124 呪い人形
・・・何故動ける!?それに、『呪い人形』?聞いた事も無いぞ、そんな魔法は!
脳が破壊され、意識がないはずのクロが起き上がり、動いていることに、フロウレンスは戸惑いを隠せない。
確実に、『オペレーション・ドリル』で運動機能を司る小脳まで破壊したはずだ。生命活動を魔力で行う魔族といえど、魔力だけで動けるわけではない。脳が再生するまで、動くはずがなかった。
これまでフロウレンスは同じ手口で何人もの魔族を屠っている。その誰もが、これが決まれば起き上がることなく、一方的に殺せた。起き上がられたのは初めてのことだった。
・・・理屈はわからん。だが、動いているなら、脳を潰すだけでは殺せん、ということか。
フロウレンスが警戒していると、虚ろな目で虚空を見ていたクロの目の焦点が定まり始めた。すると、急に笑い出す。
「くくく、はははははは!」
「な、なんじゃ?」
狂気じみたクロの笑いに、フロウレンスが怯む。フロウレンスも人のことが言えないくらい狂気じみた笑みをこぼすことがあるのだが、それは今は置いておく。
「あー、ぶっ壊してえ・・・お?」
クロが狂った笑顔を貼り付けたまま、ぐるりとフロウレンスの方を向く。その目は死の恐怖を与えるあの目ではなかった。
・・・魔眼が消えておる。別人格か?
平常時から発現していたあたり、クロの魔眼は常時オンで、意図的にオフにできないものと推測できる。それがオフになっているということは、別人格である可能性が高い。
この世界では魔力という精神に影響を及ぼす力が存在するせいか、多重人格者は珍しくない。
「ヒャハッ!」
「むっ!?」
突然、構えも無しにクロがフロウレンスに向かって突進して来た。尋常ではない速度で、一瞬のうちに間合いを詰めて来る。
・・・『オペレーション』では間に合わん!
『オペレーション』系の魔法は手術であるため、必要魔力量は少ないが、緻密な魔力操作が必要だ。狙ったところに精密に魔力を集められないと、魔法そのものが発動しない。そのため発動に若干時間がかかり、かつ他の魔法と同時に使うのは困難を極める。戦闘中に使える魔法ではない。
「『エアハンド』!」
フロウレンスから延びる無数の空気の手が、クロの突進を阻む。クロが突き出した右拳が空気の手で止まった。
「お?」
「ふん!」
クロの突進を止めたのと別の手が、クロの両側から迫り、クロを挟み潰そうとする。
クロは素早く後退してそれを躱した。
「へえ、堅いな。」
「速い・・・」
フロウレンスの『エアハンド』はかなり速く動かせる。魔族の身体能力は確かに高いが、生物の範疇を超えるほどではない。魔族の身体能力は、生物としての限界値まで鍛えられるという性質から来るものであるからだ。その限界値まで鍛えていようと、フロウレンスは捕まえる自信があった。
しかし、今のクロの動きは明らかに生物の範疇を超えている。
・・・何らかの身体強化魔法を使っているのは明らか!だが、詠唱した様子はない。無詠唱で身体強化魔法を使うなど、まるで魔獣じゃ!
フロウレンスが考えている間に、クロは再度接近を試みる。
またしても真っ直ぐの突進。フロウレンスは再度、空気の手でその行く手を阻む。
しかし、今度はクロは身を翻してその空気の手を掴み、くるりと回って横に避けた。
・・・驚くべき反射速度じゃ!だが、甘い!
クロが回避した先にも空気の手があった。こちらは回避しきれず、クロは正面から掌底を喰らう。クロは吹っ飛んで、数mほど転がった。
・・・かなり強く入ったはずじゃが、骨折すらせぬか。頑丈な。
すぐさま起き上がったクロは、口から垂れた血を舐める。顔には相変わらず笑みを浮かべている。楽しくて仕方がない、という様子だ。
「お主、何が面白い?」
「楽しいねえ。壊しがいがあって。」
フロウレンスの言葉が聞こえているようないないような反応だ。
クロはまたしても正面から突進を仕掛ける。
「何度も何度も。無駄じゃ!」
突進するクロめがけて、無数の空気の手が伸びる。
クロは1つ目を回避し、その次の手を、払った。避け、払い、しまいにはその空気の腕に掴まり、登り、空気の手を足場にして縦横無尽に跳びまわる。
「よっ、ほっ。」
「くそ、まるで猿じゃ!なんとすばしっこい!」
無数の空気の手をクロは巧みに避けるが、接近はできていない。膠着状態になりつつあった。
・・・このままでは、ワシの魔力の方が先に尽きかねん!ならば、一か八か!
フロウレンスは賭けに出る。『エアハンド』の数を若干減らし、素早く詠唱する。
「『オペレーション・メス』!」
跳び上がって次の空気の手に掴まろうとしたクロの腕に、突然深い傷口が開き、腕が動かなくなった。
戦闘中では発動が困難な『オペレーション』を、フロウレンスは一か八か実行。長年の鍛錬の賜物か、見事成功させた。見えていない内臓を狙う余裕はなかったため、クロの両腕の筋肉を大雑把に削いだ。
急に動かなくなった自身の腕に驚愕しつつ、クロは落下を始める。下には待ち構える空気の手。フロウレンスは勝利を確信した。
しかし、クロは空中で縦に回転すると、なんと足で頭上の空気の手に掴まった。
「なに!?」
クロの足は各指と指の間が大きく裂け、さらに骨が折れて本来存在しない関節を作り出し、強引に手のような形に変形させられていた。
その足でがっしりと空気の手を掴むと、一旦、空気の手に体を引き寄せ、一気に蹴り出した。
「よお。」
「しまった!」
驚愕したフロウレンスが生んだ一瞬の隙。その間にクロはフロウレンスの目の前に到達。咄嗟にフロウレンスはメスを取り出して迎撃するが、クロは大きく体を沈ませて回避。そこから強烈に踏み込みつつ、筋肉が削がれて動かないはずの腕を動かし、拳を突き出した。
「ふんっ!!」
「ごほっ!?」
まるで中国拳法のような動きでクロが繰り出したパンチは、フロウレンスの鳩尾に突き刺さり、体重の軽いフロウレンスは10mほど転がった。
「うん、良い手応えだ。」
クロは満足そうに笑うと、急にその場にしゃがみこんだ。
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「いって・・・」
強烈な頭痛を感じながら、クロは意識を取り戻す。
しゃがんでいる自分の態勢、肉が削がれて上手く動かない両腕、前方に転がる森人。
・・・何らかの攻撃を受けて意識を失った、んだよな?しかし、この状況・・・『呪い人形』は正常に動作したみたいだな。
クロが新たに制作していた魔法『呪い人形』。自身のチタン骨格に術式を刻み、常時起動状態にしておく。
クロの意識が途切れると自動的に発動し、自身に干渉する登録外の魔力に向かって反撃するようにプログラムしている。
雷の神獣の電撃を受けて気絶した際の対策として作っておいたものだった。
・・・単純な回避や反撃モーションしか仕込んでないし、試運転もまだだったんだが、予想以上に効果があったようだな。
クロは森人を倒したのは自身がプログラムした反撃によるものと思っており、別人格が出現していたことに気付いていない。
クロは両腕を再生し、「黒嘴」を引き寄せて手に取る。それから転がっている森人の方へ向かった。
すると、森人はクロが近づく前に身を起こし、メスを構えた。大量の血を吐き出し、ふらついているが、どうにか立ち上がる。
「結構効いてるようだが、まだやるのか?」
「はあ、はあ、き、貴様、戻ったのか。」
「は?」
別人格に気付いていないクロは、彼女の言葉の真意がつかめない。彼女もまた、クロがしらばっくれていると判断した。
「なんなのだ、その力は!どんな種類の身体強化魔法を使えば、そんな力が出る!」
「・・・多分、木魔法だろう。俺は木適性が高いから、魔族にデフォルトでかかってる身体強化魔法が強めにかかっているんだろ。」
本当はそれに加えて、自身のチタン骨格を原子魔法の『移動』で動かすことにより加速しているが、そこには言及しない。肉が削がれた腕でパンチを繰り出せたのもこれによるものだった。
「木魔法だと?魔族にも使える者がいたのか・・・」
フロウレンスの知識では、魔族には木適性が高い者はいなかった。だが、あり得ないわけではない。
警戒して一定の距離を保つフロウレンスに話しかける。
「で、フラウ、だっけ?」
「・・・それは偽名じゃ。フロウレンスが本名じゃ。」
「へえ。」
「驚かんか。」
「驚かないな。偽名を使うくらいは普通だろ。むしろ、今、本名を明かした方が驚きだ。」
「もう隠す必要がないからのう。」
フロウレンスとて、魔族が対象の真名を呼ぶことで闇魔法の成功率を上げる技術を使うことは知っている。本名を明かす危険を冒す必要はない。
だが、フロウレンスは、今はそれ以上にクロの情報が欲しかった。魔族では希少な木適性を持ち、不可解な魔法を使用する。今まで狩って来た魔族と同じ手では倒せないと実感していた。そこで、自分の名前に対するクロの反応を見ていた。フロウレンスの名は、100年前の戦争を知る者ならば必ず知っているはずだ。
しかし、クロは大して反応を示さなかった。それでフロウレンスは内心で困惑を強める。フロウレンスの予想では、クロは事前にフロウレンスのことを知っており、『呪い人形』が自分対策の魔法だと思ったのだ。ところが、そうではないらしい。
そんなフロウレンスの困惑に気付かず、クロは話を続ける。
「あんたの復讐の相手は、俺だったのか?」
「・・・ワシの目的が復讐だと、言ったかの?」
「いや。ただ、なんとなく同類だと思ってな。」
「同類?ふん!虫唾が走るわ!魔族と同類など!」
「・・・あんたの復讐対象は、魔族全体ってことか。」
「そうじゃ!貴様らのような害虫は滅びるべきじゃ!」
・・・やはり似てるな。
クロは一個人ではなく、ヒトという種を憎んでいる。フロウレンスは魔族という種を憎んでいる。対象は正反対だが、やっていることは似ている。
「復讐者は応援したい気持ちもあるが、魔族が対象じゃあ、相容れないか。残念だ。」
本気で残念そうにするクロを見て、フロウレンスは激情をあらわにする。鳩尾に受けた傷は、既に治癒していた。
「ふざけるな!貴様ら魔族は悪!ワシはそれを駆逐する正義じゃ!悪は滅びよ!『オペレーショ・・・」
瞬間、クロがかつてない速度で接近、左拳でフロウレンスの顔面を打ち抜いた。その速度は別人格の時のそれを上回っていた。
「んばあ!?」
顔面が陥没し、血を撒き散らしてフロウレンスが吹っ飛ぶ。
クロは反動で傷ついた左拳を握り締めながら、怒りを込めて吐き捨てる。
「前言撤回だ。正義?正義と言ったかてめえ。」
頭が潰れたフロウレンスは当然返事をしない。クロはお構いなしに続ける。
「俺達は確かに悪だ。だが、てめえは正義なんかじゃない。復讐者は絶対に正義なんかじゃねえ。正義であってはいけないんだよ。どこぞでよく言われるように、復讐は何も生まない。純粋な破壊行為だ。非生産的な行いだ。それが正しいわけがない。自身が間違っているとわかっていても尚、殺さなきゃ気が済まない。そんくらいの憎悪があって初めて復讐する権利があるんだ。世界中敵に回して、最後に自分が滅びることになってでも、復讐したい奴だけが、復讐していいんだ。」
クロは倒れたフロウレンスに歩いて近づきつつ話す。
「復讐を正義だなんていう奴は、自分の復讐を正当化しようとしている臆病者だ。そんな奴を俺は復讐者とは認めねえぞ。」
話しながら、顔面がつぶれたフロウレンスの傍まで近づいた。
「おい、起きてんだろ?それとも踏み潰されたいか。」
クロがフロウレンスを踏みつけようとした瞬間、フロウレンスは転がってそれを避けた。
顔面が変形したまま起き上がり、喋り始める。
「知ったふうなことを、若造が。ワシが何年復讐のために生きていたか知らんくせに。」
「ああ、知らねえな。復讐に年季が必要か?」
「ふん。ともあれ、ここは一度退こう。」
「逃がすと思うか?」
クロとフロウレンスはわずか数歩の距離で睨み合っている。クロは一瞬でその距離を詰められる。逃がすわけがなかった。
しかしフロウレンスは再生しきっていない顔でニヤリと笑う。
「ワシがここのことを誰から聞いたと思う?」
そうフロウレンスが言った瞬間、クロの頭上から大量の魔力が降り注いだ。
・・・この魔力!濃厚な雷属性!まさか!
クロは『移動』も駆使しながら全力で回避した。その直後に特大の雷が落ちる。
そして、上空から声が降って来た。
「さあ、ここからは我が相手だ。闇の神子よ。」
黄色い冠羽が目立つ、大きな猛禽が上空を飛んでいた。




