127 黒と黄の戦い②
焦げた臭いがする。全身に痛みと痺れがある。
クロは地面に倒れ伏していた。だが、それほど大きなダメージではない。
神獣の魔力に囲まれ、雷撃を躱しきれないと悟ったクロは、その場に伏せた。
雷魔法『サンダーボルト』で発生する電流は、その威力が高いほど正確に制御され、指定位置だけを流れる。故に、地面付近ならばダメージを最低限に抑えられると踏んだのだ。
結果としては半ば成功。確かに雷撃は大半が魔力塊の間だけを流れ、逸れてクロの方に漏れたのはごく一部。それもクロが背負っていた鉄製の盾を流れ、クロの体にはほとんど流れなかった。
だがそれでも、大電流が流れて加熱された盾はクロの背中を焼き、僅かな電流とはいえ、その身に電気を流されたクロは痺れて動けなかった。
・・・まずい。次が来る!動け、動け!
必死にクロは体を動かす。辛うじて動きはするが、鈍い。これでは次の攻撃を回避できない。
そうこうしているうちに、追撃の詠唱が聞こえて来た。
「『ライトニング』」
雷魔法『ライトニング』。単純に落雷を発生させる魔法だ。上空に雷雲があるときにしか使えないため、条件が厳しいが、それさえあれば少ない魔力で高い威力が望める魔法だ。
上空にはいつの間にか雷雲が集まっていた。神獣が風魔法で雲を集めていたのだろう。
神獣の詠唱と共に魔力が飛んできたのを感じる。身動きが取れないクロに確実にとどめを刺すため、範囲を絞り、威力を高めている。
喰らえば大ダメージは免れない。クロは魔族なので即死はしないが、後は死ぬまで反撃も許さぬ雷撃の嵐が来るのは想像に難くない。
だが、クロは焦っていた心を急に落ち着けて対処を始める。何故冷静になれたのか。それは、これが想定通りの状況だからだ。
・・・待ってたぞ、その魔法を!『サンダーボルト』で来られたら無理だった!
クロは魔法で「黒嘴」を動かす。刃を上に向けて垂直に地面に突き立てた。同時に自分の体も操作し、「黒嘴」から離れる。細かい動きはできないが、移動するだけならこれで可能だ。魔法で体を引きずって、強引に移動する。
直後、閃光。ほぼ同時に轟音。特大の雷が落ちた。落ちた先は、避雷針となった「黒嘴」。十分離れていたため、側撃雷も回避できた。
自然の落雷を誘発する『ライトニング』だからできたことだ。軌道を完全に制御された『サンダーボルト』だったならばこうはいかなかっただろう。
「ほう、その状態から回避するとは。」
神獣の感嘆の声が聞こえるが、答える暇はない。次の攻撃が来る前に、反撃に出なければならない。
クロにとって、さっきまでは回避に専念しなければ避けられない状況だったが、今、この瞬間だけは事前に想定した状況だ。避雷針を利用して『ライトニング』を躱す。反撃に移る余裕が、僅かだがあった。
痺れる身体に鞭を打って起き上がる。魔法によるものではない。完全に気合だった。ここで動かねば死ぬ。その覚悟で、強引に動かした。
盾を背中から降ろし、魔法で浮かせて、乗る。そのまま上昇。上空にいる神獣に攻撃するには、接近する他ない。
だが、この移動方法は、走るよりも遅い。とても次の攻撃が来るまでの数秒で、100m上空にいる神獣の元まで辿り着けるわけがなかった。
「ようやく反撃か?だが、遅すぎる。『サンダーボルト』!」
クロの行く手を遮るように、再び魔力塊が数十個、配置される。虫を捕らえる網のように雷撃を発生させるつもりなのが見て取れた。とても突破できるものではない。
だが、クロはニヤリと笑う。
「いや、ここで十分だよ。」
自身の上昇と同時に引き寄せていた「黒嘴」を手に取る。雷の電気がまだ残っており、痛みと痺れを感じるが、気合でねじ伏せる。
足場となる盾の上昇速度を保ったまま、その場で大きく振りかぶり、「黒嘴」を投擲する。
「『黒嘴・・・雉貫』!」
盾の上昇速度、クロの腕力による投擲、魔法による加速が加わり、「黒嘴」は神獣までの残り約80mの距離を一瞬で走破する。
「ぬう!」
突然のクロの攻撃に神獣は驚くが、反射的に飛行軌道を変えて「黒嘴」を躱した。しかし音速を超えた「黒嘴」の衝撃波を受け、体勢を崩す。
クロの前方に展開されていた雷の網は、それで一瞬発動が遅れた。ダメージを受けてなお、魔法を解除せず、発動が遅れるに留めた神獣の集中力は目を見張るものがあるが、その一瞬でクロは十分回避できた。
投擲の直後にクロは盾を減速。さらに盾を蹴って飛び降り、落下することで雷の網から離れた。
・・・この好機は逃さん!次の仕込みを使う!
クロは数十mの高さから飛び降りつつ、空中で態勢を整え、足から着地。普通の体なら死ぬところだが、強化チタン骨格はびくともしない。ただ、内臓には結構ダメージがあった。
だが、そんなことはお構いなしに、クロは着地と同時に詠唱する。
「『選定採取』」
その詠唱と共にクロの足元から地面に魔力が広がり、地中から何十本もの槍が飛び出した。
『選定採取』はクロが自ら携帯用魔導書に術式を書いて作った魔法で、地面にある指定の金属を指定の高さまで上昇させる魔法だ。ゴミの山から特定の素材の物をピックアップして集める時に便利な魔法だが、戦闘においても使い道がある。
飛び出した槍はどんどん上昇し、神獣が飛ぶ高さまで到達した。衝撃波で崩れた態勢を立て直した神獣の周りに、槍が囲むように漂う。
「む!これは・・・」
「お返しだ。こっちだってちゃんと準備してたのさ。・・・降参するなら今の内だぞ。」
クロが合図をすれば。神獣を囲む何十本もの槍が一斉に襲い掛かるのは目に見えている。しかもクロの槍は神獣の雷撃と違って、完全誘導だ。外れることはない。
だが神獣は臆した様子もなく返す。
「情けをかけるつもりか?侮辱でしかないぞ、それは。」
「・・・・・・」
「貴殿がやらぬなら、我がやるまで!『サンダーボルト』!」
「仕方ない。『圧殺』」
再びクロの周囲に魔力が配置されるが、それよりもクロの槍が神獣に届く方が早い。ただ乱雑に浮いていた槍は、一斉に神獣の方を向き、高速で襲い掛かった。
クロとしては、人外である神獣を殺したくはない。できればキュウビのように和解したかった。だが、向こうが断固として殺しに来るのならば、クロとて加減する余裕はない。
『圧殺』の発動直後、クロは盾を引き寄せて、先と同じように地面に伏せて雷撃をやり過ごす。またダメージを受けるが、深刻なほどではない。
体の痺れが取れるまでの間、クロは倒した神獣について考える。
・・・仲間に欲しいくらいの有能さだったが、止むを得ないか。
そう考えた直後、違和感に気がつく。
槍に与えていた魔力が、感じられない。なぜ感じられないのか、わからない。
その思考の空白をつくように、地面に伏していたクロの背中に何かが突き刺さった。
「ぐうっ!?」
想定外のダメージに呻き声が漏れる。何があったのか把握する間もなく、2本、3本とクロの手足に何かが刺さる。
同時にクロは限られた視界の中で、地面に突き立てられたそれを見て、何が刺さったのか理解した。
槍だ。クロが神獣めがけて飛ばした槍が、すべてクロに返って来ていた。しかも、クロの盾を貫くほどの速度で。
地面に盾ごと縫い付けられて動けないクロに、声が降って来る。
「勝ったと思ったな。たわけが!」
神獣の声だ。ダメージを負った様子はない。
「どうやって・・・」
「槍を奪ったか?単純だ。貴殿の魔力を弾き飛ばして、我が魔法で槍を操った。」
「何・・・?」
「自分が操作する物体の主導権を奪われるのは初めてか?」
図星だった。クロは今まで、自分以外に金属を操るものと対峙したことがない。故に、理屈では魔法出力に差があれば操作する物体の主導権が奪われることがあるとはわかっていても、実感したことがなかった。
また、金属を操作するものでなくても、クロが操作する物体に強力な魔法攻撃を浴びせれば、クロの魔力を剥がすことが可能だが、クロはその体験もなかった。それは、復讐魔法でクロの魔法出力が強化されているため、クロの魔法出力を上回る者が稀だったためだ。
だが、この雷の神獣は、クロの魔法出力を上回った。それ故に、クロが槍に与えていた魔力が電撃で弾き飛ばされ、さらに主導権を奪われた。
とはいえ、槍が神獣に襲い掛かる一瞬のうちにクロの魔力を引きはがすには、かなり出力に差がなければならない。いくらなんでもそこまで差があるとは思えなかった。
「なぜ、あの一瞬で奪い取れた?」
「ふん、自覚がないか。教えてやろう。貴殿の強化魔法、今、どの程度発動している?」
「・・・・・・」
神獣が言う強化魔法は、復讐魔法のことだろう。言われて気がついた。ほとんど発動していない。常時発動の『ヴェンデッタ』が、普段の戦闘時よりもずっと効果が弱まっている。
「貴殿の魔法制御力が激しく変動しているのは、観察していればわかった。その法則性も、見ていれば察することができた。貴殿はヒトに対しては強いが、獣には弱い。また、ヒトに対するときも、相手によって差がある。貴殿は、恩義ある者に対しては、本気を出すことができない。」
「・・・そうだな。」
事実だ。クロの復讐魔法は、クロの怒りに比例して効果が変動する。クロはいかにヒトが憎いとはいえ、恩義ある者に対しては甘くなる。
「よって、貴殿は恩義ある獣に対して最も弱くなる。それ故に貴殿の仲間を助け、こうして正面から正々堂々と仕掛けた。」
「!」
「貴殿に勝ち目はなかったのだ。強化魔法は貴殿が我を憎まねば本領を発揮できん。鍛えた怪力も、接近しなければそれまで。金属操作も、我が神より与えられし金属操作魔法『レールガン』を上回ることはない。」
「・・・・・・」
クロの手の内はすべて見切られていた。こうして言われて見れば、クロができることは少ない。
復讐魔法がなければ、クロの能力は平均的な魔族と同程度しかない。あとは鍛えた体と金属操作のみ。それさえ封じられれば、手も足も出ない。
「終わりだ。言い残すことはあるか?」
「・・・じゃあ、最後に。」
「なんだ?」
「『返し矢』」
「なっ!?」
飛行する神獣の上空から、「黒嘴」が襲い掛かった。




