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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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123 「毒薔薇」フロウレンス

 クロの家の客間で、クロとムラサキ、フロウレンスが睨みあう。客間の机の上にはムラサキが零した紅茶と、クロとムラサキの血が飛散している。


「くっそ!敵じゃねーか!」

「・・・みたいだな。」

「『エアハンド』!」


 クロとムラサキが手や腕に刺さったメスを抜こうとしたが、それより先にフロウレンスが『エアハンド』でメスを引き抜いて回収した。


「いて!」

「・・・・・・」

「ふふふ。詰み、じゃぞ。魔族ども。」


 フロウレンスは回収したメスに付いた血を舐める。クロにはその行動が不可解に見えた。


 ・・・なぜ、わざわざメスを回収した?


 フロウレンスがクロ達を殺す気ならば、メスを回収するより先に追撃を行うべきだ。特にクロは掌を貫かれて机に右手を固定されていた。そのまま攻撃すれば有効打が望めたはずだ。


 ・・・となると、考えられるのは特殊な魔法攻撃の下準備!


 クロは咄嗟に魔法で近くの窓を開け、ムラサキを掴んで外へと放り投げる。


「うわっ!?」


 ムラサキは驚くが、空中で猫形態に『変化』し、うまく着地する。脱ぎ捨てた服が地面に落ちた。

 それに続いてクロも窓から外へ逃げる。

 それを見ていたフロウレンスは、窓に近づくが慌てた様子はない。


「ほう、いきり立って襲って来ないとは、魔族にしては変わった奴じゃ。不可解な攻撃を受けた際に逃走するのはなかなか有効じゃが・・・言ったじゃろう。詰みだとな。」


 そしてフロウレンスは開かれた窓越しに魔法を詠唱する。


「『オペレーション・ドリル』!」


 その言葉と同時に、クロは頭の中に鋭い痛みを感じ、意識を失った。


ーーーーーーーーーーーー


 地面の上に倒れ伏すクロとムラサキを見て、フロウレンスはほくそ笑む。


 ・・・勝った。一時はどうなることかと思うたが、終わってみればいつも通り。大したことはなかったのう。


 既に勝利は決したとみて、フロウレンスはゆっくり玄関から外に出る。

 その間に、これからとどめを刺すにあたり、フロウレンスは自身の復讐心の根源を思い返す。


ーーーーーーーーーーーー


 100年前、魔族討伐戦争末期。勇者カイ率いる連合軍は、魔族軍を魔王城にまで追い込んでいた。

 しかし、テーブルマウンテンのような断崖絶壁のみで構成された山の上に建つ魔王城になかなか辿り着けずにいた。

 崖を登ろうが飛んで行こうが、迎え撃つ魔族たちの強力な魔法攻撃にさらされ、その崖を突破することができない。

 それでも諦めるわけにはいかないと連合軍は何度もその崖に挑むのだが、ケガ人が増えるばかり。

 当時まだ10代だったフロウレンスは、軍医としてそのケガ人の治療にあたっていた。


「ここはもう化膿しています。一旦切除しないと。・・・魔力の節約のために麻酔薬を使いますよ?」

「ああ、頼む。」


 麻酔の魔法もあるが、次々と運ばれてくるケガ人の対処のために、薬で何とかできる部分は薬を使っていた。


「『オペレーション・メス』!」


 フロウレンスの魔法で、ケガ人の体にスッと切り口が入り、化膿した部位が綺麗に切り取られた。

 オペレーション系の木魔法は、いわゆる手術だ。ドリルやメスなどで悪い部分を取り除いたり、縫合したりする。


「『リペア・アーム』」


 続く治癒魔法で、その大きな傷口がみるみる塞がっていく。

 怪我をそのまま『リペア』で治すより、壊れた部分を排除してから使った方が治癒が速いのだ。また、切除を効率よくできれば、魔力の消費効率もいい。


「「おお。」」


 助手や順番待ちのケガ人が、フロウレンスの腕前を見て感嘆の声を上げる。ここまで手際良く治療できる木魔法使いは世界中探してもなかなかいないだろう。


「はい、完了です。麻酔が抜けても数日は様子を見てくださいね。傷口が開くこともありますから。」

「ありがとう。あなたは天使だ。この戦争が終わったらお付き合いを・・・」

「『エアハンド』」


 さり気なくフロウレンスの手を取ろうとした、治療を受けた兵士の手を、空気の手がパシッと素早くはたく。


「痛ったあ!?」

「お断りします。さ、次の方どうぞ。」

「くっそ~。」

「ははは。<戦場の薔薇>に手を出して棘が刺さったか。ドンマイ。」

「うるせー!」


 告白して速攻で振られた兵士を、別の兵士がからかうのを見て、フロウレンスはそっと溜息をつく。


 ・・・やれやれ。野人は野蛮なんだから。告白にも手順ってものがあるでしょうに。


 森人は、森人以外の人間族を野人と呼ぶ。差別的な意味合いもあるが、必ずしも見下しているわけではない。少なくともフロウレンスは、森人皆がそう呼んでいるから自分もそう呼ぶだけで、差別しているつもりはなかった。そもそも嫌っていたら治療などしていない。

 とはいえ、森人以外と付き合う気はなかった。野人とは文化も性格も違う。面倒が嫌いなフロウレンスはそこを合わせてまで付き合おうとは思わなかった。

 しかし、人間族の兵士にはフロウレンスは魅力的に見えるようで、治療するとよく告白された。初めはやんわりと断っていたが、あまりに頻度が高いので、段々荒っぽく断るようになり、そのうち、美しいけど棘がある、という意味で<戦場の薔薇>と呼ばれるようになった。


 ・・・まあ、花に例えられるのは、悪くないけれどね。


 そう思いながら治療を続け、夕方にはケガ人を粗方治療し終えた。

 フロウレンスが支給品の不味いお茶を飲んで一息ついていた時、彼女の父が帰って来た。同時に他の兵士が騒ぐのも聞こえる。

 フロウレンスの父、アイロニウスは連合軍でも指折りの戦士だ。勇者パーティには一歩譲るが、木魔法による身体強化は一級品で、その肉体は鋼に例えられる。怪力の魔族と正面から殴り合えるほどだ。

 フロウレンスはお茶を置いて、父の出迎えに向かう。


「おかえりなさい、お父様!それは、ケガ人ですか?」

「ただいま、フロウレンス。いや、こいつは・・・」

「アイロニウス!どういうつもりだ?魔族を生かしておくなど。」


 挨拶をするフロウレンス達に、そばにいた兵士が割って入る。


「魔族?」


 フロウレンスは父が背負った、拘束された男を見る。この時、フロウレンスは前線に出たことがないために、初めて魔族を見た。

 外見は人間と変わらない。ただ、並の人間より魔力が多いことはわかった。さらによくよく観察すれば、全身の細部に至るまで魔力に満ちていることがわかった。

 フロウレンスが魔族の男を観察している間に、アイロニウスは兵士と交渉する。


「こいつは魔王城への抜け道を知っているらしい。上に続く洞窟があるんだそうだ。こいつが案内してくれる。」

「魔族の言うことなど信用できるか!」

「だが、現状、あの崖を何とか突破しなければならないのは事実だ。他に手があるか?」

「ぐっ・・・わかった。だが、油断するなよ。」

「何のためにこんなガチガチに拘束していると思ってる?口まで塞いでるんだ。魔法も使えんさ。」


 兵士は渋々納得したようで、去って行った。


「さて、フロウレンス。夕飯でも一緒に食べたいところだが、今晩はこいつを見張らなきゃいかん。悪いな。」

「いいわ。お仕事だし。それに、どうせ不味い糧食だもの。」

「ははは、それもそうか。・・・早く終わらせて帰りたいな、里に。」

「うん。」


 そうしてフロウレンスは本陣の奥の小屋に向かう父を見送った。

 本当は不味い糧食でも、父との夕飯は戦場における数少ない楽しみだった。内心、少々不貞腐れながら、フロウレンスは糧食を齧る。


 ・・・ほんと、早く終わらないかしら。里を出る時は自分の力が認められて嬉しかったけれど、こうも長く続くとうんざりしてくるわ。


 アイロニウスとフロウレンスが森人の里から連合軍に参加したのは、里の総意によるものだった。世界の危機に、森人が傍観を決め込んだのでは、後々問題になる。そこで、全面協力とはいかないまでも、里の実力者を出すことになったのだ。それがフロウレンス達だった。



 それから数時間後。夜も更けて、床に就いていたフロウレンスは、周囲の喧騒で目を覚ました。

 敵襲か。そう思ってフロウレンスは素早く身支度を整える。前線から離れているとはいえ、戦場だ。フロウレンスは数十秒で支度を終え、部屋を出た。

 慌ただしい兵士の一人を捕まえて尋ねる。


「どうしたのですか?」

「あ、あんたは!その、アイロニウスさんが!」

「えっ・・・」


 兵士から詳細を聞くまでもなく、フロウレンスは走り出す。アイロニウスが魔族を捕らえておくと言っていた小屋へ。


 ・・・まさか、お父様に限って、そんなこと、あるわけが・・・


 彼女の思考はそこで止まった。現前の光景が信じられない。

 粉砕されて破片が飛散した小屋。飛び交う魔法攻撃。暴れる4本腕の魔族。そして、地面に転がった、父の体。首と胴体が別々になっている。


「お父、様・・・?」


 あんなに強かった父が、こんな簡単に死ぬわけがない。そう思いたい。しかし、目の前の現実は変わらない。


「おらあ!」

「「ぐわっ!」」


 魔族が4本の腕を振るうと、その腕は長く伸び、中距離で魔法攻撃を行っていた兵士たちを吹き飛ばした。

 父の遺体の側で屈んでいたフロウレンスだけが、魔族の近くに残った。

 それに魔族が気がつくと、ニヤリと笑った。


「ああ、そいつの娘か。残念だったなあ。確かにそいつは強かったが、俺様の方が一枚上手だったわけだ。そいつ、俺がわざわざ腕2本隠して、手加減して戦ってたのに、最期まで気づかなかったな。傑作だぜ!わざと負けて、捕まってやったってのによお!おまけにちょっと善人のふりをしてやれば、あっさり隙を見せやがった!だから、隠し腕で殺してやったのさ!この腕でな!鋼と言われた猛者も、魔法なしじゃあ脆いもんだぜ!」

「・・・・・・」

「まあ、でもそいつのお人好し具合には感謝しなきゃな!おかげでてめえらの本陣をこうして襲撃できた!勇者共が来る前に壊滅させてやらあ!」

「・・・・・・」

「フロウレンスさん!下がって!あなたまでやられたら・・・!」


 兵士がフロウレンスに声をかけるが、フロウレンスは動かない。


「お、お嬢ちゃん、もしかして重要人物?なら、いただきぃ!」


 魔族が4本のうちの2本の腕を伸ばして、フロウレンスを襲った。

 大の男を軽々と吹き飛ばす威力のパンチ。だが、それはフロウレンスの前でピタリと止まった。


「あれ?」


 何故か動かない自分の腕に、首を傾げる魔族。さらに驚くべきことに、その腕は逆に押され始めた。


「お?お!?」

「・・・殺す。」


 フロウレンスは立ち上がった。そこでようやく魔族の男にも見えた。フロウレンスから、極太の『エアハンド』が伸びて、魔族の腕を抑えていたのだ。詠唱は、兵士がフロウレンスに声をかけたとき、その大声に被せて唱えていた。


「『エアハンド』か!なかなか強いが、2本だけじゃあ、俺様の攻撃は防げないぜ!」


 魔族が残りの2本の腕を振るう。だが、それも止められた。


「は?うそだろ!?4本同時で、こんな威力・・・」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!この外道がぁ!『エアハンド』!」


 途端にフロウレンスの背後から、さらに無数の『エアハンド』が生じた。それは薔薇の花弁のように何重にも折り重なり、魔族に向けられる。


「ま、マジかよ・・・」


 魔族は逃げようとするが、腕を4本ともがっちりと掴まれ、逃げられない。

 無数の『エアハンド』は、それぞれ拳や掌底、突きの形を形成し、魔族へと降り注いだ。

 数分の間、拳の雨は魔族に降り注ぎ、とうとう魔族は再生の魔力も尽きて息絶えた。

 立ち尽くすフロウレンスは、見た者がぞっとするような笑みを浮かべて、狂ったように笑っていた。


「殺す、殺す・・・魔族は皆、殺す。奴らは外道だ。殺す・・・」


 狂気に満ちた彼女に声をかけられる者はもういなかった。



 以降のフロウレンスは前線とケガ人の治療の両方を黙々とこなし、魔族討伐戦争において大いに活躍した。

 しかし、<薔薇>という可憐な二つ名がふさわしい雰囲気はもうなかった。触れる者を傷つけるどころか、確実に殺すその様は、以降、<毒薔薇>と呼ばれた。


ーーーーーーーーーーーー


 己の復讐の起源を振り返ったフロウレンスは、外に出て倒れたクロ達を見る。


 ・・・そう、こやつらは生きる価値のない外道!そもそもが碌に生命活動も行わないあたり、生物かどうかすら疑わしいわい。歩く屍と何が違う!塵芥に還って当然じゃ。そう、これは正義じゃ。何も迷うことはない!


 フロウレンスは己の使命を再確認し、とどめの準備をする。

 本来手術に使用する『オペレーション』を、森人の秘術によって強制的に敵に施し、脳を破壊する。魔族と言えど、脳が破壊されれば意識を失う。あとは回復する前に攻撃を続け、魔力が尽きるまで破壊し尽くせばいい。


「『オペレーション・・・」

「が・・・」

「なに!?」


 とどめの魔法を詠唱しようとしたその時、急にクロが起き上がった。慌ててフロウレンスは距離を取る。


 ・・・バカな!脳がまだ回復していないのは確認できておる!起きるはずがない!


 フロウレンスには森人の秘術で対象の状態をある程度感じ取れる。確かにクロの脳はまだ回復していない。起き上がるはずがないのだ。だが、確かに起き上がった。

 クロは虚ろな目でフロウレンスを見る。その目は、確かに意識がないように見える。だが、動いている。

 クロがぎこちない滑舌で喋った。


「『呪い・・・人形』」


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