128 黒と黄の戦い③
猛禽、鳶である雷の神獣は、その感知能力を視覚に特化している。故に、認識できる距離は他の追随を許さないが、範囲は前方に限られていた。
それでも背後、上空から迫る剣に気付けたのは、微弱な電流を使った探知を使っていたからだ。
これは雷魔法ではなく、雷の神獣の本来の種族、ブラウンカイトの能力だった。森に住む猛禽は、目が届かぬ場所まで知覚する方法を身に付けていた。
それが神獣化によって強化され、背後から襲い掛かる剣にも十分余裕をもって気づくことができた。
「無駄なことを!『レールガン』!」
神獣は魔力を送り、剣に宿るクロの魔力をはじき出そうとする。
だが、弾かれたのは神獣の魔力だった。
「何!?」
・・・この剣は、闇の神子がずっと持っていた愛剣。特別製というわけか!魔法で制御されているなら、誘導するはず。回避は不可能。だが、そう容易く負けてやるわけにはいかん!
「うおおおおおおおお!」
神獣は気合の声と共に、特大の魔力を送り出す。
剣に宿るクロの魔力を追い出すためではない。その周囲に魔力を展開し、配置する。剣の鍔の両端に大きな魔力塊。そして、剣を挟むように2つのコイルを描いた。
・・・魔力は通せずとも、電流は流れるはず!
神獣は無詠唱で『サンダーボルト』と『マグネティックフォース』を発動。剣に赤熱するほどの電流を流し、周囲に強力な磁界を作る。『レールガン』の術式が行う電磁誘導を、『サンダーボルト』と『マグネティックフォース』を組み合わせて手動で起こそうというのだ。
剣が飛来する方向とは逆向きに電磁力を発生させ、減速させる。結果、大電流と強力な磁界により、減速に成功。だが、それでも剣は止まらない。クロが指定した地点までひたすら移動する術式なのだから、止まるはずもない。
「ぐううう!」
速度を緩めたものの、剣は神獣の背に突き刺さる。そして、腹まで貫いて止まった。
普通なら致命傷だが、雷の神獣は魔族化している。回復に魔力とストックは消費するが、死には至らない。もっとも、鳥ゆえにストックが少ないため、損傷が大きければ治癒できなくなるが。もし減速なしで受けていれば、衝撃波で体は大きく損壊していただろう。
剣が刺さったまま、神獣はどうにかホバリングする。風魔法で強い上昇気流を起こし、大きな翼で受けて、剣の重みが加わった体を持ち上げる。
「がはっ!はあ、はあ、耐えきったぞ。我の勝利だ。とどめを刺させてもらう!『ライトニ・・・なに?」
神獣が剣を必死に受けていた間、クロは変わらず地面に縫い付けられていた。神獣の体感では長い時間だったが、実際には数秒しか経っていないのだから仕方がない。
そこへ神獣がとどめの落雷を落とそうとしたが、そこに居る者に気がついて詠唱を止めた。
ムラサキが、クロの上に座っていた。
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「ムラサキ殿と言ったか。何をしている?これは一騎打ちであるぞ。邪魔だ。」
「邪魔で当然だろ。邪魔してんだから。」
ムラサキは神獣を睨みつける。クロには、ムラサキがわずかに震えているのがわかった。
「何してんだ、ムラサキ。殺されるぞ。」
「わかってるっての!でも、このままじゃお前が死ぬだろ。」
「俺は・・・」
「別にいいって?」
「・・・・・・」
言おうとしたことを、ずばり先に言われた。
クロは、最後の『返し矢』が耐えられたならば、神獣に殺されてもいいと思っていた。
全力を尽くし、そのうえで負けたならば、それでいいと思った。ヒトに殺されるのは我慢ならないが、獣に殺されるのならば、それもいいかと感じていた。
そもそもクロが生きて来た目的は、贖罪である。獣を愛しながら、獣を食って生きて来た罪を贖うため、彼らのために何かしたい。そのためには苦しくても耐えて生きなければならない。そういう意識で生きていた。
故に容易く死ぬわけにはいかない。とはいえ、どれだけ生きれば罪が償われるのかわからない。そこでクロは、獣ためのために尽くしながら全力で生き、その全力を尽くしても死ぬときは、それが運命であり、罪が許された時だろうと思っていた。
だがら、ここで全力を尽くしたうえで死ぬのならば、それが運命と思っていた。
「・・・俺が死んでも、マシロとお前が協力していけば、ここは守れる。アカネもいる。大丈夫だ。」
「馬鹿言え。オレとマシロが仲悪いのは知ってるだろ。お前がいないで、まとまるわけがない。」
「俺より、もっと優秀な奴なんて、いくらでもいる。あの神獣でもいいんじゃないか?」
「いいや、お前じゃなきゃダメだ。」
「・・・俺は復讐に生きるようなろくでなしだぞ。」
「知ってんだよ、そんなことは。だから協力するんだろ。お前が間違ったら、オレが正す。今もそうだ。ここまでやっといて、ほっぽり出して死ぬ気か?」
「・・・だが、俺にはもう、手がない。」
「本当か?全部使ったか?」
「・・・・・・」
必要だと言われて、嬉しくないわけがない。ムラサキたちを置いて死ぬのも嫌だ。ムラサキに発破をかけられて、ようやくクロは運命に抗い、生きる気が湧いて来た。そして、まだ使っていない武器も、思い当たった。
しかし、その武器を使うべきか、迷う。今まで封印していたからには相応の理由があるのだ。
クロが迷っているうちに、神獣は痺れを切らしたようだ。
「話は終わりか?一騎打ちの約定を破ったのはそちらだ。ムラサキ殿。退かぬのなら、諸共に落とすまで。」
「やってみろ!鳥野郎!」
ムラサキが強がっているのがわかる。声は威勢がいいが、震えている。
・・・死ぬのが恐いくせに、強がりやがって。そんなに俺が大事か、この馬鹿!・・・上等だ!
クロは覚悟を決める。
「どけ、ムラサキ!」
「退くかよ!見殺しになんかしねえ!」
「違う!反撃の邪魔だ!」
「っ!わかった!」
「『サンダーボルト』!」
ムラサキが『エアテイル』で高速離脱するのと、神獣の詠唱はほぼ同時だった。地面に縫い付けられたクロに、強大な魔力が降り注ぐ。雷撃の発動まで2秒弱。だが、それで十分だった。
クロは会話の内に右手を自由にしておいた。突き刺さった槍から、肉を千切りながら強引に腕を外して、治癒していた。盾の下で態勢を変え、腰に差していた脇差を抜く。
「断ち切れ、「鳥頸」。」
雷の轟音と閃光に紛れて、一筋の光が走った。
光が走ったのは雷撃の直後。雷撃の前に反撃が来ると思って身構えていた神獣は、回避のタイミングが一瞬ズレた。
クロが切り札を切るのを察し、神獣はどんな攻撃が来ようと回避できるように、タイミングを見て飛んでいた。雷撃発動の直前、反撃が来るであろうタイミングに飛行軌道を変えることで、たとえ反応できない速度の攻撃が来ても回避できるようにしたのだ。
だが、実際に攻撃が来たのは、それより一拍後。強引に首を捻って上空を見ていたクロは、しっかりと回避機動後の神獣に狙いを定めていた。
雷撃が直撃し、一瞬意識が飛ぶも、強引に意識を取り戻し、それを撃った。毎夜の悪夢での幾百という死の体験と、つい先ほどの『呪い人形』の発動の影響で、クロは気絶に対する耐性を得つつあった。
クロの脇差から放たれたそれは、魔力である。しかし、魔法の準備段階のものではなく、ある魔法を発動しながら一直線に突き進むものだった。
それは盾を貫き、クロを覆っていた魔力がすべて電気に変換され、魔力が自由に通れるようになった空間を突き進んだ。クロが雷撃の後にこれを撃ったのは、魔力同士の反発によって、これが神獣の魔力に阻まれる可能性があったからだ。
そうして上空へと進んだ魔力は、その軌跡に光を放ちつつ神獣へと進んだ。光速に近い速度で飛ぶ魔力を躱す術はない。魔力は神獣に直撃し・・・弾かれた。
当然の現象だ。魔力が他者の魔力を押しのけて進むには、術者の魔法出力が被術者の魔法出力あるいは抗魔力を大きく上回らなければならない。基本的に、魔法は他者に直接かけることはできないのだ。クロが『移動』のターゲットを他者にできるのは、移動先をその人物にしているのではなく、その人物がいる地点に設定し、ターゲットが移動するたびに移動先を更新しているに過ぎない。
飛来した魔力が弾かれ、神獣が拍子抜けしたのも束の間。その魔力の軌跡を辿って光が生じた。直後、神獣はバランスを崩した。神獣の体の光を浴びた部分が焼け落ちていた。
「ぐおおっ!?な、なんだ!?これは!」
炎魔法でも光魔法でもないのに突然焼かれた我が身に戸惑う神獣。クロはそれを見ながら立ち上がる。
クロの身体も焼けていた。盾は継ぎ目部分から2つに割れ、刺さっていた槍も融けて脆くなり、外すことができた。雷撃と高温を受けてクロは満身創痍だが、それでも無理やり体を動かす。動かないはずの体を動かすコツを掴み始めていた。
クロの脇差、霊刀「鳥頸」。それは刀身がない刀。鍔から放つ魔力が刃となる。その魔力が起こす現象は、普段クロが金属を作成・強化する際に用いる『結合』の逆。『切断』だ。断ち切るのは原子同士の結合。それをもって、あらゆる物体を切り裂く刃となる。
しかし、原子同士の結合を切るには大きなエネルギーが必要だ。それゆえ、「鳥頸」は復讐魔法が一定以上の効果を発揮し、出力・回復力がこれを用いるのに十分な値になるまでは使わないようにしている。柄頭に付いた宝石がその指標だ。この宝石は魔石の一種で、一定以上の魔法出力を感知すると光る性質がある。
ただし、今は光っていない。クロは、十分な出力も回復力もないまま、強引に使用した。そのため、本来は迸る魔力の刃となるはずの「鳥頸」は、一瞬魔力の塊を飛ばすだけに終わり、それだけしか使っていないにもかかわらず、クロの魔力は尽きかけていた。
だが、その一瞬飛んだ塊だけで効果は十分。その魔力が通った場所のあらゆる原子は結合を切られ、励起状態になった。本来、分子として存在する方が安定な窒素や酸素なども。不安定な1原子だけになったそれらは、安定な分子に戻り、余分なエネルギーを放出する。それが光と高熱を発したのだった。いわゆるプラズマである。
この攻撃は非常に危険だ。何しろ、魔力の刃が通った場所全てが焼き切られてしまう。射程も異常に長く、制御しにくい。魔力の塊に当たれば、今のように軌道が変わってしまい、あらぬ場所を焼く危険もある。できる限り使いたくない武器だ。
体を焼かれた神獣が落ちて来る。だが、神獣は落下する間に治癒を進め、地上30m辺りでどうにか態勢を立て直した。
再度羽ばたき始めた神獣が見たのは、上昇してくるクロの姿だ。
「追撃するつもりだったようだが、遅かったな!『レールガン』!」
地上に散らばった槍を操作し、高速でクロへと飛ばす。クロの魔法による空中移動は速くない。とても高速で飛来する槍を回避できない・・・はずだった。
「合わせろよ、ムラサキ!」
「任せろ、相棒!」
クロの肩にはムラサキがいた。
クロはムラサキを信用している。しかし、クロは基本的に他者を信じきれない性格だ。たとえ仲間であっても。
だから、戦う際には持ち場を決めて役割分担にし、誰かがミスをしてもカバーできるようにしている。
だから、こうして連携して、互いに命を預けるような戦いはしたことがなかった。するつもりもなかった。
だが、今、ここでは、これしかない。何より、ムラサキが身を挺してクロを守ろうとしたことが、クロを吹っ切れさせた。信じてみよう、この命を預けてみようという気になった。
飛来する槍を、宙を蹴ってクロが躱す。蹴ったのはムラサキの『エアテイル』だ。足場を蹴って跳ぶのならば、『移動』魔法で体を浮かせるよりずっと速く動ける。
跳んだ先でクロが足を出すと、ムラサキがそれに合わせて足場を作る。跳ぶ。跳ぶ。跳ぶ。そうして槍を躱しつつ、神獣に近づいていく。
神獣は驚いていた。その連携はもとより、回避行動の際に見えたクロの背中に驚いていた。
クロの背中は焼け爛れたままだった。つまり、再生していない。ストックが尽きたのではない。魔力が底をつきかけているのだ。
クロはもう魔法を使う余力はないだろう。残された手段は肉弾攻撃のみ。そんな状態で、なおも向かってくる。
「素晴らしい・・・!なれば、我も全力で応えよう!『サンダーボルト』!」
『レールガン』と『サンダーボルト』の同時行使。魔力が豊富な神獣も、これは消耗が激しい。いよいよ最終局面だ。
雷撃と槍が四方八方から飛び、恐ろしい密度の弾幕になる。
「やべっ。」
「びびってんじゃねーぞ、クロ!手も使え!」
「おう!」
クロは跳ぶだけでなく、手も使って中空を押して態勢を変えたり、空気を掴んで体を引き上げたりして器用に躱していく。時折、クロが見逃した攻撃をムラサキが『エアテイル』で引っ張って回避させる。
神獣の魔力が尽きるのが先か、クロの体力が尽きるのが先か。それともクロが神獣のもとに辿り着き、とどめを刺すのか。神子と神獣の戦いは最終ラウンドに入っていた。




