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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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A6 とある平凡な異世界人の孤独な日記⑥

 乗合馬車を乗り継いで、私とフェイは東大陸西岸の小さな港町に着いた。シイハイのような大きな港町ではない。

 私にとってはこの世界に転生して初の海だったけれど、特に感慨もなかった。見た目は前世の海と大差ない。

 適当に海岸沿いをぶらつく。水揚げされている魚とかを見てみるが、見るからに異形という感じのものがいるわけでもなく、普通の魚だ。前世の魚類に詳しい人が見たら、変わったところを見つけられるのかもしれないが、私は詳しくないのでわからない。


「新鮮な魚かあ、美味そうだな。」


 フェイは魚を見て、その生態よりも味の方が気になるようだ。


「そうだね。でも、約束の時間まであんまりないし、あっちでも食べられるよ。」

「そうだな。早く合流しないと。」


 私たちは少し歩調を速め、港を歩く。紹介してもらった商人を見つけて、船に乗せてもらわないといけない。


「お、あれじゃないか?」


 フェイが指さした方を見ると、フードを被った屈強そうな男たちと商人っぽい人が中型船の前で話をしている。あのフードは獣人の獣耳を隠しているように見えなくもない。

 近づいて、話しかけてみる。


「すいません。パイロンさんでしょうか?」


 話しかけられた商人が振り向き、フードの男たちが警戒する。ちょっと恐い。


「ああ、あなたが乗客のお二人ですね。クレッグさん、警戒しなくていいですよ。ほら、話していた運送屋の。」

「おお、失礼しました。何分、我々にとっては、この国は物騒でして。」


 クレッグと呼ばれた先頭の獣人が、警戒を解いてフッドを少しめくりあげた。歴戦の兵士といった顔つきのおじさんだ。頭に獣耳がある。狐だろうか?


「フォグワース伯爵様の私兵団で分隊長をしているクレッグと申します。今回はよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

「無事合流できてよかった。さて、では私はこれで。」


 挨拶を終えた私たちを見届けた商人、パイロンさんはさっさと帰ってしまった。

 クレッグさんの話によれば、クレッグさん達が運んできた荷をパイロンさんはこれから売りに行くらしい。私たちはクレッグさん達の帰りの船に乗せてもらうわけだ。


「さて、長居をしてトラブルに巻き込まれるのも御免だ。出発するぞ。」

「「はい!」」


 そうして私たちはクレッグさんの船に乗り込んだ。



「『シップハンドリング』」

「『ウィンド』!」


 クレッグさん達が魔法を唱えると、船がゆっくりと動き出した。やがて風が強くなってきて、その風を帆に受けた船が加速していく。思ったより揺れが少ない。

 それを見たフェイが協力を申し出る。


「クレッグさん!俺も手伝います!風魔法は得意なんです!」

「それはありがたいが、君たちは客人だ。報酬ももらっている。無理はさせられん。」

「大丈夫です!俺が手伝った方が早く着けるでしょう?」

「それはそうだが・・・操船の経験は?」

「雪上船なら。」

「ほう、あれを使えるのか。ならば問題ないだろう。よろしく頼む。」

「任せてください!」


 獣人の兵士たちに混じってフェイも『ウィンド』で風を吹かせ始めた。風が勢いを増し、見るからに船が加速する。


「ほう、これはすごい。水色髪からして風適性が高いとは思っていたが、流石は魔法王国というわけか。」


 感嘆するクレッグさんには悪いが、突っ込ませてもらおう。


「違いますよ。」

「む?」

「魔法王国だから、じゃないです。フェイがすごいんです。」

「ははは、確かにそうだ。これは失礼した。」


 そのまま風に吹かれながら、舵を握るクレッグさんと雑談をする。フェイはフェイで兵士たちと楽しそうに話しているから構わないだろう。


「思ったより揺れないんですね。」

「ああ、君は異世界人だったね。魔法で動く船は初めてか。」

「はい。」

「『シップハンドリング』の効果だよ。波を制御しているんだ。そう難しい魔法じゃないから、水適性があるなら覚えておいて損はない。」

「そんなのあったんだ・・・あー、覚えておけばよかったなあ。」


 海を渡るのだから、出発前に教会で登録してくればよかった。きっと『シップハンドリング』以外にも海で役立つ魔法が色々あったに違いない。

 後悔する私に、クレッグさんは優しく笑いかける。


「お、水適性があるのか?じゃあ、『ウォーター』で水を調達するのを手伝ってもらえるかい?船員全員分の水を用意するのは地味に大変でね。」

「わかりました!お手伝いします!」


 人の役に立つのがうれしい私は喜んで協力を申し出た。クレッグさんも私が役に立てないことを悔しがっていると察してくれたのだろう。


 ・・・誰よ、獣人が荒くれ者だなんて言ってたのは!気遣いできるいい人達じゃない!



 それから船は少しずつ大洋を進んでいった。西大陸と東大陸の間の海は広い。前世で言えばインド洋くらいあるのではないだろうか?

 途中で点在する島々で補給をしつつ、進んでいく。こうしたぽつんと存在する孤島に住む人々は、こうした交易船との売買で生計を立てているらしい。基本は島内で自給自足だろうが、細々としたものが不足するのだろう。

 クレッグさん達も日用品やお酒を売って、食料を買っていた。


「もっとたくさん積んでくれば、儲かったんじゃないですか?」


 フェイがそう口にすると、クレッグさんは苦笑いをする。


「そうしたいのは山々なんだがね。ウチの領地は貧しいんだ。万が一、この船旅が失敗する可能性も考えれば、我々にあまり多くの金や物資を預けられない。」

「失敗?」

「そのうちわかる。」


 クレッグさんがそう言った翌日、私たちはその意味を思い知った。

 その日の昼頃だ。物見に立っていた兵士が声を上げた。


「10時の方向!海獣の群れです!」

「総員戦闘配置!2人は船室へ!」


 慌ただしく動く兵士たちの隙間を縫って、私たちは船室に避難した。船室の扉を覗き込むクレッグさんがフェイに指示を出す。


「私が合図したら、即座に風を吹かせてくれ。思いっきりな。方角は指示する。」

「わ、わかりました。」

「よし。では、2人を頼む!」

「はっ!」


 クレッグさんは航海士さんにそう言って出て行った。航海士さんは敬礼でクレッグさんに応えた。私たちの護衛をやってくれるらしい。


「あの、海獣って・・・」

「海に棲む獣です。肉食の奴らは獰猛で、時に船に襲い掛かるんですよ。」


 そんな会話をしているうちに、外が慌ただしくなってきた。


「弾幕を張れ!近づけさせるな!雷魔法まだか!」

「もう少しです!」

「来るぞ!構えろ!」


 その声がした数秒後、船に大きな衝撃が走る。転びそうになった私をフェイが支えてくれた。


「あ、ありが・・・」

「っ!下がって!」


 礼を言おうとした私を、航海士さんが壁に向かって押す。直後、船室の窓を突き破って、何か大きなものが飛び込んできた。


「きゃあ!」

「な!?」


 飛び込んできたのは、1mくらいのアザラシのような獣だった。だが、前世で見たアザラシのような可愛らしさはない。自分は肉食であると主張するように、立派な牙を剥いている。草食獣が威嚇が天敵撃退のために備えているような牙ではなく、明らかに肉を食いちぎるための牙だ。

 驚きつつもそのアザラシモドキを観察していると、口を閉じて、鼻から息を吸い込んだように見えた。


「伏せて!」


 航海士さんが私たち2人を引き倒すように床に伏せさせた。すると、さっきまで私たちが立っていた空間を貫いて、高圧水流が壁を抉った。

 あの体のどこからあんな大量の水が!?と思ったけれど、水魔法だろう。


「くっ、魔獣か・・・お二人は下がっていてください!」


 航海士さんが剣を抜いてアザラシ型魔獣へと接近する。


「ふん!はっ!」

「ギュキュ!」


 航海士さんが懸命に剣を振るが、魔獣はその陸上では動きづらそうな体形のくせに、機敏に跳ね回って剣を回避する。

 どうやら航海士さんはあまり有効な攻撃魔法を持っていないようだ。


「え、援護したほうが・・・」

「待った!アカリ!下手に撃ったらかえって危ない!」

「う・・・」


 確かに、ここで私が援護のつもりで攻撃魔法を撃っても、航海士さんに当たる可能性が高い。


 ・・・どうしよう!どうしよう!


 気持ちばかり焦る。そんなことをしている間に、魔獣はまた水鉄砲を放ち、航海士さんの肩を掠めた。


「ぐうっ!」


 航海士さんが怯んだところへ、魔獣が飛び跳ねて噛みつこうとする。


「あ!」


 危ない!そう思ったとき、航海士さんは素早く態勢を立て直し、噛みつこうと飛び上がった魔獣に剣を向けた。


「はあっ!」

「ギャ!?」


 跳びかかった魔獣にカウンターのように剣が突き刺さり、口から頭へと貫いた。何かはみ出したが、見たくはない。

 ドスン、と魔獣はその身を船室の床に横たえて絶命した。

 ふうと息を吐いた航海士さんが、剣を魔獣から引き抜いて血を払い、鞘に納めた。呼吸を整えつつ、こちらに振り返る。


「お怪我はありませんか?」

「だ、大丈夫です。」

「俺も。」

「よかった。つっ・・・」


 航海士さんが痛そうに肩を押さえる。魔獣の水鉄砲で撃たれた場所だ。


「大丈夫ですか!?」

「なに、かすり傷です。」

「私、木魔法が使えるんです!治療させてください!」

「・・・お願いできますか?」

「はい!」


 傷口を見せてもらって、木魔法を唱える。


 ・・・えっと、止血して、消毒して、だよね。


「『スタンチブラッド』『ディスインフェクト』『ヒール・ショルダー』」


 出血が止まり、傷口が少しずつ塞がっていく。


「ありがとう。もう十分です。後は自前の『ヒール』で治せます。」


 数十秒、かけ続けた程度で、まだ完治には程遠いが、航海士さんは十分と言って離れた。


「ところで、木魔法はどの程度使えますか?」

「すいません。『ヒール』が限界です。『リペア』までは・・・」

「そうですか・・・」


 『ヒール』で治せるのは自然治癒で治りうる範囲までだ。大怪我や部位欠損を直すには『リペア』を使う必要があるが、私では木適性が足りない。

 そこへクレッグさんが駆け込んできた。


「無事か!?」

「はい!お二人は無傷です!」

「よかった。」

「外の方は?」

「1人やられた。あと、負傷者が2人。」

「わ、私、治します!」

「あ、ちょっと!」


 いてもたってもいられず、私は甲板に出た。しかし、想像以上の血なまぐささに立ち止まる。


「うっ・・・」


 甲板は海獣の死体だらけで、血やら何やらたくさん転がっていた。その奥に、負傷した兵士さんがいたが・・・一目で私の手に負える状態ではないとわかった。左腕が一部食いちぎられて、骨が見えていた。

 血の気が引いてふらつくが、なんとか持ちこたえる。


 ・・・役に、たたなきゃ。


 もはや強迫観念に近い使命感で、踏みとどまる。海獣の死骸を見ないようにしながら、負傷した兵士さんに近づく。恐怖でか、自然に涙が出て来るが、ぐいっと袖で拭く。


「すいません。止血くらいしか、できないけれど・・・」


 私は『スタンチブラッド』と『ディスインフェクト』だけ唱える。この大怪我に『ヒール』では大した効果がないだろう。齧られた部分が欠けた状態で固定されてしまうかもしれない。


「十分だ。ありがとう。」

「・・・・・・」


 なぜ皆、たったこれだけで十分だと言うのだろう。前世の日本で考えれば、この程度の応急処置では、全然十分ではない。自分の力不足を痛感させられる。


 もう1人はそれほど重傷ではなかったので、容易に治療できた。2人の治療が終わった頃には、甲板の死骸は片付けられていた。

 クレッグさんが私にお礼を言ってくれる。


「ありがとう。君は強いな。」

「いえ、私なんて・・・」

「いや、戦場に初めて立った者は、もっと怯えるものだ。だと言うのに、君は私の部下を治療してくれた。礼を言う。」

「・・・どういたしまして。でも・・・この部隊に、木魔法使いはいないんですか?」

「昨日も言った通り、この任務は生きて帰れるかもわからないものなんだ。貴重な木魔法使いをここには連れてこれない。」

「そんな・・・」

「さっきのような海獣の襲撃は珍しいことではないんだ。この交易は何年も前からやっているが・・・既に2回、帰って来なかった部隊がいる。」

「これは、必要なことなんですか?」

「もちろんだ。ウチの領地は貧しい。東大陸との交易で外貨を得るしかないんだ。」

「・・・・・・」


 私は、反論を探したが、思いつかなかった。これを止めてしまえば、きっと彼らの領地では飢える者が多く出てしまうのだろう。その数はここでの戦死者とは比べ物にならないくらい多くなるかもしれない。

 助けたい、役に立ちたいとは思っても、私にはどうにもできない。政治に口出しできるような立場でもない。そもそも、フレアネス王国民ですらないのだ。


「君も疲れただろう。船室で休むといい。」

「・・・はい、そうします。」


 そう言って私は船室に向かったが、急に体の力が抜けて、倒れてしまった。


「あ、アカリ!」


 遠のく意識の中で、フェイが慌てて近づいてくるのがわかった。


「魔力切れだ。無茶を・・・」


 そこまで聞いて、私は意識を失った。


ちょっと平凡じゃなくなってきましたね・・・今更か。

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