A5 とある平凡な異世界人の孤独な日記⑤
独立を決心した私とフェイは、少しずつ準備を始めた。
まず、社長に独立の話をしたところ、快く送り出す、と言ってくれた。フェイはここに勤めて10年以上経つようで、フェイならやっていけるだろう、と太鼓判をもらった。
とはいえ、経営は素人のフェイにすぐに新会社を設立できるわけがない。独立の準備が整うまで、社長は仕事の合間にフェイに色々教えてくれた。私も一緒に勉強しようかとも思ったが、最近私は『ガレージ』を利用した運送が好評で忙しく、あまり付き合えなかった。
『ガレージ』に入れた荷物は、当然だが運ぶ間に荷崩れしないし、運ぶ私は手ぶらなので運ぶのも速い。好評なのは当たり前だった。特別料金を取ってもなお、大人気である。
本音を言えば、社長は私を手放したくないだろう。私の活躍で会社の収益は一気に伸びている。それでも笑って送り出してくれるのだから、社長の度量に頭が下がる。何度お礼を言っても足りないくらいだ。
とはいえ、すぐに独立とはいかない。フェイにも話したように、あまりに不義理だし、それに準備もたくさん必要だ。
いかに『ガレージ』を主軸に運ぶとはいえ、何の道具も無しに仕事はできない。長距離移動には馬などの乗り物が欲しいし、冬にも働くなら自前の雪上船も欲しい。住処も新たに必要だから、家具とかいろいろ必要だ。ちなみにフェイは家具付きの借家住まいで、自前の家具はほとんど持っていない。私に至っては社長の家に泊めてもらっている始末だ。
だからまずは貯金と道具の準備。これだけで1年かかった。いや、起業の準備としては短い方かもしれないが、そこは私の働きでボーナスを稼ぎまくった。具体的に言えば、お客さんからもらったチップや、社長が気を使って給料を多めにくれた。
各方面から多くの助けを借りながら、私たちの起業準備は少しずつ進んでいった。
1003年春。私が転生してから2年弱経った頃、ようやく目途がついた。
地味な道具の準備の説明は省くとして、私たちがこの間にそれ以外にやったのは、『ガレージ』の性能確認だ。
異世界人の固有魔法として『ガレージ』は有名だが、細かい性能まで広く知れ渡っているわけではない。入れられる物に制限はあるのか、どれくらいの量入れられるのか、確かめなければならない。
私の『ガレージ』は、イメージとしてはその名の通り、異空間に倉庫が存在し、私の意思で好きなところにその倉庫への出入り口を開けられる感じだ。
出入り口と言っても、私が出入りするのではなく、荷物は勝手に出て来る。倉庫側の出入り口は倉庫内の好きな場所に開くことができ、その出入り口の穴に入れたい物を突っ込めば、あとはイメージした場所に配置してくれる。出すときは出入り口を開いてイメージすれば、その物が勝手に出て来る。初めてやった時は、取り出す速度が思ったより速くてびっくりしたほどだ。それで皿を割ってしまったのは苦い思い出である。
現状を確認したら実験開始。とにかくいろいろなものを出し入れしてみる。筆、椅子、ナイフ、服、ベッド、水、お酒、果物、果ては観葉植物を鉢ごと入れてみたりした。
結論。素材・大きさに制限はなく、現状確認できる限り、倉庫の広さは無限に近い。水を出入り口の穴に注いで、取り出したらきれいな水のまま出て来た時には驚いた。植物も普通に倉庫内で生きていた。
ただ、いろいろ実験していたが、1つだけ、どうしても私が渋ったものがあった。
「なあ、やってみちゃだめか?これができたらすごい便利なんだと思うんだけど。」
「嫌だよ!中で暴れたら、どうなるかわかったもんじゃない!」
そう言ってフェイが私に近づけて来るのは、どこで捕まえて来たのか、ゴキブリのような虫だ。
「こんな虫が飛び回ったくらいで、問題ないだろ?」
「嫌!私の私物とかも『ガレージ』にしまってるんだから!」
私は別に虫嫌いではない。しかし、倉庫内には本とか服もある。この虫が汚さない保証はない。
結局、動物を入れる実験は断念した。
準備ができたら、次は移動先だ。私もフェイも獣人族がいる国に行きたいので、獣人も普通に暮らしている国がいい。
かといって、フレアネス王国のような獣人至上主義の国は生きづらそうだ。観光くらいはいいだろうが、住むとなったら問題が多いだろう。
そこまで考えたところで行き詰まった。なにしろ情報が少なすぎる。私もフェイも外国などほとんど行ったことがないのだから仕方がない。
そこで、私たちは得意先の商人に相談してみた。
「なるほどねえ。」
商人さんは私たちの独立話を聞いて、少し考え込む。まず、フェイが希望を述べた。
「僕としてはイーストランドに興味があるのですが・・・」
それはそうだろう。フェイが外国に出て働きたいと思ったきっかけの国だ。思い入れが強いのは想像に難くない。
しかし商人さんは即答で却下する。
「やめときな。イーストランドは今、ライデン帝国に攻め滅ぼされる寸前だ。巻き込まれるぞ。」
「そんな・・・」
フェイはショックを受けていた。ネオ・ローマンという平和な国で働いていると外国の情報はあまり入って来ない。イーストランド王国がライデン帝国と戦争していることは聞いていたけれど、まさか敗北寸前とは。
「第一、イーストランドは表向きは種族間平等になったけれど、まだまだ獣人族への差別は根強い。まあ、この国ほどではないが。」
「商人さんは、獣人とも取引を?」
落ち込むフェイに代わって、私が話す。
「ああ。シイハイの港で仕入れをしてる。西大陸からの輸入品の取引の時によく会うよ。獣人族は荒っぽいとは言うけれど、流石に商売する奴らはちゃんとしてるさ。」
「へえ~。」
私が興味津々で聞いているのを見た商人さんが、代案を提案してくれる。
「なら、カイ連邦はどうだ?」
「南の?でも、あそこと、この国では仲が悪いんじゃあ・・・」
ネオ・ローマンと南のカイ連邦はよく小競り合いをしている。種族差別が原因らしいが、一市民としてはいつ戦争に発展するか気が気ではない。
「いや、そっちじゃなくて、西大陸のさ。カイ連邦なら種族差別もないし、いいんじゃないか?」
私とフェイは顔を見合わせた。隣国ですらない国のことなど全く知らない私たちは、そんな国の存在すら知らなかった。
商人さんの言う通りなら、まさしく私たちが望んだ環境だ。
ちなみに、ここの南のカイ連邦は、正しくは東カイ連邦と呼ぶらしく、メインは西大陸の方らしい。
「そこがいいです!どうやって行けばいいですか!?」
気を取り直したフェイが、熱心に商人さんに聞いたところ、カイ連邦は西大陸の西側に位置し、直接行くのはシイハイから月一で出る魔導船だけとのことだった。
ならそれに乗って・・・と思ったが、別の問題が発生した。
お金が足りない。いつだって問題になるのはお金のような気がする。
魔導船の運賃は非常に高く、フレアネスの最東端の港までなら何とか乗れるが、それより先まで乗るにはお金が足りなかった。いや、あるにはあるのだが、そこに使ってしまうと、起業の費用がない。文無しで伝手もない外国に、とか自殺行為だ。
「な、なんとかならないでしょうか。」
これ以上出発を遅らせたくないフェイは、商人さんに縋る。
「うーん。魔導船の運賃はどうにもならんなあ。あれは必要経費なんだよ。あれの運用には多くの優秀な魔法使いが必要だからね。」
「そんな・・・」
絶望するフェイを見かねた商人さんが、一つ提案をしてくれた。
「どうしても安くカイ連邦まで行きたいなら、少々危険だが、別ルートがある。」
「本当ですか!?」
「ああ。知り合いの商人がフレアネスのとある伯爵様と取引をしていてね。彼を通じてその船に乗せてもらえばずっと安く行ける。船の護衛も伯爵お抱えの兵士だから、渡航中の危険もある程度対処できるはずだ。」
「おお。」
フレアネス王国の伯爵の兵士ということは、獣人の兵士だろう。私の脳内に力強いカッコいい、犬耳の兵士が浮かび上がる。それは会ってみたい。
「いいんじゃない?フェイ。」
「ああ。ありがとうございます!」
「おっと、礼を言うのは早いよ。知り合いが承諾してくれるかもわからないんだし。それに、うまくフレアネスまで行けたとしても、そこからは陸路でカイ連邦まで行かなきゃいけないんだ。」
「大丈夫です。アカリ、馬を買うのはフレアネスの港ででもいいだろう?」
「うん。馬に乗っていけば、そんなにかからないよね。」
私たちは起業時に馬を買う費用を用意していた。行った先で買う予定だったが、少し早めても全く問題ない。
「ああ。フレアネスの馬は良いのが多いからね。それでいいだろう。ただ、傭兵を護衛に雇った方がいいぞ。あっちは物騒だからな。そこをケチったら死ぬぞ。」
それまでの温和な雰囲気を切り替えて、睨むように商人さんが脅す。妙に実感が籠った言葉に、私は息を飲む。
フェイは覚悟を決めた顔つきで答えた。
「わかりました。何から何まで、ありがとうございます。」
「だから、礼は早いって。」
「運送屋は速さが重要ですから!」
ニッと笑ってフェイが冗談を言うと、商人さんも笑い返した。
「そうかい。確かにそうだ。じゃあ、来週あたりまた来なさい。その頃には話をつけておくから。」
「「お願いします!」」
その次の週、商人さんから許可が下りたと連絡をもらい、大喜びで私たちは準備を進めた。
そしてその年の夏、いよいよ私たちは2人で新天地に向かうこととなった。
「忘れ物はないかい?」
「はい。大丈夫です。」
メアリさんが心配そうに尋ねるが問題ない。確かに私は忘れっぽいが、荷物はいつも『ガレージ』に入れている。出し忘れることはあっても、仕舞い忘れはない。
「俺もいるから大丈夫ですよ。」
フェイは自信満々に言うが、それでもメアリさんは心配そうだ。
「アカリ。フェイが突っ走りそうになったらちゃんと止めるんだよ?どうにもこの子は昔っから勢いで物事を決めちまうところがあるから。」
「ははは、わかってます。」
フェイがアクセルで、私がブレーキ。この2年で自然とこの役割分担ができていた。
次に見送りの言葉をくれるのはフレッド社長だ。
「フェイ。教えたことを忘れるなよ。国が違っても仕事のやり方の根本は同じはずだ。」
「はい。・・・今までありがとうございました。」
「・・・ちゃんと成功させろ。それが一番の恩返しだ。」
「・・・わかりました。」
社長はいろいろ言いたそうだったけど、ぐっと堪えて手短にまとめたようだ。
「こっちまでお前らの評判が届くのを楽しみにしてるぞ。」
「もちろんです!」
社長がかっこよくまとめ、フェイが答えて綺麗に締まったかと思ったが、メアリさんが口を挟む。
「あら、そんなの待ってるより、手紙が欲しいわ。向こうに付いたらちょうだいね。」
「ふふふ。わかりました。必ず出します。」
「む・・・そうだな。手紙くらいは寄こせ。」
「はい。」
カッコよくまとめたところに水を差されて少し不機嫌そうにした社長だったが、奥さんの言葉に納得する気持ちの方が強かったようで、奥さんに同意した。
「では・・・」
「「お世話になりました!」」
「気をつけてね。」
「雇う傭兵はちゃんと選べよ!ギルドによく評判を聞いて・・・」
「それは何度も言われましたから、わかってますよ。」
別れ際にもずっと注意を述べる社長を尻目に、私たち2人は旅立った。目指すはカイ連邦。まずは港に行って海を渡らなければ。
・・・ええと、お世話になる伯爵様は何て言ったっけ。確か、フォグワース伯爵様、だったかな。狐系の獣人だそうだけど、油揚げ持って行った方がいいかな?




