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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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A8 とある平凡な異世界人の孤独な日記⑧

「急げ!アカリ!」

「急いでるっ!」


 フェイは足が遅い私をもどかしそうに引っ張る。前の運送屋でトップクラスの足の速さを誇るフェイに、平凡な私が走ってついて行けというのは無謀だと思う。


「待てー!」


 獣人の兵士たちが凄い速度で走って追ってくる。スタートでかなり距離があったからまだ離れているが、追い付かれるのは時間の問題だ。獣人族は人間族より身体能力が優れているとは聞いていたが、武装した状態で手ぶらの私たちより速いとは、想像以上の差だ。

 そして、走る速度以上に問題なのは、私の体力だ。このままでは追い付かれる前に私がばてる。


「フェイ、このままじゃ・・・」

「大丈夫だ!あそこまで行けば、助かる!」


 フェイが走りながら指さした方を見ると、町の出入り口付近に馬がたくさん繋がれていた。そのうちの半分くらいはすぐにでも乗れるように鞍が付けられたままだ。おそらくはあの諜報部隊の馬だろう。

 私もフェイも馬の乗り方は仕事上知っている。むしろ上手い方だ。相手も同じく馬でも追って来るだろうが、同じ条件ならフェイの風魔法で加速できるこちらが有利だ。


 ・・・あそこまで行けば!


 希望を得た私の足がちょっとだけ軽くなる。

 しかし、世の中というのは、希望を持った先から、それを潰されることが多い。


「おっとぉ。それは私たちの馬ですよぉ。」


 そんな声がしたかと思うと、1つの影が高速で私たちを追い抜き、私たちの前に立ちはだかった。

 黒猫の少女だ。面と向かってみれば、そこまで若くはない。黒い猫耳と黒い尻尾を揺らしながら、なんとも楽しそうに微笑んでいる。人間の耳がないのにどうやってかけているのかわからないが、眼鏡を手で少し弄った。


「今はまだ重要参考人で済んでるのに、窃盗の罪を犯すつもりですかぁ?」

「う・・・」


 黒猫の言葉に私は躊躇するが、立ち止まりそうになった私の手をフェイが引っ張った。フェイは迷わずに突進する。


「他に手はない!押し通る!」

「あらあらぁ。」


 フェイは小柄な彼女なら強引に突破できると思ったのだろう。私の手を一旦放して加速しようとする。

 しかし、私は嫌な予感がしてフェイを引っ張って止めた。


「『ウィンドアク・・・」

「待って!フェイ!」

「『アースウォール』」


 私がフェイを止めた直後。黒猫とフェイの間に突如、巨大な石壁が立ち上がった。


「うっ!」

「きゃ!」


 フェイは急ブレーキをかけて石壁の前で止まる。もし私が止めずに加速、突進していたら、石壁に激突していただろう。


「おやぁ?止まりましたかぁ?賢明ですねぇ。でも・・・詰みですぅ。」


 気づけば私たちは石壁で囲まれていた。どれも高さ5mほどあり、隙間もない。完全に囲まれた。


「くそっ!」


 フェイが石壁を蹴ってみるが、びくともしない。『アースウォール』は私にも使えるが、こんな強度は出せない。


「あなた達じゃあ壊せませんよぁ。さ、観念してください~。」


 壁の向こうから黒猫の声が聞こえる。反対側からは獣人たちの足音も近づいて来た。


「ここまでか・・・」


 項垂れるフェイを見て、私は逆に気合が入った。


 ・・・フェイが諦めかけてる。こんなときは私がしっかりしないと!


 素早く周囲を見渡した私は、上が開いていることに気がつく。というか、そこ以外開いていない。出るならそこしかない。


「フェイ!」


 小声でフェイを呼び、上を指さす。フェイも意図を悟ったようだが、首を横に振った。「跳び越えるのは無理」という意味だろう。


「大丈夫。」


 私の言葉にフェイは目を丸くする。私はそっとフェイに近づいて作戦を告げた。



 私とフェイは耳を澄ませてタイミングを計る。そして、それは聞こえて来た。


「『バウンドジャンプ』」

「今!『バウンドジャンプ』!」

「おう!『ウィンドアクセル』!」


 フェイが私を背負って、ジャンプする。私が地面にかけた、地面をジャンプ台にする魔法で、フェイは高々と跳び上がり、石壁の上に乗った。そして、同様に石壁を跳び越えて来た黒猫とすれ違う。


「あれ?」


 すれ違って石壁の囲みの中に落ちる黒猫の表情は明らかに驚いていた。


 ・・・やった!一杯食わせた!


 そのままフェイは風魔法による加速を維持して近くの建物の屋根に飛び移り、走って逃げた。逃げるルートの関係上、馬を得ることはできなかったけれど、街を出てからは追手がかかる様子はなかった。



 街道をしばらく走ったところで、フェイが減速する。


「はあ、はあ、もう、撒いた、か?」

「うん。来てないよ。ちょっと休憩しよう。下ろして。」


 フェイは私を下したが、立ち止まっていて追い付かれたらたまらない、と言って歩き始めた。


「大丈夫?」

「ふう。大丈夫だ。何、このくらい、仕事始めた頃に、オヤジさんに扱かれた頃に比べれば、軽いもんさ。」


 確かに運送屋の皆は仕事がない日もよくトレーニングしていた。同僚を担いで走る、何ていうメニューもあったと思う。それに比べれば、体重が軽い私は楽な方だろう。


「でもアカリはちょっと軽すぎて心配なくらいだな。もうちょっと鍛えたら?」

「むう。私だって少しはトレーニングに参加してたよ。」

「すぐにやめちゃったじゃないか。」

「そりゃそうだけど・・・あれは私にはハードすぎるよ。」

「ははは、それもそうか。」


 そんな雑談をしていると、ようやく危機が去ったことを実感できた。


 ・・・クレッグさん達を助けられなかったことは残念だけど、ここで私たちが逃げ切ることが、クレッグさんの望みなんだよね。


 そうして自分に言い聞かせ、今はどうにか助かった喜びを噛みしめようと思った。





 その時だ。


 ヒュン。ドスッ。


 鈍い音がした。


 ・・・何の音だろう?


 そう思って音がした方を見た。


「フェイ、今、何か音が・・・」


 音がした、フェイの方を見た。フェイは固まっていた。胸から細い棒を飛び出させて。そして、ゆっくりと崩れ落ちた。

 矢だった。


「え?」


 理解が追い付かない私は呆然とするしかない。

 私が呆然としている間に、どこからともなく汚い身なりの獣人たちが集まって来た。


「あーあ、死んじまった。お前、足を狙えって言っただろ。」

「悪い悪い。あの距離だと難しいんだよ。でも、女に当たらなかったんだから、まあいいだろ?」


 そんな会話をしながら、十数人の獣人が取り囲んできた。


「え?え?」


 相変わらず事態が飲み込めない私に、獣人たちはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて近づいてくる。


「お嬢さん、悪いね。俺たちは明日食う金にも困ってるんだ。金目の物は持ってなさそうだが、この国じゃあ人間も結構売れるんだよ。」

「むしろ、人間だからこそ、だがな。奴隷制度はとっくになくなってるけど、案外、こっそりやってる奴はいるんだ。特に人間の奴隷はな。」

「男は力仕事に使えそうだったけど、死んじまったんなら仕方ねえ。まあ、女の方が高く売れるし、良しとしよう。」

「え?死んだ、って・・・」


 倒れたフェイを見る。フェイは目を見開いて驚きの表情のまま動かない。


「そ、そんな・・・嘘、でしょ?」


 私は跪いてフェイに掴みかかり、揺さぶる。でも、やはり動かない。


「そんな!嫌!なんで!」


 泣き叫ぶ私に、容赦なく獣人たちは迫って来る。


「面倒臭せえなあ。おい、さっさと闇魔法をかけちまえよ。」

「焦るなって。ちょっと時間かかるんだ。」


 獣人の中の一人が、魔力を集めている。本気で私に闇魔法をかけて、奴隷化する気だ。


 ・・・どうしよう!逃げなきゃ!でも・・・


 戦うなんていう発想は私にはなかった。フェイを、例え死んでいても、置いて行くという選択もしたくなかった。

 獣人が闇魔法の準備ができて、近づいてくるまで、10秒くらいだっただろうか?しかし、その10秒が私には何分もの長い時間に感じられ、その間に私は必死に考え、そしてその方法に思い当たった。思い当ってしまった。


「さあ、観念し・・・」

「『ガレージ』!」


 私は目を閉じた。フェイの死体を抱きしめたまま。

 数秒後、目を開いて見えた場所は、広い、とても広い、真っ白な倉庫だった。

 何でできているかわからない、汚れ一つない床と壁で構成され、天井は高すぎてよく見えない。

 その倉庫の中には点々と色々なものが置かれていた。家具、食器、大量の保存食、観葉植物、・・・どれも私が『ガレージ』に入れたものだ。引っ越しのために入れた物や、道中、遭難したときのために入れた物、そして、実験のために入れて、そのまま入れっぱなしだったもの。

 そう、ここは『ガレージ』の中。私はフェイの死体と共に、自分自身を『ガレージ』にしまったのだった。


ーーーーーーーーーーーー


 これで私の日記は終わりだ。

 『ガレージ』に入った後のことなど、語ることは何もない。

 これを読んでいる人にも想像はつくだろう。『ガレージ』に入った私は、出られなくなった。

 『ガレージ』の出入り口は、私が見えている場所にしか開けられない。この倉庫の中に私がいる限り、この倉庫から外の世界に出入り口をつなぐ術がないのだ。

 幸い、『ガレージ』に入れておいた家具や保存食のおかげでなんとか食いつないでいるし、観葉植物のおかげか、酸欠にもなっていない。

 しかし、酸欠になっていないのは、まだ、なっていないだけかもしれない。ここが広いから、まだ酸素濃度が危険域に達していないだけで、いずれは窒息する運命かもしれない。それは明日かも、数分後かもしれない。だから私はこの日記の完成を早めた。


 ついでに書いておくと、旅に出る前の実験ではわからなかった『ガレージ』の性能も把握できた。

 まず、私が入っているんだから言うまでもないが、生き物を生きたまま入れられる。中で生活もできる。

 次に、実は『ガレージ』の倉庫は複数あり、広さも自由に指定できることがわかった。また、倉庫内の環境設定もできる。温度や気圧などだ。もちろん、限度はあるが、食べ物を冷凍保存することも可能だろう。

 ・・・今、フェイの死体は4番倉庫で冷凍保存している。保存したからって、何ができるわけじゃないけれど、朽ちていく姿を見たくない。

 また、倉庫内の物品は、魔法で自由に移動させられる。倉庫整理として、『ガレージ』の機能の1つであるようだ。

 ・・・この機能でフェイの死体を移動できた時は悲しくなった。


 まあ、こんな機能を知ったところで、もう世の中の役に立てることはないだろう。私はこの倉庫の中で静かに死んでいく。

 いっそ山賊に捕まってた方がまだマシだった?・・・ううん。精神を弄られて奴隷になるなんて嫌。

 社長が言った通り、傭兵を雇わなければいけなかった。・・・でもあの状況では仕方ないじゃない。

 そもそも諜報部隊から逃げる必要はあったの?・・・仮にクレッグさん達が何か罪を犯していたとしても、私たちはそれには関与していないんだから、捕まっても問題なかったかも。

 第一、焦って旅に出ずに、魔導船に乗る費用を稼ぐまで待てばよかったんじゃ?・・・ああ、こんな後悔をしたって、もう何も変わらない。


 こんな日記を書いても、誰かに読まれることがあるのだろうか?

 読まれたとしても、何か読んだ人に得なんてあるのだろうか?せいぜい、世の中がいかに理不尽か、知るくらいだろう。


 もう、やめよう。この日記は、これでおしまい。私の人生も、これで。


外伝Aはこれで終了です。

ハッピーエンドを期待した方には申し訳ない。

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神様...ちゃんとデバックしようぜ....
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