125 観戦神の雑談
闇の神=解説者。実況はいません。
神域の闇の神の部屋。いつも通り闇の神がクロの戦いを観戦していた。今日はこたつにみかんのスタイルだ。クロの戦いを映すテレビから一切視線を外さずに、みかんの皮をむいている。
今日の来客は雷の神。こたつには入らず、傍の座布団の上に胡坐をかいている。リズムを刻むようにトントンとこたつ机の上を指で叩いている。彼の癖のようだ。
「意外にあっさり決着がついたな。」
「結果はそうだが、ギリギリだったと思うぞ。」
「そのこころは?」
「クロの『呪い人形』本来のプログラムだけなら、<毒薔薇>の攻撃を回避しきれなかっただろう。別人格が発現したからこその勝利だ。」
クロがプログラムしていた内容はもっと単純で、しかも不完全なものだった。飛来物を避けたり、近づいた敵に腕を不格好に振り回す程度しかできなかった。そんな程度ではフロウレンスの『エアハンド』に対応しきれなかっただろう。
「ふむ。しかし、脳を破壊されながら動いた別人格とはいったい何だったのだ?」
「肉体を持たぬ我らが言うセリフか?魔力さえあれば、脳がなくとも魂は思考できる。もっとも、クロの別人格は前世から存在した可能性が高いがな。」
「魔力がない、あの世界でか?」
「クロの本質は獣だ。その本能を、教育された常識と強力な理性で抑え込むことで人間社会に適合していた。しかし、抑圧はストレスになり、過剰なストレスは精神に異常をきたす。」
「理性で本能を抑えるのは当たり前のことだろう?」
「その通りだが、クロの場合はその本能が人間社会と合わな過ぎた。吐き出す場所がなく、ストレスを抱え込み続け、その獣の本能は別人格として分離した。」
「・・・・・・」
「クロはその強力な理性で、無意識にそれを抑え込んでいた。それゆえ、決して表出することはなかった。ところが、転生したことで、抑え込む必要性が減り、別人格は魔力によって形を明確にしていった。それでもクロは無意識に抑えていたが・・・今回、『呪い人形』を発動したことで表面に出てくる機会を得たわけだ。」
「どういうことだ?」
「『呪い人形』のコンセプトは、意識がない状態で動くことだ。それが無意識のうちに、理性による抑制を失った状態で体を動かすことをクロが別人格に許可した形になった。」
クロは別人格がいる自覚はなくとも、自身が抱える破壊衝動には気づいていた。それが表出して仲間を傷つけたりしないように、発散できる場面では発散し、それ以外では抑えるように努めて来た。その意識が別人格を抑え込んでいたのだが、『呪い人形』の効果でその枷が外れた。
「ふむ。しかし、あれは有能そうだったが、抑え込む必要があるのか?」
雷の神の問いに、闇の神は首を横に振る。
「確かに戦闘能力は高いが、諸刃の剣だ。あれは破壊衝動に任せて暴れる狂戦士だ。下手をすれば身内にも攻撃しかねない。辛うじて今回は本体の意志を汲んで攻撃対象を<毒薔薇>に絞っていたが、ムラサキにとどめを刺す可能性も十分にあった。」
「なるほど。だが、最後の一撃は理性を保ちながら狂戦士状態以上の力を出していなかったか?」
「ああ、あれは興味深い。直前まで狂戦士状態だったために体が覚えていたのか、<毒薔薇>の発言にキレたクロが瞬間的に復讐魔法を発動したのか、はたまたその両方か。あれを意図して出せれば最強なんだがなあ。」
「できんのか?」
「それができれば苦労はしない。ワシが何のためにこうして逐一クロを観察していると思っている。復讐魔法はとにかく不安定な代物だ。メンテナンスが重要なのだよ。」
「メンテナンス頻度が高すぎる装置など、とても実用に堪えないと思うがな。」
せっかちな性格の雷の神は、手間がかかる物は好きではない。便利で速く、メンテナンス不要なのがベストだと思っている。
「それはそうだが、1つくらいあってもよかろう?まあ、ロマンというやつだ。」
「ロマンか。」
「ああ、そうだ。」
成功率は低いが、当たればデカい。普段、論理的に思考する闇の神だが、そういったロマンは持っていたらしい。
「さて、無駄話はそろそろ終わりだな。」
「ああ、ようやく始まる。」
画面の向こうでは、落雷を避けたクロが上空を睨み、会話している。今、クロと雷の神獣の戦いが始まろうとしていた。
「しかし貴様の神獣も随分と悪辣な手を使うではないか。<毒薔薇>をけしかけて、その隙を狙うとはな。」
「あの不意打ちで仕留める気ならば、もっと特大の雷を落としていたさ。あんなものは挨拶だよ。それに、ほれ、<毒薔薇>は逃げたぞ。」
雷の神が指さすと、画面が2つに分かれ、一方に森の中を走って逃げるフロウレンスが映った。
「利用したのではない。協力者だよ。仲間ではないが、同じ標的のために手を組んだのだ。別に悪辣でも何でもない。」
「まあ、そうか。だが、結果的にはクロは大幅に魔力を削られた状態で神獣と戦う羽目になったが・・・」
「卑怯だとでも?」
「・・・いいや、作戦勝ちだな。クロにもムラサキがいるわけだし。」
クロを勝たせたい闇の神としては文句の一つも言いたかったが、すぐには思いつかなかった。
それを見た雷の神は得意気に笑う。
「作戦勝ち?フッ、まだまだ。奴が仕込んだ策はあれだけではないぞ。」
「ほう、まだ仕込みがあると?」
「もちろんだ。まあ、見ておけ。お前の自慢の神子が完封されるところをな。」
「言うではないか。大した自信だな。」
「賭けてもいいぞ?」
「こんなところで何を賭ける気だ。まったく。」
闇の神が呆れたように言う。ここ神域は魔力と情報だけの世界。この炬燵もみかんも、神々が自分達にそう見え、そう感じられるように、魔力と情報で形作ったものでしかない。
神々が扱える魔力はほぼ無尽蔵に存在するため、情報さえあれば好きなものを無限に作り出せる。さっきから闇の神が延々とみかんを食べ続けてもまったく減っていないのがいい例だ。味は感じているが、そういう情報が込めてあるだけで、本物を食べているわけではない。
何もかもがあるが、同時に何もない世界。時折、闇の神がここに虚しさを感じるのは、その性格が人に近いが故か。こんなところで永遠に世界を管理し続けるならば、人らしい感覚などなければいいのに、と時々闇の神は思う。
しかし、人が住む世界を管理する以上、この人らしい思考を切り捨てるわけにもいかない。せいぜい、その虚しさを意識しないようにするしかない。
・・・他の神も感じているだろうか?この虚しさを。ワシと相対するときには少なくとも感じていないようだが。
そんなことを考えつつも、闇の神は画面から目を離さない。雷の神はまだ会話を続けていた。
「まあ、確かに賭ける物もないが・・・言葉の綾という奴だ。」
「何とも人間らしいことだな、雷の神。」
「我らは元は人々の思念の集合体だ。人間らしいのは当然だろう。」
「ふん。その話題はまた今度だ。始まるぞ。」
画面の向こうで、激しい雷光が輝いた。




