・・」
「ああ、闇属性適性は相当高いぞ。今いる魔族と比較してもなお高い。くくく・・・ワシはこいつを神子にするぞ。」
「ミコ?」
「神子は対象の神から信託を受けられる者のことだ。それ自体に大した特典はないが、まあ、たまにワシからのアドバイスがもらえると思っておけ。依頼をすることもあるだろうが。」
・・・それ、神の使い走りってことか?面倒な。
「どうしても魔族を選びますか?」
光の神が睨みつけてくる。前世ならこんな圧迫面接、冷や汗ものだったが、魔族になれると思うと、妙に自信が湧いてきた。
「ああ。」
「では、相応のペナルティを受けてもらいましょう。魔法の使用を禁止します。」
「え。」
「当然でしょう。魔法を司る我々の意に背き魔族となるならば、我々の協力など得られるはずもない。転生を中止しないだけ有難く思いなさい。」
「むう。」
・・・まあ、正論か。ここで無駄に食い下がって転生中止よりマシだ。魔法が使えなくても高い身体能力があれば、まだ生きていけるかも。むしろ、魔法に魔力を使わない分、タフになれるかもしれん。
あきらめようとしたところで、意外なところから反論が来た。
「それはもったいなくありませんか?せっかく木属性適性があるのに・・・」
「しかし、木の神、魔族ですよ?」
「それは、そうですが・・・」
木の神が反論はしてくれたが、通りそうにない。
「とにかく魔法は禁止します。よろしいですね?」
そこで闇の神が口を挟む。
「ワシの神子が魔法禁止は困るなあ。」
「闇の神・・・」
「そう睨むな。言いたいことはわかる。妥協点を出そう。木の神もああ言っていることだし、生活魔法くらいはいいんじゃないか?」
「・・・・・・」
「それくらいは認めてもらわんと、ワシは合意せんぞ?」
「・・・わかりました。」
どうやら、8柱全員の合意が必要だったようだ。生活魔法のみ可、がどの程度の物かわからないが、全く使えないよりはいいだろう。
「では、肉体を与え、魔族の集落付近に送ります。肉体は元の体をベースにしているので、年齢は変わりません。」
・・・そりゃよかった。赤ん坊から再スタートは勘弁してほしい。
「説明が抜けているぞ?魔族になるのだから、肉体年齢は全盛期にのものになると見ていい。まあ、20歳くらいか?」
闇の神が補足してくれた。
・・・闇の神と木の神だけは味方っぽい?まあ、これからこき使われる可能性を考えると、一概に喜べないが。
「では、地上へおく・・・」
光の神の言葉が不自然に途切れた。何があったのか光の神を見ようとしたが、視点が動かない。
「やれやれ、固有魔法の説明もなしに送り出そうとするとはな。」
闇の神の声がだけが頭に響く。明文は何が起きているか分からず混乱する。
「くく・・・闇魔法は精神を操る魔法。今、お前の思考を加速している。周囲が止まって認識できるほどにな。この感覚は覚えがあろう?」
・・・ああ、死に際のあれか。しかし、こっちは言葉を発してないぞ?
「ワシはお前の考えていることが読めるからな。問題ない。」
読心持ちかよ!じゃあ、さっきから考えてたことや俺の未練の正体も!
「もちろん、全部知っている。いやあ、なかなか面白い材料を見つけた。ああ、教えておこう。固有魔法とはつまり、我々が実験的に作り出した使用者を選ぶ魔法だ。つまり、異世界人を使った試験運用だよ。納得がいったかな?」
・・・俺はモルモットだってのか。
「その通り。お前にもなってもらおう。」
・・・俺は生活魔法以外禁止じゃなかったか?
「抜け道はある。魔族から魔法の仕組みを学べ。お前にも使える魔法が作れるだろう。」
・・・上等だ。作ってやるよ。こいつらの鼻っ柱へし折ってやる。その時の顔が見られないのが残念だがな。
「ワシが代わりに見ておいてやろう。期待しているぞ?」
ーーーーーーーーーーーー
クロは思い出しながら、掻い摘んで説明した。
「そして固有魔法を受け取り、最低限の説明を受けたところで思考加速が解除され、地上に送られた。人間やめたから、人間のときの名前は捨てて、クロと名乗った。それから魔族の研究者の下で雑用しながら技術を盗み、独自魔法を開発。魔王になろうとしてたその研究者を闇の神からの指令で殺し、逃げてきて今に至る。ってところかな。」
シロは無表情のまま静かに聞いていた。ムラサキは表情が騒がしい。今も口を開けて驚いたまま固まってる感じだ。
「仕えていた主を殺したのですか?」
「それについては俺も不本意だ。恩を仇で返すなんてやりたくなかったが、アレの指令じゃ断れなかった。まだアレに逆らうほどの力はない。」
「そうですか・・・」
・・・シロはそこに食いつくか。まあ、そうだよな。幻滅されるかと思ったが、そういう様子はない。よかった。
そこでようやくムラサキが動き出す。
「お前、闇の神子だったのか!?」
「あれ?言ってなかったか。」
「言ってねえよ!やべえな。闇属性適性だけでも嫌われ者なのに、その筆頭かよ。」
「魔族なんだから、今更だろ。」
「そうだが・・・まあ、それはいい。それより、固有魔法持ってたのか?見た事ねえぞ!」
「それについては、ノーコメントだ。」
「なんで!?」
「最後の切り札だからだよ。この情報だけは漏らせない。」
「オレは相棒だろ!?オレにも教えてくれないのか?」
ムラサキが食い下がるが、こればっかりは安易に話せない。
「ムラサキ。戦場で戦えばわかります。使える手札の数が生きるか死ぬかを分けるのです。いくら信頼した仲間でも、明かせないこともあります。もしここで話して、うっかりあなたが他所に漏らせば、それが原因でマスターが死ぬ可能性もあるのですよ?」
「うっ。」
シロが代わりに言ってくれたが、その通りだ。魔族になって、前世でなくしていた自信を取り戻し、人間以外ならとりあえず信じてみようかと思えるくらい人間不信が緩和してきていても、これは譲れない。
「じゃあ、本名は?結局説明中、お前の前世の名前、ぼかしっぱなしだったろ。」
「秘密。」
「なんで!?」
「もしかしたら、対象の本名を知ることが発動条件の強力な魔法とか呪いとかあるかもしれないだろ?」
「心配しすぎだ!」
「なるほど。」
ムラサキとシロが逆の反応を示したところで、今日はお開きとした。明日の朝は早い。交代で見張りを行い、寝ることにした。




