121 戦艦オーラム防衛戦⑪-終結-
「くっそ~、しくじった・・・」
帝国軍に所属し、数々の奇策を提案しては帝国を勝利に導いて来たモリス軍師は頭を抱えていた。
彼は皇帝に発破をかけられた後、戦艦オーラム奪還作戦を指揮するために前線に来ていた。開発されたばかりで試験運用中のスノーモービルを借り、西部戦線へと移動したのだった。異世界人であるモリスにとって、前世の物と同様の作りであるスノーモービルの運転はそう難しいものではなかった。
モリスはリュウセン運河の西部戦線総司令部に到着するなり、最前線の兵士たちにすぐに指示を出した。到着したばかりで既に戦況を把握している軍師の有能さに周囲は感嘆していたが、軍師の情報収集方法については秘密があった。
それはさておき、モリスはたった今、戦艦オーラム奪還作戦が失敗したという報告を聞いたところだ。
報告して来た連絡員の前では堂々としていたが、部屋で1人になるなり、すぐに愚痴をこぼした。誰もいないのならば、取り繕う必要もない。
「作戦自体は悪くなかったよな?今後を考えて、物資や兵の消耗を押さえつつ、確実に勝てる方法を取った。今回は<赤鉄>は来なくて<疾風>だけが来るって読みもあってた。で、敵の主力である<永久凍土>を<暗愚>の総力で戦艦に釘づけにして、その間に<疾風>を誘引し、仕留める。悪くない狙いのはずだった。」
モリスは机をこつこつと指で叩きながら、ぶつぶつと独り言を言う。1人の方が落ち着くから、と副官をつけないモリスは1人でいることが多く、独り言が癖になっていた。
「それがなぜか<疾風>は攻めて来ないで守りに徹した。待ちきれなくなった<鎌鼬>が出陣したら、その隙をついて<永久凍土>が単独で砦を落とした・・・最悪じゃねーか!<暗愚>は速攻で負けるし、<鎌鼬>は言うこと聞かないし・・・つーか、<永久凍土>、なんで砦に出て来た!?今まで後生大事に戦艦守ってただろうが!」
モリスには<永久凍土>の思考がわからない。戦艦に立て籠もる<永久凍土>を誘い出そうと、今まであれこれ策を弄していたのだが、<永久凍土>は愚直に戦艦を守り続けていたのだ。
ならば、と始めたのが、大規模別動隊による補給線への攻撃だった。戦艦が直接落とせないなら、兵糧攻めを、というわけだ。
結果は今まで良好だった。どれだけ補給線を守る王国軍が劣勢でも、<永久凍土>は梃でも動かなかった。これ幸いと補給線を攻撃し続けていたのだ。
そのため、モリスは今回の作戦立案にあたり、<永久凍土>が攻撃に出て来る可能性を排除してしまっていた。完全に意表を突かれた。
「しかも、落とされ方がひでえ。頑強な砦が中身ごと木端微塵?何をやったってんだよ・・・おかげで備蓄してた食料も武器弾薬も台無しだ。くそっ・・・特に武器は痛い。これ以上金属原料は増えない。今ある武器で回さなきゃいけないってのに。」
落とされた砦から逃げ延びた兵士の報告によれば、突然、砦がガラス細工のように割れたという。1階が割れ、後は上階も連鎖的に。そして中にいたはずの友軍も物資も何もかも瓦礫と混ざってしまったそうだ。埋もれたのではなく、「混ざった」。単なる倒壊ではないとわかる。
つまり現場指揮官も全滅している。残った兵士は撤退せざるを得なかった。
「砦の中身が全滅なら、この報告は無線じゃなく、生存した兵士が他の拠点まで足で走って辿り着いてからの報告ってことだ。何をするにも手遅れだな・・・とはいえ、情報収集はしておくか。」
モリスは立ち上がり、部屋の入口のカギを確認する。今からやることは誰にも見られたくない。窓のカーテンも閉めた。
再度席に着いたモリスは、深呼吸をしてから、意識を集中させる。
「『ラプラス・システム』。起動。遠隔視。緯度40.2。経度・・・21くらいか。・・・あ、ちょっとずれた。もう少し西・・・うん。拡大。」
モリスの視界に映像が映り、指示に従って視点が変わっていく。崩壊した砦の俯瞰映像が見えた。
「過去視。70時間前。・・・71時間前。・・・」
さらに見えている風景が変わっていく。少しずつ時間を遡っていくと、75時間前で一気に景色が変化した。砦が健在だったころの映像だ。
次に分刻みで時間を変えていくと、砦に忍び込む者の姿が見えた。
「こいつが<永久凍土>か。結構歳くってるな・・・」
引き続き動きを見ると、<永久凍土>は砦の壁に触れ、数分間そのまま動かなかった。そして、彼が砦から離れた瞬間、兵士が報告した通り、砦は割れるように崩れた。
「っ!何をしたんだ?」
再度巻き戻し、映像を拡大して確認する。砦の壁に水を送っているようだ。そして、離れる前に、その水が凍結しているのが見えた。
「まさか、微細な亀裂に水を浸み込ませて、凍結して砕いたのか?いや、それだけじゃあ、粉々にまではならん。巨大な建造物をまるごと粉砕するレベルってことは、とんでもない極低温・・・砦の中は液体窒素をぶちまけたような温度だったってわけか。」
ふう、と息を吐いて、モリスは『ラプラス・システム』を解除する。椅子の背もたれに体を預けて目をつむり、思考に耽る。
『ラプラス・システム』は、モリスに与えられた固有魔法だ。かつて勇者カイが使用していた魔法で、本来、未来予測に用いられる。神々もそのつもりで開発した。
ところが、実際のところ、これで未来予知は難しい。『ラプラス・システム』はあくまで情報を収集し、未来を演算によって予測するものだ。100%的中とはいかない。
仮に正確な未来予知に成功したとしても、未来を知った者が存在してしまうことで、ほぼ必ず異なる未来に変化してしまう。
第一、未来予測に必要な情報量は半端ではない。普通の人間に処理しきれるものではなく、人の身で『ラプラス・システム』を使いこなすことはまず不可能と言える。さらに言えば、八神でも無理だ。
それでも勇者カイは、大雑把にとはいえ、『ラプラス・システム』を使い、未来予測をできていたという。いわゆる天才という奴だ。
モリスにはそんなことはできない。そこで、『ラプラス・システム』の一部である情報収集機能を使用して、こうして情報収集をしているというわけだ。
実際、これは相当便利だ。俯瞰映像だけだが、遠くの物も過去の物もどこでも見ることができる。ただし、代償としてこれだけ見ただけでも魔力を多く消費するのだが。
さらに、代償は他にもある。それは、この固有魔法を使える条件だ。それは、「『ラプラス・システム』という魔法が存在することを他人に知られてはいけない」というものだ。この禁を破ると、『ラプラス・システム』自体が機能しなくなるそうだ。モリスが使えなくなるだけでなく、今後どの異世界人も使えなくなる。「未来予測できる者がいる」という情報が出回るだけでも、予測演算に大きな齟齬が生じてしまうのだろう。
したがって、モリスはどこでもなんでも見ることができるが、知りえない情報は見たとしても口外できない。例えば、砦の崩壊の様子や破壊方法は、残骸の調査結果から推測したことにすればセーフだが、会ってもいない<永久凍土>の人相を公表するのはアウトだ。
思考に耽るモリスは情報を整理するためにまた独り言を呟く。
「戦闘継続は困難。現地の物資は全部やられた。やるとしても物資輸送が可能になる春を待たないといかん。そうすると、その前に今季の戦闘の報告をすることになるな・・・戦果がないとクビかも・・・戦果は、<鎌鼬>が派手に補給路を壊してくれたそうだが、占拠し続けられないから、嫌がらせレベルだな。戦果としては微妙か。<疾風>も取り逃がしたようだし。戦艦から回収できた物資はほんの一部。これはダメだなあ。・・・はあ、クビ、が職を失う方の意味だけならいいけど。」
しばらくブツブツと思案を続けたモリスは、数分後に意を決して立ち上がる。
「仕方ない。砦の兵士が偶然<永久凍土>を見かけてたことにして、人相を報告しちまおう。誰が見つけたか聞かれたら・・・撤退中に死んだ奴の名前でも出しておくか。・・・おっ、こいつがいいな。」
モリスは戦死者リストの中から、過去視中に見かけた兵士を見つけて、名前を覚えておいた。
「さて、<永久凍土>の情報で、俺の首がつながるといいけど。」
方針を決めたモリスは、早速、報告書を書き始めた。
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一方、マシロとアカネは、ホフマン軍の司令部にいた。マシロ達が来た時の慌ただしさはなく、ホフマン司令官もその副官たちもゆったり仕事をしている。
仕事の手を止めたホフマンが、アカネを撫でているマシロに顔を向けた。その気配を察したマシロが姿勢を正す。
「ああ、楽にしてくれていいよ。帝国軍は本格的に兵を退き始めたみたいだ。ようやく一段落というわけだ。」
「おめでとうございます。」
「君の活躍のおかげだよ。」
「いえ・・・結果として、私は補給路を守り切れませんでした。ヴォルフさんのおかげでしょう。」
<鎌鼬>から逃げたマシロは、周囲の兵士に撤退を告げて回った。1部隊まとめて一瞬で刈り取られた事実を述べれば、無駄な抵抗をしようという者はおらず、全軍即座に補給路を放棄した。
結果として補給路は破壊され、当分使い物にならなくなった。兵士の被害が少なかったのは不幸中の幸いかもしれない。
司令部まで退いたホフマン軍は、継戦不可と見て王都への撤退作戦を開始しようとしていたが、そこへ偵察隊が帝国軍の撤退を告げた上に、ヴォルフからの伝令も来た。ホフマン軍やマシロ達が補給路で死闘を繰り広げているうちに、ヴォルフが単独で敵拠点を落としてしまったらしい。
その後、しばらく補給路付近に居座っていた<鎌鼬>も、2日後には物資が足りなくなったのか、帰って行った。こうしてあっけなく戦艦防衛戦は幕を閉じた。
「しかし、なんでヴォルフ殿は急に拠点へ?」
「戦艦を襲撃した敵を追撃していたら、偶然見つけたと言ってましたよ。」
マシロもヴォルフの急な攻勢に疑問を持ったため、先日、引き続き戦艦で生活しているヴォルフに聞きに行った。ヴォルフが言うには、
「いやあ、幸運でした。撤退した敵を追って仕留めたら、ついでに拠点を見つけられたんですから。しかし、まさかあの砦を流用していたとは。もっと見つかりにくいところに拠点を設けていると思ったのですが、敵も大胆ですね。で、せっかくなので破壊しておきました。あの砦はホシヤマさんの自信作だったんですけど、まあ、彼ならまた建て直してくれるでしょう。」
ちなみに、なぜわざわざ逃げる敵を深追いしたのかマシロが聞くと、なぜか誤魔化された。何か隠している気配だったが、詮索はやめておくことにした。
ホフマン司令官も「あの方が積極的に追撃とは珍しい・・・」と訝しんでいたが、追及はしなかった。
「さて、これであなたの仕事も完了だ。報酬は国と交渉済みだろうが、これも受け取ってくれ。」
そう言ってホフマン司令官は硬貨が詰まった袋を差し出した。マシロには中を開けずとも大金だとわかる。
「よろしいのですか?先に申し上げた通り、私は守り切れなかったのですが・・・」
「何を言う。私の兵を守ってくれたじゃないか。補給路はまた整備すればいいが、兵士は失ったら帰って来ない。」
確かに補給路は破壊されてしまったが、マシロがいなければもっと早く防衛線は破られていただろうし、マシロがいたからこそ<鎌鼬>を拠点から誘い出し、ヴォルフが敵拠点を潰す隙ができた。戦果は十分と言える。
「わかりました。追加報酬として受け取っておきます。」
「ああ、そうしてくれ。・・・では帰り道も気をつけて。」
「ありがとうございます。」
ビシッとマシロは敬礼して退室する。それを見送ったホフマンは、笑いながら副官に話す。
「やれやれ、自分で兵士じゃない、と言っていたくせに、ウチの兵士より見事な敬礼だったぞ。あれで勘違いするな、という方が無理だろう。」
「まったくです。ウチの兵士に見習わせなければ。」
「ははは。」
その後、ホフマン軍は引き続き前線に駐在したが、春まで戦闘はなく、マシロより数日遅れてヴォルフも帰路についた。フレアネスは戦艦を守り抜き、帝国に大きな打撃を与えた。この戦いは、勝利と言えるだろう。




