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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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A7 とある平凡な異世界人の孤独な日記⑦

「陸が見えたぞー!」


 物見の兵士さんの声が聞こえ、私の隣にいたフェイが「やっとか・・・」と安堵の声を漏らす。

 海獣の襲撃による負傷者を治療した直後に魔力切れで気絶した私は、その翌日に目が覚めた。負傷者からは大変感謝され、私としては十分な治療ができなかったことに悔いが残るものの、感謝されたことは嬉しかった。

 それから半月ほど海を進み、途中でまた1回、海獣に襲撃されたが、どうにか今、西大陸に辿り着くことができた。

 最終的に、この航海での犠牲者は2名。重傷者が3名となった。これでもクレッグさんに言わせれば少ない方らしい。大抵、重傷者は満足な治療を受けられずに陸に着く前に死んでしまうそうだ。私が3人の命を助けたと考えれば誇らしいが、異世界の厳しさを痛感させられる。いや、前世の日本が非常に色々と行き届いていた、ということなのだろう。


 港に着くにあたり、荷物の移動などでばたばたし始めた船の上で、私はやることがなく、監督しているクレッグさんの隣にいた。ここが一番邪魔にならないと判断したのだ。フェイは元々運送屋だから、荷物の運搬を手伝っている。私も『ガレージ』で手伝おうかと思ったが、兵士さん達にとって大事な荷物が一度見えないところに消えるのが不安らしく、手伝わせてもらえなかった。


「出港してからおよそ3週間ですか。長かったですね。」

「そうでもない。いつもは一月以上かかるんだ。フェイ君のおかげだよ。」

「そう、なんですか・・・」


 つまり、いつもはもっと時間がかかる分、食糧にも余裕がないし、海獣の襲撃に遭遇する回数も多いということだ。

 「普段はどれくらいの人が犠牲になっているんですか?」と聞こうかと思ったが、やめておいた。



 やがて船が小さな港に着き、荷下ろしを始めた時だ。物見の兵士さんが慌てて降りてきて、クレッグさんに話しかける。


「隊長、こちらに国王の諜報部隊と思われる連中が近づいて来てます。」

「何?」


 クレッグさんは物見から双眼鏡を借りて、少し高い位置に移動し、物見が指さした方を見る。


「確かに、軍の兵士と<草>の連中のようだな・・・む、あいつは・・・」


 誰か気になる人でもいたのか、急に険しい雰囲気になったクレッグさんは、ダッシュでこちらに戻って来た。


「アカリ君、ちょっとこっちへ。フェイ君!君もこっちに来てくれ。」

「は、はい。」

「わかりました。」


 フェイが運んでいた荷物を別の兵士に預けて、駆け寄って来る。そして2人でクレッグさんに促されるまま、船を降りた。そして周囲から見えづらい建物の隙間に移動すると、声を潜めて話し始めた。


「2人とも、今回はどうもありがとう。できればここでもてなしをしたいところだったが、そうもいかなくなった。2人とも、今すぐこっそりとここを抜け出してくれ。」

「え?」

「何があったんですか?」


 先程のやり取りを見ていないフェイは話についていけていない。


「国王直属の諜報部隊がここに向かっている。やましいことがあるわけではないが・・・取り調べを受ける可能性がある。」

「でも、やましいことがないなら、逃げる必要はないんじゃないですか?」


 船の積み荷は、航海中に私もフェイも見ている。特に問題になりそうなものはなかったはずだ。

 しかしクレッグさんは首を横に振る。


「普通ならそうかもしれないが、今、ここに向かっている諜報部隊を見たが、中に<眼鏡の黒猫>がいた。」

「眼鏡の黒猫?」


 それがなんだというのか。フェイも首を傾げている。


「この国内にある噂でな。眼鏡をかけた黒髪の猫系獣人は、国王直属の諜報部隊の中でも非人道的で、躊躇いなく容疑者に闇魔法をかけるらしい。強力な闇魔法は最悪、精神に後遺症が残ることもある。」

「そ、そんなのが許されているんですか!?」


 フェイが驚きの声を上げるが、クレッグさんに「しーっ」と声を抑えるように言われて、慌てて口を押えた。


「無論、違法だ。私も噂に過ぎないと思っていたのだが、現にそれらしき人物が今、ここに来ている。警戒するに越したことはない。」


 私もフェイも黙って頷く。


「君たちは我々の恩人だ。そんな目には会わせられん。だからこっそり逃げてくれ。今ならまだ無関係で通せる。」

「無関係だなんて・・・」

「今はそういうことにしてくれ。私たちにとっても2人がひどい目に逢うのは見過ごせない。」

「く、クレッグさんは・・・」

「心配するな。我々は兵士だ。覚悟はできている。さあ、時間がない。行け!」


 そう言うとクレッグさんは、私たちが出発したかどうかも確認せずに船へと戻って行った。

 残された私たちは顔を見合わせる。


「どうしよう?」

「・・・とにかく、ここに留まってちゃいけない。まずは船から離れよう。」


 幸い、自分たちの荷物は全部『ガレージ』に入れてある。手ぶらの私たちは船から降りてきたようにすら見えないだろう。

 クレッグさんと話した建物の隙間から、反対側に抜けて通りに出る。幸運なことに人通りは少なく、私たちが不自然な場所から出てきたことに気付く人はいなかった。

 慌てず、できるだけ普通に、でも急いで。そんな感じで早歩きで町の外へと向かう。

 すると、その途中で、兵士の集団が港の広場に集まっているのが遠目に見えた。


 ・・・あれが、諜報部隊。


 確かに先頭にいるのは黒髪の猫系獣人だ。眼鏡をかけている。クレッグさんの話だと恐ろしい人のようだが、見た目は小柄な少女だ。文学少女と言った雰囲気がある。恐ろしい人には見えない。

 その猫系獣人と向かい合っているのはクレッグさんだ。私はどうにも気になって、フェイを引き留める。


「フェイ、声を拾える?」

「見つかったらどうするんだ?逃げた方がいいだろ。」

「でも、クレッグさんが・・・」


 フェイは困った顔をするが、クレッグさんが心配な気持ちは同じようで、そっと物陰に移動した。


「『キャッチ・ボイス』」


 フェイの集音魔法で、クレッグさん達の会話が聞こえて来る。


「まあ、つまりぃ、船の積み荷を確認したいんですよぉ。」

「なら、見てみればいい。やましい物など積んでいない!」

「いえいえ、この、持ってきた積み荷じゃなくて、向こうに運んだ積み荷ですよぉ。」

「・・・帳簿か?なら、すぐに持ってくる。」

「いりませんよぉ、そんなの。」


 船に戻ろうとしたクレッグさんが、その場で固まる。


「帳簿なんて、嘘を書けばそれまでですぅ。」

「では、どうやって確認するつもりだ?」

「あなたが、喋ればいいんですぅ。嘘偽りなく、ねぇ。」


 その少女が発した声色に、私は身震いする。確かに、これは恐ろしい類の人だ。見た目は平凡で、おっとりした雰囲気なのに、なぜか恐怖を感じる。


「証拠もないのに闇魔法を使用するのは、犯罪だ。」

「そうですねぇ。では証拠を用意しましょう~。」

「そんなものがあるわけがない。」


 フン、とクレッグさんは鼻を鳴らす。


 ・・・そうだ。証拠なんてない。クレッグさんが悪いことをしているわけないもの。


 私は確信をもって様子を見るが、黒猫の少女もまた確信があるようだ。声はのんびりとしていながら、揺らぎがない。


「別に物的証拠じゃなくてもいいんですよぉ。皆が納得できる程度に、疑わしい、となれば、それで十分なんですぅ。」

「・・・・・・」

「まず、なんでこんな船で交易を?魔導船を使えばいいじゃないですかぁ。」

「フォグワース領が貧しいのは知っているだろう?そんな高価な手段は使えん。」

「ほうほう~。じゃあ、航海は大変でしょう~。時間もかかるし、犠牲も出るでしょう~?」

「そうだ。今回は往復で6人、犠牲になった。これでも少ない方だ。」


 私はぎゅっと拳を握る。私たちが乗っていた復路での犠牲者は2人。往路で既に4人が犠牲になっていたのだ。いくらついでとはいえ、こんな安く乗せてもらってよかったのだろうか?

 私がそんな考えを浮かべる間にも会話が進む。


「へえ~。じゃあ、おかしいですねえ。」

「何がだ。」

「それなら、魔導船の方が安いですぅ。」

「・・・何?」


 少女が部下らしき人から何か受け取った。それを手元でパチパチと弄り始める。算盤だろうか?


「魔導船で運んだら、いくらになると思いますぅ?」

「・・・知らん。利用したことがない。」

「そうですかぁ。・・・積み荷がこのくらいとして、兵士が1部隊乗り込んで・・・こんなところでしょうか?」


 少女は計算結果をクレッグさんに見せている。ここからではその額は見えないが、私たちは魔導船の運賃を知っている。バカ高いのは見なくてもわかる。


「やはりとんでもない高額ではないか!なぜ魔導船の方が安いなどと出鱈目を!」

「出鱈目じゃないですよお。今から計算して見せますぅ。」

「計算するまでもない!我々が交易にかけている費用くらい知っている!」


 そう言ってクレッグさんは少女の手元の算盤を弄る。反対向きでも操作できるとか、クレッグさんは地味に起用だ。


「こんなところだ。どうみてもこの方が安い!」

「このままなら、そうですねぇ。」


 クレッグさんは論破したつもりのようだが、少女はまったく動揺していない。


「しかし、これは航海に必要な物資の分だけでしょう~?船の維持費はぁ?貴方たちの人件費は入れてますかぁ?」

「む・・・船の維持費は入っている。だが、人件費か・・・いや、それなら魔導船の場合も同額かかるはずだ。」

「そんなことはないでしょう~?危険手当とかもらってませんかぁ?」

「そんなものはない。」

「あらあら~、世知辛いですねえ。」


 こればかりは少女に同意せざるを得ない。危険手当なしとか、ブラックにもほどがある。


「だが、まあ、負傷したときの治療費くらいはあるか・・・あ。」


 そこでクレッグさんは何かに気がついたようで、蒼褪める。


「ふふふ、そう。負傷した場合の治療費、そして、戦死した者の遺族への補償。それを含めると・・・ほら。」


 ここから算盤の計算結果は見えないが、結果はクレッグさんの表情を見れば容易に推察できた。


「け、計算違いだ!そもそも、こんなもの、概算に過ぎない!」

「まあ、確かに概算ですけどぉ、妥当だと思いますよぉ?これでもかなり安く見積もってますぅ。」

「くっ・・・」


 少女の言い分を理解できるためか、クレッグさんは反論できずにいる。


「というわけでぇ、フォグワース伯爵は、わざわざ高い費用をかけて、こんなところから自前の船で輸出していますぅ。それはなぜか?国に見られたくないものを輸出しているからでしょう~?」

「ち、違う!」

「まあまあ~、違うというなら、いっそ正直に喋ってしまえばいいでしょう~?」


 そう言って少女がそっとクレッグさんに手を伸ばすと、クレッグさんは慌ててそれを避けた。


「触るな!」

「おや、抵抗するんですかぁ?やはりやましいことが?」

「違う!」


 ・・・クレッグさんが危ない!


 そう思ったものの、どうすればいいかわからない。

 ここで「異議あり!」と飛び出しても、反論の材料がない。

 迷う私の思考を遮るように、ある言葉が耳に入って来た。


「ん?人間の匂い?」


 それは黒猫少女の後ろに控えていた、犬系獣人の兵士の声だった。くんくんと鼻を鳴らして、こちらを向いている。

 ハッとした。今、私たちは獣人の国にいるのだ。人間というだけで目立つ存在だということを失念していた。


「そこに隠れているのは誰だ!」


 案の定、私たちは見つかり、諜報部隊に付き従う兵士たちが、一斉にこちらを向いた。


「逃げるぞ!アカリ!」

「う、うん!」


 フェイに手を引かれて、走り出す。


「待て!」

「怪しい奴らだ!捕らえろ!」


 兵士たちが私たちを追って走り始めた。


「待ってくれ!彼らは関係ない!」

「それは関係者だと自白したも同然ですよぉ。」


 去り際に集音魔法がクレッグさんと少女のやり取りを拾った。


 ・・・結局、私にはクレッグさん達を助けられなかった。でも、今は逃げなきゃ!

 

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